第31話
大いに飲み、大いに食った酒場からの帰り道。俺たちはそれぞれの塒に帰ろうとしていた。
「……ケイジ」
こそっと、ティピータが耳元で囁く。うっ、ちょっといい匂いがするな。こいつも性格はアレだけどツラはいいしな。俺は胸はデカければデカい方がいいという思想のもとに生きているので彼女の体型は貧相だなあと思っちまうが、現代世界じゃスーパーモデルもかくや、だろうな。
「聞いてる?」
「え、ああ、何?」
「つけられてる」
えっ、嘘。マジ?
「あ、遅い。囲まれた」
「なんだよ。誰に? なんで? いつの間に?」
「あァー? なんだあ、こそこそと、何話してんだあ?」
「うるさい」
俺とウォルターは顔を見合わせる。つけられるって、なんで?
頭の中に疑問符が浮かびまくるが、落ち着きを取り戻せそうな時間はない。正面から、後ろから、覆面をかぶった連中がやってきたからだ。
よく見るとちんけな覆面である。布を頭からかぶって、目にあたる部分だけをくり抜いたような、ずさんな代物だ。というか、位置がずれてて全然見えてなさそうなやつもいるし。
「てめえら……ああ、くそ、見えねえ……よし。おい、てめえら、宝のありかを吐きやがれ」
正面に立っている男がこっちを指さしてくる。
「なんだぁあああてめえ。お前らどうせデールんとこの下っ端だろ? あ?」
ウォルターは酔っぱらって呂律が回っていない。凄んでも怖くなかったし、覆面の連中はこっちのいうことに耳を貸してくれそうな感じじゃない。
「何のことだよ。つーかお前ら誰だ」
俺も強気に出てみるが、この状況は分が悪い。囲まれてるし、戦えそうなのは俺だけだ。
「おい。知らないみたいだぞ」
「ばか、隠してるに決まってんだろ」
「どうする?」
「しようがねえ。女さらえ」
「なんで?」
「最後に宝持ってたのあいつだろ」
「そうだったか?」
「いいから、どっちにしろさらっちまえ。美人だしよ」
ぼそぼそと喋ってるが聞こえてるぞボケ。
俺は新しく拾っていた剣を抜き、それをくるくると弄ぶ。
「殺すぞ」
覆面どもの肩が震えた。
「い、いや殺すとかじゃなくて話してくれたら別にそれで」
「ごちゃごちゃ面倒くせえんだよ。お前らかかってこい。一人目にかかってきたやつだけは絶対殺す。三回殺す。できるだけ苦しませて死なすぞ」
「囲んでんだぞこっちは!」
「もっとビビれ!」
「バカ勝ちしてせっかく気分よくやってんだ。それから宝のことを言え。さもないとお前らを殺す」
宝、宝って、そんなんあったら俺だって欲しいわ。こいつら、何を狙ってんだ?
「来ないんならこっちから……おおっ!?」
「逃げるよ」
体が宙に浮いている。ティピータが俺の袖を引っ張り、中空を蹴るようにして跳んだ。覆面どもを置き去りにする形で。ついでにウォルターも置き去りにしているんだけど。
「だああああおおおぃい! おいてくんじゃねえ!」
どうにか撒いたようだ。
俺たちは町の外に出て、暗がりの中で安堵の息を吐く。ウォルターもボロボロだったが何とか無事だった。人心地ついて、俺はティピータを強く見据えた。
「……なんか知ってるな。宝って何のことだ」
ティピータはおどおどとしていたが、うつむいて黙り込んでしまう。
「おい、逆さ女。お前が喋んなくても俺には分かるぞ。あの時の宝だよな? どこにやった」
「あの時?」
俺が聞くと、ウォルターは残り少なくなった髪の毛をかき、ため息をついた。
「この町にいる冒険者はな、《金路》でたまに見つかる聖遺物や金塊が目当てなんだ。昔ほどじゃねえが、たまにでかいのが見つかるんだよ。俺たちはあのくそ魚がいた下層でお宝を見つけたが、そこの逆さ女やデールたちと取り合う羽目になった」
「マジか……あ、そういや、最後に宝を持ってたのは女とか言ってたけど」
「ああ、そいつのことだ。俺たちを出し抜いてな。そっから、てっきり宝はこいつが持ってるもんだと思ってたんだが、そうじゃないらしい」
ティピータは忌々しそうにウォルターに一瞥くれた。
「ボスに取られた」
「何ぃ」
「食べられた」
ボスって、あのナマズか。確かに土でも壁でもなんでもパクついてやがったからな。
下層にあった宝は、ボスの体の中、か。
「だめだこりゃ、おしまいだ。せっかく見つけたってのによう。あんなデカブツからどうやって取り戻せってんだ」
「いいや、話は何にも変わってねえぞ」
ウォルターとティピータが同時に俺を見た。
「お前らの信仰心をよこせ。要はボスを倒せばいいんだ。試練さえ突破できれば信仰心も手に入るし、ボスの死体を漁って宝を取り戻せばいい。俺が神でもなんでも呼んでやるからよ」
「神さまだぁ? ケイジ、お前ふざけてんのか?」
「ふざけてねえし、ほかになんか方法があんのかよ」
ティピータはじっと俺を見つめていたが、こくりと頷いた。
「ケイジの言ってた必殺技?」
そうだ。それしかない。
「やるぞ」
立ち上がり、ダンジョン目指して歩き出す。
「お、おい。今からやるのか?」
「当ったり前だろ」
さっきの覆面ども、ありゃあデールの手下の可能性が高い。ついにダンジョンの外でも実力行使に出てきたってわけだ。まごまごしてると本当に殺されかねんし、今はあいつらだってダンジョンにはいないだろう。攻略するなら邪魔の入らない今しかねえ。
「それに俺たちは勝ってんだ。ツキがある! 完全に流れが来てる! 今ならやれるし今しかやれねえぞ!」
「目がキマってる……」
「ぎぇはははははっ、俺を舐めやがってちくしょう、俺は勇者だー!」
ダンジョンに突入だ!
