第51話
不思議なもので、神学校の生徒三人は次の日も訓練してほしいと言ってきた。甚だ面倒くさい。いい具合にダンジョンマンの群れも出てきたし、結構怖がらせたと思ったんだけどなあ。あれか。まだ俺の実力を疑ってるんだな。いや、そもそも俺の力って何なんだよって感じなんだが。ともあれ勇者かどうか。そもそもカシワギ・ケイジは何者なんだという猜疑の心がやつらにはあるに違いない。
というわけで翌日。朝早くからダンジョンの入り口前で待っていると、とてとてと歩いてくるなまっちろい少女の姿が見えた。名前はベッセル・カウリ。何もかも小さくて怖がりのやつだ。
「よう、おはよう」
「あっ……はいっ、おはようございます」
挨拶してから、ベッセルは咳を一つ。
「なんだ。体調悪いのか?」
「え。いいくらいです。ぼく、あんまり体が強くないので」
そうだろうなあと頷くしかない見た目だもんな。
「けど、よく訓練を続けようって気になったよな。怖くなかったのかよ」
「怖かったです。その。とても」
じゃあなんでまた。
「……ぼく、冒険が好きなんです。その、したこと、ないんですけど。体力ないし」
あー、分かる。分かるぞ。俺も何だかんだでそういうのは好きだからな。
「けどあれだろ。お前も貴族のお嬢さんなんだろ。危ない目に遭っても文句言われないのか」
ベッセルは目を瞬かせていた。
「お嬢……というか、ぼく、貴族じゃないんです」
「違うの? 神学校の生徒はみんなそうなんかと」
「貴族の子は多いですけど、ぼくの家は商い屋で……貿易なんですけど、魔物の素材とかを」
「モンスターの? えっ、死体が金になるのか?」
ベッセルは苦笑した。
俺、いっつも魔物は殺したままだからな。よっぽど希少な部位があれば持って帰るけど、荷物になるじゃん。換金率悪いし。
「昔はそうでもなかったんですけど、今は余裕があるみたいで。珍しいモンスターのはく製とか、牙とか、そういうのを欲しがる人がいるんです」
ほーん。覚えておこう。
「……あの。家には冒険者の人とか、関りがあって、それで」
「冒険者なんかと? そうなのか? はあ、なんでまた」
「キャラバンを守ってもらうんです。冒険者さんに」
「おお、用心棒か」
「はい、ふふ」
ベッセルの笑みは無垢な感じだ。笑うとこ初めて見たな。
「昨日と違って結構喋るよな」
「あ。ごめん、なさい。ぼく」
「ああ、そうじゃなくて。ほら、もっとおどおどしてたじゃん」
「ここには、誰もいないし」
俺がいるが。
「……ああ、いじめっ子か。なんでいじめられてんの?」
「ええ……わ、分かんないです」
おどおどしてるやつって、なんかそれだけで突きたくなるんだよな。
「でも。しいて言うなら、ぼく、運動は無理なんですけど、勉強はできるから」
「あー。それでか。嫉妬されてんだな」
貴族の子じゃないし、出席日数が足りてないとか言ってたっけ。ハブにされやすいんだろか。
「でもお前のが根性あるだろ。ほら、お前ら以外のはみんな逃げちまったじゃんか。どうせならいじめ返してやれ」
「無理です……」
でも。そう言って、ベッセルは俺を見上げた。
「ぼく。先生みたいに。同じ男として、強くなりたいです」
そうかそうか。
「あれ? 男?」
「はい?」
「あーー、もうきてるー、おはよーございまーす」
間延びした声。ダリだった。彼女は来るなりベッセルに絡み始めた。
「やめろよ可哀そうだろ」
「はー? 全然かわいそうじゃないんですけどー」
「弱い者いじめはやめとけよ」
ぴく、と、ダリの頬が震えた。
「別に弱くないし―」
ん?
「せんせーさ、なんか勘違いしてない? こいつこんな感じだけど思ってるより全然図太かったりするからね」
「図太くないよう」
ベッセルが抗議するもダリは聞く耳を持っていない。
「あー。とりあえず今日はお前らにも戦ってもらうかな」
「え。なんで。イヤなんですけど。つーか先生分かってます? 私らいいとこの子なんですけど」
「知らんし」
でかい舌打ちが聞こえた。
「マジ? 勇者……かもしれない人とは言え大陸に住んでてそれってやばいですよ。ティンバーラインを知らないとかどうかしてますって」
「ティンバー? ナニ? お前んちのことか?」
いや、だってマジで知らないんだし。
「有名な貴族様なのか?」
俺がそう言うと、ダリだけでなくベッセルも固まった。
「……あの。ダリちゃんの家は公爵様なんです」
「跪いてしゃぶりなさいな」
何をだよ。……公爵ねえ。
「だから、学校でもすごく威張ってるんです」
「みたいだな」
「もう少し丁重に扱っていただけません?」
「じゃあお前はダンジョンに潜んなくていいよ」
「いや、そういうわけには……」
ダリは困ったような顔になる。
ややこしいなこいつ。何をどうしたいんだよ。
「秘蹟はなんか使えるのか?」
「こいつ無視して話すすめやがった」
「あ。ぼくは、風神アイナスさまの……」
「私は使えません」
おお!? 耳元で声がしたかと思ったら、銀髪少女が傍にいた。リーヴェとか言ったっけこいつ。存在感が希薄だな。こんな目立つくらい美人なのに。
今日もガキを引き連れてダンジョンに潜る。
「そんじゃあ、ザコを見つけたら適当にぶっ放してみろ」
いじめられっ子ベッセル・カウリは風の秘蹟。いじめっ子ダリ・ティンバーラインは軍神クァンプの秘蹟を使えるそうだ。秘蹟を使えないというリーヴェにはとりあえずその辺で拾った武器を持たせてある。
