第39話



 王都に着いた小栗さんたちも連邦の穏健派の人たちと話をしていた。スロープゴットというか、教会はどうすんのかなと思っていたが。

「手に余りそう」

 戻ってくるなり小栗さんはそう言った。彼女は少し周りを気にしていたので、人のいない方へとさりげなく誘導する。

「まあ、だよな。小栗さんはどう思う?」

「何が? 今回の件? いいように使われたなって。それだけ」

 それに今さらだし。そう付け足す。

「教会のやることで、きな臭くないことなんてないから」

「おや、異端の対象的な発言」

「ちょっ、やめてよ。ほんとに怖いんだから」

 冗談冗談。

「けど、連邦はよく他国の介入を許したな。内々で処理したいみたいだったけど」

 俺とブラッドはカバ代表からしても別、というか想定外だ。そもそも、連邦は俺たちがスロープゴットのものだとは認識していない。彼らは腕利きの冒険者を捜していただけなのだから。ただ、オウチの町から有力な冒険者はいなくなってたみたいだから、ヨドゥンにまで依頼が来たに過ぎない。

「最初こそスロープゴットの支援団だーって言ったら微妙な反応だったけど、私が勇者だと分かったら手の平返すような感じで……なんか、ここの人たちって勇者が思ったより効いてるみたい」

 肩書に弱いのかな。

「ここじゃ《十神教》も効果あるん? ほかの国じゃほかの神を信仰してるとも聞いたけど」

「連邦……っていうか、亜人には十神教徒も多いみたい。神域ダンジョンに深く接してるから、私たちよりかは神さまの存在を感じてるのかもって大司教が言ってた」

 よそよりかは信心深いのかね。

「さっきの人たちには私だけじゃあ判断つかないからって答えは保留しといた。もちろん連邦に敵対するつもりなんかないし。ただ、王都に指示を仰いでみないことには、どうにも。……聖女と騎士は乗り気だったかな」

 キントとかいう教会の騎士か。アキやその親父の同僚だろうが、彼らとは違ってどうにも神経質そうな人だったな。そんな人が亜人に力を貸すとは。ちょっと意外だ。

「聖女って、さっきの可愛らしい子?」

 ふ。小栗さんが笑った。なんかこっちを馬鹿にしているような感じで。

「なんで。可愛いじゃん」

 髪の毛も綺麗だったし、目はくりくりしてたし、笑顔はアイドルみたいだったし、小柄なんだけど出るとこは出ていて、守ってあげたくなるような、そんな儚さも醸し出していたぞ。

「まあ、聖女ってそんなもんだから」

「ところで。さっきから気になってたんだけどさ。あの執事さんとメイドさんって、小栗さんについてんの?」

 小栗さんは少し振り向き、離れた場所にいる二人を確認した。

「うん。ていうか柏木くんにもついてたんじゃないの? ほら。ホームステイみたいな感じでさ、勇者にはそういうの、それぞれ割り当てられたじゃない」

 あるにはあったが、俺はさっさと追い出されたようなもんだからな。あんまし覚えてない。そのころは色々と必死だったし。一週間は世話になったような気がするけどなあ。

「いやでも、さすがに執事とかはいなかったぞ」

 いたのは性格破綻者だけだ。

「ありゃ、そうだったの? ふうん。やっぱり同じ勇者でも区別されてたんだ」

 さ、差別されたんだ。俺は。

「いいなー。俺もメイドさんに毎朝起こされて癒されたい。メイドさんの手料理食べたい」

「うちのメイドは、私が毎朝起こしてるし、料理はからっきしだけどね。家事も苦手だし。そういうのは全部執事のモレノさんのテリトリーだから」

「じゃあ何ができるんだ」

「かわいいがあるから」

 小栗さんの目が据わっていた。そ、そうか。

「何にせよ、私たちは支援の名目でここに来てるから、それなりのことはして帰るけど」

「へえ。……じゃ、そっちはそこそこやる気なんだな」

「『そっち』?」

「や、俺らは適当なタイミングで切り上げるからさ。いやー、小栗さんたちが来てくれてよかった」

 小栗さんはなんでか目を白黒させている。心なしか唇が震えているような。

「……無責任じゃない?」

「そうかあ?」

「だって柏木くんだって勇者じゃない。スロープゴットに住んでるんだし、今の今までぶらぶらしてたんでしょ。少しくらいは協力してくれてもいいのに」

 うっ。びしばしとした圧を感じる。なんかシルヴィに詰められてるのを思い出してしまう。こういう時、俺が取れる手は一つしかない。へらへら笑ってごまかす、だ。というわけで対シルヴィ用のいつもの笑顔を作って言い訳を述べてみたが、小栗さんはさらに唇を尖らせるのだった。



