第29話



 何とか下へ降りる道を発見できた。注意しながら進み、二層目のフロアに足をつけると、

「遅い」

「うひいいいいいい」

 逆さ女が現れた。

 驚いた。腰が抜けそうでおしっこちびりそう。

「大丈夫? 腰が抜けてるけど」

 ぬ、抜けてない。

 俺は生まれたてのサラブレッドのように足を震わせながら、壁に手をついて立ち上がった。

「死んでるかと思ったよ」

「死にそうなのはウォルター」

「え。やっぱり?」

「ついてきて」

 逆さまだったティピータは普通に地面に足をつけて歩き出す。俺はその後をついていく。

「なあ。それって何かの秘蹟か?」

「違う」とティピータは短く言う。

「これは能力。私は混血ハイブリッドだから」

 ハイブリッド? どっかで聞いたことあるな。

「勇者の血を引いてる、こっちの世界の人のことだっけ」

 そう。ティピータはこっちを見ないまま答えた。

 なるほどな。勇者の子孫はスキルを使えるって聞くし。けれど、ティピータは貴族や王族でもなさそうだ。一人で冒険者をやってるってことは、市井に落ちたどこぞの勇者の種からってことなんだろう。


「だあぁぁぁあああああああ」


 歩いているうち、聞き覚えのある声が……。

「まだ生きてたか」

 広間のような空間でウォルターが妙なトカゲどもに追い回されていた。なぜか装備のほとんどを失った彼はランニングシャツ一枚である。ついさっきまでマントとか、色々つけてたはずなのになあ。

「助ける?」

 なぜかここへ連れてきたティピータに聞かれる。そのつもりじゃなかったのか?

「見捨てて先へ進むのも手。今ならモンスターの注意を引いてくれてるし」

「うーん。ありっちゃありだな」

 けどまあ、見殺しにするのも気が引けるし、ここで助けて恩を売っとくのも悪くないな。

 俺は広間に躍り出て、腰のものを抜いた。まあまあいい値段の剣である。テラスとお揃いの装備品だ。今となっては思い出の品だな(回想シーン)。

「おっさん! 俺に任せとけ! でやああああ」

 俺は剣を振るった! 折れた! なんで!?

「思い出が!」

「でやあっはっはっは! ひーっ、馬鹿かお前っ。鎧トカゲに真っ向から挑むやつがどこにいんだよ!」

 よ、鎧?

 よく見ると、俺が狙っていたモンスターはカメのような甲羅を背負っていた。

「やっぱり素人じゃねえか、ちくしょう助けが来たと思ったのによう。もうだめだおしまいだあああ」

 クソが。

 ここは地の神ディアップルの支配地域だったな。

 俺は鎧トカゲとやらの真下に向けて秘蹟を発動させた。ディアップルの秘蹟はここじゃあ威力が増すはずだ。土の槍めいたものがにょきにょき生えると、モンスターの柔らかな部分を食い破り、甲羅まで貫いて串刺し公よろしく磔にしてやった。続いて、迫ってくるやつらにも同じように秘蹟を使う。

「なんだ。秘蹟は使えるのか」

 ウォルターは尻もちをついていた。

「信仰心がもったいねえから嫌なんだよ」

 俺はその辺に落ちているツルハシを拾い上げた。

「さっきも落ちてたけど、なんでこんなんがあるんだ?」

「知らねえのか。ここのダンジョンマンはそういうのを装備してやがるんだよ」

 そうかい。

 俺はツルハシでトカゲどもを駆逐して回る。俺の信仰心の糧になりやがれ。ボコボコ殴っていると、いつの間にか姿を消していたティピータが逆さになってあっちを指さす。

「ダンジョンマンの群れが来る」

「ちきしょうツイてねえぜ」

 嘆くウォルター。何言ってやがる。ボーナスタイムじゃねえか。

 広間の真ん中で待っていると、ヘルメットをかぶり、ツルハシを持った小鬼や中鬼どもがわらわらとやってきた。ここで作業していた連中のものを奪ったのだろうか。

「いい狩場じゃねえか」

 俺は地面を蹴って前へ。小鬼どももそれに応じる。ツルハシで一閃。こめかみに突き刺さって鈍い音をまき散らすモンスター。次だ、次。どんどん来い。



 最後の一匹は広間の隅でがたがたと震えていた。ヘルメットごと頭にツルハシを叩き込んでやると動かなくなった。終わったか。数こそ多いが所詮は鬼ども。ガーデンのやつらよりも歯ごたえなかったな。

