第48話



 今日は冒険者たちによる飲み会の日である。シルバースター主催だが、まあ、メンツは集まらない。どうせ俺とあいつのサシ飲みだろう。いつものことだ。何ともまあ華がないが、たまにはあのおっさんの相手もしてやらねえとな。

 スキャレットも誘ったんだが、あんまり外に出る気分じゃないからと断られたのが残念だ。

 ということでいつもの安い居酒屋に来たんだが、

「おう。集まったか」

「いや俺しかいない……うおっ」

 やってきたシルバースターの顔が腫れ上がっていた。ひでえ。

「すみません、とりあえずエール一つ」

 シルバースターは特に気にしていないのか、顔のことには触れず注文をしていた。俺はSSを見ながら煙草に火をつける。

「何だその顔。モンスターと殴り合ったのか?」

「違う。転んだんだ」

 嘘つけ。

「誰かにやられたのか? 言えよ。その相手代わりにぶん殴っといてやるからよ」

「いらん世話だ」

 運ばれた酒をぐっと呷ると、シルバースターは顔をしかめた。傷に沁みたんだろう。

「はっは。口の中までぼろぼろにされたんか」

「うるさい。……シルヴィにボコボコにされたんだよ」

「いつものことじゃん。なんだよ。また酔っ払ってよそ様に迷惑かけたんか」

「違う。あいつが趣味の悪いアクセサリーをしてたもんだからな。言ってやったんだよ。『なんだその趣味の悪いアクセサリーは。そんなもん外せ』ってな」

 …………。

「そしたら真顔で殴られてな。馬乗りにされて何度も何度も……謝っても許してくれなかった。もうしばらく飯も作ってくれんし、口も利いてくれん」

「そ、そうか」

「訳が分からん」

「俺がとりなしてやるよ。まあ、飲め、飲め」

「頼む。頼むぞ……ああ、美味い酒だ。今日はいい日だ」

 なんかごめんな。今だけは少し優しくしてやろう。

「おお、もうやってんのかよ」

 お? 酒場にやってきたのは冒険者のブラッド・スクリプトだ。俺の兄貴分で、連邦では色々と世話になった。

「というかなんだ? ケイジ。お前しか来てないのかよ」

「いつもそうだよ」

「シルバースターさん主催だってのに、みんな情がないな。どうも。お久しぶりです」

「おう、ブラッド。とりあえず酒だ、酒」



 三人で飲み始めたが、あれだな。なんかブラッドってシルバースターに優しいというか、尊敬しているような口ぶりなんだよな。

 そのことを軽く問いただしてみるや、ブラッドは血相を変えた。

「馬鹿言え。どこの世界にこの人を尊敬しないやつがいんだよ」

 そこまで言うか。

「ブラッドは見所がある。おいケイジ。酒代はお前持ちだ」

「黙れ殺すぞ」

「はっは、そりゃ無理だろ」とブラッドが酒をガブガブ飲む。

「それより、あのエルフはどうしたんだ? 連れてこなかったのか?」

「留守番。まだ罰が悪いんだろ」

「いや、別にあれはお前らのせいじゃないと思うがな」

 当然だろ。こっちは絡まれただけだからな。

「次会ったらとっちめてやる」

「やめとけ」

 シルバースターが鋭い目で俺をけん制する。

「彼らだって慣れない土地やダンジョンに来て勝手が分からないだけだ。もう報復は済んだろう。やり過ぎなくらいにな」

「確かにな。ありゃ一生引きずるぜ。いやー、ケイジ。お前えらいの連れてきたもんだな。で、どうなんだ。もうヤったのか。エルフってどういう感じなんだ」

「ヤってねえし、その予定もスキャレットにはないだろうな」

「どうかな。俺にはそうは思えねえが」

 ブラッドはすぐにそういう方向に話を持っていくからな。

「しかしエルフか」

 短くなったたばこを灰皿に押し付けると、シルバースターは天井を仰ぐようにした。

「この世でたった一人しかいないとされる存在がこの町にいるとはな」

「それで言うならシルバースターさんも同じでしょうに」

「俺は何者でもない。ただ、エルフは違う。よくもまあ森から出てきたなと驚いている。話には聞いていたが、彼女は森を守護する存在だとか」

 なんだ。そんな風な話もあるのか。

「ンなたいそうな話じゃねえよ。番探しとか、暇つぶしとか、まあ、そういう感じだ」

「何ィ? そうなのか? そりゃ面白いな。よしブラッド。お前が名乗りを上げろ」

「勘弁してくださいよ。お義父さんに殺されちまう」

 ああそうだとブラッドが不自然なほど話を変えた。よっぽどギルマスが怖いんだな。

「ケイジ。お前金欲しいだろ。いい仕事あるぜ。本当は別のやつに回そうと思ってたんだがな」

「へえ、どんなの? また遠出でもすんのか」

「いやいや、そうじゃない。もっと簡単な話だよ」

 ほんとかよ。割のいい話なんて、そうそう転がってるもんじゃないんだがな。

「これも教会絡みの依頼らしいんだがな。お前なら連邦の時も頑張ってたし、ギルドマスターだって文句ねえだろうさ」

 げ。またそういう話かよ。

 話が長くなりそうなので、俺は酒とつまみを注文した。



 宿に戻ると、ベッドの上で酒を飲んでいるスキャレットと目が合った。

「また飲んでばっかり……」