◎〇▲☆△△△



 物事には流れがある。人はそれを運命とも呼ぶ。だが、ある程度は自らの手で干渉もできる。波だ。いい流れを見極めて身を任せれば浮上の目はある。聖女レイチェル・リアルシェルはそのように考えていた。

 レイチェルは教会から警告を受けている。何度もだ。内容はあまり覚えていない。亜人を殺すなだの、異端をはき違えるなだの言われたような気はしているが、些末だ。直属の上司であり、聖女委員会を統括している大司教クードス・ミヨンからも小言を言われている。自分の立場があまりよくないことは察していた。しかし自らの信仰が自らを助けるとも信じている。信仰心を持ち帰れば問題ないはずだ。

 レイチェルの知る限り、教会には人格の破綻しているものが大勢いる。しかし彼らの多くは許されている。なぜか。信仰心を稼いだからだ。少なくとも彼女はそのように信じている。であれば、自らもそうだ。これは神の与えた試練である。攻略できないはずはない。

 シ・ダアイ連邦のダンジョン、不来方の森が燃えたのは幸いだった。教会が支援団を派遣するとの知らせを聞いたレイチェルは一も二もなく飛びついた。亜人たちの住まう国は酷く悍ましいが、だからこそ赴く意味がある。この地で信仰を獲得することに意味がある。


(森の猿ども。相も変わらず内輪もめとは)


 しかしその内輪もめのおかげで亜人を粛正できる。連邦の代表は協力を求めているのだから大義名分も申し分ない。信仰心も稼げて亜人も殺せるとは一石二鳥である。

「勇者オグリは乗り気ではありませんでしたな」

 傍に控える教会騎士、キント・セッタハイターは小難しそうな顔をしていた。

「放っておけばよろしいかと」

「よろしいのですか」

「ええ」とレイチェルは答えた。

「勇者といえど所詮は異界の民ですから。真に十柱を信仰しているとは思えませんし、機宜を見極められないものに上に立つ資格はありません」

 キントは深く頷いた。レイチェルはふっと微笑んだ。

 キント・セッタハイターはいい騎士だ。いい手駒だ。年上で思慮深い。彼も信心深く、また、亜人排斥に賛同していた。なにより好みの顔立ちをしている。神経質で他者に心を開かない男が自らに靡くのは気分がいい。残念なのは彼の立場もまた危ういという点だ。切ろうかとも考えたが、キントの代用になりうる騎士の知己もいない。二人で手を取り合ってというには心許ない関係性だが、ともに乗り越えるほかない。

「聖女殿。勇者オグリと話していた男ですが」

 ああ、と、レイチェルは息をつく。

「あれもまた勇者でしょうね」

「教会の管理していない勇者ですか」

「そうなります」

 それ以外には考えられない。あの男も同じように召喚されていた人類だ。なぜなら、あの勇者オグリが感情を露わにし、雑談に興じるような相手などこの世界にはいないのだから。あの女も他人に心を開くようなタイプではない。教会内で四方八方に笑顔と愛想を振りまき上手く取り入っているが、あれの本質はキントとそう変わらない。勇者オグリ・アワは蜘蛛の巣を構築するようにして人間関係を掌握するのが得意なはずだ。そうやって世渡りしてきたはずだ。

