第52話



 神学校の生徒を鍛えてあげようのコーナーはまだ続いていたが、もう俺が教えることは何もない状態になったので助っ人を呼ぶことにした。

「はい、自己紹介どうぞ」

「はい!!」

 俺の隣に立つ馬鹿でかい女が馬鹿でかい声を発した。

「聖ブロンデル騎士団所属聖騎士アキ・ミュラーです!! 皆さま! よろしくお願いします!」

 でかい体を窮屈そうに折り曲げてあいさつするアキ。今日はきっちりと鎧を着こんでいた。

 その姿を生徒たちが見つめている。

「……聖騎士?」

「ミュラーって言ったら、序列五位の騎士じゃないですか」

「はいそこ、静かに。今日はこちらの騎士さまがダンジョンに潜る際の心得を教えてくれるので、心して聞くように。よろしくな、アキ」

 言うと、アキは姿勢を正して(いつも正しているが)元気よく返事をした。うるさい。

「あ、それから冒険者殿。いつものこれをお収めください」

「今? いや、今は」

「さ。どうぞ」

 そっと、しかしものすごい力で手の平にグイイィィとお金をねじ込まれる。

「せ、生徒が見てる」

「何をおっしゃいますやら! よろしいではありませんか。冒険者殿の武勇お人柄は聖騎士さえも虜にしてしまうのだと見せつけてやるくらいの気概でなければなりません!! さあっ、さあ! どうぞ私たちが集めた信仰心その結晶をお受け取りください!」

「わざとやってない?」

 白昼堂々よくないお金を握らされる俺。視線が冷たかった。



 ダンジョンに潜るや、アキは大音声を放った。余裕で魔物を呼び寄せてしまうんだが、俺にはどうしようもない。

「王立神学校とはなんとも懐かしいものです! 私にも学び舎にいた時分がありました! ではまず最初の心得をお教えしましょう! よろしいですか。騎士であるならばいえそうでなくとも勇者さまの同行者であるならば勇者さまをお守りするのが務めです! 身を粉にし己が命その魂の一片までも犠牲にするのが心得その一です!!」

 いきなり重くないか。その心得。

 そんで早速モンスターどもがやってきたぞ。

「冒険者殿はお下がりを!!」

 アキは剣をすらりと抜き放ち、飛びかかってきた小鬼の一撃を防ぎ、籠手でぶん殴って押し返した。……おや? なんか、意外と普通に戦えてるな。こいつら騎士ってこんな感じだったっけ?

 でやーとか叫ぶと、アキは小鬼を切り裂いた。あっという間に戦闘は終わった。おおー、と、ダリたちが小さく拍手する。

「なんか強くなってないか?」

「滅相も!!!」

「ち、近い。近いよ」

「ですがお褒めにあずかりとっても嬉しいです!!」

 ずいと詰め寄られると相変わらずの圧。けど実際、こんな風に普通にやれてるとは。そこで思い至る。忘れてたが、アキたちには酒造りのためにダンジョンの水を運んでもらっていたんだっけと。もしやその繰り返しでガーデンに潜ってたから、レベルが上がったのか? すげえな。適当言ってたけどマジで強くなったのか。

「これも日々の鍛錬のたまものです! 常に冒険者殿のことを……ああー、ええーと、ではなく! お仕えし、お守りする方を想いながら真心を込めて腹筋し、剣を振り続けるのです! さすれば羽虫のような私にだってこの程度のことは可能となります!」

「だってさ」

 それからアキは町の見回りに出かけるまでの間、ダンジョンに付き合ってくれた。今度飯でも食おうかと誘ったら、破廉恥ですと断られた。



 聖騎士アキの次は同業者をお呼びした。酒場で暇そうにしていた連中に声をかけただけとも言える。

「はっは。子守とは災難だな」と笑うのはサム船長。

「謝礼は出るのか」と舐めたことを抜かすのはイップウ師範。

 生徒三人には、異常者二人について回ってもらうことにした。

「じゃ、しばらくの間はよろしく頼んますね」

「おう。いつもみたいに潜ればいいんだな」

 そうそう。

「一応、えらいさんとこの子どもなんでその辺は……」

「心得ている」

 師範が小難しそうな顔で答えた。

「上手くいくと、金持ち連中とのパイプがつながるかもしれんからな」

「せ、せんせー?」

 焦ったように声をかけてくるダリ。

「せんせーはついてこないんですか?」

「外せない用事があってな」

 そろそろ禁断症状が現れるころだ。たまには自由な時間が欲しい。訓練を始めてから、割と一日中付き合いっぱなしだったからな。酒の量も減ったし、ベッセルが咳き込むからたばこも本数減ったし、女抱いてないしギャンブルもやってない。どうしてくれるんだ。このままじゃ健康になっちまう。

「心配しなくてもこの二人は俺よりずっとやばいくらい強いからな。だからベッセルちゃん? 服を掴まないで」



「うおおおおおおぉおおおお」

「はいざんねーん。半でした。いやー。やっぱカシワギちゃんの負けっぷりは素晴らしいよね」

「ぐああああああああ」


「うおおおおぉおおおおおお」

「あんっ、あんっ、勇者さま、はげしいっ!」

「おらっ、ケツ上げろ、ケツ!」


「ううううぅうう……」

「お客さん、飲み過ぎっすよ」

「お金ない……夢も希望もない……あ、おかわり」

「はよ帰ってくれ」



 散財ののち、ふと気になってダンジョンの方へ足を延ばしてみると、入り口前で座り込む人影があった。案の定というか、ベッセルとダリがほとほと疲れ果てたという風に座り込んでいて、リーヴェだけはぼうっと突っ立っていた。

