第37話



「で。いい女とは出会えたのかよ」

「まあ、そうかな。会えたかも」

「男ってのは運命の女に出会うために生まれてきたんだ。星の数ほどって言うやつもいるが相性ばっちりな組み合わせは滅多にねえ。砂漠で砂金を探し当てるようなもんなんだ。けど、俺ぁそのために大陸中を歩き回った」

 ヨドゥンを出てからブラッドの舌はよく回った。ギルドでツェネガー氏と話していた時は畏まってえらく緊張していたみたいだからな。

「そして俺は出会った。俺の運命とな」

 もう何回も聞いたよ、その話は。

 青い鳥みたいなもんだ。ブラッドの言う運命の相手はヨドゥンの町にいた。運命がどうとか、赤い糸がどうとかはよく分からねえけど彼がそう信じているのならそれでいい。色恋沙汰とはそんなもんだ。

「大陸きっての好色家が大人しくなるとはな。みんな驚いてたよ」

 俺がそう言うと、ブラッドは、まあ、とか、うん、とか、歯切れが悪くなった。こいつまさか。

「まだ女遊びしてるんじゃないだろうな」

「……え? いや、何? 何て? 聞こえなかった」

「嘘だろ」

 うちのギルドマスターであるツェネガーの娘と婚約しといてまだ遊び惚けていたのか。

「殺されるんじゃないの?」

 ブラッドは口の端をつり上げた。かっこつけてるが顔色は青いぞ。

「あっ、町が見えたな。さーて、ゆっくり休むか」

「そんな疲れてないだろ」

 俺とブラッドがヨドゥンを発ってから一日も経っていない。転移の秘蹟を使ったのであっという間にシ・ダアイ連邦に到着していた。旅とも呼べない。転移の陣から陣へと歩いただけだ。俺はここいらに来るのは初めてだが、ブラッドは旅慣れているのでその辺は安心している。

「疲れたんだよ。ヨドゥンにいるときはずっと気を遣ってるからな」

 たばこだって満足に吸えやしない。言って、ブラッドはたばこに火をつけた。実に美味そうに煙を吐き出していらっしゃる。

「じゃ、今回の依頼は気晴らしみたいなもんか」

「たまにはいいだろ。弟分も今は町で浮いてるみたいだしな」

「あれは俺のせいじゃねえぞ」

「知ってるよ。ま、人付き合いはよく考えて選びなってことだ」

「そんな上手いこといかねえのが人間関係だ」

「言えてる」



 不来方の森が見えてきて、俺たちはすぐにオウチの町に着いた。着くやいなやギルドから案内人なる男がやってきて、事情の説明を始めた。事情もクソもダンジョンのモンスター討伐しまくりゃいいんだろ。そう考えていたが、ちょっとややこしいことになりそうな気配である。

「そんな珍しい話じゃないんですけどね」案内人は気楽そうに言い放った。

 なんでも、連邦は大方の予想通り、常に内輪で揉めているらしい。祭りを仕切る部族を決めたり、赤ちゃんの名付け親だったり、新しい店を出すんだけどどこにする……と、何かにつけてゴチャゴチャするそうだ。ただ、今の時期は血の気の多い若いのが部族の長となったことで以前よりまとまりがなくなったそうで。

「森が燃えたことで過激なやつらが出てきたってことか」

 いいえ。案内人は否定した。

「この森に押し込められていると感じる亜人は多いですから。不満は常にたまっていますし……今回は強硬派を抑えきれなかったんでしょうね」

「じゃあ、何か? 森を燃やしたのはそいつらなのか?」

「ああ、それは別です。とりあえず道すがらで説明するということでよろしいですかね」

 俺とブラッドは顔を見合わせた。オウチの町で一泊するつもりだったんだが、そんな悠長にしている暇はないらしい。どっちにしろ町は閑散としている。酒を飲んでも女を抱いても味気なそう雰囲気ではあるか。


 誰もが口を揃えて言う。『二度と来たくない』と。不来方の森の由来はそこからだ。

 そこまで言われるこのダンジョン、森全域がダンジョンと化している。スロープゴットで言えば島全体がダンジョンの《鳥巣》みたいなもんか。規模は全然違うけど。

 首都であるブロウタウンは森の奥にある。広大なダンジョンだが、実は首都までの道がある。しかもほとんど一本道の。先駆者たちの開拓に感謝だな。

「私たちがこうして歩いている道ですが、これはかつての勇者さまの攻撃によるものだそうです」

 勇者の攻撃?

