第35話 慌ただしい子育て

 春の暖かな午後の日差し差し込む子ども部屋では、親になりたてのアリシアとレアンは騒いでいた。


「あぁ、レアン。おむつはそれじゃダメよ。汚れちゃうわ」

「えっ? 言われた通りにしたつもりだけど……」


 アリシアに言われて、レアンは戸惑ったように眉を下げた。


 産まれてから一ヶ月にも満たない小さな体に、ただでさえダボつくおむつをつけるのは難しい。


 レアンは、やり直すつもりでおむつを外した。


「あぁ、ダメッ!」


 アリシアが悲痛な叫びを上げたが、時すでに遅し。


 レアンが、付け直すためにおむつを外したタイミングで、小さな体からは勢いのよい放水が始まった。


「子育てしたいのは分かるけど、なぜおむつ替えを選んだのかしら?」

「男の子だから、か?」


 レアンの義母と義父は、突然の放尿にワタワタと慌てる婿を見ながら首を傾げた。


 アリシアが産んだ子どもは、男の子だった。


 名はアロン。


 次代のダナン侯爵である。


 金の髪と瞳を持つアロンは、レアンの血を濃く継いでいた。


 最初に彼を見た時、誰もが命を狙われることを恐れた。


 リチャードは屋敷の守りを強化することを指示し、ニアはアリシアに寄り添った。


 レアンは自分の健康を保つことの重要性を改めて感じた。


 アリシアは、そんな彼を愛し、支えようと心に誓った。


「もう、レアンったら。同じ男性なのだから、わかるでしょ?」

「なにが⁉」


 レアンと二人寄り添いながら小さなアロンと向き合う時間は、大変だが穏やかで楽しい。


 それはレアンにしても同じだった。


 二人は両親であるリチャードとニアが笑ってしまうほど、いつも一緒にいる。


 「さぁさ、若旦那さま。後は私が引き継ぎますね」


 年かさのばあやが、クスクス笑いながらレアンからおむつ替えを引き継いだ。


「あぁ、そろそろ仕事をしないとな。今日もアリシアはレアンを手伝うのかい?」

「ええ、お父さま」


 アリシアは澄ました顔をして答えた。


「わたしは、レアンのパートナーですもの。そもそもダナン侯爵家は、わたしの家ですからね。いくらレアンが夫でも、任せきりはよくないでしょ?」

「まぁ、お前がそれでいいなら、いいけど」


 リチャードは娘の様子をみながら笑みを浮かべた。


 未来の王妃として教育を受けてきた娘は有能で、レアンの片腕となるのに不足はない。


「ふふ、アリシアは頑張り屋さんですものね。子育ても、お仕事も、どちらもできるわ」

「ええ、お母さま。わたしは出来る子ですの」

「まぁ、この子ったら」


 ニアはおどけた様子で目を見開いてみせた。


 そして母子はよく似た笑顔を浮かべて二人して声を立てて笑った。

 

「まぁ、アロンには立派な乳母がついているから、下手にアリシアがべったり張り付いて子育てするより……」

「お父さま⁉」


 リチャードのつぶやきを聞き逃さなかったアリシアは、すさかず突っ込みを入れ。


 その様子を見ていたレアンは、声をたてて笑った。


 慌ただしくも暖かく、穏やかな空気が、ダナン侯爵家には満ちていたのだった。

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