第42話
酒場を出たところで、こんにちはと声をかけられた。可愛らしい、小柄なメイドさんだった。おやどこかで見覚えが。
「あ、小栗さんとこのメイドさん?」
「はいっ、メリーナと申します。アワちゃ……お嬢様が捜しておいでなので、少しお時間をいただけると嬉しいなあって」
俺はブラッドと顔を見合わせた。いやにタイミングがいいな。
「ま、なんかの思し召しかな」
俺たちはメイドのメリーナちゃんに案内され(髪の毛がモフモフしてて後ろからだと羊みたいに見える)、町中を外れたところにある教会までやってきた。さすがにヨドゥンのボロ教会とは比べ物にならないくらい綺麗だな。
「小栗さんたち、ここで寝泊まりしてんの?」
「はい、そうなんです」
小栗さんたちだけではなく、彼女と一緒にやってきたであろう一団の姿も見受けられた。
「聖堂でお待ちですので、どうぞ」
中に入ると、ずらっと並んだ椅子が。そんで背の高いじいさんがいた。執事服を着た……ああ、あれも小栗さんとこの。
俺はそっちに歩いていき、やあ、と声をかけた。ご機嫌斜めの小栗さんがカラフルな飲み物を口にしながら長椅子に座っていた。もう目が据わってんな……。
「座っても?」
「どうぞ」とそっぽを向かれる。執事のじいさんは苦笑いしていた。
俺は小栗さんの横に座り、ブラッドは近くで立ったままだ。座らないのかと目で促すと、このままでいいとハンドサインが返ってきた。
しばらくの間、小栗さんはダンマリだった。
「柏木くん。何日か姿を消してたらしいけど」
「誘拐されてたんだよ」
「逃げたのかと思った」
小栗さんはぐいとジュースを飲み干すと、空になった器を執事さんに手渡した。
「私に会いに来たってことは、話は聞いたってわけね」
「そっちの聖女と騎士がやらかしたんだよな」
「そっちの……まあ、うん、そうなんだけど。一緒にされるとすごく困る」
こっちも小栗さんの指示とは思ってない。
「まさか本当に間違えたとか、亜人の区別がついてないってことはないよな」
「あの二人はそう言うでしょうけどね。……特に聖女の方に問題があってね。亜人嫌いでやり過ぎるところがあるの」
「なんだってそんなやつを連れてきたんだ」
ブラッドが小栗さんに鋭い目を向ける。彼女は少したじろいだ。
「私の意向じゃない。聖女レイチェルの意思よ。聖女委員会からも頼まれてるし」
「あんな可愛い子なのになあ」
「だから言ったじゃない」
顔で主義や思想が決まるわけじゃないけどな。
「そのレイチェルに付き従ってる騎士も亜人嫌いでね」
「その二人はどこだ。もう縛り上げてんのか?」
「だったらどんなによかったか。申し訳ないんだけど、まだ戻ってない。ずーっと森にいるの」
「野放しかよ」
「だってしようがないじゃない言うこと聞かないし、怖い秘蹟使ってくるし! 勇者なのに私のことぜんっぜん敬ってないし!」
「お嬢様」
執事に止めに入られるほどアワアワしている小栗さん。気持ちは分かるが。勇者といっても俺たちなんか所詮小僧に小娘だからな。反感を抱かれるのも無理はない。そこはもうシノミヤみたいな力持ちじゃないと認められないんだろう。
「王都は? 教会はどうするつもりなんだ?」
「なんかごちゃごちゃ言ってたけど、連邦でのことは『任せる』って丸投げされた。応援は送ってくるみたいだけど。聖女レイチェルの件についてはまだ報告してないから」
マジかよ。ええ? この状況でバトンタッチしていいものかどうか。俺はブラッドに目線を遣る。彼は力なく首を振った。……だよな。
「小栗さんはどうしたいんだ」
顔を上げた小栗さんの表情には色がない。もう帰りたいという思いはひしひしと伝わってきた。
「強硬派の亜人を止めなきゃいけない。でも、その前にレイチェルたちもどうにかしないと」
支援に来たってのに厄介ごと持ち込んだんだもんな。そら憔悴するわ。
うーん。このままか。教会からの応援とやらも期待できない。支援団の一部は暴走中と。
「その聖女さんは話して分かる人なん?」
「多分無理かな。特に自我が強いタイプだから」
「じゃ、小栗さんはどうやって止めるつもりだったの」
問うと、彼女は黙った。答えようがないとも見える。
「どこまでセーフ?」
「え、何が」
「殺してもいいのか?」
う、と、小栗さんが言葉に詰まった。
「いや、だってもうそれしかないだろ。場合によればそれしかなくなる。でもそれって教会的にどうなん? 俺も異端になっちゃう?」
小栗さんはなぜだか執事さんを見上げた。彼は眼鏡の位置を指で押し上げる。
「お嬢様には無理かと。そも、勇者が神に仕える聖女を害するのも如何なものかと思われますな。また、それに付き従う騎士も聖ブロンデル所属のものですから」
「じゃ、聖女さまはこれからも何のお咎めもなく好き勝手に亜人を殺しまくるわけか」
「いいえ。それは違います」
執事の眼鏡の奥。その目が妙な光を帯びたような気がした。
「話を聞かないまま害するのはどんな事情があれ……ですが、亜人もまた十神教の信徒ですから。信仰する神が同じであるなら同じ信徒というのが十神教の考え方です」
「連邦の亜人は大半が十神教だろ」とブラッドが口を挟めば、執事さんはそうですと頷く。
「異端かどうか判断するのは祓魔師の役目。聖女レイチェル。騎士キントの両名が異端であるか否かはあなた方には不可能です」
「……もし仮に異端者だって分かったなら、やってもいいってことか?」
