2章
第1話
「おはよう。望月君」
「なぜいるんだ、澄村」
時刻は朝の七時半。
登校する前に朝食を食べようと家のリビングへと来た俺の目の前にいたのは、日本を代表する女優にしてクラスメイトの澄村瑠夏だった。
いや、なんで澄村がここにいるの?
なんで我が家に現役女子高生女優の澄村瑠夏がいるの?
え?
なにこれ夢?
それか妄想か?
そりゃ俺も男子高校生だ。
ある日突然女優が俺の家に来てくれたらな、なんていう妄想ならばやったことはある。がしかしそれはあくまで妄想であって現実には起こらない。
じゃあ夢の方か?
確認のために試しに頬をつねってみる。
ぎゅうううううっっ。
「痛いっ!」
加減を間違えておもいっきりつねっちまったぜ。
もっとゆっくりつねればよかった……。
「それはそれとして。つねっても痛いということは、これは夢じゃなくて現実か……?」
「ええそうだけど。でも変わった目覚め方ね。いつもそうやって起きているの?」
「いつもはもっと穏やかに目覚めてるよ」
「穏やかにつねっているの?」
「いつもはつねらねえんだよ」
こんな覚醒の仕方は今日が初めてだよ。
なんなら自分の頬を自分でつねったのすら今日が初めてだよ。
「俺の起床の仕方は今はどうでもいい。なんでここにいるんだ澄村」
「家にあげてもらったからよ」
「誰に」
「望月君のお母さまに」
「おふくろのせいかよ!」
なに人のクラスメイトを勝手に家に上げているんだまったく。
「愁。起きたのかい?」
噂をすれば影。
話していると、おふくろがちょうどリビングにやって来た。
「さっさと朝ごはん食べなよ。人を待たせてるんだからさ」
「ご配慮ありがとうございます、お母さま。ですが私は勝手に押しかけた身ですので、望月君は急がずにゆっくりと召し上がってください。私は待たせて頂きます」
澄村はにっこりと笑顔を作り、おふくろに告げる。
昨日の夕方に見たあの微笑とはまた違うタイプの笑顔である。
これはあれだな。
ビジネススマイルというか、相手とコミュニケーションを円滑にとるための笑顔だな。
まあ女優という仕事をしている社会人であるのだから、そういう笑顔を作ることもあるか。
学校じゃあんまり笑わないクールな印象があったけど、必要な場所や大人相手にはそういうこともあるのね。
「まあ出来た子だねぇ……」
感嘆しておふくろはため息をつく。
「愁。学校から帰ったら色々と聞かせなよ? あんたみたいなぼんくらが、こんな美人でいい子とどうやって仲良くなったのか」
「仲良くないけど?」
昨日一緒に帰りはしたし、日曜日に買い物に行く約束はしたが、別に仲良くなったわけでは……。
いや、一緒に帰って休日に買い物の約束をしたんだぞ。
これは俺的にはけっこう仲良くなってるな。
俺の人生の中で女子と一緒に帰ったことも休日に会う約束をしたこともこれまでなかったし。
相対的に考えて澄村が俺の人生で一番仲が良い女子なのではなかろうか。
「お母さま。望月君はぼんくらではありません」
俺と同時に澄村がおふくろに対して言う。
「望月君は私のことを救ってくれた、とても立派で素敵な人です。いくらお母さまでも彼のことを貶すことは許せません」
「……?」
ん?
なんだこの反応?
なんか澄村の反応がおかしくないか。
いや、ぼんくらという言葉を否定してくれたことは嬉しいんだけど、反応がちょっと過剰なような。
ここは「そんなことありませんよ」と苦笑いしながら言ってくれる程度が普通だと思うんだけど。
「へぇぇ」
おふくろは彼女の言葉を聞き、にやにやと笑っている。
「それは悪かったね。愁、今の言葉は撤回するよ」
「あ、うん」
「じゃ、私は若い二人を邪魔しないでおこうかな」
おふくろはそう言ってリビングを離れる。
そして去り際に小さい声で
「ふふふ、これはなかなか……。孫の顔は諦めてたけど、期待できそうだねえ」
と呟いていたのが聞こえてきた。
いったいなんなんだよ、おい。
「望月君。早く座って食べたら? せっかくの朝ごはんが冷めちゃうわよ?」
「あ、ああ」
促されるがまま席に座る。
机をはさんで澄村と向かい合う形になった。
「澄村はなんか食べるか?」
「私は家で既に食べてきたから」
「そうか。なら俺一人で食べさせてもらう」
用意されたいたトーストにかじりつく。
「それで話の続きだが」
「ええ。何?」
「なんで家にいるんだ。というか、なんでおふくろに家にあげられているんだ」
「私が望月君の家の前にいたからよ。玄関の前に立っていたらゴミ出しに出てきたお母さまが気づいてあげてもらったの」
「なんで家の前に立っていたの?」
「それはもちろん。一緒に登校するためよ」
「はい?」
え?
一緒に登校する?
そんな約束したっけ?
いやしてないはずだよな。
昨日約束したことと言えば、日曜日に一緒に出掛けることくらいだ。
そして今日は日曜日ではない。
火曜日だ。
「今日一緒に登校するって言ったっけ?」
「言ってないけれど、私はしたくなったの。ちょうど望月君の家は学校と駅の間にあるから立ち寄ってみたのよ」
「したくなったって、そんなコンビニの買い食いじゃないんだから……」
まあ、クラスメイトと一緒に登校することは別に珍しいことではないのだろうが。
「迷惑、だったかしら」
澄村が顔をこわばらせて言う。
「いきなり家に押しかけて、一緒に学校に行こうだなんて」
「迷惑じゃないよ」
俺は即答した。
澄村のこわばった顔が和らぐ。
……その顔を見て少し安心してしまった。
なんか、表現するのは難しいが、澄村にはこわばった顔はして欲しくない。
今みたいな顔をしてもらいたいんだよな。
「驚きはしたが別に迷惑じゃない。でもまあ、次からは事前に一声かけてくれよ」
「ええ。わかったわ」
澄村はうなずく。
「次からはきちんと伝えておくから」
「ああ」
「伝えるから、ラインを交換しない?」
「ああ。わかった」
お互いにスマホを出してラインの交換をする。
やったー。
澄村のラインをゲットだー。
これマジで貴重なんじゃねえのか?
このラインを喉から手が出るほど欲しがる奴は日本中にいそうだ。
とはいえ学校の奴なら俺以外にも持っている奴はいるんだろうけどな。
クラスの陽キャ連中なら普通に持っていそうな感はある。
まさか俺だけがラインを交換しているとかそんなわけでもないだろうし。
ピコン、とスマホが鳴る。
メッセージが届いた。
一瞬、澄村からメッセージが来たのかと思ったが違う。
宛先はおふくろからだった。
『千載一遇のチャンスだ。このチャンスを生かしなよ』
チャンスってなんだよ、おい。
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