第6話



 そんなこんなで、俺は澄村と一緒に帰ることになった。

 どうしてこうなった。



「帰り道はこっちであっているのか?」


「私は駅の方に向かうけれど、望月君は?」


「家は駅と学校の間にあるから方角は駅に向かう方だな。ただ、駅から学校までの経路にあるわけじゃないから途中で少し道を外れるけど」


 なので駅に向かう澄村とは途中で分かれることになるだろうな。

 その間に、話さなければいけないことがあるのだろうが。



「いいのか? 俺と一緒に帰っても」


「ええ。今日の撮影にはまだ時間に余裕があるから。急いで帰らなくても大丈夫なの」


「そういうわけじゃなくて、俺みたいな陰キャと一緒に帰っても問題ないのかって意味だ」


 俺みたいなクラスの端っこにいる地味な奴と一緒にいて、マイナスイメージにつながらないだろうか。


 人はどうふるまうかだけでなく、どのような人物とつるんでいるかによって印象が形作られる。

 変な奴と一緒にいるだけで同類とみなされて悪印象をつけられてしまうものだ。

 俺のような陰キャと一緒にいるところを誰かに見られたらマイナスイメージをつけられてしまうかもしれない。

 真島のようなイケメンで華のある陽キャならマイナスイメージどころかプラスイメージになるんだろうけどな。


「……? 陰キャ? どういう意味?」


 俺の言葉に首をかしげる澄村。

 どうやら陰キャという言葉の意味はあまりよくわかっていないらしい。


「気にするな。なんでもない」


 まあ、これ以上深く掘り下げても面倒になるだけか。

 それにたった一回の下校中の短い時間なんだ。

 一緒にいるところなんて見られる可能性は低い。

 毎日一緒に帰っているなら話は違うかもしれないが。


 俺はそう判断して、澄村の話を前に進めるために本題を切り出すことにする。


「それで、いったい何の用だ?」


 隣を歩く澄村に対して質問する。

 まあ大体内容は想像つくけれどもね。


「あの人たちが転校したことについてよ」


 やっぱりそのことか。


「あの人たちって、相川たちのことか」


 あ、ちなみに相川とはいじめを行っていた三人のうちの一人ね。

 まあ忘れていいよこの情報。

 どうせもうこの小説にはその二文字は金輪際出てこないし。


「ええ。あの人たちが今日いきなり転校したのだけれど。これって貴方のおかげ?」


 直球で来たな。


「おかげって? どういうこと?」


「しらばっくれて。貴方が彼女たちを辞めさせたのでしょう」


「そんなことしてないぞ」


「嘘」


 俺の言葉にすぐに否定が入る。


「私がいじめのことを貴方に話してすぐにあの人達が不自然な形で転校した。貴方が何かしたに決まっているはずよ」


「不自然か? 家庭の都合って言っていたぞ。別によくある理由じゃないか」


「三人とも家庭の都合ってこと? バラバラの時期に転校したならともかく、全員同時に転校したのだから不自然よ」


 まあそりゃそうだよな。

 さすがにこの言い訳は苦しいと自分でも思っていた。


「隠そうとしないで。別に責めたいわけじゃないの。どちらかというと、その」


 澄村が目を伏せ、地面の方を見る。


「お礼を言いたいと思っているの」


「お礼ね」


 うーん。

 別に礼をされたくてやったわけじゃないからな。


「まあ、確かに俺が関係あるけどさ」


「やっぱりあなたのおかげなのね……」


 澄村は立ちとまり、俺の方をじっと見る。

 つられて俺も歩みを止める。


「望月君。ありがとう。貴方のおかげでわたしはいじめから解放されたわ。本当に、本当にありがとう……!」


 深々と頭を下げる澄村。


「どういたしまして」


 さすがに茶化す気にはなれなかったのでそう返事を返す。


「頭を上げてくれ。道の真ん中でこんなことをやられたら不審な目で見られる」


「そ、そうね。ごめんなさい」


 澄村はパッと頭をあげて苦笑する。


「ま、まあ。なんていうか。確かにあいつらを転校に追いやったのは事実だが、それは自衛みたいなもんだからな」


「自衛?」


「ああ。あいつらはいじめの標的を澄村にしていたけど、お前は毎日来るわけじゃない。今はときどき来るお前で満足していたが、次第に満足できなくなる。すると時々しか学校に来ないお前より、毎日学校に来る別の奴を標的にするだろう」


「いじめのターゲットが別の人になるかもしれないっていうこと?」


「そうそう。その時に標的にされるのは俺である可能性が高かったんだ。俺みたいな陰キャはいじめの標的になりやすいからな」


 という理屈をとっさに考えた。


 うん。

 とっさに考えたにしては筋が通っている。はず。


「だからお前のためとか、実はそんなわけでもないんだ。要は自分のために行動しただけだからな。あんまりお礼をいう必要はないぞ」


「そう。望月君は優しいのね」


 澄村は俺の方を見て、優し気な微笑をする。

 普段はテレビのCМでしか見れない、いやCМでも見れない魅力的な笑顔であった。 


 え?

 何その反応?

