第2話







「よかったら、ウチで働かないかい?」




お先真っ暗だった俺の人生が、この変なおっさんの一言で全て変わった。


そんな事を、桃色に頬を染めたお嬢様を眺めながら思い返す。


昔の俺は…両親が蒸発し、頼れる親戚もおらず、それはもう絶望的な状態だった。


当時小2、当然ながら余裕で働けない年齢のせいでバイトも出来ず……遂にはボロアパートも追い出され、保護施設という発想も無いままにもう死ぬしかないと思いながら寒さに身を凍えさせ、なけなしの小銭を握りしめて公園に行った時だ。

──ちなみに公園に行ったのは自動販売機で暖かい飲み物を買うためである。ジュース飲んでんじゃネーヨハゲ!


で、まぁ。そこに、変なおっさんがいた。

いや、本当に変なのだ。「今どき、そんなんヤクザでも着ねぇよ!」と突っ込みたくなるような白いスーツを着て、派手な柄のネクタイを締めたオールバックの男。


そんなおっさんが、ベンチに座って凍えてた。


もうね、バカかと。何をしているのか聞いたら、財布及び携帯を持ってくるのを忘れた上にクソ寒くて死にそうだと。

なんか可哀想になったので、とてもとても寛大な心を持った優しき俺は横にあった自動販売機で有り金叩いてココアを買い、手渡した。


凄い感謝された。それはもう雪が積もった地面で冷やし土下座するんじゃないかっていう勢いで。


色々聞かれたから、身の上話をした。おっさんは適度に相槌を打って、いいリアクションをしてくれるからついつい喋らなくていい事まで喋った。聞き上手って、こういう人のことを言うのだろう。


俺の話を全部聴き終わったおっさんは数回頷き、タバコを懐から取り出して咥え、火をつけた。

次にポケットから名刺を出して、俺に言ったんだ。


そう、前述の通りのセリフ。

その後に、「もちろん、衣・食・住の全てを保証しよう。お給料も色を付けるし、そこまで酷な仕事は頼まない。ちなみに完全週休二日制だ。どうかな?」なんて、某鬼畜サイコ裸エプロン野郎とは正反対な事を言ってきた。


おっさんはどうやら当時の俺でも知っている程の大手である『白老しらおいグループ』の当主であるらしく、俺の面倒を見てくれるという提案。


もちろん、二つ返事で了承。

まぁその後もなんやかんやあって、あれから約10年が経過した今でも俺はこの屋敷で働いている。













メイドとして。




……名乗っておこう。俺の名前は東雲茜斗しののめせんと、高校2年。

性別は───男。

職業は白老グループCEO……おっさんの屋敷の、使用人。業務内容は、おっさんの娘…つまりお嬢様のお世話。


やはりあのおっさんは馬鹿だ。なんでこんな事になったのか未だに理解出来ていない。

使用人として雇うのは分かる。すげーよく分かる。

だが今の俺が着ているのはタキシードでは無く、白黒のメイド服。

所々に給仕のしやすいような匠の粋な計らいが施され、しかしそれでいてその気品を保ったコンセプトカフェとは全く違う本場のメイド服。


何故か。

おっさん曰く、「ウチの可愛い娘がお前に恋でもしたら大変だから」と。当時のお嬢様は恋に恋するお年頃だった為、でっかい屋敷とは言え同年代の男が同じ屋根の下で働いている、という状況は避けたかったんだろう。


で、女だと見事に騙されたお嬢様は俺を気に入ってしまい、バラすタイミングも無くそのまま性別偽装を続けて引っ込みがつかなくなり、今に至る訳だ。



壁に備え付けてあった姿見をふと見ると、そこにはハイレベルな美貌を持つ女性が佇んでいた。

──てか、俺だった。


少し余裕のある服で体型を誤魔化し、熟練の化粧能力で整えられた自然なメイク。

どこの誰が見ても、美少女だ。


「やっぱり、茜でも分からない?」


茜、と言うのは俺のメイドとしての名前。茜斗せんとから斗を取って、あかね。わぁ簡単。


「そうですねぇ……」


で、まぁ。お嬢様は知らないが、俺とお嬢様は高校のクラスメイトだ。

出来る限り直接関わらないようにはしていたつもりだが……、どうしてこうなった。


「男っていうのは、女に迫られれば拒否できないって言うけど。私はそうは思わない。」


「そ、そうですか……」


どうすんだよこれ。

『お嬢様の美貌があれば男なんざイチコロですよ☆』なんて言うのは簡単だが、じゃあお前承諾すんのかよ?と聞かれれば答えは否である。


だってそうでしょ。我、使用人ぞ?しかも俺がメイドやってる理由って、おっさんが娘を恋させない為だぞ?


