第61話
あくる日。俺はヒコと合流し、入り組んだ区画の方へと向かった。そこには冒険者向けの集合住宅などがある。ティピータはそのあたりで部屋を借りているのだ(ちなみにポルカが住んでいるのもその辺だったりする)。今日は彼女と合流し、三人でダンジョンへ向かうつもりであった。取り立てより先に自分の借金をどうにかしなきゃいけないし、ヒコの腕前も一応は見とかなきゃいけない。俺はいいって言ってんだけど、ギルドの認定をもらうまでは気後れするとか言うしな。
「ティピータというのはどういう女性なんだ」
「逆さ女だな」
「逆さ? どういう意味だ?」
そのままだ。
「混血でな。こう、物を軽くしたり重くしたりできる力を持ってんだ。ティピータは、そうだな、よく天井に立ってる」
「それで逆さか」
「それから、がめつい。気をつけろよ。ダンジョンで何か見つけても独り占めされるからな」
「いいのか?」
「いい。逆に俺もあいつに分けないから」
「本当にパーティなのか……?」
パーティって言うか、あいつが勝手にくっ付いてきてるようなもんだからな。とはいえ、ヒコとは初めて組む。いきなりモンスターに襲われるのも嫌なので斥候がいた方が安全に潜れるからな。
待ち合わせ場所の近くに行くと、既に待っていたであろうティピータと、見覚えのある二人組がいた。俺は知らずのうちに笑っていたらしく、気味が悪いぞとヒコに指摘されてしまう。
「よーう。トキマサくんじゃねえか」
「ケイジ。遅い」
絡まれていたティピータがぱっと俺たちの背中に逃げ込む。俺は親しげに声をかけるも、トキマサというツンツン頭の少年は嫌そうな顔をした。隣にいるサリマリは苦笑している。
「なんだ。お前ら知り合いだったのかよ」
「違う。さっき声をかけられた」ティピータがぷんすかしている。
トキマサを見るも彼は口を開かない。サリマリは頭をかきながらティピータを指さした。
「スカウトだよ。アタシらと組まないかって」
「へえ。いいじゃん」
よくないと背中の肉をグイーとまとめられて抓られた。
俺はティピータを退かしながら、そういやこいつはそこそこの有名人だったかと思い出す。逆さ女の話はヨドゥンではまあまあ鉄板で、ダンジョンで出くわしたり、屋根の上や高いところを逆さになって歩いているのをよく目撃されているのだ。
「ウチのも混血でね。気が合うんじゃないかと思ったのさ」
サリマリがトキマサを引き寄せ、肩を組む。気のせいか、こないだよりも親密な感じになってんな。こいつら、ヤったんか?
「そうかい。そりゃ残念だ。今はまあ、一応、うちの斥候なんでな。また今度当たってくれや」
「はっ。お前なんかの仲間だと分かってたら声なんかかけなかったって」
トキマサくんが憎まれ口を叩く。
「おい。それより金はどうなってんだ。返すめどは立ってんだろうな」
「黙れ。偽者」
そのまま去ろうとするトキマサ。どうしたもんかとティピータを見るが、彼女はこれ以上関わり合いになりたくないのか、首を振っている。ちっ、運がよかったな。
「おぉい。あんましその女と一緒にいない方がいいと思うぜー」
背中に声を投げるも、トキマサはサリマリと連れ立って行ってしまう。仕方なく見送るほかない。
「……ありゃ、勇者同盟かもな」
「何? 同盟?」
ヒコの口から聞きなれないワードが出たので、俺は彼に向き直る。
「ああ。東方にある組織というか、団体だな。教会や冒険者のギルドとは別物でな。あいつらは神ではなく、勇者を信奉している」
「素晴らしい連中じゃないか」
「どうかな。あまりいい話は聞かないが……そもそも、
えらく言葉を選びながら話すヒコ。なんか厄介そうだな、そいつら。
「なんでさっきのガキがその同盟のやつだと思ったんだ?」
「前から気になっていたが、彼は勇者の存在を強く意識している。俺もまだ君を勇者だとは信じていないが、同盟には理想の勇者像というものがあるのだろう」
はあ。
「ケイジ。君はその勇者像から酷くかけ離れているようだな」
「分かる」とティピータ。分かるな。
「そして同盟に属するものは混血が多い。勇者の血を引くからこそ、自らのルーツである勇者を神聖視するのだろうな」
「じゃ、ティピータも東方出身だったり?」
「さあ? でも、勇者は大陸の色んなところに行ってるし。色んなところに子どもがいるんじゃないの」
「ふーん?」
そういや前から気になっていたことがある。
「召喚された勇者はどうなるんだ?」
「何がだ?」
勇者の使命とは信仰心を集めることだ。そのためにダンジョンに潜ったりする。で、だ。それを死ぬまでやんなきゃいけないのか?