 ちょっと思っていた反応とは違う。

 俺の予想では、言い訳を聞いた澄村が「そう。それなら確かに必要以上に礼を言う必要はないわね」といつも通りにクールに言ってくれると思っていたのに。

 

 なんでこんな温かみのある笑顔をしているのだろうか。


「優しい?」


「私が気負わないように、気づかってあえてそう言ってくれているのでしょう」


「べ、べつにそんなことないぞ」


「望月君、嘘をつくとき目が泳ぐ癖があるのね。とてもわかりやすいわ」


「わかりやすいのか……」


「ええ。さっきも今も目が泳いでいる。嘘をついてる」

 

「ごめんなさい……」


 素直に謝罪する。

 自分に対して嘘をついているとわかってあんまりいい気分はしないよな。


「謝らないで。私は褒めているの」


「褒める?」


「ええ。人は嘘や隠し事をするとき、たいていは自分のためにするわ。私だってそう。自分のためにいじめのことを隠していた」


 別にそれは悪いことではない。

 特に澄村の件については、隠していても仕方のない事例だろう。


「でも望月君は違う。貴方は自分のためじゃなくて、他人のために――他人を気づかって嘘をつける優しい人」


「買いかぶりだよ」


「そんなことないわ。これでも女優なの。嘘や演技に関しては一流よ。他人が嘘をついているかどうか、なんのために嘘をつくのかはわかるの」


 特殊能力かよ……。

 女優ってすげえな。


「それに。いじめのことを他人に言わないでっていう約束も守ってくれた」


 あ、ああ。

 そのことな。


「この一週間で、クラスメイトや教師の人にいじめのことを言われなかった。それに、あの人たちが転校した時もいじめについては何も言及されていなかったわ」


「確かに言わなかったけど」


「約束を守ってくれたのね。ありがとう」


「単に噂話をする友達がいなかっただけだよ」


「別に噂話は友達でなくてもできるわ。仲が良くなくとも、隣の席の人とかに手あたり次第に言えばいいだけ。私のことを気づかって言わなかったの?」


「そういうわけでもない、ぞ」


「ふふ。目が泳いでるわよ?」


 すぐに澄村に看破されて嘘だと指摘される。


 クソ!

 もうなんも話せねえ!


「今のは私を気遣ったというより、ただの照れ隠しかしら?」


 おいやめろ。

 俺の嘘の傾向を分析するんじゃねえ。

 恥ずかしいだろうが!


「ま、まあ。お前の前では嘘をつけないことはわかった」


「ええ。それに貴方がどんな目的だったとしても、私が助けられたのは事実よ。だから感謝しているわ」


「助けられた、ね」

 

 ふう、とため息をつく。

 

「まあでも、助けたのが俺みたいな地味な陰キャで残念だったな」


「残念?」


「ああ。どっちかっていうと、真島みたいなイケメンで陽キャの奴に助けられたかったろ」


「そんなことないわ」


 澄村は真剣な面持ちでこちらに顔を寄せてくる。


「私は望月君に助けられて嬉しかった。他の誰でもない貴方に助けてもらったの」


「お、おう」


 近い近い。

 近いよ。


 俺と澄村の顔は十センチも離れていない。

 美人の顔がこんなに近づいてきてなんかもう見惚れてしまいそうになる。

 

「私を救ってくれたのは望月君よ。他の人間なんて関係ないわ」


「わかったわかった。わかったからもう少し離れてくれ」


 俺の言葉で、自分が男子に吐息がかかりそうな距離まで接近していることに気づいた澄村は、顔を赤くする。


「ご、ごめんなさい。すぐに離れるわ」


「あ、ああ。そうしてくれると助かる」


 あれ以上近づいていたら危なかった。

 何が危ないって、俺の感情が危なかった。

 危うく好きになってしまうところだったぜ。


 勘弁してくれよ。 

 ただでさえ陰キャは女に慣れていないんだ。

 急に近づいてこられたら好きになってしまうだろうが(よく意味がわからないかもしれなが、陰キャとは女が近づいて来ただけで好きになる生き物なのである)。

 しかも澄村はとんでもない美人だし。


「少し脱線したわね。それで、助けてくれて嬉しかったことは事実よ。だから今度なにかしらお礼をさせてくれないかしら」


「お礼って。さっきしてもらったろうが」


「お礼の言葉は述べたけど、それ以外のことをしたいの」


「いや、言葉だけで十分だよ?」


「ダメ。それじゃ私の気が済まないわ。何か欲しい物とかある?」


 物ねえ……。

 特に欲しいものなんてないけどね……。


「俺が欲しい物はない。澄村が好きに選んでくれていいぞ」


「わかったわ」


 澄村はうなずく。


「それじゃあ、次の日曜日に私がお礼の品をプレゼントするから一緒に買いに行きましょう」


「え?」


「何か予定が入っていたりする?」


「入ってないけど、それって」


 デートというのでは?

 一緒に物を買いに行くってデートというのではないでしょうか?


「入っていないならよかった。一緒に行きましょう」


「……うん。わかった」


 いやデートではないのかもしれない。

 澄村のクールな様子を見て考えを改める。

 

 お礼の品を買いに行くだけだからな。


 うん。

 これは澄村からの純粋な感謝の情にすぎず、澄村に不純な気持ちはあるわけではない。 

 あっぶねー。俺だけデートだとか盛り上がるところだったぜ。


「あ、ここ俺の家だ」


 いつの間にか家の前にたどり着いていた。

 

 話をしている内に、無意識にいつもの帰宅ルートをたどってしまったのか。


 本来ならば澄村は途中で別れるはずだったのに。 

 つき合わせてしまった。


「そう。ここが望月君の家なの……」


 澄村は家を見ながら小さくつぶやく。


「澄村?」


「なんでもないわ。それじゃ、日曜日はお願いね」


「ああ」


「また明日」


 そう言葉を残して、澄村は駅の方へと去って行った。

 

 




 そして翌日。


「おはよう。望月君」


 朝、リビングにつながるドアを開けるとそこには澄村が座っていた。  


 なぜいる。

 澄村よ。


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