第50話
残った生徒は三人だけ。それもどうにも見込みのなさそうなやつらだけ。
しかし仕事は仕事である。とりあえず自己紹介させてみた。ん、と水を向けると、なまっちろいガキがおどおどとし始めた。お前だ、お前。
「……ベッセル・カウリ……です」
「腹から声出せ」
「えっ……と」
視線をさまよわせるガキ。マジで小さいな。声も小さければ体も小さい。気も小さいだろう。
ベッセルと名乗った少女は色白だ。病的なまでに。一度も日の光を浴びたことがないような。今の今まで日陰で生きてきて、今日初めて日向に出たかのような。貴族のお嬢ちゃんってのはみんなこうなのか?
「ええと、ベッセル?」
名前を呼ぶと少女の肩がびくりと震えた。黒っぽい髪をサイドテールにしていたのだが、それが犬のしっぽみたいに、頼りなそうに振れる。
「せんせー、あんまりいじめないでくださーい」
横から茶々を入れてきたのは生意気そうなガキだった。桃色の髪をツーテールにしていて、上っ面だけの笑みを浮かべている。顔立ちは整っているが性格は悪そうだ。
「先生?」
「そ。私らを教えるんでしょ? じゃあ先生じゃん。そう呼ぶ方がやりやすいし」
「好きに呼んでくれ」
「ベッセルはいじめられっ子だから、先生は優しくしてあげたら―?」
俺は、ベッセルと生意気そうなガキを見比べる。
「お前がいじめてるんだろ」
「言いがかりでーす」
生意気少女はそっぽを向く。ベッセルと並ぶと体格の差は歴然だった。というかこの子、案外ガタイがいいな。かったるそうに話しちゃいるが、体を鍛えたりしているのだろうか。
「で、名前は?」
「ティンバーラインさんとこのダリちゃんでーす」
と、ダルそうに自己紹介。
いじめっ子のダリに、いじめられっ子のベッセルか。厄介な二人が残ってしまった。
「え。なに。ノーリアクションなんだけど」聞き流す。
最後の一人はさっきから我関せずといった風な、すらりとした体型の少女だ。一言も発していないが存在感はある。透き通るような銀色の髪はめちゃ美しい。立ち姿にもどこか品がある。顔の造形は、表情がないので何ともだが、いわゆるお人形さんみたいである。マジで学生か、この子。
「リーヴェ」
「ん? 名前?」
「そう」
それだけ言って、リーヴェとやらはまた自分の世界に引っ込んでしまった。先行き不安である。
俺は頭に手をやりながら、三人を見回した。
「俺はカシワギ・ケイジ。先に言っとくけど、なーんも心配することはない。お前らの合格は決定してるようなもんだからな」
「……え」とベッセルが顔を上げる。俺と目が合って速攻で俯く。忙しいやつだ。
「訓練がどうとか言ってるが、俺たちとしてはお前らにさっさと巣立ってもらいたい。これからちょちょっとダンジョン潜って出たら、はいさよならって寸法だ。よかったな」
笑いかけてやったが、反応が乏しい。生意気なダリは喜びそうなもんかなと思ったが、彼女は不審そうに俺を見ている。
「何か質問がありそうな顔だな」
「質問てか疑問てか……や、私も楽なのは好きだけどー、せんせーのこと信用できないなーって」
「俺ぁ勇者だぞ。その前にヨドゥンの冒険者でもある」
「勇者ってマジ? どうせ偽者でしょ?」
ダリは口の端をつり上げた。
「結構あるよ、そういうの。異世界人でもない黒髪の人を勇者に仕立てて祭り上げたりすんの。実際勇者を召喚するには信仰心がたくさん必要だし、色々とめんどいじゃん? 偽者だと上手くいけば色々と稼げるしー、安上がりだしー」
「俺は本物だぞ」
「偽者はみんなそう言うんだよね」
ぐぐぐ、ぐうの音も出ない。でも異世界から召喚されたのは確かだ。本物の勇者かと問われれば苦しいが、それでも俺はパチモンではない。
「昨日も思ったんだけど、そもそもが冒険者かも怪しいよね。ねえ、ベッセル。あんたもそう思わない?」
「……えっ、ぼ、ぼく?」
「だってそうじゃない? 手ぶらだったし、勇者だってのに何にも持ってなかったじゃん。聖剣もそうだし、同行者の一人だっていないし。つーか、マジの勇者がどうしてこんな僻地にいるわけ? 今頃、もっとすごいことをやってんじゃないの?」
うおおお痛いところにズバズバ切り込んでくるんじゃないよ。まったくもってその通りだよな。
「どうしたら信用するんだよ。というか、もういいって言ってんだからそれでよくないか?」
「私らだって単位は欲しいけどさー、ズルして合格もらったって疑われんのも嫌なんだよねー」
単位?
