七話: Fight for the Pain You Serve(後編)

 轟音。


 飛び上がる“クリーチャー型”めがけ放たれた鋼鉄の稲妻は、首筋へと見事に命中した。

 

 ――ッッッッギィィィィィィイイイイエアアアアァァァァァァ!!


 怪物は大きな悲鳴を上げ、のけぞりながら体を痙攣させる。


「伏せろ!」


 総介が叫ぶ。真白は体を滑らせるように横へ倒した。全部で何トンあるかも分からない、広く積まれた大量の瓦礫をいとも容易く崩して押しのけ、巨体を完全に水平にした。

 それと同時に、真白は総介のことを片手で掬い上げていた。彼女の身体は総介の何十倍。手のひらだけでも彼の全身より大きい上に、ただ腕を動かすだけでも意識しなければ指先は時速数十キロにもなりかねない。しかし見事、総介は無事だ。

 真白は総介を掴んだままその手を自らの首筋まで動かし、包み込むように彼を守る。真白の繊細な身体操作、総介が真白を信頼し躊躇せず身を預けること、そのどちらかが欠けていたら彼は簡単に潰れてしまっていただろう。

 

 その直後――二人から見て後方に、横一文字の光が生まれた。ほのかに緑がかったその光線は、射線上にあった廃ビルのコンクリート壁を貫通し黒煙と炎を纏う。

 そして、そのまま光線は真白たちの方向へとスライドし始めた。“ソルジャー型”には遮蔽のせいで、直接轟音の主が見えてはいない。ならば一帯を丸ごと焼き払ってしまえばいい……恐らくそう思ったのだろう。あらゆる障害物をバターのようにいとも容易く溶断し、廃墟に焔の花を咲かせていく。

 火花が散り、爆発が起きる。その中に悲鳴が混じると、焦げた肉の匂いがし始めた。クリーチャー型が混乱から抜け出せぬままに首を焼き切られ、死んでいた。

 二人はただひたすらに光線が途切れるのを待った。幸いにも光線の高さは真白より少しばかり上を通っており、クリーチャー型のような末路は辿らずに済んだ。だがかかとの先からじわじわと、融解したコンクリートやガラスの飛沫が彼女の身体に降りかかる。それでも真白はひたすらに耐えた。

 やがて光が腰のあたりに来たところで、光線の動きが止まった。その少し後、ヴウウウゥゥン……という残響と共に光は細くなり、消えた。


「止まっ、た?」

「……? 真白、大丈夫か?」

「無事。総介さんは?」

「俺も無事だ。なぁ真白、頼みがあるんだが……俺をあそこの壁より上に持ち上げて欲しい。奴の姿を確認したい」

「壁……でも、こっちが見つかるかもしれないよ」

「どのみち奴は二発目を撃ってくるだろう。確かめたいことがあるんだ。再チャージされるまでの間に対策を立てるしかない」

「……分かった。慎重に行くね」


 未だ熱が残る、中腹からスッパリ切り落とされた廃ビルの影から、総介の頭だけがこっそりと現れる。

 廃ビルたちの遮蔽の向こう側、少し離れた位置にそれはいた。


 黄色い半球をいくつも付けた、燻ぶった緑色でドーム状の胴体。何本も生える細長い多関節の脚。まるでクラゲのようなシルエットで地に立つ、地球生物とは明らかに異質な巨体。

 ――巨大地球外生命体、“ソルジャー型”GHOE。


 その全身を総介の目が捉えた。

 彼は双眼鏡を使っていなかった。光の反射で発見されることを避けたというのも恐らくあるのかもしれないが、一番の理由は、彼の知りたかったことは肉眼でも分かるほどに明らかなものだったからだろう。

 体表に走る裂傷。付け根部分しか残っていない脚の残骸。いくらGHOEが地球外の存在だったとしても、状態が万全でないということは明らかだった。

 そして何より、ソルジャー型の胴体から伸びる、何本かの臍帯さいたいめいた有機的な管……それの繋がる先、ソルジャー型のすぐ真隣にもう一つの巨体があった。

 全長はソルジャー型と変わらないくらいだが、こちらは胴体の割合がより大きく、代わりに脚は非常に短い。胴体は半透明で、中心から淡く黄緑色の光が灯っている。

 このもう一体の巨大生物もまた全身がボロボロであった。むしろ損傷度合いはこちらのほうが大きそうだ。なにせすべての脚が地面に投げ出され、その場から動く気配がないのだから。


