第57話
料理長ことフレデリックの店はダンジョンから離れた場所にある。こじんまりとした店で、いつ来ても客は少ない。ま、こういう店はダンジョンの近くであればあるほど繁盛しやすかったりする。ここは儲けが出ているのかどうかは怪しいところだが、半ば趣味でやっているようなものらしいので、現状でも構わないんだろう。
「ケイジ、あれ頼んで、あれ」
「あれって何」
「モチモチしたやつ」
「あー。あれね」
水餃子みたいなやつか。ありゃ食べやすくていいな。
ティピータは料理長の店がお気に入りである。彼の店で出てくるのは多国籍なものだ。中華みたいなのもあれば洋食もあるし、見たことのないものだって出てくる。料理長曰く、色々な国の冒険者から話を聞いたり、異世界の勇者が持ち込んだレシピを勉強したそうだ。
「すっかり馴染んだな」
ふふん、と、ティピータは得意げだった。最初にヨドゥンに来たときはオドオドしてたのにな。あれはあれで可愛げがあったんだけど。『ケイジケイジー』って、怖がり屋のベッセルみたく服を掴んできたりして。
「しかし、ウォルターも一緒に来ると思ったんだけどな」
ニギアで組んでいた、あの不運なハゲのおっさんを思い出す。憎まれ口ばかり叩くが、今となってはいいやつだったな。
「ウォルターは王都に行ってると思う。娘に会うんだって言ってたから」
そういや、娘さんは王立神学校に通ってるんだったか。もしかすると、ベッセルたちの同級生だったかもしれん。
「王都か。遠いな、そりゃ」
「今度私たちが王都に行ってもいいね」
「そりゃいいね」とスキャレットが面白そうだ。
スキャレットさんは既に一献傾けていらっしゃる。静かに飲んでいるが、お通しの茹でた豆はバクバク食ってる。
「ティピータは行ったことあるの?」
「ない。白エルフは?」
「あたしもない。ケイジはあるんでしょ。やっぱ人多いの?」
「まあなあ」
あんまり覚えてないけど。
しばらく喋っていると、料理長がやってきてテーブルの上に料理を並べ始める。
「よう、料理長。ダンジョンの近くで屋台でも出せばいいんじゃないのか」
「人手が足りない」
「人なら腐るほどいるだろ」
実際、屋台なり露店なり、ダンジョンの近くで商売をするやつもいる。
俺がそう言うと、料理長は口の端をゆがめた。
「腐るほどって、冒険者か? あいつらは信用ならん」
「あんたが言うかね」
「俺の本業はこっちだからな」
ま、確かにそうだな。どこぞの馬の骨を雇ったって色々と持ち逃げされるのが落ちだろう。
「あ、そうだ。なあ。いい肉は入ったとか言ってたけど、結局何の肉だったんだ?」
「何? 気づかなかったのか? もうお前らの腹の中だぞ」
「えっ。そうなん? いや、それで何の肉……」
料理長は微笑みながら厨房へと消えていった。言えよ!
◎〇▲☆△△△
人の増えたヨドゥンでは、飯屋だの飲み屋だのが繁盛している。冒険者はとかく酒を飲むからな。
そんなわけで、遂に俺が造っていた……いや、造ってないな。醸造家のクロンヌにお願いしてただけだ。とにかく、俺の関わっている酒もデビューする運びとなった。神さまへの貢物として捧げていた、ダンジョンの水を使った例のやつである。実はクロンヌはこの酒を出すのを渋っていた。人間には合わない味だろうというプロの判断からだ。しかしそんなもの関係ない。売れればええんや。何せ今は何もかもが足りていない。冒険者が増えて店が足りない。ツマミが足りない。酒が足りない。安酒だろうがマズかろうがとにかく売れる。俺ブランドの神さま用の酒こと『カブラヤ』は飛ぶように売れた。そしてあっという間に間に合わなくなっていた。在庫が足りない!