俺が不思議に思っていると、ダリは、ああーとでも言いたげな顔になる。
「帰っちゃったほかの子たちと違ってさー、私ら出席日数が足りてなくてー、それでヨドゥンで頑張ったら単位あげるって言われたんですー」
「なるほど、そういうことか。どうせさぼってたんだろ」
「私はね。こいつは病弱だから出席日数足りなくなってんの。ウケる」
「ウケねえよ」
「……す、すみません」
「謝んなくていいから」
こいつらにしたら課外活動みたいなもんだったのね。
「俺の方からもギルドマスターに言っといてやるし、上手いこと学校に伝えてやるって。それでいいだろ」
「よくないですー」
なんでだよ!
「どうせなら勇者さまの実力がどんなもんか見たいんですけど」
ダリは上から目線だった。ベッセルはなぜか、熱のこもった視線を向けてくる。
「昨日見たんじゃないのかよ。ダンジョンマンの群れをしばき回しただろ」
「や、私は寝坊してて、あとから来たから」
「……ごめんなさい。ぼくも、頭が痛かったから……」
「ええー?」
また我関せずだったリーヴェに目を向けると、彼女は首を振った。
「見てませんでした」
「な、なんで」
「小さいトカゲを見てました」
「なんでぇ……!? ねえ、なんでダンジョンに来てトカゲ見てたの?」
「かさかさ這ってて興味深かったので」
ああ、そう! そうかい! いいよもう。どうせダンジョンには潜るつもりだったしな!
というわけでガーデンの一階層を適当に歩くことにした。
「うわ。なにここ……」
「俺の前に出ないように。そしてベッセル。俺の服を掴まないで」
怖がり屋らしいベッセルにしがみつかれて動きづらい。
「……え、ちょっと、マジ? せんせー。武器は? 襲われたら一発でアウトなんですけど」
「おー、ちょっと待ってろ」
俺はその辺を見回す。都合のいいことに、昨日逃げ帰った神学校の生徒が落としたであろう片手剣を見つけられた。拾い上げると、軽いがいい感じである。ガキのくせにいいもん持ってんな。
「せんせー、もしかしていつもそんなことしてんの?」
「そんなことって?」
「乞食みたいな」
おぉい失礼なこと言うなや!
「お金ないんだ、やっぱり」
「金がないのは確かだ。借金もあるしな」
「絶対勇者じゃないじゃん」
なんで。借金のある勇者だってどっかにはいるだろ。
「そもそも、いい武器持ってたってすぐにダメになるからな」
うっかり落とすかもしれんし、使ってたら刃こぼれするし、モンスターの堅い部位に当たったら折れるし。
「そのために秘蹟があるんじゃないんですかー」
武器を強化する秘蹟は確かに存在する。が。
「いちいち信仰心使うのもったいないだろ。第一、そんな秘蹟使えないやつのが多いし」
「いや、だからダンジョンに行くときはそういう秘蹟持ちと一緒に行くのが普通じゃないんですかー」
「普通はソロで潜るし」
「は?」
ダリは絶句していた。
「ヨドゥンの冒険者は単独で潜るのがほとんどだぞ。……まあ、現地調達してるやつは少ないけどな」
俺は金がないからそうしてるだけだ。一生モノの相棒と呼べる武具が見つかったらそれを後生大事に使うに決まってるからな。
「そんなんすぐ死んじゃうじゃん」
「死ぬよ。死んで覚えるし、死んで慣れる」
「ここの人たちって頭おかしいんですか」
「……ち、違うよ」
俺のすぐ後ろを歩くベッセルが発言した。
「死の神エロリットの信仰者だから、ですよね」
「おう。その通り。ヨドゥンの冒険者はたいていエロリットを信仰してる」
「え。だから何? 死んでも復活できるって?」
そうだ。俺が頷くと、ダリは眉根を寄せていた。
「やっぱおかしいでしょ。死んでも生き返れるけど、ほんとに死ぬとかおかしくない?」
「すごい」
ぱああああ。と。何か、憧憬じみた視線を感じる。
「げ。ベッセルあんたおかしいんじゃない?」
「おかしくないよ。絵本の勇者や、冒険者みたい」
「はっは、そうかね」
「うん、そうで……ぴゃあああああ!?」
うわあ急にでかい声を出すな!