「戦いが終わったら老後は安らかに暮らせるのかなって」
「どうだろうな。俺も詳しくは知らない。だが、勇者の多くは戦いの中で命を落とす。かつて戦があった時、それを治めた勇者は土地や地位を与えられたそうだが……東方国との国境にはその名残がある。同盟のものが特に重視しているのは勇者マガモだろう。彼は辺境伯として周辺を統治したと聞く」
うーん? じゃあ、さっきのやつや、勇者同盟ってのは、マガモという勇者の血を引いているってことか。そりゃ立派な人物だったのかもな。
「しかし土地か。それもいいな。一国の主になるっぽくて」
「あるいは王族の娘と結ばれるかだ」
「ほーん。お姫さんと結婚かあ。だったら末は王さまか何かかね」
なるほどなるほど。勇者として頑張ったらちゃんとご褒美もあんのかな。俺はへらへらしていたが、ヒコやティピータは微妙な顔つきである。なんだよ。そうか。俺が偉い人になったらおいそれと話しかけられなくなるからな。寂しいのかな?
「もしくは殺されるかだな」
「は? なんで?」
温度差エグくない?
「異世界から来たものは特別な能力を持つと聞く。その中には、たった一人で数千、数万の兵士を相手取ることができるやつだっているかもな。そうでなくとも、その能力が他国に渡れば自分たちに不利益をもたらすかもしれない。こちらの世界の規範に乗っ取らない人物ならばどうする? 意のままに動かない危険なものを、君ならばどうする?」
裏切るかもしれないってことか。
「まあ、殺すしかねえか」
「答えが出たな」
いやん、異世界ってば物騒極まりない。
「それに。今は戦などない。君は戦いの終わりと言ったが、ダンジョンに潜り、信仰心を集めるという作業に終わりは来るのか?」
うっ、確かに。どれだけの量を集めろとか、そんなん聞いてないもんな。
「ええい。やめやめ。その話はまた今度。酒でも飲みながらな」
「やーいお先真っ暗」
「煽るんじゃねえよ!」
ティピータてめえ、この……この……あっだめだ、ちょっとショック受けてて言葉が出ねえや。
「ああ、もう一つあったな」
ヒコが苦笑していた。追い打ちかけるつもりか。
「勇者というのは東方の国に逃げやすい」
「……逃げる?」
「東方は神よりも勇者が信仰されがちだ。同盟のものが仕切っている地域は異世界人が地盤を作ったから、異世界の人にとって住み心地がいいと聞いている」
はー、なるほど。そりゃそうか。覚えとこ。
「これは私個人の考えになるが、君が勇者であっても同盟とは関わりを持つべきではないな。連中はいつか、余計なことをしでかすような気がしてならない」
俺はティピータと顔を見合わせる。
「君は何か気づかないか。勇者の血を引くものこそが正しい。勇者同盟は……主に、混血と呼ばれるものたちはそう考えている」
おん?
「勇者の血を引いているのに混血とは呼ばれないものがいるんだ」
「なんだそりゃ?」
俺はぴんと来ていなかったが、ティピータは、ああ、と納得したように頷いた。
「王さまたち?」
正解だったか、ヒコは首肯する。
「王族は混血とは呼ばれない。彼らもまた古の勇者と交わり、その血を継いでいるにもかかわらず。まあ、そりゃ当然だな。王族とそれ以外とでは血の意味合いが違う。しかし同盟はそう思っていないだろう。自分たちと王族と何が違うのか。……王というのは勇者より上等なものなのか。そんな風に考えている」
「お前随分と詳しくないか?」
「そりゃ、あいつら毎日のようにそんなことを熱弁してるからな。いやでも覚えちまうんだよ」
さすがにここいらでは同盟だのなんだの聞いたことないが、東方に行けばそんな連中もいるんだなあ。……って、あのトキマサってガキがそうだとしたら、そりゃそうなるか。あんな風にビシビシ強く当たってきやがるか。鬱陶しいなあ、もう。さっさと金を返してくれよ。
勇者同盟なんてのはさておき、俺たちはダンジョンへ潜った。
さてさてヒコさんの力はどんなもんかと上から目線でいたのだが、なかなかモンスターと出くわさない。低階層のはぞろぞろとやってきた冒険者どもに刈られているのだ。ティピにも斥候に行かせたが、やはり芳しくない。こりゃ、もっと下へ行くしかないか?
