第2章 冒険へ
第8話 初クエストは戦争
冒険者になるのに資格はいらない。
ただ実力があればいい。
冒険者は社会的保証が無いからお互い相互互助組織を持つ。
それが冒険者ギルド。
ここでは傷ついた者や困窮した者の手当てや当面の宿泊、冒険仕事の斡旋などを行っている。
反社会的組織として見られることも多い冒険者にとって唯一安らぐ事の出来る場所だ。
「ここか」
フレーベル国の首都フレーベルにある冒険者ギルド『斜陽の都亭』
ここに登録に来たのだ。
大きな酒場を併設したホールと仕事依頼の掲示板、受付では個別に仕事の斡旋が行われる。
新規登録者は氏名と連絡先の宿と契約金を支払う。
ギルドは世界中から求められた仕事を割り振りその報奨金から経費を取って運営されていた。
そう毎回ドラゴンが出没する訳ではないので派手な仕事は無く、あっても歴戦の冒険者が依頼を持っていく。
駆け出しの僕は地道に腕を磨いていくしかない。
世界に名の知れた冒険者でも最初はそうなのだ。
僕は意を決して冒険者ギルドの扉を開いた。
受付は木で作られた長いテーブルに数人の女性が腰かけている。
手続きがわからないので聞きながら登録するとあちこちたらい回しされ、最後に受付嬢のマリアさんの所に座らされた。
本名マリア・ラ・ロシェール。
黒髪ショートカットで茶色い瞳の丸顔の優しそうなお姉さん。
今年24歳になる女性で僕の世話役でもある。
世話役とは冒険者ギルドで登録した時にフォローしてくれる人で、パーティ編成をしたり手頃なクエストを紹介してくれたりする。
「ようこそ斜陽の都亭へ。新規登録歓迎するわよ」
そう言って僕の書いた登録証の書かれた紙に判を押し、手で印を組み紙に赤色の光で許可の署名をする。
これで手続きは完了だ。
署名された紙は封をされギルドが保管する。
「はい許可証。無くなっても再発行できるけど手続きに時間がかかるから肌身離さず持っていてね」
そう言って丸の中に獅子が描かれたペンダントを手渡してくれる。
裏に何か魔法語で記入がされているが何を書いてあるのかわからない。
「これって何が書いてあるんですか?」
「あなたの名前と技能級。所属ギルド名と証明書。これがあれば各地の冒険者ギルドで仕事の斡旋と保護が求められるわ」
なるほど許可証兼パスポートという事か。
大切に首から下げておく。
「早速だけどあまり嬉しくない依頼、というかほぼ強制参加の依頼があるのよ」
「強制参加ですか?」
「戦争よ。フレーベル国の同盟国ティタニア王国が妖魔を主力にした魔王軍に攻められているわ。その兵士として参戦するようにとの事よ」
「ちょっと待ってください!!冒険者は傭兵じゃないですよね!?」
僕の当然の疑問にマリアさんは困った顔をする。
それは当然だろう。
冒険者がどうして傭兵のような仕事をしなければならないのか。
「冒険者っていうのは微妙な立場なのよ。国家に定住している訳でもなく税金はギルド経由でしか払わない。もめ事を起こす事も多いしその後始末の付け届けとか色々とね。冒険者はならず者と同じ国家にとって厄介者って訳。だからこういう時は積極的に参戦して人間側に忠誠を尽くさなくちゃいけないのよ」
そんなの初耳だ。
冒険者の扱いが良くないとは聞いていたがこれほどだとは思わなかった。
「もしその依頼を断ったらどうなりますか?」
「冒険者ギルド登録永久抹消ね。そのくらい重い依頼なのよ」
そんな事になったら一大事だ。
でもまさか最初の依頼が戦争なんて思いもしなかった。
「相手はあまり強くない妖魔が主体の魔王軍だし、まだかけだしのユキナ君は危険な場所に配置される事は無いわ。冒険者は個人戦は得意でも集団戦に不向きだから軍部も兵力としては期待していないし。ただ逆に言えば捨て駒にされる可能性もある。もし嫌なら断ってもいいのよ。命を惜しむのは当然の事だわ」
