5章

第47話



 先日火事を起こしたスキャレットのせいで借金が増えたが、それは今までにためてた分や、連邦で稼いだ信仰心でどうにかなった。しかし完済への道のりは遠い。ひとまず、酒場や賭場にはナンボか返しておいたので町でも酒が飲めるしギャンブルができるようになったのは大きい。というか今日の晩飯どうすっかなあ。と、俺はすっからかんになって賭場から出るのだった。



 宿に戻ると、ベッドの上には毛布に包まるスキャレットの姿があった。また引きこもってんのか。

「おぉい。いつまでそうしてんだよ」

 毛布をはぎ取ろうとするが強い抵抗にあう。

「おいって」

 やっとのことで毛布から出したが、今度は枕に顔をうずめてしまう。

「合わせる顔がないよう」

 うーん。反省しているらしいな。しかしベッドの周りには酒を飲んだ形跡がある。ご丁寧につまみまで平らげてやがった。アルコールの味を覚えやがってこいつ。

 枕を引っぺがすと赤ら顔が現れた。ふにゃりとした笑みを浮かべたスキャレットは俺にしなだれかかる。やがて安らかな寝息を立て始めた。しようがないのでベッドに戻し、おっぱいを二揉みほどしておく。全然割に合わねえ。が、暇つぶしに付き合うって言ったのは俺だしな。

 しかしスキャレットは眠りが深い。こうなるとなかなか起きない。まだ日は落ちてないし、金策にでも行くか。



 ダンジョンの五階層に降りると、てててという足音が聞こえてきた。しばらく待っていると、狐の面をつけた少女が駆けてくるのが見えた。

「おう」と手を上げると、死ねクズという声が返ってきた。

「まったく。どんだけ放っておいたら気が済むんですかっ。神さまの眷属になんという振る舞いでしょう」

 ロリ巨乳のミヤマがぷりぷり怒っていた。

「なんでだよ。貢物ならシィオン先生に頼んでおいただろ」

 御前の出没する木の近くにお酒を供えているはずだ。

「それはそうですが、たまにはあなたが持ってきたらどうなんです」

「俺の顔が見たかったの?」

「誠意を見せて欲しいだけです」

 すんませんねえ、どうも。

 ん、と、手を出せば、ミヤマはしようがなそうに報酬石を手渡してくる。しめしめ。虹色とまではいかないが、その手前くらいの段階に光り輝いていた。当面の食い扶持には困らんな。

「ありがとう。誉めてつかわす」

 ミヤマの頭を撫でようとしたが、ぺいんと手で払われた。

「子ども扱いしないでください」

「や、してないしてない。さすがにガキにはこんなことさせねえって」

 言いつつ、俺は聖域と化した広間を目指して歩き出す。その後ろをミヤマがついてくる。

「何か変わりはなかったか?」

「特にありません。ああ、ですが、甘味を貢物として所望します」

 何だと?

「酒は渡してるはずだろ」

「私はそれでいいんですけど、他の子たちはそうもいかないので」

「……まあ、そうか」

 ミヤマはよく文句を言う。言うが、言いつつも俺の指示には答えてくれる。彼女はほかの眷属への協力も取り付けていたのだ。なもんで信仰心稼ぎがはかどるはかどる。何せ俺が寝ててもクソしてても自動でたまってくんだからな。はっはっは。

 けど甘いものか。お菓子か? 手に入らないことはない。というか割かし普通に売られている。俺よりも前に召喚された勇者たちの尽力によるものか、クオリティの高い菓子は多い。それも教会が製法を牛耳っているらしいが。とはいえ嗜好品に変わりないので、それなりにいいお値段である。酒よりも高くつく。けど眷属が欲しているなら仕方ない。