だが、ガーデンは五階層ごとに難度が上がる。五階層より下からは蛇や狼のモンスターが出てくる。十階層より下は言わずもがなの
「ヒコ。あんた死の神の信奉者か?」
「いいや。俺はどの神も信仰していないが」
「じゃ、できるんなら死の神エロリットを信じるんだな。そしたら死んでも生き返れる」
「蘇生の秘蹟か。まあ、考えておく」
目の前で死なれるのも嫌なんだよなあ。こっちだって蘇生させてやるほどの余裕ないかもだし。
ま、やるしかないか。俺たちはティピータに先を任せ、階層を進んでいく。五階層を超え、六階層に足を踏み入れたところで彼女が戻ってきた。
「あっちにダンジョンマンや、狼の魔物がいる」
「そうか。ではやってみるとしよう」
俺は最後尾を歩く。後ろから見るヒコは、こう……いい具合に力が抜けているな。気負いがない。今から死ぬかもってビビりもない。死生観がバグってんのか? それとも自信があんのかな。
「ハッ、ハイッ、ハイイイイイ!」
ヒコの拳がダンジョンマンにめり込む。ぶっ飛んでいくそれを一瞥すらせず、彼は飛びかかってくる狼をさらに跳躍して躱し、腹に蹴りを見舞った。剣や槍で突かれるも、それらを全て蹴りで落とす。舞うような動きは攻防一体で無駄がない。
なるほど後者だったか。イップウ師範とやり合っていたし、この辺の魔物には負ける気はしないわな、そりゃ。
モンスターを片付けた後、ヒコは肩で息をしていた。
「素手か。気ってやつを使ってんだな」
「ああ。そうだ」
「やるな。思ってたよりずっと」
「いや……だが、この程度で音を上げてしまった」
ひいひいと辛そうに息をするヒコ。余分な肉はついていない風に見えるが、喋るのもきつそうだ。
「気を練るのが、こんなに疲れるとは……」
「そんなにしんどいの?」
ティピータが面白そうにヒコの顔を覗き込んだ。
「久しぶりだったからな」
理屈とかは全然分からねえが、気ってのは秘蹟とはまた違うんだな。秘蹟とはあくまで神の力。気は自らの内に宿るものらしいが。
「じゃ、これからはちょくちょくリハビリするんだな」
「おお、ということは」
「文句なしで合格だよ。とりあえずA級だな」
ヒコは喜んでいたが、こんなもんほとんど無意味である。SだろうがSSだろうが、俺たちが冒険者としてやっていくのに特に欲しいものでもない。
「せっかくだから俺も稼ぐかな。ティピ。前みたいにはぐれたスピナーいたら教えてくれ」
「ほーい」とティピータは天井を歩きながら先へ進んだ。
スピナーを二、三匹始末してからダンジョンに出ると、もう日が暮れかけていた。途中、ヒコもスピナーと戦いたいとか言うもんだからフォローするつもりだったが、その必要はなかった。素手で狼人をボコれるやつなんて師範以外に初めて見たわ。
前の喧嘩を見る限り、ヒコはイップウよりちょい下くらいの実力だが、スピナー相手にはさして苦労しないだろうと思われた。ただし本人も言うようにブランクが長く、長時間戦い続けるのは難しい。さすがにS級の称号を渡すわけにはいかなかった。
「小猿のおっさん、強いね」
「そいつはどうも、お嬢さん」
ヒコとティピータはすっかり打ち解けていた。思ったよりめっけもんだったかもな。彼はこんだけ強いし、師範や船長なんかと違って我も強くない。借金こそあれ俺とは違って生真面目だし、一緒に行動するのが難しいタイプではないだろう。
「また一緒に潜ろうぜ」
「ああ、それは構わないが、いいのか? 君たちだけなら狼の巣でも十分にやっていけるだろうに」
「いいんだよ。それから取り立てにも協力してくれよな」
「いいとも」
懸念があった。
予感と言い換えてもいい。
恐らくだが、ガーデンにはまだ先がある。まだ奥がある。狼の巣の先にも、きっとダンジョンは広がっている。スピナーよりも強く大きな魔物が巣食っているはずだ。果たしてそこをソロで攻略できるかどうか。少人数のパーティで挑んでも平気かどうか。
