五話: The Chosen And Destroyed
東へと進むにつれ、街の風景は変わっていく。
午前中まで総介が小綺麗ささえ感じていた街の裏側には、綺麗さとは真逆の崩壊が徐々に色濃く現れ出てきていた。外圧によって薙ぎ倒されたことを想像させるビルの中には、明らかに爆発物によって生成された穴が開いているものも散見される。
足元も不安定さが増し、いくらその巨体で細かい凹凸は問答無用で踏み越えられる真白といえども、慎重に足を置く先を選ばなくてはならなかった。
「ねえ、あれ絶対崩れるよね」
「ああ、絶対崩れるな」
真白は忍び足のようにゆっくりと足を置いたのだが、もはや建物ですらなくなったコンクリート壁はその僅かな振動で絶妙なバランスを失い、ガラガラガラ……と音を立てて崩壊してしまう。うぅ、と真白が苦い顔をした。
街で一番高いビルから出発したのは太陽が南中を少し過ぎたあたり――およそ午後一時から二時といったところ――であったが、太陽はもう既に大きく西へ傾いていた。
二人の移動速度が落ちているのは前述したような足元の悪さもあるが、もう一つ理由があった。
総介がビルの屋上から街全体を見回して東部の惨状を目にした際、彼は死体だけではなくいくつかの“動く物体”も発見していた。可能な限り接触、戦闘は避ける、そのために慎重な歩みとなっていたのだった。
「真白、あのあたりなら身を隠すのにちょうど良さそうだ」
総介が示したのは、横長の建物にいくつかのビルがドミノ倒しでもたれかかり、L字の遮蔽を形成している区画。真白はその角へとゆっくり近づいて、建物を背にするように片膝立ちの状態へ身を屈めた。
その視線はサーチライトのようにゆっくりと周囲を見回し、表情にはうっすらと緊張が表れている。総介も地面に降りることはなく、真白が抱えるトラックの上に乗ったまま夕食を食べた。安全帯もトラックに結んだままだった。
「総介さんは今のうちに寝ておいて。周りはわたしが見張っておく」
「真白もだ。交代で休もう」
それからしばらく、総介と真白は一定の時間ごとに見張りを後退しながら休んだ。総介が見張りをするときは真白に遮蔽物の上へ乗せてもらい、交代するときは真白の手の中へと降りてそのまま眠った。
日が完全に沈み、二人が周囲の状況を知るには微かな月明かりと音だけが頼りとなった。遠くで不規則な崩落の音と、ドン、ドンと地面を鳴らす音が聞こえる。
いつの間にか総介はトラックから取り出した小銃を肩に掛けて見張りをするようになり、真白は休む時も片手に“爪”を握るようになった。“爪”は昨日“クリーチャー型”との戦いで破損した巨大ナイフの代わりとして、“クリーチャー型”の死骸からもぎ取ったものだ。
事態が動いたのは、五回目ほどの交代で総介が見張りをしている時だった。
――――グルルルル……!