 そんなことより、戦力外二人の方が気になっていた。ティピータはともかくウォルターも逃げ回っていただけだ。

「ベテランなんだろ、あんた」

「戦いは苦手なんだよ、俺は」

「だったら何ができるんだよ」

「ちょっと慌てただけだ。俺だって秘蹟は使える。けど信仰心がもったいねえんだ」

 どっかで聞いたようなことを。

 まあ、いい。俺はトカゲの解体を試みた。戦闘が終わったら腹が減ってきたのだ。

「おい、何やってんだお前」

「食うんだよ」

 ティピータが白い目で俺を見ている。なんでだよ。荷物はウォルターに持たせてたけど、穴に落っこちたときにばら撒いたのか、今は完全に手ぶらだしな。

「なんか燃えそうなもん集めてくれよ。火ぃ起こすから」

 仕方ねえなとウォルターが腰を上げる。頼むよ、ほんと。


 火を囲み、焼いた肉を頬張ると気分も多少はマシになっていた。

「食わねえの?」

「遠慮しとくよ。歳だからな」

「私も」

 そうかい。

 ぱちぱちという火の粉がはじける音。俺はそれを聞きながら肉を貪った。案外いけるじゃねえか。筋張ってて固いところはあるけど。

「お前……ガーデンで鳴らしてるってのは本当みたいだな」

「まだ信じられねえか」

「いいや。モンスターどもの死体の山を見れば嫌でも信じるさ。誰だってな」

「強い」

 そりゃどうも。

「だが、なんだって《金路》に来たんだ。言っちゃなんだが《庭園》の方が稼げるんじゃねえのか」

「たぶんな。けど、俺の狙いは試練なんだよ。そろそろ出るって聞いたし、遠征がてらにな」

「マジでボス狙いだったのか。……やっぱり金か。若いのに生き急いでんだな」

 色々事情があるんだよ。

「ウォルター。あんたも金か?」

「あァ」と、ウォルターはうなだれる。

「俺ぁ稼げれば何でもいいんだ。娘が神学校に通ってる。俺には全然似てなくてな。出来のいい子だ。よく育ってくれてる」

 へえ、神学校って言えば王立のか。あそこって貴族の子とか、教会の関係者でもないと入れないかと思ってたけど。

「学費のため?」

 ティピータが聞くと、ウォルターは小さく頷いた。

「女房には愛想尽かされてな。娘とは月に一度も会えねえ。俺にできるのは金を送ることだけだ」

「ふーん。私もお金。好きだから」

「……何か欲しいものでもあるのか?」

「ううん。お金が好きなの。増えていくのが、いい」

 そ、そうか。貯金が趣味みたいなもんなんかな。

「宝も好き。キラキラしてて、なんだか夢みたいだから」

「夢ねえ」

 いい言葉だな。金は夢か。いい。確かに。山ほどあれば欲しいもんは何だって手に入る。この世界は結構わかりやすくて好きだ。

 なんだ。俺たち三人とも、やっぱり金が欲しいんじゃねえか。変にいがみ合うより協力したってよさそうだ。

「ボスの場所は分かるか?」

「ああ、下層だ。行ったこともある。そこの逆さ女もな」

「そうなのか?」

「うん。行ったことある。そこのハゲもね」

「ハゲてねえ。髪の毛あるだろ」

「見えない」

「まだ残ってるだろ!」

「見えない」

 仲がよさそうで結構なことだ。



 それから俺たち三人は本格的にパーティを組み、《金路》の攻略に励んだ。

 前衛は俺。というかモンスターの相手は全て俺。

 ティピータは斥候で安全なルートを探してもらう。

 ウォルターは俺の補助的なもんと、やはり道を覚えているのは彼だけなので歩く地図みたいなもんだ。


「だああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああぁあああ」


 たまに穴とかに落ちるけど。

 というかこのおっさんの不運さは何かの呪いではないかと思う時がある。歩けば落ちるし、こけるし、モンスターにもすぐ見つかるし、物を持たせれば落とすし。……ただのボケ老人かな? しかし見捨てるわけにはいかない。このダンジョン、思ってたより厄介だ。定期的にモンスターが道を変えてしまうらしく、他の冒険者も結構苦労している。下に行くにつれて魔物の数も増えていくし。

 しかもだ。

 俺たちは……というかウォルターは厄介なやつに目をつけられていた。デールという、髪をオールバックにしている男だ。彼はならず者じみた連中を率いて冒険者をやっているのだが、どういうわけか俺たちの妨害に精を出しているらしかった。ギルドではなかなか順番を回してくれないし、こないだは俺の泊まってる宿屋に押しかけてきてたし、ダンジョン内では下層へ続く道を封鎖したり。

「だめ。今日も先回りされてる」

 ティピータが悲しそうな目で訴えた。

「くそう。もう殺すか」

 剣を抜くと、ウォルターがおいおいと止めてくる。

 俺たちはこっそりとその場を離れて対策を練らんと話を始めた。

「もう殺そうぜ」

「やめとけ。あいつに手を出すとお貴族様が黙ってないぞ」

 貴族?

「オーウェン子爵だ。ニギアの町も子爵の管轄下にある。あの野郎はそこのお抱え冒険者でな。信仰心を稼いで献上してるんだよ」

「子爵って偉いのか?」

「当たり前だ。俺たちより偉いに決まってんだろ」

 貴族の階級ってよく分かんないんだよな。

 というか、お抱え冒険者がいるのか。

「なんでまた貴族が信仰心を稼ぐんだよ」

「そりゃあこの国が教会に頼ってるからだろ。信仰心は忠誠心みたいなもんだからな。だが、貴族はダンジョンに潜る暇なんてないし、そんなことしたくないだろうからな」

 それで代わりに稼いでくれるやつを雇ってんのか。

「よう分からんな」

「信仰心は金に換えられるが、金は信仰心に換えられねえからな」

 あー、なるほど。そういうことね(理解放棄)。

 ともかく、あのいけすかねえデールってやつのバックにはオーウェン子爵ってのがついてるわけか。

「でもさ。ダンジョンの中なら何をやったってバレねえだろ」

「お前はどうしてそう血の気が多いんだ……あのなケイジ。お前が強いのは分かってるけどよ、あいつだってなかなかのもんなんだぜ。じゃないと貴族のお抱えにはなれねえよ」

 人数も向こうの方が多いしなあ。ムカつくけど切った張ったは俺だって好きじゃない。

「そもそも、なんであいつらに目をつけられてんだよ」

 よくよく考えたらこの状況ってウォルターのせいなんだよな。

「えぇ? なんでって、いや、知らねえな」

 明らかに狼狽えているハゲ(かけ)たおっさん。

 問い詰めてみると、彼らの仕事を邪魔したことがあるらしい。それも三度も。

「たまたまなんだよ。ダンジョン歩いてたらなんでか壁が崩れてよ。その先にあいつらがいたんだ。誰かを縛り上げてて拷問でもしそうな雰囲気でよ」

「はあ。それで」

「気づいたら俺を含めて、みんなモンスターに追い回されてた」

「ほかには?」

「まあ、だいたい最後はそうなるな。モンスターに追っかけられるんだよ。なぜか」

 疫病神と呼ばれていた理由が分かった気がする。

「それで誰にもパーティ組んでもらえないのか」

「まあ、そうなるな」

 ウォルターと一緒にいると厄介ごとに巻き込まれてしまうってわけか。……そうか。

「おぉい、俺を切るな! 切ろうとすんじゃねえよ!」

「そんなこと考えてないって。なあティピータ」

 ティピータは咄嗟に目をそらした。

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