俺は。俺には信じられるものがあんまりない。俺は俺を一番信じてないのだ、きっと。
この先、一人だけで切り抜けられない場面が出てくるかもしれない。割とマジで誰とどうパーティ組むかってのは大事になってくるかもな。
「ねえ。あれ」
「おう?」
ティピータに服を引っ張られて立ち止まる。彼女は俺の顔を両手で挟み、ぐいーんと右を向かせた。そこにはトキマサがいた。こちらに気づいている様子はない。彼は立ち並ぶ屋台や、冒険者の喧騒に紛れるように地面に座り込んでいた。
「……あの少年、酷く疲れている様子だが」
俺にもそう見える。午前中に会った時とは別人だ。
「行こうぜ」
「いいのか?」
「いいも何もなあ」
今ならこっちの話を聞くかもしれんし、持ってるもんを全部渡すかもしれん。が、さすがに俺だってそこまで鬼ではない。
「男にはそういう時もあるじゃねえか。なあ」
俺はトキマサから視線を切った。
俺の兄貴分でもある、あの稀代の好色家ブラッド・スクリプトから聞いたことがある。大陸である程度やっている冒険者なら一度は聞いたことがある。サリマリという女はパーティを渡り歩くのだと。決していい意味ではない。彼女が死ぬほどコミュニケーション能力に優れているというわけでもない。あの女は死ぬほど飽きっぽいだけだ。どんなに仲良くしていても、たとえパーティが困難な状況であっても、ふらりといなくなる。それも金目のものを奪って、という話さえ聞く(証拠こそないが)。
しかも本人には悪気がない。悪いと思っていないのがまた
サリマリは体がでかいし姉御肌なタイプにも見えるが、その実、何も気にしていない。誰のことも気にかけていない。どうしてあんななのか、誰も知らない。本人だって知らないだろう。気にしてなそうだし。だから彼女に引っかかるのは何も知らない初心者だ。大概の冒険者ならサリマリの悪評を知っている。赤毛で目立つしな。
あの女を非難するのも難しかったりする。冒険者パーティなんてのは、まあ、サークルみたいなもんだ。会社じゃない。中にはそういうしっかりしたパーティもあるかもしれないが、ほとんど契約なんて交わさないし、何となくの口約束だったり、その場のノリだったりで組むだけだ。一生固定メンバーって方が稀だ。一晩で入れ替わるのはざらだ。だから出入りなんて本来は自由である。……であるからして。普通は新入りなんて警戒して当然だ。どこの誰だか分からんやつに背中を預けるのは恐ろしい行為なのだ。全幅の信頼を寄せられる人なんてそう簡単には見つからない。だからなんつーか、こう、冒険者のそういう問題ってのは騙された方が悪いって方向に行きがちでもある。
殺されねえのか?
俺はブラッドに聞いたことがある。そんなよく分からん真似して、よくもまあ冒険者を続けられるよなって。騙される方が悪いといわれがちな冒険者界隈であっても、騙されたり、急にパーティを抜けられたやつがムカつくことに変わりはない。出会ったら顔の一発どころか普通に犯して殺したって文句は言えねえ。
そこはそれ、サリマリの立ち回りは上手かったりする。仕返しを恐れてか姿をくらます時もあるし、めちゃめちゃ強いやつと組んでたりもするから手を出されなかったり。で、中途半端とはいえ強いのは強いから自力でどうにかもしているはずだ。サリマリが狙うのは主に初心者だしな(というかもうよほどの事情がなければベテランはあいつと組まない)。幸運なことに今はヨドゥンの町も冒険者がごちゃごちゃに出入りしていて彼女が動きやすいというのもある。ま、今頃は別の町かな。王都にでも行ってるかもしれねえ。
それから、もう一つある。
サリマリが抜けたパーティってのは、どうしてだか崩壊しやすい。だから彼女が報復を免れているのかもしれなかった。
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