解決する妙案はあった。この『カブラヤ』にはいろいろと問題があるが、水の調達に時間がかかるのが難点だった。だったらダンジョンで造ればいいだろと思いついた自分を天才だなと褒めてやりたい。もちろん俺には酒造りのスキルもないし、時間もない。しかし俺には頼れる仲間がいるのだった。
「おー、調子はどうだ? しっかりやってるか?」
ダンジョンの五階層。この一角の大広間は眷属たちを活動させるための神域と化している。その広間には、クロンヌのところにあるような酒樽が並んでいた。そこかしこではちいこい眷属たちが楽しそうにしながら、果実を足で踏んで潰している。キャッキャキャッキャしている。
「はーいお友達―、げんきー?」
ファストワードはうふふと笑いながら足踏みを繰り返していた。
「うん。何よりだな」
「何がですか」
広間の隅にある椅子に腰かけていたのは狐のお面をかぶったミヤマである。彼女はつまらなそうにして息をつき、俺を見上げた。
「よくもまあこのような……」
「まあまあ」
俺はミヤマをひょいと抱え上げて椅子に座り、近くのかごからお菓子を取り出してミヤマの口に近づけた。
「甘いものでも一つ」
ミヤマは面の下を少しだけ外し、俺の手ごと食い付く勢いでお菓子にかぶりつく。小栗さん経由で仕入れた王都の焼き菓子だ。ミヤマはそれをバリバリとかみ砕く。
「あなたは神を……神の眷属を何だと思ってるんですか。私たちにこのような仕事をさせるだなんて」
「だってしゃあないじゃん。お前ら狼の巣に行けないんだし」
というか神の眷属たちは今のところ低階層でしか活動できないのだった。深い階層はまだ瘴気が濃い。神域を作ってもいいんだが、それでもやはりあそこに巣食うスピナーの数は多いし、そもそも十階層までにも魔物は出てくるしな。ガーデンの瘴気は以前にも増して密度が濃いんだからしようがない。
「それにお酒好きだろ」
「好きですけど、どうして私たちへの供物を私たちが作らなければいけないんですか」
だってここで酒を造った方が手っ取り早いんだもん。おまけに人手も確保できるし。
ダンジョンの水源を広間まで引っ張ってくりゃあいちいち重い樽を持ち運びする必要もないし(それはそうとアキたち騎士にも水運びはお願いしているが)。というかこの眷属たち、広間を勝手にぶち抜きやがったからな。狭いからとか言って、隣の大広間の壁を壊して無理やり広げやがったんだ。おかげで神域を作らされたんだぞ。余計な信仰心を使っちまった。
「お前らシィオン先生を通して無茶ばっか言いやがって。なんだ、あの神棚みたいなのは」
「あそこに向かって礼をしてください。ちゃんとお酒と甘いものも供えてください」
「お菓子なら大量に備蓄してるだろ」
小栗さんにお願いして、定期的に日持ちしそうなものを送ってもらっている。それだってタダじゃないんだぞ。おまけにお菓子と一緒に小栗さんの現状を報告するとともに愚痴や悪口などが紙面いっぱいに綴られた呪いの手紙みたいなのもついてくるんだからな。返事しないと怒られるし(まあ、たまに前の世界の言葉を書くのはいいけど。検閲される心配もなさそうだし)。
お菓子に、神域の拡大に、広間の改装だったり、酒造りのための準備とか、結構金がかかってるんだ。元は取らなきゃいけない。
「まったく。まったくあなたという人は、まったく」
言いながら、ミヤマは小さな杯にお酒を注いで、それを一気飲みする。空になった杯を『ん』と俺に手渡してくる。俺は無言でお酌した。
「はいはい。どうぞ、ミヤマさま」
口元まで杯を近づけて、ゆっくりと傾ける。こくこくと、ミヤマの白い喉が動く。飲み干した後、彼女は俺に体重を預けてきた。
「ふふ。苦しゅうありません。口移しでも構いませんよ」
「前にやったら怒ったくせに」