「やっぱりそうか」

「何が分かったの?」

「奴が接続している“プロバイダー型”は、自力じゃ動けないんだ。そいつが邪魔になってて奴も思うように動けていない」


 総介が確認したもう一体の巨大生物こそ、ソルジャー型に光線を撃つためのエネルギーを供給する存在、“プロバイダー型”GHOEであった。だが傷ついたその巨体と管は、エネルギー供給以外の面では完全にソルジャー型の足手まといとなっている。

 実際、今まさにソルジャー型が体の向きを変えようとするも、管が脚に絡まって苦戦してなかなか上手くいっていないようだった。


「光線が止まったのも、射線上にプロバイダー型が重なっちまってるから――――」

「じゃあ、影に隠れながらあいつを殺せば」

「勝機はある。だが……危険極まりない戦いになるぞ」

「平気。わたしはどう動けばいい?」


 ガキン、と音が鳴る。真白は“巨人砲”を地面に置き、総介を乗せていないほうの手で弾薬を砲に詰めていた。


「回り込みながらひたすらプロバイダー型のケツを撃て。俺はここから援護できそうなものを探す」

「……分かった。無茶はしないでね」


 真白は総介を手から降ろすと、袈裟懸けにしていた虹色で蛇腹状の結晶体――“エンタングル堆”を脱ぎ捨てた。


「お互いな。とにかく奴に光線を撃たせなきゃいい。行くぞ!」


 総介が走り出すのと同時、真白も身を反転して走り出した。一歩踏み出す度に土砂が激しく舞い上がり、爆弾が落とされたかのような重い音を響かせる。

 当然、それほどの存在感を放つ足音に気づかれない訳がない。プロバイダー型からソルジャー型へと繋がっている管を通り、ソルジャー型の胴体にある黄色い半球のうちの一つに黄緑色の光が集められていく。

 だがしかし、足音はプロバイダー型を間に挟み込むような位置へと移動する。ソルジャー型も位置取りを変えようとするが、繋がった管の短さと、その場を動けないプロバイダー型のせいで上手くいかない。無理やりプロバイダー型を引きずって動かしていたその時、プロバイダー型を爆炎が襲った。廃ビルの隙間から真白が巨人砲を発砲したのだ。

 エネルギーの供給が阻害され、黄色い半球の光が明滅している隙に、真白は再び走り出しながら次弾を装填する。横倒しになったビルの残骸を軽々と飛び越え、一瞬にして数百メートルの距離を動いていく。


 一方で総介もまた、戦車や軍用トラックが沈む瓦礫の海を走っていた。


「せっかく見つけた”ハチヨン”が光線でどっか行っちまったし……何か使えるものは……」


 走り回る総介がやがて見つけたのは、円盤状の台座と二又の脚が付いた、総介の足から胸のあたりまでの長さを持つ筒状の物体だった。

 そのすぐ近くには黒い丸筒もいくつか転がっている。

 総介はそれらを見つけ、一瞬パッと顔が明るくなったもののすぐに苦渋の表情に変わり、それでも筒状の物体と黒い丸筒二つをいっぺんに背負って来た道を戻り始めた。


「くっっっそ! やっぱ一人で運ぶもんじゃねぇなぁ!」


 火事場の馬鹿力、というものだろうか。叫びを真白の放つ砲撃音に隠しながらもドテドテとした足取りで総介は走り、廃ビルの階段を登る。

 先の光線によって見事に見晴らしを良くされた、現存している中での最上階まで辿り着いた総介は、息も絶え絶えになりながら筒状の物体を設置する。

 ビルの上からはソルジャー型とプロバイダー型の姿がはっきりと見えた。プロバイダー型は後方から煙を上げている。また一つ爆炎が起こった。真白はまさしく一撃離脱の動きで、撃っては動き撃っては動きを繰り返している。

 とはいえ、敵方もこのまま一方的に倒されるつもりはないらしい。ソルジャー型はその多脚でもってプロバイダー型を蹴り飛ばすかの如く押しのけ、強引に射線を確保したのである。

 その間に筒状の物体を設置し終えた総介は、黒い丸筒を開け中身を取り出した。それは鈍く輝く楕円体で、片方の端にを持っていた。躊躇わず、総介は楕円体を筒状の物体へと差し込み手を放す。


