第36話 王太子夫妻の亀裂

「なぜ出来ないっ⁉」


 ペドロは苛立っていた。


 結婚して一年が過ぎても、二年が過ぎても、ミラには懐妊の兆候がない。


「子どもができなければ、王位を継ぐことができないではないかっ」


 苛立つペドロにとっては、豪華な調度品も道具に過ぎない。


 だから怒りに任せて振り回した手の先で、高価な壺が大きな音を立てて割れても、そのこと自体はどうでもいいことだ。


 ペドロには、もっと気になることがある。


「私はお前に「金の魔法」をかけたはずだ、ミラ。なのに、なぜに子ができない⁉」

「そう言われましても……」


(ペドロの苛立ちは分かるけど、こっちだって困ってるのよ。私だって、子どもが出来ずに悩むなんて思わなかったわ)


 ミラにしても、子どもができないというのは計算外だった。


(子どもってやるべきことをやってたら、出来るもんじゃないの⁉)


 すべきことはしっかりしていたミラにとって、子どもができない原因を1人背負わされるのは、言いがかりも甚だしいとしか思えない。


(お医者さまにだって、私の体に問題はないと言われているのよ? これ以上、どうしたらいいのよ)


 ミラにしても、単純に受け身でいたわけではない。


 様々な手段を講じているのだ。


 シェリダン侯爵家の伝手も使って、子どもを授かる努力をしている。


 だが、出来ないのだ。


「父と側妃の間に子どもが出来た、という噂も流れてきている。しかも、あの側妃の実家には力がある。シェリダン侯爵家の協力があるから、子が出来なくとも次期国王は私になるだろう。だが私の次に国王となるのは、その子になってしまうかもしれない」


 ペドロはギリと音がするほど歯を噛みしめた。


 時間が経つにつれ、ペドロの危惧は現実に近くなっていく。


 結婚から三年が過ぎるころには、周りからの圧力はより強くなり、なかなか妊娠しないミラの立場は悪くなっていった。


「せっかくお前に目をかけてやったというのに。子をなすという簡単な女の務めも果たせないとは」


 侮蔑の言葉と共に、シェリダン侯爵家からも圧力をかけられた。


(だからって私にはどうしようもないじゃないっ)


 ミラは唇を噛んだ。


 側妃が男児を産んだことで、王妃からも嫌味を言われた。


「貴女が息子との間に子をなせないから、王が張り切りって新しく子を作ってしまったわ。結婚に反対もせず貴女を受け入れたというのに、恩を仇で返されるなんて。なんて私は不幸なのかしら」


 そう言って鳴きまねをする王妃に、ミラは黙って頭を下げるしかなかった。


 子を授かれない王太子妃への風当たりの強さは、多岐にわたった。


「そのくらいは当たり前」

「しっかりしてくれなくては困ります」

「コレも、やっておいてくれ」


 公務や社交、日頃の生活態度など、様々な場面でペドロや両陛下に叱責を受けた。


(何なのよコレ。私は王太子妃なのよ⁉ 使用人ではないし、ましてや奴隷ではないっ!)


 ミラ自身がそう思っていても、周りの対応は変わらない。


 最近では、使用人たちの態度もおかしくなってきたような気がする。


(子どもさえできれば……)


 勝ったと思っていたアリシア・ダナン侯爵夫人のところには、また子どもが出来たと聞いた。


(あの女に出来て私に出来ないって、おかしいでしょ⁉)


 そうも思っても、叫ぶことはできない。


 ここは王宮。どこにスパイがいるか分からない。


 ミラはキッと唇を噛んだ。


 最近はペドロも夫婦の寝室ではなく、側妃のもとに行く夜が増えた。


(これじゃ、出来るものも出来ないじゃない……あぁ、子どもさえできれば……) 


 しかし1人寝では子どもはできない。


 それが分かっていても、ミラは1人寂しくベッドに横になるしかなかった。

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