「あ、あああれはあなたが舌を入れてくるからではありませんか!」
ミヤマが怒鳴ると、他の眷属たちがぞろぞろとやってくる。
「ミヤマばっかりずるくない?」
「なんかリーダーみたく振舞ってるけど全然認めてないからね」
「お友達―、私もちゅーしてー、ちゅー」
「だめだ。絵面で許されん」
ここを知り合いに見られたら、俺はきっと軽蔑されて殺されるだろう。
「そんじゃあまた来るからな」
「うわあ当たり前みたいに胸を揉まないでください!」
「うっ」
腹にヘッドバットをくらわされた。
俺のいない間、眷属たちにお供えをしてくれているのはシィオン先生である。どちらかと言うと、彼の方からやりたいと切り出してきたことではある。何せ神さまだの神域だのを専門にしている学者さんだからな。ちょっと様子でも見ていくか。
丘にいるカブラヤ御前に顔を出してから、俺はシィオン先生の家に向かった。ノックすると、疲れた顔の先生が出てきた。
「ああ、君かね」
目の下の隈がひどく濃い。
「寝てないんすか?」
「いや、何……寝ている暇などないよ。次から次へと書きたいことが出てくる」
先生は俺を中に招き入れながら話を始めた。
「この町にも人が増えたからね。色々な地方のダンジョンの話を聞けて助かっているよ」
「あー。あ、すんませんいつも、ミヤマたちの貢物」
「それはいいんだ。むしろこちらからお願いしたいくらいだよ。いや、いまだに分からなくてね。本当にあの子らは神の眷属なのかと……私はまだ夢を見ているんじゃないかとばかり」
「今は酒造りやってますね、あいつら」
「驚かされてばかりだ」
先生は椅子に座り、俺はその辺の本をどかしてから床に座り込む。
「ガーデンも変わったみたいだね。私の推測通りかどうかはさておいて、新たなモンスターが現れた」
「もう攻略済みみたいなもんですけどね」
「原因を知りたいねえ。いや、本当に、どこから手を付けていいのか迷う。これは嬉しい悩みだよ。この歳になって思う。もっと生きたい。あと何十年も何百年も」
「まだまだじゃないすか。ま、長生きしたいなら睡眠をとることじゃないっすかね」
「はっは、それはそうだ」
取り留めもないことを喋ってから、俺は神学校の生徒たちについて話を振ってみた。前にダンジョンで鍛えてやった、ベッセルやダリ、リーヴェたちのことを。
「ああ、彼らか。知っているよ。珍しく私の授業を受けていた生徒だからね。しかし、どうしてまた君が彼らのことを?」
俺は前にあったことを簡単に説明した。先生の顔色は少し青くなっていた。
「無事に済んで何よりだ。リーヴェという生徒はよく知らないが、カウリ家というのは北方国出の大商家のはず。下手な貴族よりも力はあるんじゃないかな」
へー、ベッセル、そんないいとこの子だったのか。
「ティンバーライン公爵の子もいたとは……いや、確かにあそこらしいかもしれないがね。しかしあの家は別格だよ。名を出せば山賊だって道を開けるかもしれない。ティンバーラインの武名は大陸中に知れ渡っているだろうからね」
「いじめっ子でしたけどね、あいつ」
「そういう家の出だ。ある意味仕方ない。神学校はある種社会の縮図のようなものだ。大貴族の子が下に見られても、それはそれで厄介なんだよ」
「まあ二度と会うことはないでしょうけど」
「そうかね。しかし人と人だ。縁があればまた出会うだろう」
もういいっすよ、ガキのお守りは。
いや、けど……貴族に大商人の子か……もっとこう、コネでも作っとけばよかったかな……。でもなあ、あいつら俺を甘く見てるし完全にナメてるからなあ。というかいまだにあいつら、俺を勇者と思ってないかもしれないし。
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