第2話



 朝食を食べ終わった後、俺たちは二人で家を出て学校へと向かう。


 家から学校までは歩いて30分ほどだ。

 今の時間ならば余裕をもって学校へと行くことができる。


 そういえば、どうして澄村は俺と一緒に学校へ行こうと思ったのだろう。

 俺と彼女は特別仲が良いわけじゃない。


 考えられる可能性といえば……。



 ――はっ!



 そのとき、望月に電流走る(裏声)。


 そうかわかったぞ。

 澄村は俺のことが好きなのだ。

 いじめを止めた俺に惚れて、少しでも俺と仲良くなろうとしているに違いない。

 いやーモテる男は困ってしまいますなぁ。



 って、そんなわけないだろ。

 うん。ないない。

 

 だって相手は日本を代表する現役の女優だぞ?

 芸能界で俺なんかとはくらべものにならないくらいのイケメンだったり面白い人と触れ合ってきたはずだ。

 イケメンでもなく面白くもない俺が、ちょっと善行をしたくらいで惚れるわけがない。


 まあ俺が俳優並みのイケメンであればそんなこともあったかもしれないが、俳優並みどころかクラスで一番にすらなれないフツメン。

 なんならクラスの中じゃ下から数えた方が早い方だ。

 無理だね、うん。

 

 感謝はされているだろう。

 好意もあるのかもしれない。

 だがそれは恋愛感情ではなく、友情とかそっち方面の好意だ。


 わかりやすく言うとあれだ。

 いわゆる『良い人』だ。


 決して良い意味では使われない良い人という言葉……!

 女子にとっての良い人は「友人としては」という枕詞がついている。

 これに例外はない。


 悲しいが、決して男として求められているわけじゃないのだ。 

 

 あっぶねえ。

 危うく調子に乗って澄村が俺に惚れているとか勘違いしそうになったぜ。

 美人の子がクラスの陰キャに惚れるとか、そんな都合のいい状況は妄想の中にしかないのにな。


 

「あぶないところだった……」


「え? どうかしたの?」


「いやあなんでもない。なんでもない。ただ少し考え事をしていただけだ」


「そう? 道を歩きながら考え事をするのはそれこそ危ないからやめた方がいいと思うけれど」


「そうだな。やめておくよ」


 話しながら、勘違いしてはいけないと俺は心に深くとどめておく。

 澄村は俺と友人になりたいのであって、恋人になりたいわけではないのだ。



「そういえば。私、これから女優の仕事を少し減らそうと思うの」


「え?」


「とはいっても減らすのは平日の昼にある仕事だけで、休日や夕方以降の仕事は今まで通りやっていくけれどね」


「それは良いと思うけど、なんで仕事を減らすんだ?」


「仕事を減らして学校にくる回数を増やそうと思うの」


「なぜ」


「人間関係を少し見直そうと思ったから」


 澄村は告げる。


「私は今まで仕事にかまけて学校生活をおざなりにしていたわ。だから人間関係に問題ができて、いじめを受けていた」


「おい。あれは澄村の責任はないぞ。あいつら三人がクソだっただけだ」


「あの人たちがろくでなしであることを否定する気はないけれど、私に問題がなかったかといえばそうではないわ」


「問題なんて」


「あったのよ。いじめを受けてからはまだしも、そうなる前に学校の中でよくコミュニケーションをとっていれば、いじめにあうこともなかったかもしれないわ。少なくとも、その可能性を減らすような行動を私はしていなかった」


 澄村のその言葉にうなずきたくない気持ちがある。


 だってそうだろう?

