第64話
トキマサはリックの部下に連れていかれた。もっと稼げるいい仕事を紹介してくれるそうだ。あいつは、もう抵抗する気力もなさそうだったな。
俺たちはリックを屋敷の前まで送ることにした。道すがら、特に話すことはなかったが。
門をくぐり、屋敷の玄関に着くや、ヒコが頭を下げた。
「あの子たちの借金を俺が肩代わりする。頼む」
えっ、怖っ。何言いだしてんだこのおっさんは。
「だめだ」とリックは言い、咥えていたたばこをスタンド式の灰皿に投げ入れた。
「信用できねえ。お前がどんなやつだか分からねえし、自分の借金だってまともに返せねえようなやつだからな」
「当てはある。冒険者として稼ぐ」
「……どうなんだケイジ。勇者サマから見てそいつは。強いのか?」
俺は正直に話すことにした。
「まあ、強いよ。慣れてくりゃあS級は間違いないんじゃねえのかな」
「腕っぷしは問題ないか。だが、心根が問題だ。お前があのガキどもの借金までまとめて踏み倒すってこともあるだろ」
「返す。必ず」
ヒコはまっすぐに見るも、リックはいまいち信じていない様子だった。
長い溜息をつく。俺はまた、くだらないことを言うつもりだった。どうしてこうなっちまうかね。
「リック。俺も持つよ」
「あ?」
「あいつらの借金。俺とヒコとで半分ずつ持つ」
「正気かよ」
たぶんな。
「君、いいのか?」
「いいも悪いも、どうせヤズコからは金なんか回収できねえだろ。娼婦になったからってそれで馬鹿ほど稼げるわけじゃねえ。一日に取れる客にだって限度があるしな。ハルマンだって本調子には程遠いだろうし、現場仕事で稼ぐのも難しいぜ。田舎に帰ってもらえよ。それが一番いい」
あの子らのためだ。
「俺を信じりゃ半分。ヒコも信じりゃ金は全部戻ってくる。それでどうだ?」
「お前らアホだな。誰が信じるかよ。てめえらにだって借金があんだぞ。自分の面倒も見れねえくせに他人の世話なんか焼いてる場合か。それにな、ンなふざけた真似この町が……デッカーマンの家が許さねえよ。ルールがある。俺にだってメンツがある」
リックは、でかい声で屋敷の中にいるやつらを呼びつけた。ぞろぞろとやってきたのは、彼の護衛たちだ。
「話はここまでだ。俺ぁもう寝る。馬鹿どもの相手をして疲れたんでな」
「待ってくれ、頼む……!」
ヒコが頭を下げるも、リックはへらへらと笑うだけで相手にしない。
「おい、てめえら。この二人にヤキ入れとけ」
護衛たちが、ずいと前に出る。どいつもこいつも強そうじゃねえか。
「はー? おいおいリックさんよー、さっきは助けてやったじゃねえか」
「俺の頼んだ仕事をこなせなかったじゃねえか。挙句、借金の返済もまだ終わってねえ。ちったあ反省しろ。ま、そうだな。こいつら全員叩きのめしたら、話の続きくらいは聞いてやるよ」
「何、本当か?」
何も分かっちゃいないヒコは喜んでいたが、リックにはもうそのつもりなんかない。確かにヒコはそこそこやるが、ダンジョンでの戦いぶりやイップウ師範との喧嘩を見るに、そこそこ程度でしかない。リックの護衛だって図体だけじゃない。こいつらのほとんどはならず者だし、元冒険者だ。人を痛めつけることに対して屁とも思っていない連中だ。ここは逃げるが勝ちである。
「おい、聞いたか。デッカーマン氏は我々に機会をくれたぞ」
「あほっ。逃げるぞ」
「逃げる? なぜだ? 彼らを叩きのめせばいいだけじゃないか」
……なんつった?
