第5話


 翌日登校すると、あの三人は学校には来ていなかった。

 そして授業後のホームルームにおいて教師から転校していったことを告げられた。 


「思ったより行動が早いな」


 俺の脅迫が思っていたより上手くきいたらしい。


 ま、あんだけやったらそりゃそうか。

 素直に言うことをきいたから彼女たちのいじめ、いや犯罪には公表しないでおこう。

 

 転校したのに公表して話が違うと逆恨みされるのも嫌だし。

 ああいうのはちょうどいい塩梅でやめておくのが最良だ。

 ほら、刑事ドラマだって脅迫をやりすぎて逆上されて殺されることだってあるじゃない。

 ああいうの怖いし。


 それに俺は暴力シーンが撮れたところでいじめについて公表する気は無くなっていた。

 仮に学校や警察へ提出したとしても、それは俺に対する暴行のみにする予定だった。 

 

 下手に他人に澄村に対してのいじめのことを教えてしまうと、マスコミに嗅ぎつけられる心配があるからな。

 そうなってしまうことは何より彼女が一番望んでいないことだ。


 だからこそ彼女たちに暴力を振るわせるためにあえて煽ったところはある。

 拳をよけなかったのもわざとだ。

 避けようと思ったらできたのだが、あえてそうしなかった。

 ……うん。できたことにしておこう。

 あえて避けなかったことにしておこう。

 俺のプライドのために。


 いや俺本気だしたらやばいし。

 本気だしたらあんなのいちころだし。

 あの時はまだ本気じゃなかっただけだから。



「ねー先生。なんで転校したんですか。一気に三人も」


「理由は先生もわからない。ただ全員が家庭の都合と言っていたな。皆に挨拶もできないまま転校してしまったことは残念だ」


 残念、ね。

 こっちからすれば残当だけどな。

 むしろ処置としては甘い方でしょ。

 転校するだけですんだのだから。


 教室はいきなりの転校にざわついている。

 急な転校、それも三人同時なのだからそりゃ不審がるのも当たり前だわな。



「なにがあったんだろ」

「家庭の都合とか絶対嘘だよな」

「そんな理由で三人が一気に転校するわけないもん」

「あいつらなにかやらかしたんじゃね?」

「そういや悪い先輩と付き合いあったらしいし」

「犯罪をやったかそれに付き合わされたか」

「それがバレて転校したってことか」



 案外的外れじゃない意見がちらほらと聞こえてくる。

 なんだ、みんな薄々気づいていたのかね。あいつらの本性に。

 俺がなにかしなくてもあいつらは遠くないうちに痛い目をみていたのかもしれない。

 

 そうして教室の声に耳を傾けていたが、澄村瑠夏については何も言及される声はなかった。

 いじめについては何も聞こえてこなかった。 

 澄村のすの字も、いじめのいの字も聞こえてはこなかった。

 澄村の方をちらりと見るが、誰も彼女に事の次第を聞いている奴はいない。



「……よかった」


 小さく、ぼそりと呟く。



 よかった。

 澄村がされていたことが、誰にもばれていなくて本当によかった。 


 いじめはバレてはいない。

 マスコミや世間にバレる可能性は限りなく低い。

 彼女のマイナスイメージにつながることは何もない。


 彼女がいじめに耐えてまで守りたかったものはきちんと守られたのだ。

 そのことだけは、俺は心の底から安堵していた。





 さて。

 嫌な奴もいなくなったことだし。

 俺はいつも通りの日常に戻りますか。

 

 時間は放課後。

 俺はいつも通り、友達と遊ぶなんてことはせずにまっすぐ家に帰って動画をみながらスマホゲームに興じよう。

 一週間ぶりにスマホがあることだしな。


 ああ。

 離れ離れになっていたわがスマホよ。

 連続ログイン記録を途絶えだせてしまっていたソシャゲよ。

 俺はもうお前を手放さないからね。

 失われていた時を一緒に取り戻そう。


 という下らないことを考えながら、意気揚々と帰りの仕度を整えていると。


「ねえ」


 と話しかける声。

 女性の声だった。


 もしかして、俺は話しかけられてる?

 女子に話しかけられるなんてここ数年なかった(話すときはいつも俺から。ちなみにそれも事務的用事で終わる)から、急なことに脳があまり反応できない。


「ねえってば。望月君」


 あ、俺が呼ばれる。

 望月君って呼ばれたから間違いない。


 いや、というか俺の名前を憶えている女子がいるとはね。

 男子ですら名前を憶えていない奴が大半――大半だよね? 全員じゃないよね? 大丈夫だよね?――だから、女子で俺の名前を憶えている人がいるなんて思わなかった。

 

 誰だ? 

 陰キャの名前も憶えている素敵女子は。

 あまりに嬉しくて惚れちゃうぞ。

 話しかけられるだけでも嬉しいのに、名前を覚えられていたあかつきにはもう、ね。


 陰キャは名前を憶えてもらうだけで惚れるのである。


 おいおいお嬢さん。

 あんまり俺に関わると惚れちまうぜ。俺が。


「なんだ?」


 内心ウッキウキだったけど、名前を覚えてもらったことなんてなんとも思っていないようにあえてぶっきらぼうに返事をしながら振り向く。

 そこにいたのは。



「やっとこっち向いてくれたわね。ちょっと話したいことがあるのだけれど。いいかしら?」



 日本を代表する女優である澄村瑠夏だった。

 

 えっと、話したいこと?

 

 もしかして。

 いやもしかしなくとも転校していった女子たちのことについてだろうな。


「な、なんのようだ?」


 内心ドッキドキだったけど、なんとも思っていないようにあえてぶっきらぼうに返事をする。


 このドキドキはいい意味ではない。

 女子に話しかけられたドキドキは既に消し飛んでいた。

 自分の行いが澄村にばれてしまったかもしれないことに対する不安のドキドキだ。



「ちょっと話したい事があるのだけれど。話しながら一緒に帰りましょうか。望月君」


 俺は彼女の言葉に黙ってうなずくことにした。

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