「森の入り口から巨大な光が放たれて、森の木々を薙ぎ払い、やがて光はワルルルァ山を抉って消えた。という昔話があります」

「なんだそりゃ。勇者ってのはそんな恐ろしいこともできんのか?」

 ブラッドが俺に聞いてくる。知るかよ。

「いたんじゃねえの?」

「へー、お前はできんのか?」

「分かってて聞いてるだろ」

 ブラッドはにやにやしている。

「ツェネガー氏は娘の婚約者がいまだに女遊びをしていると聞いたらどう思うかな」

「そんな証拠はない」

「まず否定しろよ」

「痕跡は残っていないはずだ」

 どうせブラッドは連邦で遊び惚けるつもりだろう。必ず尻尾を掴んでやる。

 案内人は俺たちの雑談が終わるのを待っていたらしく、話を再開した。

「この道を境に、森は東西に分かれて主だった部族が管理しています。一応は」

「引っかかる言い方っすね」

「実際のところ、森は三分割されているんです。そのうちの一画を支配しているものこそ、森を燃やした張本人でしょう」

「三分割って……どの部族がそんな好き勝手言ってるんだ? 乗り込んで縛っちまえばいいじゃないか」

 案内人は困ったような顔になる。彼が何か言いかけたところで周囲の木々がざわめいた。立ち止まって観察していると、何かが飛び出してくる。バカでけえ虫だった。

「なんだこいつ」

 黒光りした体……カブトムシかクワガタか? とにかく甲虫っぽい。分からんが蹴っ飛ばした。

「森のモンスターの大半はこういう虫どもだ」

「さっきのやつってカブト? クワガタ?」

 ブラッドは蝶のような魔物に小型クロスボウの矢を撃ち込んでいた。

「名前なんか知るかよ」

「売れねえかなと思って」

「は!? なんで?」

「俺の世界じゃ虫はペットとして人気だったぞ」

 あんな小さいものに数万も数十万も払う人だっていた。

「冗談だろ? こいつらを飼うのか?」

 ムカデやらトンボやらカマキリやら、それらに似た魔物をぶち殺しながら俺たちは道を進む。

「もっと普通のサイズのだよ。こっちの人たちは飼わないのか?」

「おもちゃにはするが、虫に食わすエサなんかわざわざ買ってやらねえよ」

 案内人がクモの糸に巻き取られているので火の秘蹟で燃やしてやった。……無事のようだ。よかったよかった。

「だいたいよ、買わなくてもその辺で捕まえてくればいいじゃねえか。うようよいやがるんだからよ」

 それもそうか。この世界じゃ虫は珍しくもなんともない。金を払ってまで欲しがるやつはいねえか。

「じゃあ遠慮なく殺せるな」

 俺は道を外れて、森の中に落ちている棒切れや槍っぽい残骸を拾った。案内人はそれを不思議そうにして見ている。

「来たぞケイジ、ダンジョンマンだ!」

 弓矢で武装した小鬼どもが見えた。やつらは木々の隙間を縫うようにして射かけてくる。なんだ。このダンジョンの鬼はこういう装備か。いいな。遠距離武器は俺も欲しかった。あとでもらっておこう。

 矢がびゅんびゅん飛んでくるが所詮貧弱な鬼の攻撃である。まっすぐには飛んでこない。狙いだってめちゃめちゃだ。俺は拾った得物を投げつけたり、投石で反撃する。接近してきたモンスターの頭を踏みつけ、ぐりぐりしながらトドメを刺す。