それほど遠くない位置で、低い唸り声を総介は聞いた。次いで聞こえてきたのはキーキーと甲高い音。どちらも何かの生き物が威嚇として出している鳴き声のように聞こえる。
総介が真白に合図を出そうと後ろを振り向いた時には、既に巨大な手がズイっと伸びていた。暗がりの中でありながら素早く手の中に移り、人差し指の付け根に安全帯のロープを結びつけると、総介は真白の手のひらをポンポンと二回叩く。すると巨体が静かに動き出した。
物陰から物陰へと移り渡り、二人は鳴き声がする方向を注視する。もしも鳴き声の主が巨大生物であったなら、たとえコンクリート製の建物の影だろうと安全地帯とは言えない。さらに言えば鳴き声の種類からして少なくとも二種類の生物が互いに威嚇しあっている状況のようだから、もしも戦いに発展して、勢い余って自分たちの隠れる建造物に突っ込んできたらたまったものではない。それゆえ、場合によっては即座に退避できるよう、真白の腕にはトラックが抱えられたままだった。
キーキーと吼える声。激しく地面を鳴らす足音。二人がビルとビルの間に垣間見たそれらの片方は、真白と同じくらいの大きさをした、巨大なサルの一種のようだった。もう片方は建物の影に隠れて姿が見えないが、ガルルルルル! ガァァァァウ! とけたたましい咆哮が、
「下がるぞ、真白。片方は巨大化生物だ。たぶんサルの仲間」
「もう片方は? “GHOE”じゃない?」
「確認できない。だが少なくともデカブツではある」
音を立てないよう、ゆっくりと二人は後退する。直後、威嚇の声は攻撃の合図へと変わり、激烈な地響きと鈍い衝突音が絶え間なく奏で始められる。
ビルの隙間から見える、巨大化サルを突き飛ばすもう片方の巨大生物の正体は、犬、あるいはオオカミ。開けた口から生える鋭い牙が、月明かりに照らされギラリと輝く。
ガウウウウウルルルルル!! ギィィィィーー!! と両者の叫びが交差する。既に地響きだけでいくつかの建造物が崩落を初めていた。総介と真白は移動しながら、建物の間から僅かに見える戦いの様子を伺った。
総介は小銃のスコープ越しに、二体の巨大生物を観察する。小さなスコープでは激しく動き回る両者の動きを捉えるのは難しかったが、総介は生物の特徴を捉えることができたようだった。
「もう片方も巨大生物と見ていいだろう。“巨大化オオカミ”ってところだな。サルっぽいのは、あれはヒヒかな」
「よく分かるね」
「まあな。GHOE――“ハーヴェスター型”が生物を巨大化させる力を持ってるもんだから、軍人でも生物の知識は持ってて損じゃないのさ」
総介が語っていると、二人の視界を遮っていたビルを貫いて“巨大化ヒヒ”が飛び出してくる。それを追いかけるように“巨大化オオカミ”もビルに二つ目の穴を開ける。支柱を完全に失ったビルは空中分解しながら瓦礫に変わった。
完全に二者だけの世界に入っており、遠くの物陰に潜む真白と総介はおろか、すぐ近くにある建物も全くもって眼中に入っていないようだった。まるで
野生生物の争いもここまで巨大だと圧倒感と危険性が桁違いだ。互いに獰猛さを露わにした戦いで、共に出血が隠せないほどに傷ついている。このままどちらかが失血死するまで噛みつき引っ掻き合うのかと思われたが、戦いの中で巨大化ヒヒは自らの知性を思い出したようだ。近くにあったそれなりの大きさのコンクリート塊をおもむろに掴んでオオカミを殴りつけたのである。
武器を手に入れて興奮したのか、ドコドコと飛び跳ねる巨大化ヒヒはさらに『地の利を得る』ことも発見する。壁面を豪快に崩しながらビルの上によじ登ると、屋根の一部を引き剥がして投擲武器として使い始めた。
巨大化オオカミがビルを崩そうと両手の爪で壁を引っ掻くも、巨大化ヒヒは崩れる前に別のビルへと飛び移ってしまう。瓦礫を掴んでは投げ、掴んでは投げ、と一方的な攻撃に、巨大化オオカミの傷が次々と増えていく。
そして――巨大化ヒヒがビルの上から叩き付けた大きなコンクリート塊は、その強力な質量と位置エネルギーを巨大化オオカミの脳天へと炸裂させる。巨大化オオカミは悲鳴を上げる暇もなく、のけぞるようにビルから離れ、倒れた。
ついに決着がついたようだ。
勝者としてビルの上に居座る巨大化ヒヒは、動かなくなった巨大化オオカミを見下し、勝ち誇った雄叫びを夜空に響かせる。大きく胸を張り、血の付着する全身を月明かりの下に堂々と曝け出した。
その直後。
巨大化ヒヒの胸を、緑色の光線が貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます