第30話
俺たちはボスのいるであろう下層を目指していたが、アホバカウォルターのせいでデールという冒険者に狙われていた。
そこでティピータが一計を案じた。穴である。ダンジョン内にポコポコ空いている穴だ。なぜかウォルターがハマって落ちてしまう例の穴から下層を目指そうというのだ。自殺行為かな? しかし、ここで
「私の力は物を軽くしたり、重くする」
えへん、と、ダンジョンの天井に足をつけて逆さになったティピータが胸を張っていた。だらんと垂れ下がった彼女の金髪が俺の髪をぺちぺち叩く。
「その力は俺たちにも効くのか?」
「効く」
うーん。怪しい。だいたい本当にそのスキルって、その効果で合ってるのか? 恐らく重力を操作する類いなんだと思うけど。
「じゃあ、とりあえずウォルターで実験してみるか」
「おい。実験ってなんだ。どうせならその辺の魔物で試してみたらいいじゃねえか」
「やれ」
「分かった」
「だああああァァァァァァあああああ」
実験の成果としては、とりあえず効果ありということが判明した。
そしてかくかくしかじか。どうにかこうにかという感じで俺たちは下層にやってきた。
が。
「なんだ。あのでかいやつは」
ダンジョンの通路を
そいつは通路いっぱいに体をぶつけながら、すいすいと進んでいる。魚か。魚かあ。なんで?
俺たちは巨大ナマズからは見えないような物陰に潜んでいた。
「どう見てもナマズにしか見えんが」
「そうだな」とウォルターは何でもなさそうに言う。
「あいつが《金路》の道を変えているモンスターだ」
「ボス、なのか?」
たぶんな、と、ウォルターは気だるそうに言った。
「なんでナマズなんだ」
「神さまに聞いてくれ」
そりゃそうか。ディアップルの眷属なんだろうけど、なんで土の中にナマズがいるんだ? うわー、気になる。気になり過ぎて朝も起きられなくなる。
「で。ケイジ。あいつを倒すのか」
問われ、俺は考える。
かなりきついな。相手がデカ過ぎる。白狼には落とし穴がハマったし、毒も効いた。ただ、あれは知ってるし、慣れてるからだ。俺はあの
「《金路》の試練をクリアしたやつはいないのか?」
「どうだかな。デールやほかの冒険者にだって無理だと思うぜ。それこそ異世界の勇者でもない限りはな」
情報はほとんどなしか。
俺のチンケな秘蹟じゃ足止めするのも無理筋だろう。天井を崩落させるのも手だが、それでダンジョンに影響を与えて帰れなくなるのもやばい。第一、俺たちじゃ火力が足りてなさそうだよな。白狼戦では俺より強いであろうサム船長やイップウ師範もいたからな。ここじゃアタッカーは俺しかいないときてる。倒しきれるか?
ここまで来て帰れるか。手はある。可能性はゼロじゃない。
「手持ちの信仰心じゃきついな」
俺の報酬石は少し黄ばみかかった光を放っている。虹色の二歩手前みたいな状態だ。これじゃあだめだ。足りない。
「信仰心がありゃあ、あいつを倒せるのか」
「分かんねえけど、それで無理なら絶対無理だと思う」
「おお。必殺技?」
ティピータが楽しそうだ。
「いったん戻ろう。浅いところで信仰心を稼ぐしかない」
「なんだか分かんねえが、それしかなさそうだな」
よっこいしょとウォルターが立ち上がった。その時、彼は大きめの石を踏んづけてしまい、でかい声で叫びながら後ろに転がった。大鯰の動きが止まり、長い口ひげが触手のように伸びてくる。
「避けろっ」
ウォルターがその場にしゃがみ込む。ナマズの口ひげは、今度は俺の方を向いた。今のは、声に反応したのか? この口ひげで獲物を探してやがるのか? くそ。とにかくおっさんを助けねえと。そう思って立ち上がりかけたが、ティピータが服の裾を引っ張って止めた。
「なんだよ」
ティピータはふるふると首を振る。
「見捨てないとこっちまで死ぬよ」
「……先に上に逃げてろ」
俺は駆けた。その足音に、モンスターの口ひげが反応しているのが見えた。やっぱり音か。
「立て!」
ウォルターに手を貸し、彼の背中を押す。
「上だ、早く早くっ」
「ちくしょう、ちくしょう、どうなってんだちくしょう」
「喋んな! 音に反応してやがる!」
ばたばた走るウォルター。俺は口ひげを手で払う。その瞬間、向こうから地響きが轟いてきた。追っかけてきやがった……! 大鯰は俺たちに向かって通路を粉砕しながら突き進んでくる。しかも、食ってやがる。土の壁をものともせずバクバクと。そうか。そうやってこのダンジョンの地形を変えてきたってわけだな。
このままじゃ捕まる。食われるぞ。
俺はディアップルの秘蹟を使い、土くれを後ろに召喚する。壁代わりだ。それだけじゃ足りないだろうから、その辺の土を秘蹟で集め、土嚢のように積み上げる。ああ、くそ、信仰力が減っていく!