「で、三分割してるアホはどこのどいつなんだ?」

「え。え、え、今話すんですか」

 ブラッドに水を向けられた案内人があたふたしていた。

「道すがら話すって言ってたろ」

 前方で小さな爆発が起こり、鬼どもが四方に吹き飛んだ。ブラッドの仕掛けた火の秘蹟によるものだろう。彼は地面に秘蹟を仕掛けて地雷のように使うのが得意だ。俺は迫ってくる虫を枝で追い払う。

「火事なんか起こしたバカのせいでこうなってんだろ。もう殴り込みに行こうぜ」

「いや! いやっ、それはだめです。無理です。関わったらやばいです!」

「そうなん?」

「あっ、おい見ろ!」

 先行するブラッドが指さしているのは鹿の魔物だ。巨大な角がいびつな形をしていてヘラジカのような印象を受ける。あいつは食えそうだな。

「俺にやらせろっ」

 その辺で転がっている鬼の弓を拾い上げ、力いっぱいぎりぎり引く。

「うおおおおお死ねえええええ」

 まっすぐにぶっ飛んだ矢は明後日の方向へ消え去った。

「何やってんだ!」

「ダンジョンマンより下手じゃないですか」

「いや、難しいんだって……」



 モンスターを全滅させた俺たちは、あぶった鹿肉を食いながら首都を目指していた。

「さすがはヨドゥンの冒険者ですね」

「まあ、ガーデンよりかはモンスターも大人しい方だな」

 森を抜けると、えらく広々とした空間があり、連なったテントやら、木造の建物がちょこちょこと点在している。歩いているのは亜人ばかりで、あんまり聞いたことのない言葉が飛び交っていた。

「ここが首都?」

「そりゃ王都に比べるとしょぼいけどな」

 首都ブロウタウンに到着したらしいが、あんまりテンション上がらねえな。

「宿屋とかあんのかな」

「その前に酒場だろ」

「いややっぱ娼館が」

「落ち着く前に、連邦議会の方がお二人とお会いしたいそうで」

 ええ? なんでまた。

 ぶうぶう文句を垂れたかったが仕方ない。これも依頼だ。

 俺とブラッドは議会場とやらに案内された。首都の奥まったところにある建物だ。やはりこの町の建造物らしく木造ではあるが、ほかのと違って壁は白い。

 議会場に入ると、堅苦しそうな名前とは裏腹に、居並んだ連中が酒を飲みながら談笑している。そのうちの一人、カバみたいな顔をした男が慌てて立ち上がり、こっちに頭を下げてきた。

「お待ちしてましたよ。ささ、どうぞどうぞこちらに」

 うわー。大人が嫌な笑顔を浮かべている。心の底から安堵しているような感じで。すごい最悪な予感がしてきたな。

「私はこの議会を任されているイッポポモートです」

「連邦で一番偉い人?」

「いやいやまさか。担当も今期限りですから」

 なんか学級委員長みたいだな。

 俺たちはニポポなんとかに促されて椅子に座る。方々から視線を感じた。

「お願いがあるんですよ」とカバは言う。こりゃどういうことだと案内人の姿を捜すも、いない。いつの間にかいなくなってやがった。

 ブラッドは居住まいを正していた。

「何か勘違いされているかもしれない。俺たちはオウチギルドの依頼を受けたもんです。ダンジョンの瘴気を薄めて欲しいという話で、連邦がどうとかは関係ないはずですが」

「はあ。しかし私たちはギルドに依頼したんです。腕のいい冒険者を捜して欲しいと」

「……話が見えねえぞ」

「してやられたな」

 俺はもう理解するのを放棄し始めていた。なんでだよ。モンスターどつくだけの楽な仕事じゃないのか。

「亜人の揉め事に好き好んで首突っ込むやつなんかいねえ。……腕がいいだけじゃあない。あとくされのないやつも条件の一つだ。違うか」

 ブラッドが問うと、カバの代表は何とも言えない顔になる。

「とりあえず話だけでも聞いてもらえませんか」

「話を聞いて後戻りはできるんだろうな」

「それはもう」

 カバの話はこうだった。

 亜人の地位を取り戻せ。とにかくやりまくってやるぜという強硬派が勢いづくとよそ様に迷惑をかける。他国を敵に回すと脆弱な連邦では耐えられない。内々で処理しないとバレちゃうから何とか力を貸してくれ、とのことだ。それこそ他国の力を借りればいいのにと思うが、金で解決できるならそれに越したことはない。冒険者相手ならそいつが通るってのも。