俺はヒコの顔を確認するが、なんかもう、ガチで言っている。本気で信じてやがる。
「はっは! そう、ヒコの言うとおりだ、ケイジ! やれるもんならやってみろ」
「では、そうさせてもらおう」
リックの右に立っていた男が崩れ落ちた。いつの間にか距離を詰めていたヒコが、彼の腹を一発殴ったのだ。それだけで、ヒコの倍くらいでかい護衛の男が声すら出せずに倒れてしまう。
「ああ、デッカーマン氏は離れていた方がいいかもな」
「……おぉい。俺もやんなきゃダメか?」
「俺一人でも構わないが。魔物よりも人を相手にする方が楽なんだ。どこをどう打てばいいか分かりやすいからな」
言いつつ、ヒコは次の相手を既に倒していた。速い。まず踏み込み、足の甲を押さえつける。内に潜りながら肩を入れるようにして当て、突き上げるように肘で叩く。足、肩、肘。ほとんど同時攻撃だ。これらを一連の動作として流れるように戦っているのだ。……ダンジョンでも強かったが、こいつ、人間相手の方が生き生きとしてやがんな。いや、それも当然か。武術なんてのは魔物を相手にしないはずだ。対人間を想定しているものだ。
それでもまだ相手の数は多い。屋敷の中にもまだ何人か残っているだろう。ヒコの体力がどこまで持つかだな。俺はとりあえず、やれるだけやるしかない。
「てめえら相手はたった二人だ、何やってやがんだ! さっさとやっちまわねえか!」
苛立ったリックが叫んだ。
◎〇▲☆△△△
「よう、師範じゃないか。一人か? どうせなら俺も一緒にやってもいいか?」
「断る理由はありません。どうぞ、おかけに」
「すまねえな。ああ、すんませーん、店員さん、こっちエール一つ!」
シルバースターは酒場でイップウ師範を見かけ、すぐさま話しかけた。今夜はケイジも捕まらず、一人寂しく酒を飲む羽目になりそうだったので、飲み仲間が見つかってかなり嬉しかった。
「どうだ師範、景気の方は」
「おかげさまで。狼の巣でも問題ないですからね」
「そりゃあそうだろうな。あんただってS級冒険者だ。いや、SS級でも問題ないだろうに。というか、どうしてみんなSS級になるのを嫌がるんだ?」
「いえ、まだ私は……みな、嫌がっているわけではないと思いますが」
イップウはお猪口のような器で酒を飲み、豆を煮たようなものをつまんでいる。シルバースターは彼を尻目に肉を注文した。今日はまだ食事にありつけていなかったのだ。
「そうか? ああ、そうだ。イップウ師範にしては珍しいな。なんでも、前に誰かと喧嘩したらしいじゃないか」
「お恥ずかしい話です」
「その相手も可哀そうだな」
「いいえ、まったく」
常よりも険のある口調だったのでシルバースターは訝しんだ。
「何かわけがありそうだが」
酒を飲むばかりで黙りこくっていたイップウだが、観念したように口を開く。
「あなたになら話しますが……喧嘩の相手は同郷のものでした」
「東方の?」
「ええ。ヒコという男です」
「知り合いか」
イップウは口元を緩めた。
「そんなところです。国許では私もやつも武道家としての大成を志していました。とある事情で、やつは武の道から外れてしまいましたが……その影響は決して小さくなかった。私もまた、あの背を追いかけた身。まずは悔しさが募った。もう超えることはできないのだと」
「ほう。そいつ、強かったのか?」
困ったように笑うと、イップウは酒を飲んだ。
「私の拳は玉だと。磨かれて、宝石にも劣らぬ輝きを放っている。師父はそう言いました。しかし、ヒコは別格です。あれは星だ。誰の手も届かない存在なのだと」
星が落ちたのか。シルバースターは何となく察した。イップウや、彼の同郷の武道家たちはヒコという男の強さに憧れていたのかもしれない。そいつが道半ばにして去ったのは、自分たちを――自分たちの道すらをも否定したような気がしてならなかったのではないか、と。
「どうせなら私の手で引導を渡してやりたかったのですが」
「……どうしてだ?」
「やつは……こう、なんというか……調子乗りで。自分の実力を理解したうえで門下生だけでなく、ほかの流派にも喧嘩を吹っかけていましたからね。方々から恨みを買っていましたよ」
「強いくせに品がないんだな」
「まあ、町を去るころには丸くなっていましたが。それでもあいつの根っこは変わっていない。そう思いますよ」
「じゃあ、次に会った時はどうするんだ。また殴り合うのか?」
イップウは鼻で笑った。