「似ていますからね。あれと私は」

 キントは答えなかった。それでいい。余計なことを言わないから手元に置いているのだ。



◎〇▲☆△△△



 俺はブラッドと合流し、宿屋に向かっていた。首都に着いてから人心地つく暇もなかったからな。

「お前ね……俺にばっか説明を任せんなよ。もう喉がカラカラだぞ」

「いや、だって、俺にはなんかもう、正直なところよく分かってねえし」

 いいけどよう。言って、ブラッドは小栗さんの後姿を一瞥する。

「あのかわいい子は誰だ? お前の知り合いか?」

「やめとけよ。ありゃ勇者だぞ」

「挑戦することに意義があるんだ」

 そうかい。

「で、あいつらはどうするつもりなんだ」とブラッドが声を潜めた。

「ああ。王都からの指示待ちらしいけど、そうでなくとも、連邦にある程度は力を貸すと思う。俺たちとバトンタッチするにはちょうどよさそうだ」

 真面目そうな小栗さんが仕切ってるであろう集団だし、他国の人間と言えど困ってる人を無視できないだろう。勇者という肩書がそうさせる。

「なるほどな。じゃ、教会からあの子らのもとに正式な連絡がいくまでは付き合ってやるか」

 小栗さんには少し悪い気もするが。ま、モンスターは普通に狩るし、厄介そうな亜人がいたらぶっ殺すオア捕まえればいいんだろ。ニギアの《金路》に行った時と同じだ。信仰心稼ぎと割り切ってしまおう。

「よっしゃ、そうと決まれば後で酒場だな。引っかけてから賭場か娼館にでも行こうぜ。色々知ってんだろ?」

「俺が言うのもなんだが、いいのかよ。お前ら勇者ってのはみんな友達同士じゃないのか?」

「そういうわけでもねえよ」

 友達だろうが何だろうが、切られるときはさっぱりすっぱりだ。様子見こそしたが不必要に接しない方がいい。

 それに。小栗さんはテラスと違う。俺とあいつはろくな目に遭ってなかったからな。そこで意気投合したってのはある。ただ、あの感じだと小栗さんは違うな。別に彼女と傷のなめ合いしたいわけじゃないが(想像したらエッチな気分になった)、やっぱり俺とは違うんだな、上手くやってんだなってのが感じられたし。向こうだって俺とお近づきになりたいとは思わないだろう。

「この町にだっていい子がいるんだろ?」

 ふう。ブラッドが重たい息を吐き出した。

「俺の立場知ってて言ってんのか? いいか。俺たちは曲がりなりにもギルドの依頼を受けてここに来たんだ。俺には婚約者がいるし、その父親は俺らのギルドマスターさまなんだぞ。遊んでるのがバレたらキレられちまう。お前らは馬鹿にしてるだろうが、あの人だってヨドゥンのオーガと呼ばれてたんだ。怒らすとやべえことになる」

「ほーん。それで?」

「いい店を知ってる。亜人の子はなかなか情熱的だからな。サービスもいいんだ。商売だって分かってても好きになっちまう」

 そうこなくちゃな!



◎〇▲☆△△△



「というわけで、宿を出た後は町の酒場でお酒を飲んでー、店を出てきてからは……たぶんだけど賭場に行ったんじゃないでしょうか。次に見たときにはがっくりと肩を落としてましたよ。でもでも二人して娼館に行ってましたね。小一時間ほどで店から出てきて、また次の娼館に入ってー、にこにこしてましたね。こっちまで笑顔になっちゃいそうでした」

 飲んで、買って、打って。昭和の男か、あいつは。

 メリーナの報告を聞いたアワは、柏木というクラスメイトがどんなだったか思い出せなくなりつつあった。


(クラスではそんなだったっけ? 野放図な人には見えなかったんだけどなあ)


 アワは人を見る目には自信があった。柏木は大人しくて真面目だった印象がある。それでいて物おじはせず、たまに話しかけても受け答えはしっかりしていたような。……ともかく普通の男子学生のはずだった。異世界でたがが外れたのかもしれない。あるいは捨て鉢なのか。勇者である自分と話していても里心を突かれたような雰囲気はなかった。彼は本当に王都に戻りたくないのだろうか。教会は確かに策謀が渦巻き、水面下で権力闘争が行われる伏魔殿だが、この世界で安全に生きるのならダンジョン探索を主とする冒険者よりも勇者として活動する方がずっと確実ではないのか。勇者シノミヤほどでなくとも、言うことに従っていればそこそこのサポートは得られるのだ。

「それで、柏木くんたち、今はどうしてるの?」

「宿に帰っちゃいましたから、私も戻ってきたんですよう。ねえアワちゃん。私ももう眠いんだけど」

「うーん。もうちょっと見張っててくれない? 夜中抜け出すかもしれないし」

「そんなっ」

 同じ勇者として。元クラスメイトとして。前の世界の住人として。というか人間として。柏木ケイジにはもっとまともになってもらいたい。そうして勇者としての自覚が芽生えたならきっと自分の助けになるだろう。

 そう。

 そうだ。

 ずるい。

 自分一人だけ好き勝手にされてはたまらない。人間とは支え合って、手を取り合って生きていくべきなのだから。

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