そしてこの助言の上で断ったとすると、『お前如きに俺様が靡くわけ無いだろバーカ』という意味になりかねん。許せねぇが?殺すぞ?


さて、ここで満17歳の東雲茜斗に選択肢。


A.『茜』としてお嬢様の願いを叶えるため、承諾する。

B.保身の為、断る。


……なんだぁ?この選択肢……。地獄か……?


「というか、お嬢様は何故その男に気が?」


「え、うーん……なんでだろう。なんか、安心する雰囲気で……雑な様で周りに気を配ってて……なんだか知ってる人な気がして。」


「それで、目で追いかけている内にいつの間にか──と?」


「うん、流石茜だね。私の考えなんて丸わかり。」


あー、あー。どうすんだよこれ。顔とかじゃなくて普通に内面性格で惚れられてるよ。お嬢様の鑑か?


でもな、一つだけ問題がある。


「お嬢様はその方と話した事は?」


「─────……無い、です。」


そう。俺は学校でお嬢様と喋った記憶がほとんど無い。


「まぁ、今のところ論外なのですけれども。ひとまず、顔を合わせたら何かしら話す程度の仲になってから考えた方が良いのでは?」


「ぐぅ、ごもっとも」


しかしこれは好機。

お嬢様と「東雲茜斗」はまだほぼほぼ接点が無い。つまるところ、実際話したら全然やんけコイツ!と冷まさせる事が可能!

冷まさせる事が出来なかったとしても、その前に俺が彼女を作れば諦めさせられる!これに関しては現実的ではないが。


しかし前者ならば!直接断って悲しませることも無く、安全にこの危機を脱することが出来る!

あー天才ですこれ。これしかない。


俺はまだこの仕事を辞める気はサラサラないのでね。

辞めたら衣食住一気に失うからね。それなりにお金は貰ってるけどさ?こんな煌びやかな屋敷で生活してるとなると、ね。

人間ってのは1度生活水準を上げてしまうと下げるのが難しい。


あとおっさんの娘奪うとかもう、どんな報復喰らうかたまったもんじゃない。最悪社会的に死ぬ。


お嬢様のお世話をして10年は経つ。勿論お嬢様の幸せが第1になるのも無理は無い、が!1番大切なのは自分に決まってるだろバカヤロー。

え?最低?


うるさくね?


「まぁ、今日話しかけてみては?」


「うぅん……怖い……」


「怖い人なのですか?」


「いや、違うよ!?とっても優しいよ!?」


「なら話しかけましょう。受け入れて下さるのでは?」


「たぶん……でも、恐ろしいよ。」


「なにを言いますか。社交界で散々恐ろしい人と関わっているでしょう。」


「それはそうだけど……あ、茜が私の高校に転校して、橋渡しするとか!」


「ダメです。私はあくまで使用人、お嬢様の御学友などと言う立場になる事は許されません。」


「またそんな事言って……」


てか、既にいるし。なんならその東雲茜斗本人だし。


「考えるより行動した方がよろしいでしょう。お嬢様らしくありませんよ。」


「案ずるより産むが易し、ねぇ。……分かった!じゃあ、行こうか!」


「はい。」


パッ、とお嬢様の顔が華やぐ。いい事なんだけどね、お嬢様が明るくなればなるほど俺がどんよりするのはなんなんだろうね。

ガチャリ、と部屋の重厚な扉を開く。

それから手を2回叩き、言う。


「お嬢様が登校なされます、お見送りを。」


これで使用人が集まりました。すげぇ。何回やっても面白い。

使用人達を引き連れ、エントランス玄関口へ。


「茜、私に勇気を頂戴!」


「はい。勿論です。」


少し屈み、お嬢様の手を握る。


この勇気は何に使われるのでしょうか。

俺に使われます。わぁ、勇気のサイクルだね。これがSDGsですか。


ある程度で手を離すと、執事が通学鞄を恭しく手渡す。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ。」


お、外行きモードに変わりましたね。顔も先程の緩んだ顔が嘘のように凛々しくなっちゃって。おもろ。


「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」


頭を下げ、お嬢様を見送る。


───そして、背中が見えなくなった頃。


俺は、身を翻して自室へダッシュをキメた。

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