第60話
リックにはめっちゃキレられましたが、俺は元気です。
借金の取り立ては置いといて、今日はスキャレットと買い出しすることになった。例のたばこを育てるにあたって必要なものを調達するらしい。俺はただの荷物持ちである。午前中から出歩くのは億劫だったが天気がいい。彼女にとってはちょうどいい散歩日和でもあるだろう。
「やっぱり晴れてると気持ちいいね。お日様のにおいは森を思い出すよ」
「お、故郷が恋しくなったか」
「あんたはどうなのさ」
俺の帰る場所ってなあ、異世界召喚されるときにいた世界ってより、転生する前の世界だからな。随分と遠いし、もはや帰られるはずがない。今はもう気にしてないけどな。それよりも前方から歩いてくる連中に興味をひかれるね。いわゆる黒ギャルに見える。みんな女で、褐色肌だ。しかも学校の制服のようなものを着ている。王立神学校のピシっとしたものと違い、各々が着崩していて目に優しい。
「あ、ダークエルフじゃん」
「何?」
スキャレットは、黒ギャルたちに軽く手を上げた。すると、さっきまできゃいきゃい喋ってた連中の空気が一瞬だけ固まった。
「ね、姉さんじゃないスか」
「うぇーいwwスキャちゃんおひさー」
「うん。元気してた?」
ハイタッチし始めるスキャレットとダークエルフたち。何だそのノリ。
その時、不思議なことが起こった。俺の体に怨念のようなものが取りついたような感覚。目眩がして、膝をつきそうになる。これは……恐怖か。俺は黒ギャルというかダークエルフたちから少しだけ離れた。彼女らから発せられる陽の気が強すぎたのだ。毒だ。これは。
もともと俺の性根は暗いのだ。大人しくてクラスでは隅っこの方にいるやつなのだ。休み時間になると寝た振りして過ごし、昼休みにもなると陽キャに席を取られるので行きたくもないのに便所へ行って時間をつぶしているような。そんなやつだ。今は悪い遊びを教えられてこの世界を楽しんでいるが、少し昔を思い出してしまったようだ。
「つーか、なんであんな格好してるんだ?」
ダークエルフたちが去った後、俺は彼女らの残り香を嗅ぎながらスキャレットに聞いてみた。
「あんなって……どんな」
「いや、あれじゃあまるで異世界の格好じゃねえか」
「まあ、そうだけど? あの子たちは森で引きこもってたからね。外に出たらその反動で異世界の文化にどっぷり漬かっちゃったんだよ。ほら、勇者のたいていはああいう服を着て召喚されるからね。あれはあれで由緒正しいファッションだったりするんじゃないの?」
そういや俺たちも学校にいるときに召喚されたからな。着てた制服はどうしたんだろう。どっかに保管されてんのかな。
「あたしの服もあの子たちに色々と分けてもらってね」
あー……だからか。おかしいと思ったんだよ。森でサングラスだのハイヒールだの……。
「知り合いなのか?」
「たぶんね。ダークエルフはほとんど世話してやってたから。ま、出会うたびに知らない子がいるから把握しきれてないんだけど」
へー。そんじゃあさっきの子らはまだ若い方なのかもな。
「耳はスキャレットほど長くなかったな」
「純血じゃないからね。エルフ以外の血が混じってるからじゃない?」
言われなきゃエルフとも気づかんかもな。
「あの子らは連邦にいるんだけどね。ヨドゥンで稼げるって聞いて出てきたのかも」
「ダークエルフってみんな、あんな感じなのか? 妙に元気で、軽くて」
「今の世代はそうかもね」
あいつらに影響を与えたギャル勇者もいたってわけか。……そういや、なんか既視感というか……さっきの黒ギャルたち、どっかで見覚えがあるような……気のせいかな。
◎〇▲☆△△△
くだらない。
あれが勇者か。
あんなものに皆が憧れているのか。
(いや、違う)
トキマサは苛立ちを隠せなかった。ダンジョンに入る前に絡んできたあの男は、よりにもよって自らを勇者であると偽った。かの英雄、真の勇者であるマガモとは比較にならない。あれは偽者だ。穢れ切った金の亡者だ。あの目を思い出せ。あの顔を思い出せ。あれは野盗に近しい存在でしかない。
仮に先の男が勇者だとして、王族はあんなのと交わるのかもしれない。薄汚れた血が混入し、いずれそいつが王都を牛耳るのかもしれない。そう考えると恐ろしい。無性に腹が立ちながら、トキマサは宿に戻った。部屋に入る直前、室内から漏れ聞こえてくるヤズコとハルマンの声に足を止めてしまった。何のことはない。ただの雑談だ。二人がただ楽しげに話しているだけ。今までと何も変わらない日常。だが、トキマサは自らの胸の内が締め付けられるような思いだった。
部屋に戻れず、トキマサはサリマリを誘って酒場に来た。あまり飲めない酒を無理して飲んだ。
「いい飲みっぷりじゃないか」
トキマサが潰れていく様子をサリマリはどこか楽しげに眺めている。
「……そうか?」
「ああ、そうさ。景気の悪い顔で景気のいい飲みっぷり。何か悩みでもあるんじゃないの?」