「ななな何? 何なの?」
「モンスターがいましゅうううう」
ああん? 確かに前方に小鬼がいるが、それがなんだ。
「ぎゃーっ!? せんせー何やってんの早く何とかしてよ!」
獲物を見定めた小鬼が走ってくる。
「いいか。ダンジョンででかい声を出すな。モンスターに気付かれる」
俺は小鬼の顔面につま先をぶち込み、倒れたところを足で踏みつけにして動けなくした。
「それからビビるな。こいつら弱いやつに敏感だからな。レベルが低いと見るや調子づいて襲ってくる」
そうして腹に剣を突き刺してやった。小鬼は、標本にされる虫みたいになってびくびくと震え始める。頭上からきき―ッと甲高い声。斥候リスか。仲間を呼んでくるつもりだな。
「こんなもんここじゃ雑魚中の雑魚だ。わざわざ反応せんでいい。信仰心だってろくに持ってないんだし、道すがら蹴飛ばすくらいでちょうどいいんだ」
「ま、また……」
ベッセルが指さす方。通路の奥からぞろぞろとダンジョンマンがやってくる。
「俺は教えるのが苦手だからなあ。あ、そうだ。実践でやってみるか?」
剣を渡そうとするが、三人とも無理無理と首を振っていた。
「あ。でも、やってみようかな」とリーヴェが剣を受け取ろうとする。
「ばかっ。ばかばか何やってんの! そんなんこいつに任せとけばいいんだって!」
ダリがリーヴェを羽交い絞めにして止めていた。まあいいや。見るのも何かしらの勉強になるかもな。
◎〇▲☆△△△
知っているのと実際目にするのとでは、やはり大きな違いがあった。それは存在感だ。確かに小鬼は自分たちより小さいが、それでも漲らせる殺意は本物だ。威嚇の声も瘴気の臭いも足をすくませるのには十分すぎる。
お前を殺す。殺して食らう。ベッセル・カウリが強烈な敵意を受けるのは生まれて初めてであった。
その敵意が、その殺意が、無数に膨れ上がる。際限なく現れる鬼どもは、何もかもを呑み込もうとする波濤のようだった。出会えば必死。避けようと思った時にはもう遅い。飲まれ流され、砕け散るしかない。であればどうするか。その答えを体現するものが眼前にあった。
逃げられないのなら、自らの手によって打ち砕くほかない。
カシワギ・ケイジは先ほど拾った神学校生徒の片手剣を軽々と振り、次々と襲いかかるモンスターどもをなで斬りにしていた。ベッセルは瞬きするのさえ惜しんだ。武芸の才がない自分にもよく分かる。ケイジは恐ろしく強かった。流麗な剣技ではない。洗練された秘蹟もない。しかし彼は最小限の手数で殺戮を繰り返している。急所を外さない。その全てが致命の一撃である。包囲されようが何だろうが、体全部を駆使して危地から脱している。返り血を浴び、せせら笑いながら魔物の命を奪いつくさんとしている。
(すごく、怖い)
ケイジはおとぎ話の勇者ではない。絵本に出てくる冒険者でもない。
あれは一種の仕掛けだ。虐殺を良しとし、暴力を行使するだけの装置みたいなものだ。あれはきっと、憧れからは程遠いものだ。
(勇者シノミヤさまとは、何もかも違う)
ベッセルは以前、シノミヤの同行者としてガーデンを訪れていた。シノミヤは確かに勇者だった。専用の聖剣を振るい、聖女の祝福を受け、埒外の
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