第7話 親友達と別れの盃

 昼からは文官試験だ。


 これはガチガチの国家試験。

 文官を目指す人の登竜門で最初の試験は筆記。

 僕の使う神聖魔法は教会へ勤める人の必須科目。

 ミレーヌが使う汎用魔法は魔術学院という魔法使い専門学校への受験資格に必要だ。


 更に文官コース用の各種試験があって地理学、歴史学、言語学、物理学、魔法学、宗教学、理科学、化学、科学、工学、数学、心理学、倫理学、哲学、社会学、生物学、音楽、美術学、国語、情報学等など。

 この試験を鉄級で合格した人は官僚コースへ進む事ができる。

 

 魔法の世界なのに科学があるのが特記事項でこのフレーベル国では魔法学だけでなく科学への関心が高い。

 僕が前世で習った技術と似ているけど科学研究に魔法を使えるからかなり発展している。

 あくまで中学生レベルだった僕にはわからないくらいレベルが高い。

 

 文官を目指す訳では無いので魔法学の中の神聖魔法の試験に青銅級で合格するのが目標。

 あとはまあ……うん、聞かないで。

 この世界もそうだけど、これだけ難関な試験を銀級でクリアしてしまう化け物がいるんだよなあ。

 比較すると悲しいのであくまで別次元の生物だと割り切ろう。

 

 でもミレーヌのお父さんって更に医学までクリアして外科医になったんだから、どうして僕の生まれ育った田舎街に来てくれたのかわからない。

 普通に官僚になれるくらい頭がいいのに勿体ない気もするけど、ミレーヌのお父さんのお陰で助かった人が沢山いるのでありがたい話。

 

 僕の筆記試験は大体が銅級、悪くは無い。

 そもそもどうして言語学の必須言語が6個もあるんだ。

 こんなの覚えられる訳がないよ。

 幸い神聖魔法も銅級だったので筆記試験はなんとかクリアした。

 僕に官僚は無理だと心の底から思った。

 筆記試験の後は実技でこっちは自信がある。

 

 魔法は神聖魔法だけでなく魔法使いの使う魔法はエナジーという体内にある生命力を使って行う。

 エナジーの量は生命力に直結しているので過度に使いすぎると寿命が短くなる。

 だから人間はあまり魔法が得意じゃない。

 才能のある人は効率的にエナジー消費量を調整できるので魔法使いに向いている。

 僕は魔法の才能があまり無いのでエナジー消費の大きな魔法は使えない。

 

 エルフなど長命な種族はエナジー量が多いので魔法が得意だ。

 エルフは自然界のエナジーを扱う事が得意なので、精霊魔法という自然の精霊を行使する魔法が使える。

 

 特殊な種族はハーフエルフで、人間とエルフの混血の種族で人間の魔法と神聖魔法とエルフの精霊魔法の両方を扱える。

 ハーフエルフだけがウィザードと呼ばれる究極の魔法使いになれる。

 ただハーフエルフは人間がエルフを孕ませたという不幸な生い立ちで生まれた人が大半なので、人間とエルフ両方を憎んでいる事が多い。

 

 もしハーフエルフのウィザードの助力を得られたらこれほど頼もしい味方はいない。

 幸か不幸かハーフエルフにはなかなか出会えないので機会は無いだろう。

 

 「豊穣なる大地の恵み。彼の者の傷を癒したまえ。ヒール!!」


 僕の手のひらに光が現れて教会の印を結ぶ。

 暖かな黄色の光が手のひらに広がっていく。

 僕の使ったヒールという神聖魔法は初期の癒し魔法で怪我した鶏の傷を癒していく。

 そしてこの後、鶏は絞めて食べるのだがこればかりは残酷な気がするけど仕方がない。

 

 実技試験は銅級だったのでなんとか合格。

 

 いや銅級ってもの凄い事なんだよ?

 先ほどの国家試験の為に半生費やした人がいるくらいだからね。

 普通は銅級からスタートが殆どで官僚になれるのはほんの一握り。

 平民出身で国政に関われるのは将軍や官僚になれた人で貴族枠がある貴族と違い本当に厳しい。

 貴族は能力がそれほど無くても官僚や将軍になれるから理不尽だけどこの国はこうなってるから仕方がない。

 

 「やあ!!ユキナ試験はどうだった?」

 

 そう言って僕の隣で笑うのは幼馴染で家が乾物屋のヤオ。

 ヤオは短めの黒髪を後ろで小さく結っている少しぽっちゃりとした男の子。

 運動は苦手だけど頭は良く実技はあまりよくないけど数学や言語学を専攻しているだけあって筆記試験の成績はよかったようだ。

 

 「乾物屋の跡取りが数学や会計駄目だと格好がつかないだろ」

 

 「ごもっとも」

 

 「それに俺が会計出来ないと人を雇わないといけなくなるしな。一人分余分に給金が必要になるんだ」


 「しっかりしてるね」


 「うちは結構大きいからな。人件費は減らさないと」


 ヤオの家は僕の育った街で店を構える乾物屋で従業員は30人くらい。

 田舎の店としてはなかなかの規模だと言える。

 前世で言うと中小企業の跡取りといったところ。

 所謂お坊ちゃんというのだけど、親が厳しく躾けたらしく贅沢をしているのを見たことがない。

 

 「商家は大変ね。あたしは美術専攻だから楽な物よ」


 そう言って僕達の前にひょこっと現れたのは仕立て屋のミン。

 ミンは黒髪をおさげにした可愛い女の子で子供の頃から手先が器用だった。

 

 彼女の家は仕立て屋で服を扱うから会計や美術がメイン。

 美術がないと布生地の良しあしがわからないからね。

 田舎町では数少ない仕立て屋なので僕達の着ている服は、ほぼ全部ミンの家で作られたもの。

 体のサイズもお互い知った中なのだが服はとても高価なので大きめのサイズに作られる。

 ミンは胸が小さい事を気にしているが、そんなに思うほど小さくない事を僕は知っている。


 「うちは猟師だから弓と数学と気象学ね」

 

 ミンと一緒に現れたのは背中に弓を持ったクズハ。

 長い黒髪をポニーテールにした女の子で陽気で活発。

 スレンダーな体型をしていて子供の頃から山に入っているので無駄な肉が無い。

 この年で酒豪だったりする。

 

 猟師だから実技がメインだけど知識が必要なのは変わらない。

 クズハの家は猟師でイノシシやシカ、時には熊なども狩るし必要があれば弱い魔獣なども仕留める。

 毛皮や肉、珍しいところだと動物性の薬などを取り扱っているので薬学も必要だ。

 野外活動のエキスパートなので最も冒険者に近いと思う。


 「よっみんな揃ったな」

 

 「みんなお待たせ♪」

 

 待ち合わせしていたシンジとミレーヌも加わって久しぶりに幼馴染6人が揃った。

 僕がこの世界に転生して出来た友達6人は今日からそれぞれの道を行く。

 小さな田舎町だから顔を合わせる事も多いだろうけどもう一緒に遊ぶことは殆どないだろう。

 だからこれから飲みに行く。

 無事15歳になれたお祝いとこれからの未来に向かって。

 冒険者になる僕とミレーヌ、兵士になるシンジにとって本当に最後になるかもしれない。

 

 「ユキナが立派な冒険者になれるのを祈ってるわよ」

 

 そう言ってミンが僕の背中を叩く。

 僕は微笑みながら頷いてフレーベルの街へと繰り出した。

 もう二度と会えないかもしれない友と別れの酒を酌み交わす為に。

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