41. 誤解は続く
ぼくの部屋にふとんが二組、畳まれた状態で並べてあった。
受験勉強をしている
「ほんと、ごめんね。みんな、誤解してしまってるみたいで……」
「ううん。恥ずかしいけど、その……なんだろう。悪い気持ちには全然ならなかった。むしろ、ちょっと嬉しかったというか……」
「嬉しかった?」
「ううん! なんでもない!」
慌てて胸の前で両手を振る美月。
「とっ、とにかく! わたしは、ぜんぜん気にしてないからね。
「ほんと……?」
「うん、ほんと。お話ししていて、すごく楽しかった」
美月は、にっこりと微笑んでくれる。
それならよかった――のだけれど、ともかくあとで、注意をしておかないといけないな。これ以上、美月には迷惑をかけてはいけない。
だが、母さんは美月のことを、ぼくの彼女だと「確定」してしまっている。ぼくの抗弁をすべて、「照れ隠し」だと
「恥ずかしいのよね。大丈夫よ。お母ちゃんはなんでも分かってるんだから。まかせなさい。あなたたちの仲が、もーっと深まるように、がんばるから」
そして、惑星の軌道がくるえば、太陽系がめちゃくちゃになるみたいに、母さんから父さんへと、間違った情報が伝達されることになる。
夕方、ビニールハウスの増設の準備をしていた父さんが帰ってきた。
千葉のプロ野球チームのキャップを脱いで、「久しぶりだなあ! おかえり!」と、熱烈に歓迎してくれたのだが、ぼくが帰宅の挨拶を返すより先に――
「お父さん、たいへんなのよ!」
「えっ? どうしたんだ?」
「
父さんは、ニヤニヤとぼくの顔を見たかと思うと、
「うまくやったなあ、風吹。お前にそんな芸当ができるなんて、いったいだれに教えてもらったんだ」
――などと言ってくる。
はやく訂正しなければと口を挟もうとしたのに、ふたりは、よからぬ打ち合わせをはじめてしまった。
「いい? お父さん。美月ちゃんに、風吹のいいところを、それとなーくアピールするのよ」
「美月ちゃん? ああ、風吹の彼女さんの名前か。分かった。むかしの良いエピソードをたくさん話そう。とくに〈家族思い系〉のやつで攻めよう」
「うん、それがいいわね。あとは〈人助け系〉とかもいいかもしれない」
「そうだな。野口さんのご
どうやら、もう引き返せなくなってしまっているらしい。
実家に帰る
しかしなぜだろう。美月がぼくの彼女ではないという事実を、母さんたちが理解したときのことを考えると、少なからず不安を感じてしまう。
じゃあ、美月はどういう立ち位置なのか、どう接するのが正解なのかと、ぼくの家族が混乱することになり、それによって、美月の肩身が狭くなってしまうかもしれない……そう心配になるからだろうか。
一言でいえば、この「空間」の調和とか均衡とかいうようなものが、乱れてしまうことへの恐れではないだろうか。
なんというか、「美月は彼女ではない」ということを「取り合わない」でいてくれる――真実が、宙づりにされた状態が、みんなにとって幸せに……いや、それは、ぼくの身勝手な考えだ。
絶対に、美月は迷惑している。美月のことを、一番に想うべきだ。
「風吹。することがないのなら、夜ごはんの準備を手伝いなさい……あ、そうか」
母さんは、拳で掌を「なるほど」と打った。なにに気付いたのだろう?
「美月ちゃんといちゃいちゃしたいわよねえ。ごめんね、気付かなくて。ささ、部屋にいきなさい。でも、羽目を外しすぎちゃダメだからね」
……夜ごはんの準備を手伝わせてください。
「よし、お父さんが風吹の分をやることにしよう。いいか。母さんの言う通り、するにしても、こっそりとするんだぞ」
父さんまで! あの鶏肉はぼくが揚げるよ!
「お父さんと付き合いはじめたころのことを、思いだすわねえ」
「熱い夜を何度も過ごしたなあ」
「やだ、お父さん。風吹がいるんだから……でも、ほんとうに、燃えるような日々だったわ」
やっぱり、一刻もはやく、美月とぼくが「バイト仲間」以上の関係ではないことを、分からせなければ。
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