「あっ、お友達!」

 広間に着くと、緑色の服を着た、幼稚園児くらいの女の子が笑顔で迎えてくれた。彼女はちいちゃなとんがり帽子の位置を直しながら駆け寄ってくる。

「元気か?」

「うん。お友達は?」

「おー、元気元気」

「お友達は元気かー。いい日だね!」

「だな」

 俺をお友達と呼ぶこの子はファストワードという名前で、こう見えても風神アイナスの眷属である。

「えへへー、ぼく頑張ったよー」

「おー、そうかそうか。えらいなあ」

 頭をなでてやるとニコニコして喜んでくれていた。天真爛漫で、まるで妖精のような感じだが、実際のところファストワードは蝶々か蛾である。不来方の森に生息している虫どもと出自は同じはずだ。たぶん。

 虫なんだが、ミヤマと違ってめっちゃ懐いてきてくれるのでたいそう可愛らしい。とはいえ魔物との戦いではズバズバ切り込んでいくのだが。

「あんまり甘やかさないでください。これくらい眷属として当然です」

 ミヤマがむすっとしていた。

「はいはい。……次は甘いものも持ってきてやるからなー」

「ありがとうお友達。でも、ぼく、あんまり甘いの好きじゃないかな」

「えっ、そうなん?」

「お菓子食べたいって言ってるのはミヤマだよ?」

 ミヤマは下を向いていた。

「えーと。なんだっけ? 甘やかすのはよくないんだっけ?」

「時と場合によります」

 絞り出すような声だった。



 ミヤマとファストワードからもらった信仰心のおかげで生活できていけそうだ。はー、よかったよかった。

 けど、なんかもうちょい稼げる方法を探さんとな。どうすっかな。手持ちの金で賭場にぶっこむか? 通りをうろうろしていたら、肩をばんと叩かれてびっくりした。

「おう。こんなとこで悪だくみか?」

 自警団をまとめているドゥン警部がにやりと笑っていた。大男のそれは恐ろしく見える。

「違うっすよ。金を稼がんとなーって」

「はっは。そりゃそうだ。お前ら借金あるもんな!」

 人の不幸を笑いやがって。

「あのエルフはまだ落ち込んでんのか? 気にすんなって言っとけ。悪いのは向こうだったんだからよ」

「そう言ってもらえると助かります」

 スキャレット、というかエルフはヨドゥンで受け入れられている。彼女が珍しい存在なのは確かだが、この町にも亜人はいるし、冒険者もごろごろいる。よそ者自体は珍しくないので排他的ではなかったりするのだ。

「ま、少し気をつけろよ。お前らに絡んできた連中だがな」

「ああ、ナントカの星とかいう連中っすか」

 俺は、とある冒険者パーティを思い出す。剣士に魔法使いに武道家に……まあ、分かりやすい一行だ。王都のダンジョンで鳴らしたらしく、向こうでは有名らしい。

「こっちのダンジョンじゃあ上手くいってないみたいだからよ。またどっかの誰かに因縁つけてくるかもしれん」

「八つ当たりとは迷惑な」

「まったくだ。俺も目を光らせとくが、自警団もダンジョンの中までは面倒みられねえからな」

 鬱陶しいなあ、もう。ただ、スキャレットにはもう絡んでこないだろう。あんなに痛めつけられたからな。



「聞いてるよー。なんか連邦で揉め事に巻き込まれたんだって?」

「どっから聞いたんだよ」

「私も祓魔師だからね。その辺に目と耳があんの。……はい、報酬。結構稼いだじゃん。ね、おごって?」

 ギルドの受付嬢でもあり、教会の祓魔師でもあるポルカが上目遣いで俺に媚びを売ってくる。

「だめだめ。うちは食ってくだけでいっぱいいっぱいだからな」

「あー。あのエルフ? 森で引っかけてきたんだって? 勇者さまも手が早いことで」

 なんか棘があるな。

「スキャレットとはそういう関係ではないと言っておこう」

「嘘。だって美人じゃん。同棲してんでしょ」

 ありゃ介護に近い。中身はおばあちゃんだしな。

「あいつから見ると、俺なんて赤ちゃんどころかまだ生まれてもないよ。そういう対象として見られてない」

「エルフってそうなの? へー。何歳?」

「分からん」

 聞いても本当かどうか分からんしな。

「何ならあいつに男を紹介してやってくれよ。ポルカちゃんなら腐るほどいるだろ。そういう相手」

「私のこと何だと思ってんの? 今はそういうのしてないから」

 ええー? 本当かー? 生まれ持ってのビッチ気質なんじゃないのー?

