15. ふたりの「グローリアスト」
「ほんとうに助かるよ……バイト代ははずむから、最後までお願いできるかな」
「はい、もちろんですよ。今日はとくに予定がありませんでしたから」
本当は、ゆっくり休もうと思っていたのだけれど、ぼくは「メゾン」で福袋を作る仕事をすることになった。クリスマスの翌日にオーナーが腰を痛めてしまい、
だから、福袋を作る作業はオーナーの息子のマサさんひとりですることになったのだけれど、夕方近くまでは雪かきをしなければならないらしい。ひとり暮らしのご老人などには、除雪作業は難しい。地区のひとたちが手分けをして、雪かきをすることになっているのだという。
一袋千円の福袋のなかには、その倍以上の値段のする
事前に
美月もオーナーもいないので、レジをひとりで受け持たなくてはならなかったけれど、いつもより開店時間が短く、そして、いつも通りの客足のおかげで、ほとんど負担にならない。これでバイト代もはずんでもらえるのだから、ありがたい。
「あれ、今日は
滑りの悪い自動ドアが開いたかと思うと、白色のもこもこのジャンパーを着こんだ
「大晦日なのにたいへんだね。お疲れ様」
今日も柔和な笑みを見せてくれる藍染先生。
「ありがとうございます。先生は今日もショーケースですか?」
「うん……あれっ、ちょっと待って! そこにあるの、『New Sengoku Era』じゃない?」
先生の指さす先には、古びた木製の棚があり、そこに『New Sengoku Era』と側面に厳めいフォントで書かれた箱が置かれてある。
「あっ、これですか?」
棚から箱を下ろすときに、これは『グローリア』のパックが30個入ったボックスであり、奥にももう一箱あることに気付いた。
「鱗雲くん、絶対に落としちゃダメだからね。それ、とんでもない額がするから」
「そうなんですか? オーナーから、希望者がいれば五千円くらいで売ってくれって言われてるんですけど」
それを聞いた藍染先生は、顔が青ざめてしまった。
「鱗雲くん、落ち着いて聞いてね。そのシリーズは三十年前に発売されたもので、いまでは、ほとんど売ってないはずなの。だからきっと、なにかの間違い……えっ、開いてないの!? リパックとかじゃなくて!? えっ、えっ、五千円って正気? もう、百万円は超えるわよ」
百万円――あまりの額に固まってしまう。どうしよう。しまうときに落としてしまったら。てかマサさん、なんでそんな高価なものを安値で売り払おうとしているんだ?
そのとき、休憩に入ったのか、マサさんが姿を現わした。そして、レジに置かれているボックスを見て、「あっ、ご購入いただけるんですか?」と、いつも通りの朗らかな調子で言う。
「あの……失礼ですが、このシリーズはたぶん五千円では……」
「このシリーズをご存じなんですね。確かに、いまなら百万くらいはするでしょうね」
「売っていいんですか? これからどんどん値上がりしますでしょうし……」
「もちろんですよ。たしかに、ヤバイことをしてるって自覚はあるんですけど……もう『グローリア』からは引退してしまって、これから先も復帰するつもりはないんです」
マサさんは、どこか照れたような表情をしながら、話しはじめた。
「それなら、カードショップで売ってくればいいっていう話なんですが、ぼくはこのシリーズをきっかけに『グローリア』にハマって……でも、この町にはだれひとりやっている人がいなかったので、ひとり二役で対戦していたんです」
ちょっとだけ顔が赤くなっているのは、寒さからだけではないらしい。
「それでも楽しくて、楽しくて。友達がいないぼくの支えになってくれていたんです。だから、ぼくみたいな子が、これをきっかけにハマってくれたらなって思ったりして、ここに置いてるんですよ。たまたま来た子どもが、この箱を指さして、『それ、楽しいの?』って言ってくれるのが、ぼくの夢なんです」
マサさんは、カードの話になると、いきいきとなる。ショーケースを置いているのも、この店に来る誰かに、『グローリア』にハマってほしいからなのだけれど、少しルールが難しく、プレイ人口の年齢層も高いゆえに、熱中してくれるような子どもを見たことはないらしい。
