42. 直感
そろそろ晩ご飯だということを報せにきたものの、
その場でたたずみ、美月のいきそうなところを考えていると、すまなさそうな顔をして、
「ごめん、
おい、夏季。お客様にご足労いただくんじゃない。
* * *
台所と居間が一体となった、この名づけようのないスペースのテーブルの上に置かれた大皿には、おかずが山なりに盛られている。唐揚げに、春巻きに、磯辺揚げに。バイキングのような形式になっている。
それぞれに用意されているのは、白ごはんと味噌汁だけだ。朝には、納豆が配られていたと思う。
これは、ぼくにしてみれば、ふつうのことだ。むかし、ひとりっ子の友達の家に泊まらせてもらったとき、それぞれにおかずの皿が用意されていたことに、とてもびっくりしたのを覚えている。
弟と妹がおかずを奪い合う景色を眺めて育っただけに、もしこの方式だったら、どちらかが泣いたり、どちらかが叱られたり……みたいなことはないのだろうと、うらやましく思ったものだ。
「お姉さん、ものすごく教えるのがうまくて、分からなかったところが、すぐに解けちゃった」
夏季は、チラリと美月の方を見たかと思うと、顔を赤くして目を逸らしてしまう。しれっと美月の横に座ってからというもの、まったく落ちつきがない。
「ごめんなさいねえ。もう、夏季。美月ちゃんは、お客さんなんだから。そういうのは、やめなさい」
母さんは、夏季をたしなめたが、強く叱りつけたりはしない。そして、申し訳なさそうな顔をして、「夏季には、あとで注意しておくからね」と美月に謝る。
「わたしは、全然、大丈夫ですよ。わたしのおせっかいが、夏季くんのためになって、本当によかったです」
急いで胸の前で両手を振って、夏季をフォローする美月。
「いやあ。美月ちゃんは、優しいねえ。夏季、ちゃんと感謝するんだよ。母さんから聞いた通り、風吹にはもったいないくらいの子だよ。おい、風吹。美月ちゃんの嫌がることとか、してないだろうな」
柔らかい微笑を見せている父さんは、さきほどから箸を裏返しておかずをとっている。むかしは、遠慮なく箸を突っついていたのに。きっと、むりして
ええと……ものすごく居心地が悪いんだけど!
いや、ぼくより美月の方が心配だ。気疲れをしていないだろうか。「気疲れ」から「パニック」へ連鎖していくのは、珍しいことではない。
だけど、この場でそれを
すると、ぼくの左手がくるりと裏返された。そして、ゆっくりと丁寧に、「大丈夫」と人さし指で書いてくれた。
もちろん、「大丈夫じゃない」とは言いにくいだろう。だから、ぼくは美月の右手をぎゅっと握って、優しく包みこんだ。すると、美月の親指が、ぼくの指を優しく
まだ、手は冷たくなっていない。それでも、温かいというわけでもない。天秤が
「あらあら、隠れていちゃいちゃしちゃって」
いつの間にか、ぼくたちの後ろに母さんが立っていた。ごはん茶碗としゃもじを持っている。そして、そのしゃもじで口元をふさいで、「おほほほ」と言わんばかりである。
母さん、違う! そういう意味で握ってたんじゃないんだ!
父さんは「そんな芸当までできるのか」と
と思ったのだけれど、美月は照れていながらも、どこかそれを受け入れているような様子だった。もうこの「からかい」に慣れてしまったのだろうか。
受け流せてしまう……いや、かみしめているような、不思議な感じのする表情だ。
そのとき、このあとなにか一大事が起きるのではないかという、直感みたいなものが、ぼくの脳裏を一直線に走り抜けていった。
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