「これはもう冒険者の領分じゃねえだろ」

 ブラッドは腰が引けていた。俺もそうだ。よく分からないまま話に巻き込まれて厄介ごとを押しつけられるのはごめん被る。

「今は各部族に根回しの真っ最中です。次の会議でどうにかするので、実行部隊を止めて欲しいんですよう」

「実行部隊って」

「強硬派の中でも血の気の多い連中ですよ。そいつらが喧嘩売ったのがまた厄介な人でして……」

「どうやって止めればいいんだ? 話して通じる相手なのかよ」

「ああ、それはもう気にしないでください。生き死には問いませんので」

 カバ代表の目に妙な光が宿っている。ここにいる亜人たちはいわゆる穏健派だろうがそれでも森に生きる亜人だ。多少の暴力には慣れているということか。

「ちょっと相談させてくれ」

 俺とブラッドは部屋の隅っこで顔を突き合わせる。

「まあ、受ける理由はねえよな。で、断って、こっから無事に逃げられると思うか?」

 俺が問うと、ブラッドは髪の毛をかき回す。

「ここは連邦の首都だからな。森を突っ切ってもいいが、さすがに道が分からねえよ」

「来た道戻るか?」

「ありゃだめだ。一本道だからな。逃げてもすぐに見つかっちまうぞ」

「皆殺しにするってのはどうだ」

「それこそスロープゴットと連邦の問題になっちまうだろ」

 うーん。それもそうか。面倒くさいなあ。

「しゃあねえ。とりあえず受けるだけ受けて、適当に切り上げて帰っちまうか」

「お義父さんもヤバそうなら逃げていいと言ってたしな」

「あっ、違うわ。アレだ。ここに勇者の一団が来るんじゃないか? ツェネガーも言ってたじゃん」

「ああー、そうだったな。よし、よし、そいつらに任せよう。それまでは時間稼ぎしてりゃあいい」

 ナイスアイデアだな。問題は勇者のうち誰が来るかだが、そもそもクラスメイトで生き残ってるのは誰だか知らんし、期待されているのはシノミヤだろうから……まあ、順当にシノミヤか。亜人の鎮圧くらいやってのけるだろう。

 話はまとまった。俺たちはカバ代表のもとに戻るが、議会場にナイスバディの女が入ってきた(顔は虎だが)。彼女は何事かを部族の長たちに耳打ちしている。

「なんかあったのか?」

「それが……森に見知らぬ一団が入ってきたとかで」

 勇者一行かな?

「強硬派に襲われているそうです」

 タイミングがいいのか悪いのか……。

 さてどうするか。勇者がシノミヤなら助けなんかなくたってどうにかするだろうが、下手にぶっ殺し合いになっても後が面倒になるだろうな。仮にそうなったとして、スロープゴットとシ・ダアイ連邦の全面戦争にまで発展するとは思えないが……。

「様子見だけは行っとくか」

「おお、先の依頼を受けてくれるんですね」

「ま、親愛なる隣人の危機は見過ごせないからな」

 俺は議会場を後にし、首都を出て森へ行くつもりだった。が、追いかけてくるブラッドは冷めた感じである。

「助けるのか。また厄介なことになるぞ」

 ブラッドも、テラスが起こしたことを知っている。そのうえで俺を止めているのも分かってはいる。しかしクラスメイトだ。元の世界に住んでいた人間だ。同じ勇者だ。俺から見りゃああの子たちは年下だし、死んだらショックだ。というか万が一死なれたらこの後のことを任せられなくなるし。

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