六話: Fight for the Pain You Serve(前編)

 巨大な影がユラリと崩れ落ちていく様に、二人は息を呑んだ。

 総介は冷や汗をかきながら、まさか、と呟く。


「まさか……“ソルジャー型”か」

「っ……こんなところにGHOEゴーエがいたなんて……」

「それだけじゃない。光線が出せるってことは、“プロバイダー型”もセットでどこかに潜んでやがる。“ソルジャー型”単独じゃあれは出せないからな」

「エネルギーの供給係まで一緒、ってことだね……どうしよう、総介さん」

「流石に分が悪すぎる。見つからない内に逃げるしかない」


 ――ドォォン、と重い音を立て、“巨大化ヒヒ"の亡骸が地面に陥没を作り上げる。周囲の廃墟が震動し、真白が遮蔽にしていた廃ビルも破片をパラパラと彼女の肩に落としていく。


「分かった、けど、周りが結構ひどいね」


 こんな時に限って、月明かりは真白の巨大な身体を思い切り照らしていた。先の巨大化生物による、周囲を顧みない野生の戦いによって遮蔽物にできそうだった廃墟の多くは崩れてしまっている。加えて総介たちは、まだ緑色の光線が飛んできた方向だけしか情報を持っていないのだ。下手に動けばGHOEに身を晒し、光線で一方的に貫かれてしまいかねない。


匍匐ほふく、できるか?」

「もちろん」


 小さい動きでそっと真白が地面に寝そべり、総介がその腕上を走って彼女の肩まで移動する。真白が身に纏うワンピース上の衣服には、肩部に大量の通し穴――ちょうど安全帯の固定具を取り付けられる大きさの――が設けられており、その内の一つに総介は安全帯を付けた。

 ズズズ……と真白が動き出す。人間の数十倍もある巨体が動いているとは思えないほど静かに。

 無論、それは彼女が極めて気を張り詰め、慎重に体を動かしているためである。しかも両手には総介のトラックを持っているので、身体を動かすのは肘と足だ。隠密性は速度・労力とのトレードオフなのである。

 夜は無慈悲にも過ぎていき、赤色が空に塗られていく。真白の肩上で周囲を警戒していた総介は地鳴りを聞いた。

 残骸の隙間から僅かに見えるのは、燻ぶった緑色をした何本もの脚。それは一つの胴から四本どころではない多脚を生やしている。明らかに地球の生物ではない異形――GHOEが、蠢いている。

 真白も動きを止めはしなかった。表情が苦しみで歪められ、右腕の傷が開こうとも。見つかれば全てが終わってしまうから。


 どれほどの距離を逃げ続けたのだろうか。空がすっかり明るくなった頃、二人が辿り着いたのは、ある残骸の塊だった。

 土砂のように建物の瓦礫が広がる一帯の中に紛れていたそれは、角ばった金属の装甲、上体に長く伸びる砲を、そして脚部には帯状に連なる金属板を持った…………即ち、戦車。それが何両も転がっていた。だが、履帯が外れただけのものから、原形を留めない程に潰れてしまったものまで、程度の差こそあれ確認できる全てが損傷していた。

 それだけではない。戦車と共にここで運命を共にしたらしい、ミサイルを搭載したトラック、りゅう弾砲といった兵装たちもまた、この瓦礫の海で沈黙していた。その中には、総介と似たような恰好で大型の携帯火器を持ったままたおれる人間の姿も、真白と似たような恰好で人間たちに手を伸ばしたまま斃れる巨人の姿もあった。


「ここは……」

「あいつと交戦して、やられたのか」

「総介さん、あいつとは今どれくらい離れられた?」

「奴は十一時方向、ちょうど遮蔽の向こう側だ。だが、まだ光線の射程圏内に入っている」

「何か使えそうなものがないか探したいな、って思って。総介さんのライフル弾を減らしちゃったし……今のままじゃジリ貧」

「だが呑気に物色しているだけの余裕はない……分かった、じゃあ先行して俺が行く」


 そう言うと総介は真白の肩から滑り降り、瓦礫の海へと駆け出した。原形を保ったまま横倒しになったものから、ほとんど砂同然にまでバラバラになったものまで、大小さまざまな残骸を掻き分け、総介は巨人の屍を目指す。

 放射状に広がる破壊の跡は、ある開けている。しかし総介が語った通り“ソルジャー型”らしき物音はその方向からではなく、かろうじて残った廃ビルたちの奥から聞こえている。