 俺は買ってきた食糧を置いて部屋の片づけを始める。

「あんたの買ってくるごはんも飽きてきたなあ。ね。今度あたしが作ったげようか」

「ああ、そりゃいいな。どうすっかな。宿の台所借りれるか聞いてみるか」

「どうせなら家が欲しいね」

「家って?」

「あたしたちの」

 俺は動きを止めてしまった。俺とスキャレットの家? というか一緒に暮らすのが前提なのか。ああ、いや、そりゃそうなるか。そうか。

「何にせよ無理な話だ。そんな金はない」

 ヨドゥンはクソ寂れているが、それでも家を建てるのには金がかかるだろう。

「えー。小さいのでもいいじゃん。あたしら二人が住めればいいんだし」

「番はどうした、番は。俺がいたら相手が嫌がるだろ」

「あんたを嫌がる男とは一緒にならないからいいよ」

 コブ付きだと苦労するぞ。誰がコブやねん。

「まずは表に出なきゃな」

「考えとく。それより、ん」

 いつの間にかベッドから降りていたスキャレットは、床に座ってその隣をぺしぺしと叩く。俺はそこに座って、ベッドの端に背を預けた。たばこに火をつけると、彼女はじいっと煙を眺めていた。

 スキャレットはたばこをあまり嫌がらない。臭いがつくぞと言ったら、あんたのものになったみたいと面白そうに笑っていた。

「吸う?」

「じゃ一口」

 けほ、と、小さな咳。スキャレットは俺と同じように、天井に向かって煙を吐いた。

「肺に入れてみ」

「どうやって」

「いや、まあ、うーん。イメージというか……」

「秘蹟みたいだね」

 ん?

「秘蹟も想像力が大事なんだって、あたしは思ってるから。だいたいさ。神さまは別にこういうものですってハッキリした力をお貸しにならない。力の源を貸してくれるんだよ。それをどうやって使うかはあたしら次第」

 まあ、確かに。俺たちは十柱の神々から力を借りているが、同じ火の神の秘蹟であっても中身は違う。たとえば俺だったらたばこに火をつけたり、火の玉を作ったりするが、ブラッドは秘蹟を地面に埋めて爆弾みたいに扱うし、スキャレットはめちゃめちゃ使い分けているしな。

「なんかコツとかあんの?」

「んー。結局さ、できるぞって思い込みだよね。あたしならこれくらいできるって自信が大事」

 そんなもんか。

「ま、自分を深いところで信じられる人って案外少ないしね」

 自信ねえ。俺にはないなあ、あんまり。勇者って言ってもアレだし。冒険者としても一流には遠く及ばない。こうして借金に塗れているような生活だしな。自信もクソもない。

「根拠のない自信でもいいんだよ。空元気でもなんでも。神さまはあたしらの気持ちが好きなんだから」

「そういうもんか」

「そうそう」

 スキャレットは俺の肩に頭を乗せてくる。寄っかかるな。重い。いや、そんなにか。彼女はいつもヒールを履いてるが、あれは背が低いのを気にしているのもある。脱ぐと小さいのだ。軽いし。いったいどこにあんだけの信仰心が収まってるのやら。

「もう眠い」

「ええっ嘘つけよ。いっつも寝てんじゃん。今日だって昼寝してたろ」

「寝てないっつーの」

 昼間話しかけても、たまにうつらうつらしてるじゃん。

「ま、いいや。俺も今日は眠いし」しこたま飲まされたからな。あいつらに付き合って娼館には行かなかったくらいだ。

 たばこの火を消してベッドによじ登る。俺が寝転がるとスキャレットが潜り込んできた。二人だと狭いが、くっつけば寝られんこともない。

「そういや、稼げそうな依頼をもらったんだよ」

 スキャレットの頭をなでながら言うと、彼女は無言でこちらを見てきた。

「ちょっと手伝ってもらうかもな」

「人の多いとこはヤだからね」

「ダンジョンだし、まあ、子守みたいなもんだよ」

「ああ、なら慣れてる」

 どういう意味だろうか。

「お前……もしかして俺をお守りしてるつもりじゃないだろうな」

「違うのかい」

「いや、どっちかと言うと俺が介護してるような気がするんだけど」

 スキャレットは黙った。ちょっと怖いんだが。彼女はダウナーだが好戦的でもあるからな。

「あんたは、誰かが見てないと破滅に向かってひた走りそうだからね」

「そうかあ?」

「だから面白そうってのもあるんだけど」

 くふふ。喉の奥で嚙み殺すような笑み。

「心配しなくてもさ、あたしが傍にいる間は心配しないでいいからね。あんたの敵はみんな黒焦げにしたげる。だから安心して落っこちなよ」

 落っこちねえよ! 何を期待してるんだこいつは。



 翌朝。

 スキャレットはもう目覚めていて、朝飯のいい匂いがしていた。

「ああ、起きた。さっき宿の人に台所を借りてさ」

「お。野菜がいっぱい」

「あんたに任せてたんじゃ健康に悪いからね」

 そうして彼女は窓際でたばこを吸っていた。思ってたより絵になる女だ。まあ深く吸い過ぎて盛大にむせてるけど。

「大丈夫かよ」

 うずくまるスキャレットの背中をさすっていると、やっぱり介護なんじゃないかと思えてくるのだった。

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