「おー。もう終わったんか? お疲れさん」

「……せ。せんせー……サイアク」

「おっ? え、なんだ? どした?」

 ベッセルが突進してきたかと思えば、無言で俺の腹あたりに顔をうずめるようにして抱き着いてきた。

「……疲れました」

 だろうな。

「うわっ、せんせー、酒くさっ。うっそ。私らを放っておいて昼間から飲んでたんですか?」

 いや、放置してないって。ちゃんと船長と師範に託したじゃん。

「どうだった? 勉強になったか?」

「なるわけないじゃんっ。デタラメなんですけど! ここの冒険者ってほんとにあんなのばっかりなんですか」

「まあ、うん」

 スンとした顔のリーヴェも俺に目を向けていた。

「素手で魔物を屠っていました。興味深かったです」

「君は少し変わってるね……」



 さて、その次の日には趣向を変えて秘蹟のお勉強でも。というわけで森の大賢者様をお呼びした。

「はい、自己紹介して」

 かつ、というヒールの音。

「はーい森のエルフでーす。スキャレット・スモーキースリルでーす。よろしくー。……で、あたし何すりゃいいの?」

「ちょっとダンジョンでモンスターを焼き殺したりしてくれよ」

「そんなんでいいの? 楽しいからいいけど。町中はだめだけど、ダンジョンならナンボ使ってもいいしね」

「……せ、先生?」

 くいくいと袖を引っ張られる。ベッセルが不思議そうにスキャレットを見ていた。

「エルフ? 本当?」

「おー、本当だとも」

「はー。もうそういうのいいですって。世界に一人しかいないんですよ? どうして連邦のエルフがこんなとこにいるって言うんですか。しかもその恰好。森の民とか思えませんしー」

 俺はスキャレットの肩を叩き、耳を見せるように言った。ん、と、彼女は髪の毛を手でどかす。耳が露わになるがうなじがちょっと見えて俺は興奮しかけた。

「ほ、ほんとだ。本物だ。すごい」

「い、いや、ちょっと耳が長いだけ…………うわーっちょっとどころじゃないくらい長い!」

「色白ですね」

 三者三様の反応を見せる生徒たち。

 やいのやいのとスキャレットに質問攻めする生徒たち。

 なんか俺の時と反応違くない?



 ダンジョンに足を踏み入れたスキャレットは顔をしかめた。二日酔いかな?

「分かっちゃいたけど、やっぱり不来方の森とはえらい違うね。瘴気の密度が濃い。そりゃあ凶悪な魔物が出てくるわけだ」

「息苦しいか?」

「多少ね」

 俺も最初はそうだった。地上とは体が別物になる気分だ。手足を思うように動かせなくなるし、頭だって働かなくなる。何度も潜ってれば慣れるんだが、こればっかりはな。回数をこなすしかない。

「きついなら戻るか。おばあちゃん」

「冗談きついっつーの。あんま舐めないでよね」

 スキャレットはサングラスの位置を指で押し上げると、つかつかと歩き出す。

「いいかいお子様方。秘蹟ってのは信じる心さ。神さまを崇め奉る気持ち。神を信じる自分を信じる気持ち。あたしならできる。なんでもできるって心が秘蹟を強くするんだ」

 言いながら、スキャレットは魔物を燃やしていた。歩きながら秘蹟について講義する(話の内容は俺にはさっぱり)。一瞥すらない。彼女の攻撃範囲内に入ったモノが半ば自動的に焼けただれるだけ。もはや戦いとも呼べないレベル。そう。そうだ。そうでないとここではやっていけない。

 いい勝負じゃあだめだ。戦いになっているのなら、それは自分と相手が同レベルだということ。低階層のモンスター相手で戦いになっているんじゃあ先が思いやられる(こないだのアキが、魔物の攻撃を防いで返すのも一手余計なくらい)。

 理想は処理だ。作業だ。雑談の片手間に終わらせるくらいでないと、ガーデンの冒険者としてはやっていけない。いちいち覚悟を決めて相対して命を奪い合うなんて真似、疲れ切って先に進めなくなる。……その点、スキャレットはさすがだ。信仰心を使い過ぎじゃないかとも思ったが、あれはあれで手加減しているように見える。町中でぶっ放したのをまだ気にしているらしいな。

「ケイジ―。次どっち行けばいいのー?」

「右―。ちょっとくらい本気出していいぞ。たまには憂さ晴らしも気持ちいいからな」

「そう? そんじゃあちょっとだけ」

 スキャレットの足元から、いくつもの炎の線が走った。それは中空に飛び上がり、蛇のような姿に変わる。そいつらがいなくなってから少しして、ダンジョンのあちこちから魔物の声が聞こえてきた。悲鳴だ。

「おっ」信仰心があちこちから集まってくるのが分かった。

「……い、今のは」

 ベッセルが、縋りつくようにしてスキャレットを見た。

「この辺のダンジョンマンはどんなのか分かったからね。さっきの蛇どもに、自動でそいつらを探して襲うように仕込んだの」

「どうやって、ですか」

「うーん。念かな」

「ねん」とベッセルは繰り返す。大丈夫だ。俺にもできないしよく分かってない。

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