 沈黙する兵器の周りに決まって漂う腐臭に顔をしかめながらも、総介は潰れた戦車の天蓋を乗り越える。

 開きかけのハッチから、誰かの腕がダランと垂れていた。

 今にも助けを求めてきそうな顔で、誰かが鉄骨に刺さっていた。 


「絶対戻ってきて、埋葬してやるから……」


 そしてついに、総介は赤黒い瓦礫の上に伏せる巨大な亡骸の下へ辿り着いた。

 巨人がその手に握っていたものを確認すると、総介は真白に手を振って合図を送る。真白はトラックをその場に置くと、ハイハイのような体勢で遮蔽にそってやや回り込みながら彼の下へ合流した。

 真白が巨人の手を丁寧に外して持ち上げたそれは、一見すると戦車の砲塔部分に見える。実際それの大部分は戦車の砲塔そのものだった。しかし天蓋の一部は戦闘室が剝き出しになっており、車体があるべき下部には代わりに、強引に溶接したことが明らかに見て取れる持ち手と引き金が取り付けられていた。無論、巨人の手で握れるサイズのものが。


「“巨人砲”だ……非正式の、現地改修のやつ」

「使ったことは?」

「中部のにいたとき、これと同じような現地改修のを使ってたこと、あるよ。突貫工事だったからすぐに壊れちゃったけど」

「そいつはどうだ?」

「見た感じだとまだ撃てそう……」


 真白は弾が入っていないことを確認して、カチリ、と引き金を引いた。彼女の言うように砲身が曲がっているというようなこともなく、外面こそボロボロだが機能はまだ生きているように思える。

 その間に総介がせっせと戦車の弾を探しては運んでいた。砲身が戦車そのままであるということは、戦車の弾をそのまま使えるということでもある。

 そして周りには戦車の残骸がいくつもある。真白も近くに転がっていた大きな弾薬を――それでも真白からしてみれば指で簡単につまめてしまうが――拾い上げ、腰にケーブルで巻き付けたコンテナへと収納する。


「――よし、俺のほうも“ハチヨン”を見つけた。運んでくれ。そろそろ引き上げるぞ」

「うん。このまま下がろう」


 二人がトラックの下まで戻ろうとした、その時――ガタン、と何かが崩れる音がした。

 それは、瓦礫の海の中から。

 呼吸音さえ鳴らさずにヌルリと体を起こし、その姿を二人に晒した。


「うそ……」

「何か、いるってのか」


 それは、まるでカメレオンのように。

 白黒灰で彩った体表の擬態を解き現れたのは、グリンとした丸い目玉に扁平な鱗の怪物。透明なよだれを滴らせ、逸らすことなく真白を直視し続けていた。


「“クリーチャー型”……かよ」


 真白たちが一度戦ったのとは姿が異なるが、色々な生物のパーツを寄せ集めたキメラの如き醜悪さは同じ。“クリーチャー型”GHOEの別個体がそこにいた。

 それは即ち、挟み込まれた、ということを意味していた。


「っ……ごめんなさい。またわたしのせいで……こんなこと言い出さなければ、見つからなかった」

「真白なりに俺たちの先行きを気にしてくれたんだろ、気にするな。落ち込むよりも今は目の前の状況をどうするか考えよう」

「…………うん」


 “クリーチャー型”はなおもよだれを垂らし、吟味するように真白を眺める。襲われるのは時間の問題だろう。熟考している暇などない。


「奴と争ったら、間違いなく後ろの“ソルジャー型”が気づいて光線をブッ放してくる。近接戦で隠密に仕留めようったって、巨大なもの同士がぶつかる以上物音は誤魔化しようがない」

「でもこのまま大人しくしてたら、“クリーチャー型”に殺される」

「ああ。となるとほとんど一か八かの賭けだが……」


 総介が視線を、真白の手に握られたものへと送った。真白もそれだけで意図を察したように頷いた。


「…………やるしか、ない」

「分かった。――撃ったら、すぐに伏せる。総介さんはすぐ拾えるところにいて」


 グググ……と“クリーチャー型”の脚に力がこもる。

 真白も弾を一発取り出し、指先で巨人砲に装填する。ガキン、と音が鳴ったのを聞いてゆっくりと姿勢を作り、巨人砲を両手で構えた。

 そして。

 “クリーチャー型”が飛びかかるのと同時、真白は引き金を引いた。

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