09. メリークリスマス
「大丈夫ですよ。どうしました?」
『来年度、何人くらい入学者がくるか知ってる? 入学を決めた人はいるのかなと思って』
「ひとり入ってくるって聞きましたよ。
『そう……来年度もふたりきりなのかなって思って』
「三人になりそうですね。仲よくがんばってほしいって、藍染先生が言っていました。芭蕉先輩も、ぼくだけだと物足りないでしょうし、ひとり入ってくれるとなにかと……」
『そっ、そんなことない!』
先輩の急な大声に、スマホを耳から離してしまった。
『そういうことは思ってないから……わたしは、鱗雲くんと一緒でも楽しいから、助かってるから』
少し気まずい雰囲気が流れだしたので、話題を「研究科長」が交代することに変えた。すると、小さいため息が聞こえてきた。
そして先輩は、こんなことを教えてくれた。
大学院を取り仕切る「研究科長」は2年ごとに交代することになっており、ぼくや芭蕉先輩が入る前に大学院生がひとりもいなかったのは、
しかし、
だけど、少数の大学院生のためだけに授業を開くことは負担が大きいため、制度上は受講が可能なのに、なにかと理由をつけて断る先生が続出した。
芭蕉先輩もぼくも、授業を開いてくれるようお願いしたのに、「1カ月に1度くらいなら」「学部の授業に出席するという形にして」などと、やんわりと断られてしまった。
むかしから、うちの大学院に入学したいという学生は、少しはいたみたいだけれど、指導をしてほしいというお願いを突っぱねる先生が多くて、評判が悪くなってしまったらしい。
だけれど、「どうしてもこの先生のもとで学びたい」という、やる気のある学生の人生を
『胡桃先生とか、藍染先生とか……わたしたちを指導してくている先生は、神凪先生と同じ気持ちでいてくれてたみたいだけど、その他の多くの先生は、いまでも全然乗り気じゃないらしいわ』
「そうだったんですね……じゃあ、来年度からは……」
『年二回の研究発表会も、一回に減らされるかもしれないし、もしかしたら開催されないかもしれない。先生たちは忙しいから……とかいう理由で』
研究発表会は、自分の研究に対して、多くの先生からアドバイスをもらえる貴重なチャンスだし、神凪先生たちのがんばりのおかげで、学部生たちも少しは聞きにきてくれていた。
いまいちピンときていなかったが、「研究科長」が変わるということは、とても深刻なことらしい。
『あと、図書館に購入してほしい本とかあったら、いまのうちに頼んだ方がいいと思う。大学院の予算で買ってくれる約束なのに、迅速に動いてくれないかもしれないから』
大学院生は、洋書などを、二十冊を限度に図書館の方で購入してもらえるという制度があり、普通なら、かなり早く図書館に並べられる。大幅に遅れてしまうと、論文の執筆などに影響がでてしまう。
『ところで……』
と前置きをし、芭蕉先輩が急に話題を変えてきた。
『明日はクリスマスだけど、鱗雲くんは、アルバイトなのよね?』
「そうです。夕方までですけど」
『夕方まで?
「ぼくが働いているところは、海の近くにある、あまりひとがこないところなので」
『じゃっ、じゃあ! その後は、なにも予定がないってことでいいの?』
バイトの後は、
『鱗雲くんがよかったらだけど、一緒に食事とか……しない?』
「えっ、でも、芭蕉先輩は彼氏さんと過ごすんじゃ」
『風邪を引いたから、家からでられないの! だから!』
「でも……彼氏さんがいるのに、他のオトコと食事に行くのは、なんか、ちょっと……それにその日は――」
『…………もういい』
プツン。いきなり電話を切られてしまった。
折り返しの電話をいれてみたが、先輩はでてくれなかった。なにか、気分を害するようなことを言ってしまっただろうか。
本棚の上のデジタル時計を見ると、もう間もなく日付が変わろうとしていた。
明日のこともあるし、寝支度をしようと、机を軽く片付けて、洗面所へ行こうとしたところで、芭蕉先輩からメッセージが送られてきた。
『メリークリスマス』
ぼくはすぐに「メリークリスマス」と返した。すると、かわいらしい熊さんのスタンプが返ってきた。
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