「おかげさまで人気も急落してるから。ほら吹きトムくんなんか目も合わせてくれなくなったし」

「地が怖いからな」

「今はシルヴィのが人気なんじゃない? トムくんもそっちに行ってる感じだし」

 ほー。あのシルヴィがねえ。いや、ポルカが来る前はそうだったか。あいつもよく声をかけられてたっけ。

「しばらくはここにいるんでしょ? また飲みに行こうよ」

「ワリカンでいい?」

「甲斐性なし」

「お前は飲み過ぎなんだよ」

 ポルカはワリカンでも割に合わないくらい飲むからな。いっつもベロンベロンになって、あの小汚い部屋まで運ぶ身にもなってくれよ。

「いいじゃん。私とヤれんだし」

「うっ。まあ、そうかもしれんけどさあ」

 悔しいがこの女、上手いからなあ。



 ギルドを出て、適当に飯を買って宿に戻ろうとしていると、シルヴィの後姿が見えた。一人ではなく、男と歩いているようだ。男の方は……あんまし覚えのないやつだな。最近ヨドゥンに来た冒険者だろうか。

 道が一緒なので何の気なしに彼女らの後ろを歩いていると、ふっとシルヴィが振り向いて、俺と目が合った。逢瀬を邪魔するのも悪いので小さく手を振ると、彼女は男を置いてこっちに向かってきた。おいおい。

「また賭場に行ってたんでしょ」

「いや、あの」

 向こうで連れが寂しそうにしてるぞ。

「お父さんから聞いたけどさ、あんたまた借金こしらえたそうじゃない」

 シルヴィは腕を組んで俺をねめつける。

「正確に言うと俺じゃない。俺の連れだ」

「どっちでも同じようなもんだけどね。で。返せるの」

「うるさいなあ。ちょっとずつ返してるよ」

「……ほんとに? 嘘。すごい。あんたが人の金を返すなんて」

「俺だってやればできるんだ」

 はー、とか、へえー、とか。シルヴィは不思議そうに俺を見て、俺の周りをくるくる回っていた。

「シ・ダアイ連邦から戻ってきたら、なんかちょっと変わった感じがする」

「いつも通りだと思うけどな。あ、いや、それより、ほっといていいのかよ」

 俺は、向こうで肩を落としている男を指さした。

「逃げられたらもったいないだろ。せっかくまた(何も知らない)男が寄ってきてんのに」

「……? ああー、あの人? や、なんかここに来たばっかだから道案内してほしいってだけだし」

 いや、まあ、うん。そりゃ口実だろ。そういうの素直に受け取られると。

「今ホッとしたでしょ」

 したり顔のシルヴィ。

「は? なんで」

「別にー」

 なんかムカつくなあ。

「土産やろうと思ったのに。もういいか」

 俺はポケットに忍ばせておいたアクセサリーを見せた。連邦で買ったイヤリングである。なんでもお守りのようなもので、縁結びにどうのこうのというやつだ。バツイチシルヴィにはちょうどいい品だろう。

「もらっといてあげる」

「あっ」

 言うが早いか、シルヴィはイヤリングをつけて小さく笑った。

「どう、いい感じ?」

「似合う似合う」

「今度うちに来なよ。エルフのスキャレットさん、だっけ? あの人も連れて。ご飯食べさせてあげるから」

「おう。そうする」

 出会いのないもん同士なら話も合うだろう。

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