走る走る。上層目指して走るしかない。後ろからは、俺の作った壁や土嚢が押しつぶされる音がする。振り返るのは怖すぎてできなかった。やべえ、追いつかれるか?
「こっちだ」と体を引きずり込まれる。
ウォルターが、俺を狭い横穴に引っ張り込んだのだ。穴というか、壁に空いた裂け目のような空間だ。入ったからにはもう出られない。あとはもう、息を殺してモンスターが立ち去るのを待つしかない。俺たちは穴から通路を見る。両手で口を覆った。心臓の鼓動すら聞こえちまうんじゃないかと錯覚する。
「…………!」
ナマズのぬらりとした体が見えた。それが俺たちを通り過ぎていく。が、止まった。大きな動きでモンスターは向きを変えている。下層の通路がまたその姿を変えているのが分かった。
やがて。
目だ。
ナマズの目が裂け目を覗き込んでいた。
感情の読み取れない目が、じっとこちらを……。
「行ったか」
「みたいだな」
どうやら大鯰は去ってくれたらしい。気づかれずにすんだのか。マジでよかった。助かった。
俺たちは這う這うの体で穴から出ると、音を立てないように移動して、やっとの思いで地上に辿り着いた。ダンジョンの出入り口付近、神像の近くにティピータがいた。彼女は俺たちを認めるや笑いかけようとしたが、ふっと顔をそらしてしまう。
「謝らないから」
「何が」
「謝らないよ」
ティピータはなんだかぷりぷり怒りながら先に歩いていく。……まあ、そうか。あいつは俺に警告してくれてたんだよな。普通ならウォルターを見捨ててたし、いつもの俺だったらそうしてた。けど、できなかった。ガーデンを離れた俺の脳裏。そこには常に最強の冒険者の姿がある。あの背中。今も焼きついて離れない。自暴自棄になっていた俺を救ったあいつならウォルターを助けただろうと思っただけだ。気づいたら体が勝手に動いてただけだ。
信仰心を稼ぐのはいいが、今日はもう無理だ。疲れた。それに、あのくそナマズから逃げるために秘蹟を使いまくったからな。虹色の光まではまだまだ遠い。ここは気分を変えるか。
酒場で飯を食い終わるも、酒精だけでは気が晴れない。
「よう、賭場とかないのか、ニギアには」
「なにぃ」とウォルターが眉根を寄せる。
ないのか。
「あるに決まってんだろ。ついてこいよ」
「おお、マジか。よっしゃ。ティピータも来るか?」
「賭場って、ギャンブル?」
ティピータは不満げな顔をする。
「どうせ負けちゃうよ。お金がもったいない」
「いいや勝つね」
俺は断言した。根拠のない自信ほど強いものはない。
「知らないよ、すってんてんになっても」
はっはっは。望むところだ。無一文には慣れてる。
どこの賭場もそれなりに活気がある。それはニギアだって変わらない。地下特有の薄暗い空気がたまらなく、いい。
ただ、俺たちの姿を見かけた客はどこか白けた目になっていた。原因は何となくわかっている。この世で最もツキのない男ことウォルターのせいだろうな。客はシラケているがディーラー側は嬉しそうだ。最高のカモなんだろうな。カモどころかネギと鍋とカセットコンロまで持ってきてどうぞ食ってくれと言わんばかりだもんなあ。
「なんかおすすめある?」
「特にねえよ。どれも勝ったことないからな」
「ああ、そう……」
どうやら、ここの賭場はヨドゥンとは違うな。ちょっとばかりお上品だ。ヨドゥンなんかはマジの鉄火場だが、ここはカジノっぽい雰囲気である。いくつかのテーブルゲームが用意されていて、客とカジノがチップを取り合っている感じか。
ゆっくりとテーブルを見て回っていると入り口付近からざわめきが聞こえてくる。そちらに目を向けると、髪を撫でつけた伊達男がやってきた。言わずもがなのデールくんである。貴族お抱えの冒険者だ。そして俺たち。というかウォルターを敵視しているやつでもある。彼はお供を連れて我が物顔で練り歩いていた。
「おや」
デールと俺の目が合った。別に逃げる必要はない。よう、と、軽く手を上げてやった。
「まだそいつらと組んでたのかよ、新人くん」
デールの口角がつり上がる。
「いい加減教えてやる。そこの小汚いおっさんはな、不運ばっかのろくでなしだよ。疫病神のウォルターだ」