「やつが全盛の力を取り戻せば、それは不可能でしょうね。私など触れられぬまま終わります。が、ダンジョンの中でなら別です。その気になればどうとでもなります」
「お、おいおい。揉め事はやめろよ」
これだから拳法家とか武道家とか暴力を鍛えてきた連中の考えることは怖いんだ。シルバースターは、イップウをやっぱとんでもねえやつだなこいつと思いなおすのだった。
◎〇▲☆△△△
紫煙の中、ぼやけた過去がある。
夢があった。そんな気がする。もうどんな形だったか覚えちゃいないが、ただ、何となく、幸せになりたかった。漠然とそんなことを考えていた。
デッカーマンの家に来るような女は、きっと不幸せだ。何も選べない分、妻だけは取らなかった。せっつかれても固辞してきた。子を作りたくないのかもしれないが、それよりもまず、血によってこの町に縛られた自分にできる小さな抵抗だと誇っていたかった。
(俺ぁたぶん、夢を見ていたかった)
金を貸す時は相手に夢があるかどうか確かめたかった。自分が何もできない分、動けるやつらが羨ましかった。
「あー、そうだよな」
リックは支柱に背を預けた。目の前を、蹴りつけられた男が通過していく。ケイジとヒコが護衛をなぎ倒していく。
(分かってた。知ってたさ。冒険者なら、お前らならそれぐらいはやるんだろうなって)
最後に残った一人は、ケイジとヒコが譲り合うようにして倒していた。それなりに苦労して集めた実力者たちが、おもちゃみたいにやられていくさまを見るのは何とも言えなかった。
「分かった。分かったよ。いいよもう。認めるよ」
「お、いいのか?」
ヒコが破顔する。息一つ切らしていなかった。
「その代わりこいつらの治療費も上乗せするからな」
「げーっマジかよ。やり過ぎなきゃよかったぜ。ヒコ。てめえが馬鹿みたいに倒しまくるせいだぞ。おいリック。治療費は俺に回すな。こいつにツケとけよ」
「うるせえっ」
◎〇▲☆△△△
リックの屋敷からの帰り道、ヒコは不思議そうな顔をしていた。
「デッカーマン氏はどうしてあんなことをしたんだろうな」
「あんなって……部下をけしかけたことか?」
「そうだ。話し合いで解決したのでは?」
そうかもしれん。
「あいつも面倒なやつだからな。でも、そういうことしないと納得できないし、しないやつもいる。ああでもしなきゃこの町一番の金貸しなんざやってらんねえのさ。あんただって分かってんだろ。別にリックはそこまで無茶な取り立てはしないんだ。法外な利息だって要求しねえ。舐めた真似するやつにはそれなりの対応をするけど」
「まあ、そうか。俺も返済を待ってもらっているしな」
「別に。あいつは悪党とかじゃねえよ」
金だろうが何だろうが、返さない方が悪い。金も力も持ってない方が悪いんだ。ただ、リックは金を持ってて、あの瞬間、俺たちには彼を黙らせる力があっただけのことで……そう。運がよかった。ツキだな。なんでもそうだ。ツイてりゃあ上手いこと人生は回っていくもんだ。頑張ってるやつにもそうでないやつにも、金持ちだろうと貧乏だろうと、それさえありゃあ天まで昇れる思いができるし、なかったら地の底まで転がり落ちるだけ。
「大体よー。俺こそ聞きたいね。なんでヤズコたちの借金まで背負おうとしたんだよ。あいつら、他人じゃねえか」
「そうだな。俺にもなんであんなこと言ったのか、正直なところは分からない。ただ、贖罪かもしれんな。俺は家族に何の機会も与えられなかった。あの子らを手助けすることで、何か、救われたかったのかもしれん」
「難儀なやつめ」
「ははは、そうだな。俺も困ってる」
だが、シルバースターはヒコのようなやつを気に入るだろうな。
「それで言うならケイジ。君もそうじゃないか。あの時、借金を半分持つといったのはどうしてだ」
「ええ? そんなもん知るかよ」
まあ、もっと早いことトキマサにサリマリのことを忠告できればよかったんかなとか思ったりもしたけど。俺が関わったせいであいつらが酷い目に遭ったんかなとか思わんでもないが……よくよく考えりゃあ金を借りたのはあいつらの意思だしな。
「やっぱ言うんじゃなかった……損した……」
ここ最近は最悪だな。骨折り損のくたびれ儲けだ。いや儲けてねえからくたびれて骨折っただけだ。借金だけこさえちまったじゃねえか。だー、くそ。マジで東方国とやらに逃げちまおうかな。
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