悩み。そう言われ、トキマサはまた酒を口に含んだ。
悩みならある。悩みしかない。彼は、この先のこと、ヤズコとハルマンのことを話した。
「ふーん。あんた、ヤズコが好きなんだ」
「どうなんだろう」
トキマサは思い出す。ヤズコとはずっと一緒にいた。それが当たり前だった。この旅に付いてくるのも自然な成り行きだと思っていた。
トキマサは混血である。勇者マガモの血を引いている。そしてヤズコもまた、別の勇者の血を引いた混血だ。
「近すぎて分かんねえんだ」
「ハルマンは嫌いなの?」
「いや、そんなことねえ。あいつは親友なんだ」
「嫌いだったらよかったのにねえ」
「なんで?」
「そうしたら遠慮なく、あんただって嫌いになれたから。嫌いじゃないのに二人だけで仲良くしてるから、嫌いになりそうでモヤモヤしてるんでしょ? それに、さっきの勇者って男にもムカついてる。いろんなことが重なったら、そりゃ、そんな顔してお酒飲むしかないよねえ」
見事に内心を言い当てられたような気分である。トキマサはサリマリをじっと見つめた。彼女は男と見間違わんばかりの巨躯だが、美人の部類である。年上で冒険者としての力もある。少々マッシヴなだけで、いい女というやつなのだろう。
「どしたん、じっと見てさ」
「ああ、いや、何でもない」
誤魔化すようにして酒を呷った。
「ヤる?」
「……なにを?」
「あはは、おとぼけ? や、男と女で飲んでてさ、まあこういう空気なんだから一つしかないじゃん」
トキマサは察した。今までは余裕がなかったが、ここにきてサリマリを異性として認識しつつある自分に気がついたのだ。
セックスの経験はある。東方にいたころは女に困っていなかった。ただ、ヨドゥンに来てからは一度も抱いていない。ヤズコとはそういう関係になく、何となく言い出しづらかった。意識するとそれにしか考えが及ばなくなる。酒精で多少鈍りこそすれ、少年の熱情は高まる一方だった。
話は早かった。酒場を出て安宿で部屋を取るなり立ったままで交わった。サリマリはけだもののようにトキマサを求めた。二度ほど精を解き放ってからベッドになだれ込み、そこでは彼女が上になって行為を始めた。安普請の寝具が軋む音を聞きながら、トキマサは、この部屋の隣にヤズコたちがいることを思い出した。それすらも行為の質を高めるであろう甘美なスパイスであった。
どうせなら妬いて欲しかった。ヤズコは気づいているだろうか。トキマサはそんなことを考えながら、揺れる乳房に手を伸ばす。
「あ、ははっ、いいじゃん。もっと強くしてもいいよ」
激しいセックスはフラストレーションを解消するにはもってこいだった。サリマリもまた、隣室にパーティメンバーがいることを知ってか、わざと声を上げ、物音を立てている節があった。彼女の瞳は爛々として妖しい光を帯びている。貪るような腰つきは経験の豊富さを物語っていた。何か悔しくなって、トキマサは体を起こし、目を合わせたまま口を吸った。ゆっくりと押し倒して相手を覗き込むも、彼女の視線は挑戦的である。
「ほら、まだできるでしょ」
来なよ。誘われて、思い切り貫いた。途端、サリマリは高い声で鳴く。媚びるようなそれは、どこか演技臭さもあったが、男を勘違いさせるには十分だった。年上の女を喘がせているという自信がトキマサに深い律動を促した。何もかもを頭の中から開放するかのような、目の奥がちかちかするような快感ののち、二人は汗みずくのまま抱き合って、少し眠った。
二人して部屋から出ると、隣のドアは少し開いていて、ヤズコが遠慮がちに顔を覗かせていた。サリマリは気を遣ったのか、トキマサに秋波を送ってから先に外へ出て行った。
「あの」
「ああ、なに」
トキマサは少しぶっきらぼうに返答した。情事の後で気だるいのもあった。彼は少しだけ、くだらない優越感に浸っていた。
「お金……大丈夫? その、取り立ての人が来たの」
「取り立てって……」
昼に出会った男を思い出し、トキマサは顔をしかめる。
「平気か? 何もされなかったか?」
「え、うん。それは大丈夫なんだけど」
ヤズコはトキマサをじっと見てから、小さな口を開いた。
「本当に、大丈夫?」
二度目の確認にトキマサは苛立ちを覚えた。ヤズコは金のことを聞いているのだ。彼女の頭には借金の返済しかない。隣室にいた自分が誰と何をしていたかには興味がないのかもしれない。独り相撲を取らされていたかのような疎外感が襲ってくる。自分をもっと男として見て欲しかったのだ。トキマサは情けなくなった。そうしてから、いつも自分が外に出ている間、ヤズコとハルマンは何をしているのだろうかと気になった。二人きりで部屋にこもって、話をするだけか、と。
ヤズコはいつもと変わらないように見える。しかしどうしてだか、彼女の唇や所作の一つ一つが妙に艶めかしく映っていた。
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