第43話



「どうだった?」

「だめだ、逃がしちまった」

 とっ捕まえた強硬派の亜人を蹴りつけて転がしながら、こいつらの動きが活発になっているのを感じていた。

「結構捕まえてきたと思ったんだけどな」

「数が増えてるのかもな」

 その理由は聖女レイチェルのせいだろう。あいつが好き勝手に暴れ回るもんで穏健派だったものも強硬派に寝返っている。他国キケン! 他国の人間コロス! ってなもんで。その件のレイチェルも何度か戻ってきていたようだが、小栗さんのことはガン無視していたらしい。一応彼女だって勇者なんだけどな。しかもレイチェルは亜人を排斥するぞって息巻いてるのを何人か引き連れて出て行ったみたいだし。

 普通にきついな。森の中での戦いは亜人に分があるし、ゲリラ戦じみた展開はこっちにゃ不利だ。もぐら叩きというか……奇襲されて何とか対応して、数人を捕らえるくらいしかできねえ。

「あいつらの狙いが分かれば一網打尽なんだけどな」

「そいつは、あのカバ代表に任せとこうや」

「大丈夫かな、あんなんで」

 ブラッドは低く唸った。

「読みが当たればいいんだが」

「ま、仕掛けるもんは仕掛けてんだし、何とかなるっしょ」

「しゃあねえ。いったん小栗さんと合流しよう」

 教会からの応援とやらが来るらしいので、小栗さんらはオウチの町に滞在しているのだった。



 捕縛した亜人を穏健派に引き渡した後、俺はオウチに向かった。ブラッドは念のために首都へ回ることに。

 オウチに着くと、すでに教会からの応援が到着していたらしく、小栗さんは方々に指示を出して部隊を編成していた。彼女のあんな姿は初めて見たが、意外とサマになっていた。怒ったり慌てたり目が据わったりの印象しかなかったからな。

 小栗さんに声をかけると、執事のモレノさんを伴ってこっちに向かってくる。メイドちゃんは、今日はいないのかな。残念だ。

「どんな感じ」と軽い感じで声をかけてみると、小栗さんは渋面を作った。

「嫌な感じ」えー?

「来てくれた人たちね、レイチェルの知り合いが多いの」

 それってもしや。

「亜人嫌いはまあ、何人かいるでしょうね。先に手を回されたのかも」

 おいおい。それじゃああいつら、聖女レイチェルの援軍の可能性があるのか。

「無下に追い返すわけにはいかないし。実際、あの物資で連邦の人たちが助かってるのも確かだから」

「それはそうだけどなあ」

 顔を突き合わせて喋っていると、森の入り口の方で騒ぎがあったらしい。そっちを見ると、ぼろぼろになった男が倒れているのが見えた。息はあるようだが、黒焦げだな。

「どっかで見たことあるような気はするけど」

「……聖女レイチェルについてった男だと思う」

「マジ?」

「記憶力にはちょっと自信がある」

 小栗さんが誇らしげに言った。それが本当なら、あれは亜人排斥に賛成してて、レイチェルについてったやつか。そいつが黒焦げになってるってことは。めっちゃ嫌な予感しかしない。


「ねー。ちょっとー。あいつら、どこ?」


 まあ、悪い予感ってのはだいたい的中するわな。

 森の方から姿を見せたのは、やはりというかなんというかスキャレットだった。相も変わらずサングラスにハイヒール。しかしその表情には僅かながらも怒りやいら立ちが見て取れる。

「答えないと全部燃やしちゃうけどー?」

 スキャレットは周囲を睥睨している。俺の存在にはまだ気づいていないか。

「どうしよう、どうしようか柏木くん」

 小栗さんがあたふたしている。

「話せば分かる相手だとは思う」

「知り合い?」

「一応」と短く返し、手を上げた。スキャレットを呼ぼうとした瞬間、誰かが仕掛けていた。ああ、くそ。やられた。

「えーーっ!? ちょっと何してんねん!?」

 小栗さんがなぜか関西弁で叫んでいた。

 応援に来ていたはずのやつらが、武器を手にしてスキャレットに向かっている。だめだな、こりゃ。

「離れといて」

 後ろで火柱が上がる。聖女レイチェルか、騎士キントの子飼いの連中が次から次へと燃やされていく。さあどうだろう。死ぬかどうかはスキャレットの虫の居所具合によるが。

 乱れ飛ぶ武器に秘蹟。しかしスキャレットは圧倒的だな。向かってくるもんは全部燃やしちまいやがる。このままじゃ死人が出るか。いやもう出てるかもだけど。誰も小栗さんの指示を聞こうとしてないし。

