第49話



 ダンジョンの入り口前。

 俺は、ガキどもを見回していた。口々に好き勝手喚くガキどもを。

 通り過ぎる連中には妙な視線を向けられる。子守かとヤジを飛ばされる。

 年下の舐め腐った発言。全く信用されていない視線。

 どうしてこうなったのか。まあ思い出すまでもない。これが依頼だ。ブラッドからもらった、割のいいという話だ。どこがだ。


『王立神学校って知ってるか?』


 その神学校の生徒を訓練することが俺に与えられた仕事だ。とはいえ、適当でいい。ちょろっとダンジョンに潜って『ハイ合格』と言ってハンコを押せばいいだけのこと。


「マジで? ぜんっぜんすごい人に見えないんだけど」

「つーか勇者シノミヤさまの代わりにならなくない?」

「ならない」

「汚いし」

「えー? 顔はよくない?」

「でも小汚いというか」


 女子は俺を見てひそひそ話すし。

 男子は男子で俺を小ばかにしている節がある。

 クソ生意気だがそれもそうだ。俺とこいつらはそんなに歳が変わらない。というかほとんど同年代だ。揃いの制服に身を包んだクソガキどもは生意気盛りの年頃だし、そもそもがこいつら、お坊ちゃんにお嬢ちゃんなのだ。王都にある神学校の生徒と言えば貴族階級の子が通うのがほとんどであり、蝶よ花よと箱にしまわれて育てられてきたに違いない。なもんで人を舐め腐るのもしようがないのだろう。そうか? 自分を納得させるので必死である。金がかかっているのだからなおさらだ。

 さて。

 なんでまたこいつらがこんなところにいるのか。それは勇者シノミヤのせいだろう。そもそもがシノミヤがガーデンを攻略するつもりで集められた精鋭の中に神学校の生徒たちもいたらしい。成績優秀で将来有望なできる生徒が。しかし結果は見るも無残なものに終わったそうだ。実際、アキたち教会の騎士団連中もボコボコだったし。

 で、シノミヤ、というか勇者といい具合にコネを作りたかった神学校だが目論見は上手くいかなかった。ばかりか勇者に貢献できなかったのでお前ら何やってんねんと教会のえらいさんにお𠮟りを受けたそうだ。そりゃまあ、冒険者だって苦労するんだからなあ。学校の生徒には荷が重いだろう。

 神学校はめげずに、シノミヤの元に生徒を送り込み続けたが、そのシノミヤはどうやら東方国方面へ旅立ったらしく、生徒たちはお役御免。で。ふがいない生徒を鍛え直してくれということでヨドゥンギルドに話が回ってきたそうだ。おまけにここにはシノミヤではないがほかの勇者もいるぞということで。

 そう。俺は勇者だ。全然信じてもらえてないが。

 もういいか。相手すんのも面倒だ。

「じゃあ適当に四人組作って。ダンジョン行って、戻ってきたらそれでいいから」

 十数人ばかりの学生を見回すと不満の声が上がった。

「はーい。いきなりは酷くないですか? 怠慢だと思いまーす」

「いや、ちゃんと付き添うから」

「どうして四人組なんですかー。三人や五人だとだめなんですかー」

「そこは別にいいけど、あんまり大人数で入ると魔物に気づかれやすいからだ」

「魔物―? 戦闘で怪我とかしたら責任取ってくれるんですかー?」

 ごちゃごちゃうるせえなあ。

「ハンコ要らないならそれでいいけど」

「横暴だ!」

「自分の無能さを棚に上げてる!」

 クソムカついてきたな。しかし金のためだ。実際、そこに関しちゃ問題ないどころか十分すぎる謝礼がもらえる。我慢我慢。我慢だ。うん。

「こいつ使えねー」

「見た目からして貧相だし」

 我慢我慢。

「めっちゃプライド傷つけられる―」

 がまん。がま……ん。



「なぁにをやってるんだ!?」

 どん、と、目の前のテーブルが大音声によって震えた。俺は思わず目を瞑り、耳に手を当てた。眼前の巨躯がヒステリックに躍動する。ギルドマスターのツェネガー氏がブチ切れまくっていた。

「めちゃめちゃ苦情が来たぞ! というか今も来てる! 生徒のほとんどが学校に帰ったそうだな!」

「あー。らしいっすね」

「これでは王立神学校に申し訳が立たん! 生徒を預かっているのはギルドだぞ! 怪我でもさせたらどうなる!? みんな貴族のボンボンだ! 俺の責任になる! ギルドマスターをクビになるだけならまだいい。マジで首を刎ねられかねんのだぞ!」