「この町って……というよりこの地方にカードショップなんて、ほとんどないですからね。だからぼくは、将来、カードショップを運営したいなって思っていたんです」
「ネットとかで宣伝をすれば、カードゲーマーたちがこぞって集まってきそうですけど……でも、そうじゃないんですよね?」
「ええ。ここは町の
「もちろんです……でもそれなら、なおさら買うことはできませんよ」
こういうところが、藍染先生らしいなと思う。マサさんの夢を、絶対に奪ったりしない。
「あはは、ぜんぜんいいんですよ! べつに、このシリーズじゃなくても『入口』にはなりますし。それに『入門』には新しいシリーズの方がいいでしょう。これは〈アンティーク・フォーマット〉じゃないと使えませんし」
「それでも、開封するのには、楽しいシリーズですから」
「じゃあ、こうしませんか?」
マサさんは、先生にこんな提案をした。
「いつでもいいので、ぼくと一度対戦してください。実はもう、開封されているものがひとつあるんです。鱗雲くん、奥にもひとつあったでしょ?」
「はい、ありました」
たしかにもうひとつの箱は、すでに開いているものだった。きっと、カード系の福袋(売れたことがないらしい)を作ったときに、だれかが開封したのだろう。
「ぼくに勝ったら、2パック。負けたら、1パック。最新シリーズと同じ値段で購入できる、ということにしませんか?」
その申し出を聞いた藍染先生は、急に「闘うもの」の顔つきになり、
「わたしも対戦相手を探していたものですから、ぜひ、お言葉に甘えさせていただきましょう」
と、いつもとは違う、かっこいい口調になり――ジャンパーの裏のポケットから、分厚い箱のようなものを取りだし、そこからスリーブに入れられたカードの束を引きだした。
なんで、持ち歩いてるんだよ。
「ほお……それでこそ、〈グローリアスト〉ですね。鱗雲くん、そこの空いているスペースを借りるよ」
マサさんは、棚の一番上からデッキをつかみ取る。
それ、新商品にしたけど売れてない「デッキセット」じゃないか。指定された順番にカードを並べるのが大変だったのだけれど……。
「ルールは〈ニュー・フォーマット〉。相手の体力を30から0にした方が勝利。最初の手札は6枚。いくぞ!」
むかしテレビで放送されていたカードゲームのアニメで、脇役的なポジションのキャラクターが、ルールをちくいち声に出して説明していたのを思いだす。
「このカードゲームでは、エナジーといわれる、カードを使うためのコストを、本デッキとはべつの〈エナジー・デッキ〉から毎ターン1枚ずつ〈エナジー・ゾーン〉に貯めていく。〈エナジー〉は3回使用すると〈クラッシュゾーン〉に置かれる。〈エナジー・デッキが0枚になると自動的に敗北になるから注意が必要だ」
昼休憩の時間になった。リュックからコンビニで買ってきたパンを取り出す。
「速攻でいくぞ。1エナジーを使って、《延焼》をプレイ。このカードは、相手プレイヤーに3ポイントのダメージを与えられる、速攻デッキでよく使われるスペルだ」
「手札からカードを一枚捨てて《鎮火》をプレイ。これは、相手のスペルを無効化する呪文……エナジーの代わりに、手札からカードを1枚捨てることで唱えることができる」
先生も、説明口調になってしまうのか。
「ふっ、そのカードは両刃の剣。手札が1枚少なくなるのだから」
「それはどうかしら。1エナジーを使って《発電》をプレイ。クラッシュゾーンにカードが2枚以上ある場合、1枚ではなく2枚、山札からカードを引くスペル……そしてわたしには、《鎮火》と《鎮火》により捨てたカード、計2枚がある」
「くっ、やるな……」
ぼくは、ふたりの対戦をBGMにしながら、片手で
〈身体の方は大丈夫ですか?〉
《大丈夫。時間通りで》
ものすごい速度で返信がきた。先輩の方からもなにか連絡をしようとしていたのかもしれない。
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