執事はその問いには答えなかったが、まあ、そういうことなんだろう。この爺さん食わせもんだな。匂わすだけ匂わしてこっちに振りやがったのか。
「いいや。とりあえずその聖女さまを見つけるよ。話はそっからだ。小栗さん、そういうことでいい?」
「いいの? その、柏木くんは……」
本当はもっと王都が本腰入れてくれるんじゃないかと期待してたんだが、実際はこのザマだもんな。小栗さんには荒事は向いてなさそうだし。
「しゃあない。元はどうにかしてくれって依頼だったからな。どうにかしてみるよ」
行こうぜとブラッドを連れて外に出る。
「やられたな、ケイジ」
ブラッドは諦めたように笑っていた。
「いいよ。連邦の人らが無駄に死ぬのも、なんか嫌だしな」
あの執事。分かってたはずだろうに。俺が勇者であることに触れなかった。信じてるのかどうかも分からんが……とにかく、連邦には勇者が小栗さんしかいない。というのが彼の考え方か。俺は勇者じゃなくてただの冒険者。聖女を殺すのもただの冒険者。森の中はダンジョンだ。中で何が起こっても不思議じゃあない。そういう話か。
◎〇▲☆△△△
スキャレット・スモーキースリルは頭のおかしい男を思い返していた。
この森で長く生きてきたスキャレットであったが、カシワギ・ケイジはその中でも異彩を放つほど頭がおかしかった。往々にして勇者はこの世界の者が持ちえない能力や思考回路を有しているらしいが、その中でも飛び切りのマジモンではないかと思われる。
(あたしなんかとお酒を飲んだってなにも楽しくないってのに)
そもそもスキャレットは酒を飲まない。飲んだこともない。恐らくこの世界の誰よりも長く生きているだろうが暇をつぶすことにかけては誰よりも下手くそだった。娯楽の類を経験していないのだ。今さら手を出すのも躊躇われた。ケイジはいい暇つぶしの相手ではあった。彼はまた来ると言っていたが、果たして。
「……また誰か来た……」
領地に足を踏み入れたものがいる。もしやまたケイジが来たのか。常に使い魔めいたものを放っているので森の様子は小屋にいてもある程度は把握できる。その使い魔の視界を介して見ると、知らない男女がずけずけと領地を歩いているのが見えた。この森の住人ではない。よそ者だ。
スロープゴットの支援団が連邦にいるのは知っている。ただ、彼らの目的はここにない。強硬派の亜人どころか、この領地にやってくる間抜けはそういないからだ。知らないなら教えてやるだけだが、女の方は気に食わない顔をしていた。
「はーい、そこまで」
森の中。離れた場所から声をかけると、二人連れの男女が立ち止まった。女は可愛らしい顔つきをしているが、こちらに向けた敵意は隠しきれていない。まだ若い。男の方は兜をかぶっていて顔はよく見えなかったが、油断なく警戒している。
(聖女と騎士か)
スキャレットはそう判じた。教会ではよくある組み合わせだ。
「知らない? 聞いてない? 戻りなよ。ここは」
足元から悪寒を感じ、スキャレットは咄嗟に火柱を発した。女の舌打ち。無言で仕掛けられたか。賢い。スキャレットはため息をつく。
騎士が駆けてくる。女の姿が彼に隠れて少しの間、見えなくなる。スキャレットは距離を取りつつ火の秘蹟を使った。騎士は炎の壁を突破する。横合いからまたも悪寒。
(《二重信仰者》か……ああ、そう。厄介なわけだ)
迫る氷塊を一瞬で溶かし尽くす。
「あのさー、あたし別に強硬派とかそういうのカンケーないんだけど?」
一応宣言しておいたが、騎士も聖女も無言のままだ。先よりも膨れ上がる敵意を認め、スキャレットはなるほどと得心する。
「差別主義者なわけね。もういっこ言っとくけど、あたしも十神教の信徒……ってことになるんだけど」
「命乞いですか」
女が初めて口を利いた。
「いいや。あんたらのために言ってんだけど。勘違いなら怒ってないよって。分かってて仕掛けるってことは、えーと。なに? 命かけてるのかなって」
「傲慢な」
女が騎士を一瞥すると、彼は低い声で告げた。
「大量です。想像しているよりもずっと」
「傲慢ですね」
「何か見たなー」
騎士も秘蹟を使ったらしい。恐らく、こちらの信仰心を計ったのだろう。
「測定は無理だよ。あんたごときじゃ正確に測れないからね」
「そうなのですか?」
「不愉快ですが。その亜人は一個人が抱える信仰の心を超えています」
「なるほど」と女が吐き捨てる。
「その装飾品の一つ一つが聖遺物級ということですか」
「降参する?」
「まさか」
あっそう。スキャレットはもはや森のことなどお構いなしに秘蹟を放った。竜巻と化した炎が二人を薙ぎ払うべく突進する。吹き上がる突風により木々はべきべきに砕けて枝葉が燃える。秘蹟が効力を失った後、そこにはほとんど何も残らなかった。逃げ足の速い連中である。
「……大口叩くだけ叩きやがった」
あの二人はまた仕掛けてくるに違いない。こちらの事情も、戦力も把握したはずだ。そのうえで攻撃してきた。どういう事情かは知らないが、スロープゴットの支援団に属するものが仕掛けてきたのだ。連中が最初からそのつもりだったのか。あるいはあの二人だけの理由によるものなのか。
どちらにしたって構わない。森の中で始末できるならそれがすべてだ。広大な空間が覆い隠すのは骸だけでない。多くの真実もここには埋もれているのだ。
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