そうだな。嫌というほど知ってるよ。
「そこの女。そこでアホみたいに逆さになってる女だって本当ならパーティなんか組めやしないんだよ。金目のものならなんだって独り占めしちまうし、光ってるものしか見えねえ三流のスカウトだ。いいや、スカウトでもないな。そいつはコソ泥だよ。この町の連中は誰も組みたがらねえ。どんなパーティからも追い出されちまう」
まあ、だろうな。
「こんなところにまで来て言いがかりか、デール。暇だったら存分に賭けていきなよ。見といてやるから」
「黙れ疫病神」
ウォルターとデールが睨み合う。ティピータは俺の背中に回って隠れていたが、俺より背が高いので全然隠れられていなかった。
「いつまで俺たちを付け回してんだ、ああ? あぁ、そうか。お前、男のケツを追っかけんのが好きなのか。はは、なるほどな。てめえ子爵様にも毎晩尻を振ってんだろ?」
「いい加減にしとけよ、ジジイ。てめえどういう立場なのか分かってんのか?」
「分からねえな。教えてくれよ。なあー」
面倒くさいことが始まりそうだな。というかウォルターめ。あれだけデールに構うなとか言ってたくせに、酒が入ってるからか妙に強気じゃねえか。追い出される前にゲームでもやっとくか。
俺はルーレットっぽいゲームを選んだ。ディーラーが投げた球がどの目に入るか予想するだけの簡単なものだ。ばっちりどこに入るのか当てれば配当はでかいが、赤か黒か。偶数か奇数かを当てるだけでもいい。……なるほど、その場合の配当は二倍か。
「ウォルター。赤と黒、どっちが好きだ」
「あァ?」
口げんか中のウォルターは苛立ちながら答えた。
「赤だ! 真っ赤な血の色をした赤だ!」
「そうか」
俺は黒に賭けた。回転する球は、黒の目に止まった。まず一勝。隣にいるティピータが飛び上がりそうな勢いで喜んでいる。
「ウォルター、赤と黒、どっちが好きだ」
既にデールの部下との掴み合いになっているウォルターは、
「赤だ! こいつらの返り血で真っ赤に染まる赤だ!」
そう叫ぶ。
「そうか」
俺はまた黒に賭けた。回転する球はまた黒の目に止まった。
「ウォルター」
「黒だ!! こいつらの鼻血がどす黒く固まってきてらあ!」
今度は赤に。また当たった。これで三勝。
ティピータは天井に足をつけて歌いだす勢いだった。
「ウォルター!」
「うるせえええええううおおおおっ」
「早く答えろって!」
「ちきしょう赤、赤にしろ! ケイジお前っ、勝手に賭けてんじゃねえ!」
黒に賭けた。また勝ち。
やはりな。やっぱり。こいつはすげえ。痺れるぜウォルター、あんた持ってなさすぎだろ。二択のギャンブルだと鬼のような強さだ。こいつの逆に張れば張るほど金が入る。なんという楽勝なシステムなんだ。しかし勝ちすぎている気がする。ちょっと賭場側の人間がひそひそ話してるし。けど俺も熱くなってきたな。何せ久しぶりのギャンブルだ。ヨドゥンじゃ出禁食らってるし……おお。結構ドキドキしてきたぞ。大量のチップをじゃらじゃら触る感覚はたまらねえな。射精直前のチ〇チ〇を弄っているような恍惚感に浸れる。
イキまくりたいが払い戻しを渋られんのも嫌だからな。よし。これで最後だ。
「ウォルター! ティピータ! どっちだ! どっちに賭ける!」
「お前も手伝えっ、いでっ、だああああああああこのおおおお」
「お客さん困りますって! おいもうつまみ出せ!」
「でああああああっ、赤! 赤……いや黒だ!」
「黒。黒にしよう、ケイジ」
決まりだ。俺はお前らを信じてる。
「オールインだ!」
お前らの持ってなさを信じてる。
俺たちはまた酒場にいた。バカ勝ちした後の酒は死ぬほどうめえ。
「どうした飲めよ。おごりだからよ」
ウォルターは頭から血を流していた。
「……うるさい」
ティピータはむくれていた。
「黒にしようって言ったのに。信じてなかった」
「逆だって信じてたから赤に賭けたんだよ。俺はお前らを信じてるんだからな。な。勝ったんだからいいじゃねえか」
ぎゃっはっは!
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