第6話 傷心の帰宅
アリシア・ダナン侯爵令嬢は実家に戻った。
いや、戻された。
馬車に乗せられたアリシアは流れていく景色を、ただぼんやりと見ていた。
今日の彼女は身支度こそ一応は整えてはいるが精彩を欠いている上、自分の侍女すら連れていない。
馬車の向かいには、ダナン侯爵家から使いに出された古参の執事が座っているだけだ。
執事の気づかわしげな視線にも反応しないまま、アリシアはぼんやりとしていた。
ダナン侯爵邸は広い。
馬車が敷地の入り口で黒い門扉をくぐり抜けてからしばらくは草原が広がっている。
人の手で管理はされているものの何もない土地は、多少の高低差はあれど見晴らしがよい。
所々に背の高い木や低い木が植えられているものの、自然のままだと言われたら信じてしまうような状態である。
馬の足音に馬車がきしみ車輪が石を弾く音、時折聞こえる鳥のさえずり。
馬車の中は静かだ。
ふたつほどさらに門扉をくぐると、ようやく建物が見えてくる。
その建物にも高くて立派な黒い門が張り巡らされていて、ダナン侯爵家の財力と警戒心を現していた。
「ただいま戻りました」
アリシアはダナン侯爵邸の広いエントランスに足を踏み入れた。
吹き抜けになっているエントランスの天井は高く、二階へと繋がる階段は左右に設けられている。
見事な細工の施された手すりは二階にも繋がっていた。
淡く白っぽい色合いの床や壁は解放感があり、天井にはシャンデリアが輝いている。
豪華さにおいて王宮を越えないギリギリのところをわきまえた造りになっていた。
しかしアリシアにとって、そこは重要ではない。
10歳から王宮で暮らしていた彼女にとって、この屋敷への訪問は久しぶり過ぎた。
実家といっても、自宅というイメージはない。
「おかえり」
「おかえりなさい、アリシア」
彼女はダナン侯爵夫妻の腕の中で抱きしめられながらも、どこか現実味が感じられない自分に気付いていた。
(わたくしは、なぜココにいるのかしら?)
ぼんやりと、そんな風に思う。
10歳を最後にして訪れることが無かった屋敷だ。
本来であれば、懐かしさに胸が詰まる思いになっても当然だろう。
だが今のアリシアには、そんな感傷的な気持ちはなかった。
侯爵家の玄関で両親に抱きしめられても、ココが自分の居場所だと思えない。
「アリシア。私のアリシア」
父はアリシアの頭頂部にヒゲの生えたアゴを擦りつけては繰り返す。
「辛かったね。もう大丈夫よ、アリシア。アナタの居場所はココにあるわ」
母は目に涙を滲ませながらアリシアの顔を覗き込み、なんども頬を撫でてくる。
しかし、アリシアが気にしていたのは別のことだ。
(とても美しいカーテシーを披露できたと思うのに、お父さまもお母さまも褒めてくれなかったわ)
アリシアは両親の温かい腕の中にいても少し不満を感じていたし、不安でもあった。
(お父さまたち
アリシアは、両側から抱えるように抱きしめる両親に頭を撫でられ頬を撫でられしながら、そんな風にぼんやりと思っていた。
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