第6話 冒険者へ
武芸の塾と並行して神聖魔術の塾に通う道中楽しみなのは、毎朝この道を通るミレーヌと出会う事だった。
といっても親しく話す時間は無い。
僕は武芸と神聖魔法だけだがミレーヌはそれに魔法を学んでいる。
ミレーヌは子供の頃から冒険者になろうと決めていたようで、ミレーヌのお父さんも賛成してくれたという。
その日僕は珍しく纏まった時間が取れたのでミレーヌを食事に誘おうとしたが、ミレーヌに時間が無くて近くのカフェで済ませることになった。
「ミレーヌはどうして冒険者になりたいの?」
僕はビーフステーキサンドという牛肉のステーキを挟んだサンドイッチを食べていた。
傭兵の教官にしごかれてから食が太くなったのを実感するが、毎日身体を鍛えているのだから当たり前だと思う。
ミレーヌの教官は女性剣士で体力勝負のうちの教官とは違い、技と俊敏な身のこなしをメインに教わっているらしい。
剣と弓の授業が多く斧や槍は敵対した時の対処法は教わるけどそれ以上の事は教わらないそうだ。
女性は持久力と筋力で男性に不利だから剣技と弓で戦う事を求められている。
ミレーヌは女の子なのに大きなソーセージを挟んだパンを食べている。
いつも元気なミレーヌらしい食事だと思う。
「ボクの亡くなったお母さんは冒険者だったの。お父さんと結婚したから引退したけどよく色々な話を聞かせてくれたよ。凄く高い山の上に住んでる雪の巨人とか竜殺しの戦士の話とかね。お母さんの冒険譚を子守唄にしてボクは育ったんだ」
お母さんの話をする時のミレーヌはとても楽しそうなので僕も嬉しい。
まだ見ぬ世界の話をしてくれるミレーヌを見ていると、何故冒険者なんていう危険で何の保証もない生き方を選ぶ人がいるのかわかる気がする。
みんな夢を見る、夢を叶えたいと願っている。
その過程でどんな運命が待ち受けようとしても生きている事を実感したいんだ。
僕も前世でベッドから動けなかった人生を送ったからよくわかる。
人は必ず死ぬ。
一度しかない生を思う存分に生きたいと思うのは当然だと思う。
僕は二度目の人生を生きているけれど一度目は生きていたと言えるか自信がない。
この世界の冒険者は金級ともなれば王侯貴族のように敬われ普通は爵位が与えられる。
だが底辺の銅級青銅級はその辺りの兵士より収入が低く、その日暮らしが続く。
上手くいけば社会階級の上位だけど失敗すれば末は乞食とも言われる厳しい世界。
だからこそ夢を見る。
困難も大きいが夢が叶ったらと前を向く。
「僕もそんな冒険がしたいな」
そう言ってミレーヌと握手して僕達は別れた。
冒険者になる為の登竜門はもうすぐだ。
試験は技能と筆記で行われる。
といっても殆どの人は冒険者なんて不安定な道を目指している訳ではなく、大半は兵士や教会や役所へ勤める為に試験を受ける。
僕や兵士希望の人は武官試験があるが教会や役所などを目指す人は文官試験だけでいい。
ここでの試験結果が将来将軍や大臣へと至る第一歩なのでみんな必死だ。
「まさか本当に武官試験で会うなんて思わなかったぜ」
そう言って笑うのは父親が兵士で僕の幼馴染のシンジ。
心なしか背が高くなり筋肉もついたようだ。
僕の通った塾とは違い集団戦を主に教わる塾に通ったので個人戦なら兎も角、集団戦でシンジに僕は勝てないだろう。
「シンジはやっぱりお父さんの跡を継いで兵士になるの?」
「そうなるな。と言っても親父みたいに兵卒で終わりたくないから武官試験でいい点取って、下士官養成所に入りたいけどさ。年々難しくなるんだよな。最近戦争が無いから軍隊は暇でさ。下士官もいらないんだよ」
「いい事じゃないか」
シンジの嘆きには同情するけど兵士が暇なのは良い事だ。
うまくいけばシンジは下士官を経て大きな街の衛兵か治安兵という警察官になって一生を終えるかもしれない。
そのほうが良いと僕は思うがシンジはきっと将軍とかになりたいんだろうなと思った。
武官試験は試験官と屋外の試合場で一対一で行われる。
武器は何を選んでも良く、僕は使い慣れた木剣を選んだ。
剣を持った腕を引き、重心を前に出して身体に叩きこまれた身構えを行う。
試験官が剣を振りかぶり打ち込んできた。
身体の軸を動かして避けるなんて芸当は出来ないから受け止めようと剣を構えるが、試験官は僕の剣を見抜いていたようで掠りもせず腕に打ち込まれた。
痛みに剣を取り落としそうになるも踏みとどまり構えなおしてこちらから打ち込む。
僕の剣筋は読まれているのはわかっていたのでそのまま鍔迫り合いになり身体を押し付ける。
隙を見て足技にしようとしたがそう簡単にはさせてもらえない。
しばらく押し合っていたが根負けした僕が身体を離して一旦下がろうとした時だった。
僕の隙を突いた試験官が剣を横凪に払い僕の手から剣を跳ね飛ばしたのだ。
そのままピタリと僕の首筋に剣を突きつけようとする試験官。
咄嗟に何か武器は無いかと手を探ると石が数個手に触れる。
迷う暇も無く石を拾い試験官に投げつけるとそのまま体当たりをした。
僕と試験官は砂と石の上を転がり上手を取った僕は試験官の手を押さえて剣を封じて手刀を試験官の首に当てる。
「降参だ。しかし相変わらずロイド門下は泥臭い戦い方が好きだな」
「すみません」
「いやそれでいい。格好つけて死んでは何にもならないからな。ただ何度も通用する手ではないからもっと剣を鍛えるように」
そう言って試験官は青銅級の点数をくれた。
剣術が青銅級という事は最低限の技能は持っているという事にプラスして応用が利くという事だ。
その辺のごろつき相手には戦えるという程度と思って貰えればいい。
☆☆☆
「つかれたあ」
僕がぐったりと試合場の外れの木の下で倒れているとタオルを持ったシンジが僕の顔に濡れタオルをかけてくれる。
「おつかれさん。しっかしひどい戦い方だったな。あれで青銅級って試験官甘くないか?」
呆れた様子のシンジに僕は言い返す事もできず苦笑いするしかない。
「そういうシンジはどうだったの?」
「俺は銅級。まだ未熟だけどこれから伸びるってさ」
兵士で銅級なら十分な成績だと思う。
これで座学がよければシンジはもう一歩で下士官に届くだろう。
「そっか。銅級なら十分強いじゃないか」
「剣に限ってはだ。ユキナのとこはロイド教官だろ。あそこは斧とか槍とかも教える変わり種だからな。いざって時はユキナは俺より強いかもな」
そう言いながらシンジは濡れタオルで僕の頭をわしわしとかき回す。
「ま、剣に関してはユキナが上ってのは変わらないからな。がんばれよ」
そう言って上機嫌なシンジ。
自分より上位成績者を素直に祝福できるシンジが親友でよかったと思い、シンジを見つめる僕だった。
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