 被害者にも問題があった、だなんて感情的には認めたくないものだから。


「別に私に原因があったというつもりはないわ。私が悪かった、なんてことも口が裂けても言わない。ただ、もう少しうまく立ち回っていたらと後悔していただけ」


 問題があったからと言って、別に悪いわけではないのだと彼女は言う。


「それより、問題を放置していることで状況は悪くなっていくものよ。今回は望月君に助けてもらったけれど、また似たようなことが起こらないように私自身の生活を変えていくつもり」


「だから学校にくる回数を増やすのか」


「ええ。クラスに友人を作ろうと思ってね」


「なるほどね」


 うん、と頷く。


「つまり俺がその友人第一号というわけだな!」


 これまでの話を総合するに、こういうことに違いない!


 澄村が俺に友情を抱いているのは明白。

 そして友人が欲しいという言葉。

 そこから導き出される結論として、俺を最初の友人としたいということだな!

 

 もちろんオーケーだ。

 陰キャはただでさえ友達が少ない。

 友達を増やせる機会を断る必要はないのだ。


「友人……」


 澄村は小さい声で呟き、拗ねたような顔をした。


 あれ?

 思ってた反応とちがうな。

 てっきりここは、「そうね」と苦笑しながらも頷いてくれるものだと思っていたのに。


 もしかして俺と友達になるのは嫌だったのだろうか?


 だとしたらすげえ悲しいんだが。

 陰キャが友達を作るのはかなり勇気がいることなんだから。

 そこは嘘でも快くうなずいて欲しい。


「友人ね。まあ、今はそれでいいか」


 今は!?

 澄村さんなんですかその意味深な「今は」という言葉!?

 いずれ友達じゃなくなるってこと!?


 まあ学年が上がってクラスが変わったら疎遠になることは陰キャにはありがちだから、そういうのは慣れっこといえばそうなんだけどさ。

 でも一人くらいクラスが変わっても変わらぬ関係を築ける友達は欲しいと思っている高校二年生の夏。


「そもそも望月君は勘違いしているかもしれないけど、私は普通に友達はいるわよ」


「え? いるの?」


 なんかさっきと言っていること違わない?


「ええ。今のクラスには話す人はいないけれど、一年生の頃のクラスメイトは友達は何人かいるわよ」


「そうなのか。友達いないのかと思っていたぜ」


「そういうことは思っているだけにしておいた方がいいわよ」


 確かに。

 まっとうなダメだしに反省するしかない。


「他にはしたいこととかあるのか?」


「他に」


 澄村はじっと考えて。


「他には。恋をするのもいいと思うわ」


「恋?」


「ええ。彼氏を作ったり」


 澄村はちらりとこちらを見る。


「デート、をしてみたりとか……」


「デートか。いいんじゃないか?」


「!」


 澄村は目を見開く。

 

「そうよね。やっぱりいいわよね。普通のデートもいいけれど、学生ならではのデートとかもいいわよね。例えば朝一緒に学校に行ったり、放課後に一緒に帰ったり」


 なんか具体的な目標があるんだな。


 だけどいいのか?

 朝一緒の学校に行くことがデートなら、今俺たちがやっていることもデートになるってしまうぞ。

 初デートがこんな陰キャでほんとにいいのか?


 いやまあ、俺は友達枠だからノーカンか。



「お前ならすぐに彼氏とデートできると思うぞ」


「そ、そう?」


「ああ、澄村は美人だからな。イケメンの彼氏とか簡単にできるはずだ。例えば隣のクラスにはサッカー部のエースのイケメンがいて――」


「そんな人に興味はないわ」


 さっきまでとは裏腹に、澄村の声が一気に冷ややかになる。


「ねえ望月君。最初に言っておくわね。私は顔が良いとか、部活動のエースとか、そういうものには興味がないから」


 うそ?

 女子ってイケメンとかエースとか、そういう人が好きなんじゃないの?

 イケメンのエースとかよだれ物の大好物なんじゃないの?


「私が好きなのは、傷ついている他人のために行動できる優しい人よ。よく覚えておいて」


「お、おう」


 なるほど。

 内面を重視するタイプか。


 俺は深い仲の友達がいないから、内面をよく知る人がいない。

 澄村の好みの人に関してはあんまり助けになれそうにもないな。

 

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