「アワちゃーん! アワちゃんアワちゃん! 大変!」

 メイドのメリーナちゃんが森を抜けてこっちまで走ってくる。……おお? 思ってたより足はええな、この子。勇者のお付きだし、ただのメイドさんじゃないのかもしれん。

「せやねん、大変やねん……もうアカン……終わりや」

 この世の終わりを見たかのような小栗さん。

「まだ終わってないです! あのね、強硬派の人たちが首都に向かってるみたいなの」

「終わりやん」

「おいおい、もしかして」

 スキャレットと強硬派がやはり手を組んでいたか。あるいは彼女の動きに合わせて強硬派が動いたか。どっちにしろ狙いはそこか。

 思ってたより早いけど、予想通りっちゃあ予想通りである。あっちにはブラッドが向かってるはずだからな。

「やるしかないか」

「あなたが?」

 執事のモレノさんが俺を見る。値踏みするかのような視線。

「小栗さんじゃ無理だろ」

 俺にも無理かもしれんが。

「避難を。ほかの人を頼んますよ、モレノさん」

 景気よく打ち上がる炎。花火みたいに周囲に降り注ぐ。俺は水神の秘蹟を発動させた。もったいないけどしようがない。連邦に滞在し、モンスターを狩りまくってためにためた信仰心だが、さて、バケモン相手にどれだけ残ってくれるかな。というか使い切ったとして、あいつをどうにかできるだろうか。



 やると決めたらもう迷うな。そんなの意味ねえ。

 信仰心をつぎ込んだスプマンティの秘蹟。水流が怒涛のように周囲を押し流す。燻っていた炎を消しながら、それはスキャレットをも飲み込もうとしていた。が、彼女は水流よりも激熱な炎を一秒かからず生み出し、あっという間に蒸発させた。

 そんぐらいはやってくるか。次は大地だ。ディアップルの秘蹟で落とし穴を作る。が、ハマんねえ。スキャレットはうまいこと避けてやがる。……秘蹟が見えてんのか?

「よう! そっちから遊びに来たのかよ!」

「やってくれたね、あんたら!」

「俺は知らねえぞっ、何のことだ!」

 中空に浮いた火の玉がこっちに向かってくる。土くれで壁を作り、それを防いだ。だああくそ魔法戦かよ。信仰心がいくらあっても足りないぞこんなん。

 俺は土壁に身を潜めながら話しかける。

「スキャレット! いったん止めろ、話をしようぜ!」

「誰がっ。何度も何度もあたしの領地を踏み荒らしといて!」

「それは俺じゃない! アホの聖女と騎士だろ!」

「あんたの仲間でしょうに!」

「ちっげえええよ!」

 さっきよりもでかい火球が飛んでくる。これは無理だ防げねえ。避けつつ、風の神に力を借りて軌道をずらした。この森はアイナスの支配地だ。風の秘蹟は威力を増すはず。しかし変えられた軌道は少しだけ。大火球は俺のすぐそばで土くれの壁を破壊しながら弾け飛ぶ。だああもうクソ熱い!

 遠距離戦の、飛び道具の撃ち合いじゃ分が悪い。俺は走りながら、その辺に落ちている剣を拾った。

「クソババアが。……おいっ、なんでこんなことすんだよ!」

 スキャレットの足元から炎の波が発生する。それがこっちを呑み込もうとしてマグマみたいに流れてきた。大地の秘蹟で地面に裂け目を作り、進撃を防ぐ。風の秘蹟を使って跳躍し、彼女に切りかかろうとするが、持っていた剣がぐにゃりと溶けたので慌てて手放した。

「先に仕掛けたのはあんたらの方だろっ」

「うお!?」

 至近距離から秘蹟を放たれる。咄嗟に交わした。肉弾戦に持ち込めれば勝機はあるか? この野郎と飛びかかるも、スキャレットは全身から炎を噴出させる。やべえやべえ。慌てて後ずさりする。

「それに、こうしてると少しは気が紛れるからね」

「あァ!?」

「退屈しのぎにさせてもらうよ」

 あほか!