「っ、間に合え……頼む!」


 真白は射撃を中断し、廃墟の影へと飛び退いた。光は既に黄色い半球へと集まっている。グパァ、と花が咲くかのように半球が展開した。

 半球から光線が放たれる、その直前。――――筒状の物体、もといが火を噴いて、輝く楕円体81mm迫撃砲弾を空へと打ち上げた。

 

  ――ギュルル!! と奇怪な音を出し、真白の隠れた廃墟へと向いていた半球が、凄まじい勢いでソルジャー型の体表を動き、光の柱を天へと放った。

 光線の向かう先にあったのは、つい先ほど発射されたばかりの迫撃砲弾。なんと、ソルジャー型は秒速約二二〇メートル――時速換算で約七九〇キロ――で飛ぶ小さな的を狙撃したのである。

 しかしながら、ソルジャー型はこれにより真白に向けるはずだったエネルギーを消費してしまった。再チャージまでの時間を真白は逃さない。廃墟の影から躍り出ると、堂々と前進しながら巨人砲の引き金を引いた。

 ソルジャー型はこれ以上のプロバイダー型へのダメージを避けたいのか、自身が真白の正面に立つよう、動かぬ巨体を引っ張っている。

 そこへ総介が、残っていたもう一発の迫撃砲弾を発射した。

 迫撃砲とは本来、複数人で運用するものである。当然、総介単独では当てることなどできるはずもない。だが彼にとっては発射できるだけで構わないのだ。何故ならこれの目的はソルジャー型の攻撃ではなく、爆発により気を逸らすことなのだから――目論見通り、ソルジャー型がはるか後方で起きた爆発に動きを止めた一瞬、真白の砲撃が二体のGHOEを繋ぐ管へと向かった。

 プロバイダー型側の付け根付近に当たった砲弾は、管を何本か千切ることに成功した。送られてくるはずだったエネルギーが失われ、ソルジャー型の体から発光が失われていく。

 先端から出る煙が消えぬ間に、真白は腰のコンテナから砲弾を取り出し、人差し指で薬室へと詰めて再び引き金を引いた。

 だがしかし。ガリッ! と金属の潰れるような音がしたかと思うと、突如巨人砲の砲塔部分が爆発を起こした。

 元々戦車を改造して造られた非正規品、ここに来て限界が訪れたということか。


「もう少しなのに……でも!」


 片腕で顔を覆い、爆風を凌いだ真白は炎上する砲塔を地面に擦り付け強制的に鎮火させる。そして残っていた数発の砲弾をコンテナから全て掴み取り、巨人砲がかつて戦車だった頃に乗員が入っていたであろう空間へ押し込むと、両手で砲塔部分を押し潰してしまった。

 そして、爆発する金属塊と化したそれを右手で大きく振りかぶり――プロバイダー型へ投げつけた。


「うぅりゃぁぁぁぁあ!」


 大爆発がプロバイダー型を包み、体の中心から発していた淡い光を消滅させた。炎と煙と共に、赤黒い液体が全身から滝のように溢れ出る。至近距離にいたソルジャー型もまた、ブチブチと管を千切りながら横転する。


「…………やったか?」


 総介が呟き、双眼鏡を手にした。間違いなく、プロバイダー型は完全に沈黙した。


 一瞬の静寂。


 しかしそこへ、ソルジャー型が突如起き上がる。そして、予想だにしない行動を取り出した。

 プロバイダー型の亡骸に乗り上げると、なんと――――――自らの脚を、プロバイダー型に突き刺したのだ。

 そのまま搾り取るようにエネルギーを急速充填し、光線の発射口を開く。

 狙いは、総介だった。


「なっ……俺かよ! くそ!」


 総介が急いでビルの階段を駆け降りる。

 キュルキュルキュルキュル……と不気味な音をソルジャー型が鳴らす。滑稽に逃げる人間を嘲笑うかのように。人間の足ではここからどうしようと逃れることは不可能だと、そう告げるように。無慈悲に光は強まっていく。

 だが、その光は放たれることはなかった。

 何故ならば。

 血煙を掻き分け、背後からソルジャー型に飛びかかる者がいたから。

 その者の手には、ある巨大生物の“爪”を指先ごと引きちぎったものが握られていた。


「………………!」


 無言で、その者――真白が“爪”を振り下ろす。

 そして、ピンク色の鮮血が空に弾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る