俺は昨日と違い、ずんずか進む。これ、どうやったら終わるんだろうな。俺としてはもう合格と判を押しておさらばしたいんだが、当のこいつらがそれをいらねえって言ってるようなもんだし。俺が勇者だと信じてもらえればいいのかもしれんが、そんなもんどうやって証明すんのかね。教会に推薦文でも書いてもらえばいいんか。
ぼやぼや歩いていると小鬼と出くわしたので、頭を掴んで床にたたきつけた。さすがに元気いっぱいだと生徒も怖がるだろう。
「よし。やれ」
ベッセルは首を振った。
「大丈夫だって。弱らせてるから」
「で。でも」
「早くしろよ強くなりたいんだろ」
じっとねめつけると、ベッセルは覚悟を決めたのか、秘蹟をぶっ放した。
ダンジョン内に強風が巻き起こり、俺は目を瞑る。気づけば、弱らせておいた小鬼がずたずたに切り裂かれていた。
「……やるじゃないか」
「ほ、本当ですか。よかったあ」
ホッと胸をなでおろすベッセル。見た目こそ可愛らしいが残虐な秘蹟を使ったものだ。
「ほかにもあるんです。学校の人が相手だったら試せないから」
「そうなのか」
「はい。傷つけちゃったらかわいそうですし」
大きな舌打ち。後ろのダリが『ほら見ろ』とでも言いたげな表情である。
その後、ベッセルは新手のモンスターに対しても秘蹟を行使しまくっていた。割とバリエーション豊かである。どれも攻撃的な秘蹟ばかりだが。
「ぼくの好きなお話の冒険者は、風の秘蹟を使っていたんです」
「へえー」
…………まあー、あのー、その。正直、風の秘蹟に関していえばベッセルは俺よりも格上っぽいな。
「こいつ座学と秘蹟だけは一丁前なんです」
ダリが面白くなそうに言う。
「はいっ。それで……」
元気よく話していたが、ベッセルは咳き込み始めた。涙目にまでなっているので、慌てて背中をさすってやった。
「ご、ごめんなさ」
「いい、いい。喋らなくて」
「あーあー。調子乗るから」
ダリは鬱陶しそうに言うも、荷物から水筒を取り出してやっていた。意外と面倒見がいいのだろうか。
「ちょっと休んどけ。そしたら、次はお前な」
「お前じゃありませーん」
「はいはい、ダリちゃんな。クァンプの秘蹟が使えるんだろ」
軍神の秘蹟にも色々あるが、一般的なのは身体能力の向上だ。筋肉を増強させたり、気持ちを高ぶらせたりする。俺も使うが、一応勇者なので腕力とかはそれなりにある。どっちかと言えば気持ちの方だな。感情ゼロの状態から一気にテンションマックスまで持っていけるので咄嗟の時には重宝する。
「お嬢さんだし、無理にやんなくてもいいけど」
ダリは露骨に嫌そうな顔をした。プライドもそれなりに高いらしい。
「じゃ、武器でも使うか」
リーヴェは持っていた剣を渡そうとするが、ダリはそれを受け取らない。何を思ったか、彼女は急に壁を殴りつけた。おいおい。骨折れるぞ。拳がめり込んでんじゃん。怪我でもしたらどうすると脳内ギルドマスターが青い顔になってたが、ややあってから拳を引き抜くと、土くれでできた巨大な槌が露わになった。
「《二重信仰者》か」
「そ。大地の神も信仰してまーす」
ダリは、壁を原材料にした大槌を片手でくるりと回す。それだけで彼女の技量はうかがえた。特にクァンプの秘蹟の方はなかなかのものだ。力が必要な場面でしか筋力を増強していないし、信仰心の無駄遣いをしていない。だからか、細腕のまま不釣り合いな武器を持っているように見える。
おあつらえ向きに魔物までやってきた。が、中鬼か。少し手ごわそうだが。
「ふッ」
軽く息を吐くと、ダリは一瞬にして相手までの距離を詰めている。得物は巨大だが、まるで短剣のように軽々と扱い、中鬼の頭を強かに打ち据えた。衝撃によって大槌は砕けたが問題ない。魔物の頭部もごっちゃりと砕けている。……えー。お見事である。俺よりなんか、こう、色々と使いこなしてるな。
「燃費は悪いけどな」
「だからやりたくないんです。可愛くないし」
戻ってくるダリの手が少し震えていた。
「魔物と戦うのは初めてか?」
「いえ。《姫道》で」
あそこは初心者御用達だからな。ガーデンのやつと比べたらさすがに厳しいものがある。
「つーか普通にやるじゃんか。なんだよ。わざわざ俺が教えなくたってできるじゃねえか」
「ええ……? ああ、まあ、はい」
疲れているのか、ダリの返事は適当だ。気だるげに、壁に背を預けて肩で息をする。
「じゃ、最後は」
俺はリーヴェに目を向ける。彼女は長い髪をかき上げていた。いちいち絵になるなこいつ。
「私はいいです」
「ええ、なんで」
この子にはいっつも調子を狂わされるな。
「占いって信じます?」
「まあ、いい結果のは」
「私もです」
そうか。
……それで?
「もしかして、今日の占いはよくない感じだったのか」
リーヴェは微笑を浮かべた。だから、結局なんでなんだよ!
「せんせー、無駄ですよ。いつもそんな感じですから。というか成績も普通にいいし、授業にも出てるみたいだし。なんでここに来たんだろって子なんです」
絶世の美女もかくやという笑みをたたえたまま、リーヴェは今日のお昼には味の濃いものが食べたいとか言い出した。だめだ。俺には御しきれない。
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