「もし魔王軍に負けたら沢山人が死にますよね」
「魔王軍は残虐だから沢山の人が死ぬわ。街や村は焼き払われて略奪されて避難民が溢れるわね。治安と衛生の悪化でさらに犠牲者が出るでしょう」
沢山の人が死ぬ。
そんなの受け入れられない。
この依頼を受けなければ冒険者として誰の保護も無く生きていかなければならない。
はぐれ冒険者なんてごろつきか野盗の類と同じだから討伐されるかもしれない。
冒険者でなくても戦争なら、いずれ徴兵という形で戦争に巻き込まれる可能性だってある。
つまり選択肢はあまりない。
沢山の人が死ぬなんて絶対に嫌だ。
前世で何もできず死んだ僕は誰かの為になりたいと願った。
それなら戦場に立つのは嫌だけど受けるべきだろう。
「わかりました。その任務を受けます」
「……必ず生きて帰るのよ。ユキナ君はまだ冒険者らしいことを一つもしていないんだからね」
マリアさんが手続き印を押し魔法で印を唱えると正式な依頼受諾となる。
僕の冒険者としての第一歩は戦争と決まった。
☆☆☆
「戦争か……やだな」
紙カップに入ったティカというコーヒーみたいな味がする飲み物を飲みながらギルドの窓を見上げる。
空は青いのに僕の心は灰色だ。
戦争。
前世の日本では馴染みがない言葉。
教科書やゲームの中でしかしらない世界。
僕もゲームでよくミスをして無駄な損害を出した事がある。
今度は僕があの数字のように消費されるのか。
そう思うと身震いした。
「あっユキナ!!ユキナもここに登録したんだ」
そう言って聞き覚えのある片思いの女の子の声が聞こえて僕は伏せていた顔を上げた。
「ミレーヌ!!」
先ほどまで鬱だった気分が晴れていくのは自分でも単純すぎると思う。
それ程ミレーヌは僕にとって大切で愛しく安心できる存在だった。
ミレーヌの所へ駆けていくと数人の20代前半くらいの女性がいた。
金属鎧を着た人が1人、前世で武士が着ていた具足を身に着けた人が1人、皮鎧を着た人が2人、ローブを着た人が1人。
「おっこの子がミレーヌちゃんの馴染みかい」
赤毛で皮鎧を着た人が口笛を吹くとミレーヌが頬を赤くする。
「そうだよっ!!ボクの幼馴染のユキナ!!」
「仲いいな。あたい達は適当に今夜の男探してるからさ。ミレーヌも思い残す事無いようにな」
赤毛の女の人がそう言ってミレーヌと一緒にいた人たちは酒場へと向かっていった。
僕はミレーヌと再会できた喜びでいっぱいだったが、赤毛の女の人が言った思い残す事が無いようにという言葉。
その言葉の意味を知ってミレーヌ達も戦争に行くのだと悟った。
「……ユキナも戦争に行くんだね」
「うん。ミレーヌはさっきの人たちと一緒に行くの?」
「うん。ギルドの人たちが手配してくれたの。ユキナも他の人たちと一緒に行く事になると思う」
「ミレーヌは落ち着いてるんだね」
「そう見える?」
「うん」
僕とミレーヌはギルドの窓から空を見上げる。
空には天馬騎士と竜騎士の編隊が南へと飛んでいく。
もう戦争は始まっているんだ。
「ユキナこれ貰って」
そう言ってミレーヌは僕に宝石を一つ手渡す。
小さな紫水晶でお守りの一種だ。
これを身に着けると戦争で敵の矢に当たらないと言われている。
前世でいうと千人針のようなものか。
「ありがとう。それじゃ僕もこれあげる」
僕は小さな赤い宝玉を手渡した。
戦争になるとこういうおまじないの類がよく売られる。
お互いこんなものが役に立つとは思っていないがミレーヌがくれた紫水晶ならご利益がありそうな気がした。
「ボクきっと生きて帰るから。その時はボクと一緒に冒険してくれる?」
「勿論。僕はきっと生き残るよ」
僕とミレーヌはそれ以上何も言えず二人で夕暮れまで会話を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます