第4話



 澄村瑠夏がクラスの女子からいじめられていることを知ってから一週間がたった日の放課後。

 六月のため夕方に近くなってもまだ日は高く、学校の教室内を照らしている。

 そんな教室にて。

 

「あんたでしょ。あたしらを呼び出したのは」


 さわやかな日が照らす教室内で、荒々しい言葉が俺に放たれる。

 これを言っているのはもちろん澄村ではなく、彼女をいじめていた女子三人だった。


「ああ。そうだよ」


 俺は睨みつけてくる三人に向かって返事をする。


「なに? わざわざ放課後に呼び出して」


 今日は放課後の教室にこいつらを呼び出していた。


 教室には俺たち以外の人影はない。

 幸か不幸か俺たちのクラスメイトは放課後に教室には残らないタイプの人ばかりのため、俺たちの会話は誰にも聞かれることはない。

 余計な邪魔が入らないことを考えれば幸の方だったな。


 まあ、教室内に人がいれば別の人がいない場所に呼び出していただけだ。

 だから別に特に幸運でも不幸でもないのだけれども。


「ていうかこの手紙なに? ふざけたもん渡してきて」

「そうよ、マジキモい」

「つーか誰だよてめえ」


 三人が口々に俺を責め立てる。

 というか三人目の言葉に愕然とするんだけど。


 え? マジ?

 このごに及んで俺はまだ名前も顔も覚えられてないの?


 この後の展開を考えて今日までちょっと意気込んでいた俺がバカみたいじゃん。

 ちょっとショック……。

 どれだけ知名度低いんだ俺は。


「俺は望月だ」


「どこの組だよ?」


 ヤクザみたいな台詞いいやがって……。

 

「同じ組だよ」


「はあ?」

「こんな奴いたっけ?」

「あ。確かいた。いつも教室の端っこでふせってる奴」

「あ、あいつか」


 あ、うん。

 その理解なんですね。

 

 いやいつも机に伏せっていることは事実だが。教室の端っこで伏せってはいねえよ。

 それ床の角の方で寝ているってことだからな?

 そんな不衛生なことはしたことない。


 クラス内での立ち位置は端っこであることは事実だけどな! 

 陰キャだし!


「俺のことを思い出していただいたところで話を戻すぞ。その手紙をよこしたのは俺だ」


 手紙。

 それは俺がこいつら三人に対して朝に渡した手紙だ。

 渡したとは言っても下駄箱の中に入れていただけだけど。


 直接渡すとなんかラブレターみたいで照れ臭かったし。

 もちろんそれはラブレターなどではなく、むしろその正反対に位置するもの。



 脅迫状だ。



 内容としては単純だ。


 『お前らの悪事を知っている。ばらされたくなければ放課後の五時に三人で二組の教室に残っていろ』

 

 それだけを書いたシンプルな手紙だ。

 

「あんだが書いたのかよこれ」


「ああ。そうだ」


「何のために」


「一つだけ要求があってな。それさえしてくれるなら、お前らの悪事のことはばらさない」


 要求はもちろんエロいこと――ではない。 

 そんな、秘密を盾にエロいことをするわけがないだろ。 

 そんなことしたらノクターン一直線だよ。


 つーかこちとらR18のタグ付けてないんだ。 

 変なことしたらすぐに運営に通報されちゃうよ。

 そしたら最悪垢バンだぞ?

 それだけは勘弁。


「ま、安心しろ。大した要求じゃないから」


 落ち着かせるために、大したものではないと強調する。


「安心できるかよ。つーか悪事ってなんだよ」


「お前らが澄村に対してやっていたいじめについてだ。心当たりあるだろう」


「な、なんのこと!?」

「そ、そうよ。あたしらは何もしてない!」

「何かやったっていう証拠はあんの!?」


 面白いくらいに簡単に動揺するな、おい。

 

 しかし態度はどうあれ、あくまでもしらばっくれるつもりらしい。

 

 バカなのか?

 証拠もなしにこんなところに呼び出すわけがないだろうが。


「証拠ならきちんとあるぞ」


 俺はポケットから写真を取り出して三人に見せる。

 そこにはこの一週間で彼女たちが澄村に対して行っていたいじめの写真が写っていた。


 教科書やノートをロッカーから取り出して破いているところ。

 澄村に墨汁をかけているところ。

 実際に暴力を振るっているところもある。


「動画もあるぞ。もちろん音声もある」


 どうやってこれらの写真や動画を撮影したのかって?

 そんなのもちろん、スマホを教室の中に置いて録画し続けたに決まっているだろう。


 俺がいる場ではさすがにこいつらも行動にはおこさないだろう。 

 だから俺は放課後にはいっさい教室には近づかなかった。

 代わりにこいつらが何かすれば証拠が残るようにスマホを置いて行って録画させてもらったけどな。


 スマホの存在がばれないようにロッカーの中におき、隙間から撮影ができるようにしておいた。 

 ポータブル充電器につなげていたから電池も保ち、十分撮影できていた。

 写真については、動画の中のわかりやすいところを静止画として保存して印刷している。


 一日中スマホを学校の中においていた代償として、俺の連続ログイン記録は失われてしまったが。

 まあいいか。それはそこまで問題じゃないだろう。

 あれって一日途切れると、なんかもう別にいいかみたいな諦めの心境になるよね。


「こ、これ……!?」


「お前らの行動がばっちり撮れているだろう。言い訳はできないぞ」


 ああ。

 あとこれも一応言ってこうか。


「ちなみにお前らのやったことはれっきとした犯罪だからな。窃盗、器物損壊、暴行、侮辱罪。高校生だからといって不問になるレベルじゃないぞ」


 犯罪という言葉を聞いた三人の顔がこわばる。


「なんだよこれ、盗撮じゃん!」

「これだって犯罪でしょ!」


「盗撮? 人聞き悪いことを言うな。俺はたまたま教室にスマホを忘れて、それがたまたま録画モードになっていて、そこにたまたまお前らの行為が写っていただけだ。偶然の産物だこれは」


 自信満々にそう言ってにやりと笑う。

 正直、苦しい言い訳ではある。

 こんな言い訳普通は通用しない。

 だが


「それにたとえこれが盗撮でもお前らの行為がなかったことになるわけじゃないだろ?」


 そう。

 たとえ俺のやったことが犯罪だとしても、この証拠は別になくならない。

 彼女たちの犯罪の記録は残っている。


「俺の要求は一つだ。このことをばらされたくなかったらすぐにやめろ」


「……あの女へのいじめをやめろって言いたいの?」


「は?そんなわけねえだろ」


 そんなわけない。


 いじめをやめろ?

 なにを勘違いしているんだまったく。



「学校を辞めろと言っているんだよ」



 そんな軽くすませるわけないだろ。

 いじめをやめて、ハイ終わりですませるほど俺は甘くないんだよ。


「……は?」


 俺の言葉を聞いた三人が唖然とした。


「な、なに言ってんの? そんなことできるわけないでしょ」


「義務教育じゃないんだ。本気でやめようと思えば難しくはない」


 実際、高校は簡単にやめられる。

 割と簡単にな。

 当の本人と親がそれを望んでいればの話だけど。


「さっきも言ったが、お前らがしたことはれっきとした犯罪だぞ。教師にこれを見せれば強制的に退学だろうな。自主退学するのとどっちがマシか考えてみろ」


「なによ。あんなのちょっとしたいたずらでしょ? そんなにムキにならなくてもいいじゃないの」


「それはこれを見た人間が判断することだな。ああ、これは教師だけじゃなくて警察にも見せるから」


「え? 警察? そ、それはちょっと待って……」


「待つ? なんで? 別にいいだろ。ちょっとしたいたずらなら警察が見ても問題ないはずなんだから」


「くっ……」


 三人はしばし黙り込む。

 彼女たちも、警察にこの動画を見られるのは困るらしい。

 その程度の知脳はあるらしい。

 そんな知能があるのに、いじめをしないという選択を思いつく知能はなかったのか。


 他人に見せられて困るようなら最初からこんなことをするなってんだよ。

 


「てめえ……」


 すると、俺の目の前に立っていて一人が小さくつぶやいた。

 

「ん? どうした?」


「頼まれたのかよ?」

 

「はい?」


「あの女に頼まれたのかってきいてんだ」


「はあ?」


 何を言っているんだ、こいつは。


「あの女! 手当たり次第に色目使いやがって。だからクソなんだよあのビッチが」


 まさに怒り心頭と言ったところか。

 彼女は口やかましく騒ぎ始めた。

 

 ビッチ、だの。

 けいたに色目使った、だの。

 何が女優だ、だの。

 クソ女、だの。


 中には聞くに耐えない言葉も聞こえてきたが、それは記述しないでおく。

 気分悪くなってしまうから。


 あとけいたって誰?

 知らない人の名前出さないで欲しい……。


 彼女の様子に最初は引いていた他の二人も、次第に同意し始めた。

 

「あいつが悪いんだよ!」

「そうよ、あたしらは間違ってなんかない!」

「学校をやめるんならあの女の方でしょ!」



 おいおい……。

 こいつら全く反省してねえな。


 別に澄村に対して謝罪しろと言うつもりはないし、申し訳ないと思えと強制するつもりもない。

 こいつらにそんなことを期待なんてしていないからな。


 謝罪などはさせるつもりはないが……、しかしいじめを責められているこの状況でそういうことをいうかね。

 ここで自分の不満を吐き出しても状況は改善しないばかりか悪くなる一方だというのに。 

 今後のことを考えてこの場は不満を飲み込むこともできないのか。


「どうせてめえもあの女に頼まれたんだろ! おい!」


「頼まれてないし。というかそれって今の状況に関係あるのか?」


 仮に俺が澄村から何かを頼まれていたとして、だから何が変わるというのだろうか。

 それでこの録画や写真がなくなるわけじゃない。


「ふざけんな! それさえなければこっちのものなんだ。それよこせ!」


 最初に騒ぎ始めた女子が叫び、俺の持っている写真を奪おうとしてくる。

 

「はっ。無駄だ」


 陰キャで運動神経の無い俺も(陰キャはすべからく運動神経が悪い。これ豆な)さすがに女子に負けるほどではない。

 ひょい、と華麗に避けて見せる。


「おら!」


「ぐほ!」


 次の瞬間、片方の手で普通に腹を殴られた。

 みぞおちだ。


「ぐふぅっ……」


 その衝撃でその場に崩れ落ちる。


 い、痛え……。

 立ち上がれないくらい痛い。


 普通に殴ってきやがった。


 こいつら暴力に訴えるタイプの人間だ。

 澄村に対しても暴力を行っていたし。


 暴力を用いることは想定はしていたが、ちょっと早い。

 なんどか手を避けて、業を煮やしたところで殴りかかってくると思っていたのに。

 初手腹パンとは思ってなかった。くそ。



 というか俺、普通に女子に負けたのか……。

 うそだろ。

 今日一番のショックだ。


「ははっ! やった。これさえあればこっちのもんだ」


 俺の手から写真とスマホが奪われる。


「残念だったなクソ陰キャ」

「あたしらを脅そうとしたこと後悔させてやる」

「二度とこの学校にいられないようにしてやるよ」


 二度と学校にいられないようにって、何をされるんだろうか。

 少し興味あったがまあそれはまた別の機会にして。


「ははは! なんとか言ってみろよ、おい! この陰キャが!」


「コピーあるけど」


「……はい?」


「その写真も動画もコピーあるし、なんならクラウドにも保存してるぞ。それを奪っても何の意味もないからな?」


 強いてなにかしら意味があるとすれば、スマホ奪われたままでは俺が少し困るくらいか。

 

「ちなみに今のも録画しているからな。別のタブレットで」


 離れたところに置いておいた俺の鞄にはタブレットが入っている。

 タブレットの録画機能を使って撮影を行っていた。

 データはすぐにクラウドに保存するように設定してあるから、今からタブレットを壊しても何の意味もない。

 

「バカか。なんの備えもなくこんなとこ来るわけないだろ」


 もし暴力を振るわれた時のために用意をしておいた。

 危険な橋を渡る時に安全策を用意しておくのは当たり前だ。


 こいつらが暴力を振るってきたときには映像としてばっちり証拠を押さえておく。

 社会的制裁を与える証拠としてはそれで十分だ。


 まあ女の力で殴られたところで大したことはない。痛がるふりでもすればいい。

 そう思っていたけど、思っていたより痛かったし、思っていたよりこいつら強かった。 



「今のは現行犯での犯罪だ。余罪が増えたな」


「そんな……」


「とりあえずスマホ返せよ」


 女子の手からスマホを奪取する。

 返って来た俺のスマホ……。



「あ、あたしは殴ってないからね! あんたが勝手にやったんだから!」

「なに言ってんの。そもそもあいつをいじめようって最初に言ったのはあんたでしょ!」

「ああもう、あんたらのせいで私の人生無茶苦茶じゃん!」



「……」


 なんだこれ。

 最終的には仲間内で責任の押し付け合いを始めるとはね。

 

「おいお前らもう黙れ。もうマジでお前らには関わりたくもねえ。さっさと俺の前から消えろ。そしたら今回のこと全部黙っていてやるよ」


 それともこっちの言い方の方がいいか?


「それとも自分たちで辞められないならお前らの親に言ってやろうか? そっちの方が話は早そうだな」


 この言葉が決め手になったのだろう。


 三人は俺の言葉にようやく頷いたのだった。


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