 はあ。

「いや、でもなんつーか、鍛えてくれって言われたから俺なりにやることやろうとしただけで」

「……ブラッドの話を聞いていなかっただろう。なるべく危ない目には遭わせないで適当にあしらって帰ってもらえと言っていたはずだ」

 ええー、そうだったっけ? 酒の席でのことだったし……全然覚えてない。成功報酬しか覚えてない。

「怪我はさせてねえっすよ。危ない目は……まあ、うーん。ダンジョンマンの大群と遭遇したくらいで。ああ、それだって俺が蹴散らしたし」

「うちの冒険者は優秀だが、それゆえによその冒険者とは一線を画す。というか感覚が麻痺してるのかズレてるんだ。いいか、勇者カシワギ。勇者……で、いいんだよな? ああ、うん、そうだな。それで勇者カシワギ。お前だってここに来たばかりの時は苦労したはずだ。死にまくっただろう。今でこそ我が物顔でダンジョンを練り歩いているが、普通はそうはならん。お前らほどのレベルに至るまでに諦めるか、そのまま死んでしまうかだ」

 もはや遠い日の思い出だ。あんな小鬼どもに群がられて殺されるなど惰弱の極みである。

「ここに来た勇者シノミヤがどうなったか、詳しくは知らないだろう」

「詳しくは。違うダンジョンに行ったとは聞いてますけど」

「彼らは結局、五階層にも辿り着かなかった。俺から見ても凄い……なんとも豪華な装備に、精鋭を引き連れたにも関わらずな。だが、それが普通だ。ガーデンでは当たり前なんだ。勇者でさえそうなんだ。神学校の生徒なら入っただけで死ぬようなもんだと心得ておいた方がいい」

 シノミヤがねえ。話を聞く限り、あれだけ教会の期待を一身に受けてるんだから、そんなことないと思うけどな。案外、その精鋭とやらが足を引っ張ったんじゃないのかね。

 俺でさえ慣れちまえばこうなんだ。テラスだってある程度は余裕で攻略できてたし。あ、小栗さんは無理そうだけど。

「ギルドの方針は分かりましたけど……けど、それでいいんですかね。甘い採点で合格させてもあの子らのためにならんのでは?」

「いい。というか、やり過ぎたくらいで本当は学校に逃げ帰ってもらうつもりだったからな」

 え、そうなん?

「勇者カシワギを神学校の生徒に当てたのは、適任だろうと思ったからだ。お前なら普通にダンジョン潜らせても死ぬほどの恐怖を与えられるはずだからな」

「俺を何だと思ってんだ……」

「そりゃ異常者だろう。どこの世界にだな、大陸でも有数の危険なダンジョンへ潜るのに手ぶらで行くやつがいるんだ。水もない。食べ物もない。武器もない。しかも単独で。しかもあっさりと十階層まで行って戻ってきやがる」

「ほかの連中だってソロで潜ってんじゃないすか」

「彼らにはそれなりの準備や心構えがある。遺書を置いていくものだっているんだぞ」

 いや俺からすりゃあいつらの方が異常だって。

「だから生徒には怖がらせて嫌な思いをさせていい。そうして、冒険者に関わったり、ダンジョンに潜るのは諦めてもらう。すっぱりとな。異世界の勇者には悪いが、この世界の前途有望な若者の命を無駄に散らせることはちょっとな」

 うーん。まあ、そうか。そりゃあな。自分の子どもがダンジョンに潜ると聞いて喜ぶようなやつはいないか。

「まだ何人かは残ってるし、そんじゃあ、ちょっと方針を変えてみます」

「そうしてくれ。ところで、お前どうするつもりだったんだ。まさか五階層まで行こうとか思ってないよな」

「や、とりあえず試練の間まで連れて行こうかなって思ってました」

「アホか!?」

「いやいや、だってボスの時期じゃないですし」

「素人を十階層まで連れていく馬鹿がどこにいるんだ! 殺す気か! 俺のクビを飛ばすつもりなんだろう!?」

「まだそのつもりはないですって」

「『まだ』って言ったな!? だから嫌なんだ! あのシルバースターに教えを受けたやつは! 吐き気がするぞまったく」

 やべやべいらんこと言っちまった。シルバースターとギルドマスターは犬猿の仲だからな。

「いいかっ。残った生徒にはちゃんと『指導』するように。一人でも合格させなきゃ報酬はやれんからな」

「はあ? そんなもんそいつらの根性次第でしょうが」

「根性論はやめんか。そんなもんきょうび流行らんし、若い連中はついてこん」

 おっさんに言われてしまった。しゃあない。優しくしてやろう。なに。人数が減ってこっちもやりやすくなったってもんだしな。



 というわけで『王立神学校の生徒をちょっとだけ鍛えてあげよう』の第二回を開催した。残った生徒は三人だけだった。

 なまっちろいガキ。

 生意気そうなガキ。

 何考えてるか分かんなそうなガキ。

 ……おいおいマジか。しかも全員女なんじゃないのかよ。大丈夫なのか。これって。

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