とはいえ、さすがにダンジョンを歩いていると熱は冷めてくる。勝てるとか言ったが、あれも全くの適当をこいたわけではない。勝算はある。まず《金路》の魔物はガーデンのより与しやすい。ティピータのスキルを使えば穴を通ることでボスフロアまで最短ルートを突っ走れるしな。
不安なのは火力。しかし神の力をもってすればどうにかなるはずだ。
問題なのはコスト。信仰心を稼いでいる時間はない。俺の報酬石はまだ虹色ではない。神を顕現させるには足りないだろう。だが、俺一人では無理でも三人ならどうだ。
「なるだけ雑魚を始末しながら進もう」
ぎりぎりまで信仰心を稼ぎたい。
ただ、俺以外の二人は死の神の信徒ではない。蘇生できるほどの信仰心を用意できるかは分かんないし、二人同時に死なれるとまずい。慎重に行かなきゃな。
◎〇▲☆△△△
ティピータは、さっきまで目がキマりまくっていたケイジを一瞥し、目をそらした。彼についてはよく分からない。腕はいいが性格はアレだ。酒好きでたばこもスパスパ吸うし、ギャンブルに脳みそが焼かれているし、ウォルターに負けず劣らず口が悪い。けれど決して怖くはない。
先を見た。魔物の姿はない。ひとまず安全なルートだと言える。戻って報告し、パーティは先に進む。
(人といるのは久しぶり)
誰かとともに行動するのはいつ以来だろう。
殴られてパーティから追い出された時か。
散々罵られて逃げるように去った時か。
覚えていない。あまり思い出したくもない。
思えば、自分が混血だと気づいてからそうだったかもしれない。ずっと一人だった。
親の顔は知らない。自分は孤児院の前に捨てられていたそうだ。育ててくれたみんなは言う。あなたのお母さんは遠いお国にいるからねと。でも知っている。本当は私を産み落とした傍で息絶えていたのだと。
スキルを発現したから勇者の血を引いているのは分かった。だけどどんな勇者なのかも知らない。
家族も友達もいない。逆さになって歩く自分と同じ立ち位置のものはいなかった。どうやら協調性とやらが欠けているらしい。空気を読む才能もないらしい。
特に夢もない。希望もない。将来どころか明日明後日さえよく分からない。薄ぼんやりとその日を過ごすだけ。
けれどたった一つ、輝いて見えるものがある。それは金だ。欲しいものがあるわけじゃない。金を得るというのは一つの成果だ。自分が何か成し遂げたからこそ得られる対価。こんな宙ぶらりんで空っぽな自分が、地に足がついたかのような感覚を得られるものが金だ。
冒険者というのは打ってつけだった。自分にはスキルがある。学はいらない。高貴な血もいらない。どんなものであれ迷宮の中では平等だ。ここに決められたルールはなく、己が命を張るだけだ。
私が最初に見つけたのだ。だから宝は私のものだ。
私が道を見つけたのだ。お前らは歩き方すらなっちゃいない。
ここは学校じゃない。町中じゃない。奪うのがどうしていけない。どうして分けなければいけない。欲の皮を突っ張らせて何が悪い。
しかしティピータは知っている。
自分が異質であることを。
この世の人は支えて、支えられて。寄って寄られて生きている。斥候専門の自分より、魔物と張り合えるものの方が重宝される。満足に地図を読み解けないものでさえ、魔物を殺せば褒められる。最前線で戦うものこそ冒険者の鑑なのだと。
(違う。本当に一番前で戦っているのは私なのに)
火力役より盾役より、未知なる領域へと最初に足を踏み入れるのはこの私なのだ。
私がいなければ、おっかなびっくり暗がりを歩く衆愚よ。
(……この人は、どうして)
カシワギ・ケイジ。
ヨドゥンから来た冒険者。笑いながら迷宮人を狩り、トカゲを捌く男。彼は《金路》に来たばかりだ。何も知らない。
(なのにどうして、こんなにも堂々と歩いているのだろう)
どうしてまだ、自分と一緒にいるのだろう。
◎〇▲☆△△△
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