「こんなことよりなあ、もっと面白いもんは山ほどあるわ! 知らねえのかよ!」

「山ほど? 言ってみ」

「ええ? ええーと、酒だろ、たばこだろ、博打だろ、女だろ、そんで」

「くだらないっつーの」

 鳥の形をした炎が飛来する。しっしっと手で追い払うが何度も何度もやってくる。しつこいので水神の秘蹟で吹き飛ばした。

「そんなことねえよ、お前酒なんか飲んだことないとか言ってたな」

「それが?」

「試してもねえのに一端の口利いてんじゃねえよ」

 好きだろお前実験とかよ。なんでもチャレンジしてみたらどうなんだ。せっかく長生きしてんだからさ。

「生意気……なーんにも知らない馬鹿のくせに」

「お前だって外の世界を知らない馬鹿だろ」

「は?」

 うっ、しまった。売り言葉に買い言葉だ。怒らせるつもりはなかったのに。

 スキャレットの攻撃が激しくなる。畜生が。防いで避けるのに精いっぱいで何にもできねえぞ。

 どうする? 信仰心はある。たまっている。神を呼ぶか? この森なら風神アイナスが来てくれるはずだけど……スキャレット相手にそれは……うーん。

「ほら、どうしたのさ、反撃しないの?」

「無理だって!」

 逃げながら答える。

「頼む信じてくれっ。俺たちと、お前を襲ったのは別だ、別もんなんだって!」

「うるさいなー」

「俺だって信じたじゃん! お前と強硬派が別もんだって信じたじゃん!」

「うーん。それは確かに」

「だろ!?」

 スキャレットは何事かを悩んでいるが攻撃の手は全然緩んでいない。ああ、信仰心が目減りしていく。もう無理だ。信仰が減っていくのに耐えられない。俺は空になった報酬石を投げ捨てた。

「頼むって! ほんとすんませんこれ以上はもう勘弁してっ、許してください! 暇つぶしにも付き合うし……あっ、ほら、お前を怒らせた連中をボコボコにしてやっからさ! 何ならまた実験でもなんでもしていいですから!」

 俺はもう土下座する勢いで必死に謝り倒した。この謝罪、恐らく離れて見守っているであろう小栗さんたちにも聞こえているだろうが仕方ない。プライドと信仰心をはかりにかければどちらが重いのかなど分かり切ったことよ!

「じゃあ、はい。『スキャレットさん、調子に乗ってごめんなさい』って言って」

 スキャレットが言えるものなら言ってみろと言いたげな顔をしていた。

 俺は速攻で復唱したし何ならスキャレット様と呼んだ。完全に服従のポーズだった。お腹を見せて寝っ転がってみせると彼女はもういいよと手を振った。

「最初からそう言っとけばよかったのに。あたしには敵わないんだからさ」

「少しくらいは憂さ晴らしできただろ」

 そう言うと、彼女はくふふと笑った。

「暇つぶしねえ。まあ、いいよ。付き合わせてあげる。そんかし面白くなかったら責任取ってよね」

 やっとスキャレットが矛を収めてくれた。弛緩した。と、同時、森から何か、嫌なものを感じた。俺は彼女を庇うようにして、強い衝撃を受けた。なんだ。これ。氷? でっけえ氷が俺の腹を貫いてんだけど。

 いってえな。くそ。マジか。

「スキャレット離れてろ!」

 叫んで力んだら腹から血が出た。森から、嫌なやつが姿を現す。聖女レイチェルとその仲間たちだった。

 こいつら……この……このクソが。狙ってやがったな。絶対許さん。超ムカつく。というか俺は勇者だぞ。今こいつ勇者に攻撃しましたー! これアレだよな。異端だよな。もう異端ってことでいいよな。モレノさんも言ってたよな。異端ならやりまくっていいって。

 俺が死ぬ思いでスキャレットを説得してたってのに、この、こいつら……! よくも俺の金色に輝く報酬石を! 絶対に許さねえ! 許さんぞ!

「お下がりを!」

 メイドのメリーナちゃんが駆け寄ってきて俺の前に立つ。その後でモレノさんと小栗さんが来て、癒しの秘蹟を使ってくれた。少しずつ痛みが和らいでいく。

「柏木くん。もういいよ。いいから」

「何が」

 小栗さんが俺の耳元で囁いた。殺していいよと。

「よくねえよ。おぉいスキャレット」

「…………ああ。なに?」

 スキャレットは振り向かなかった。多分怒ってるんだろうけど、またあんな風に暴れられたら今度こそ神でも呼ばない限りは止められないだろう。さっきまでの彼女はまったくもって本気じゃなかったはずだ。あんなもん、彼女にとっては遊びの範疇だったに違いない。

「おばあちゃん手ぇ出すなよ。お前の信仰心を使うにゃもったいない相手だからな」

 俺は立ち上がる。

「使って」と、小栗さんが、持ってきていた剣を渡してくれた。

「聖剣オブライエン。何かあったらって、一応」

 持ってみると、なるほど。これが聖剣か。ただのゴテゴテ着飾られた片手剣に見えるが、これが勇者の装備か。そんじょそこらの武器からでは感じられない圧がある。

「柏木くん。あなたは正しい。勇者に相応しく、ね?」

「任せといて」

 聖剣から伝わる聖なるオーラがこの、クソがこの……!

「うおおおおおボケェェェ! てめえら動くんじゃねえぇええぞ! 一人ずつなで斬りにしてやっからなァ!」

 勇者らしく反逆者どもに死をくれてやらあ。

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