第28話



 使えねえ地図に振り回された次の日の朝。ギルドに行くと気の弱そうな受付嬢がいたので早速いちゃもんをつけてみた。

「おいおいどうなってんだお姉ちゃんよォ! 見てくれよこの地図、そしてこの俺の無残な姿をよぉ! 昨日は晩御飯食べられなくて水しか飲んでねえんだぞ」

「…………はあ」

 うっ、反応が薄い。

「いや、この地図はここで支給されたもんなんだけど。地図見ろって。めちゃくちゃだぞこれ。責任とかどうなってんの?」

 受付嬢はぼうっとした表情で眠たそうに目をこすっている。

「この地図不良品だぞ!」

「…………はあ。でも、これが最新版なんですけど」

「これが? 最新って……いつ更新された地図なんだよ」

「何年か前じゃないですかね」

 なんでそんな他人事なの?

「…………《金路》って、大きなモンスターが出てくるんですよ」

 はあ、それで。

 続きを待っていると受付嬢は健やかな寝息を立て始めた。俺はカウンターをバンバン叩く。

「…………あ。何か?」

「でかいモンスターが出てくるから何なんだよ」

「ええ……? えーと……ああ、そう。だから、中の通路も変わっちゃうんです。だから意味ないなって」

「地図を更新する意味がないと?」

 はい。受付嬢は頷いた。

 嘘だろ。逆に需要ありありだろ。

 というか地形を変えちゃうくらいのモンスターが出てくるのか? 結構やばそうだな、ここ。

「ここの冒険者はどうやって探索してるんだよ」

「…………慣れ?」

 適当なこと言うな! 職場で新人君の教育係を任せたくないやつナンバーワンだぞこいつ。『ここどうやるんですか』。『センスかな。あと慣れ』。もはやセンスないやつの発言だからな。

 しかし俺もガーデンに潜る時は地図なんか持ってない。もう何回も行ってるから体が覚えちまっている。しかしだ。今の俺には時間がない。慣れるまで悠長に攻略している暇はないのだ。

「何とかしてくれよ」

「えー。こっちのせりふなんですけど……あっ。……じゃあ、パーティを斡旋します。ベテランさんを押しつ……紹介しますから。安心してください」

 パーティか。クッソ気乗りしないんだけどなあ。けどまあベテランを紹介してくれるんならしゃあないか。郷に入っては郷に従えである。



 ギルド内にある待合室のようなスペースに通されてボケーッとしていると、受付嬢が髪の毛の薄いおっさんを連れて戻ってきた。

「…………えーと。ベテランさんです。おひとりで活動していらっしゃるので声をかけてみました。あと、それからもう一人いますので」

 では。そう言って受付嬢は去っていく。どうしろと? おっさんと二人きりになる俺。

 おっさんも居心地が悪そうにしていたが、その辺の椅子に座って俺をじろりとねめつけてきた。

「あー。で、あのー。パーティ組んでくれるんすかね」

 ハゲかけのおっさんは嫌そうな顔を浮かべた。

「しようもないアホの子守りじゃなければ喜んで引き受けてやったよ」

 うわーめっちゃ嫌な言い方。

「で。なんだ。お前こそなんだ? この町に来たばっかりの素人か?」

「ヨドゥンからっす。ガーデンで冒険者やってます。あ。試練も結構クリアしてますよ」

「はっ。お前が? 寝言は寝てから言うもんだぞ。お前みたいないかにも素人ってガキがあのガーデンを? しかもボスを? おぉい受付の姉ちゃん、こいつ昼から飲んだくれてるぞぉ」

 よくもまあスラスラと嫌味なことを。

「そっちこそベテランらしいけど、《金路》には詳しいのかよ」

「俺ぁもうずっとあそこに潜ってる。地図なんかいらねえ」

 本当ならかなり頼もしいな。経験豊富な冒険者の存在は得難いものである。ベテランと呼ばれるほどに経験を積めるやつは少ない。だいたい死んじまうからだ。しかも先にどこかのパーティに入っている場合がほとんどである。

 ただし俺はこのおっさんとは組みたくねえ。ムカつくし、ベテランなのにソロでやってるってのはどこか人格に問題があるからだろう。というか口が悪いのでパーティに入っても八秒くらいで不和を生みかねん。

「ああ、そうすか。で、そんなベテランがどうしてまたパーティの斡旋なんかを?」

 今さら仲良しこよしで冒険をやりたいって風には見えないが。

 ハゲかけのおっさんは言いにくそうにしていたが、どうでもいいやとばかりに苦笑した。

「面倒なやつらに絡まれてる。ダンジョンの外じゃあ迂闊に手は出せないだろうが、中に入れば何が起こっても不思議じゃないからな」

「やっぱり嫌われてるのか」

「やっぱりとはなんだ。会ったばかりのお前に何が分かるってんだ」

 会ったばかりだけどあんたの口の悪さは分かった。

「だったら子守りだろうがしようがねえじゃんかよ。いや、別に組みたくないけどな俺も」

「クソガキが生意気言いやがって!」


「ね。組むの組まないの? どっち?」


 ぬっ、と、女の顔が俺たちの前にぶら下がる・・・・・

 何事かと椅子から立ち上がってみれば、天井に足をつけた、逆さまになった金髪の少女が笑っている。

「おお? なんかの能力か?」

「てめえ」とハゲがいきり立っていた。

「あの時の! なんでお前までここにいやがるんだ!」

 一方的にキレられている少女は逆さになったままでへらへら笑っていた。

「誰?」

「しゃあしゃあとぬかしやがる。親の顔が見てみたいぜ」

「私も見てみたい」

「だあああああああ舐めやがって!」

 椅子を持ち上げるおっさん。おい、こんなところで暴れんなよ。

「やめとけって」

「てめえはすっこんでろ!」

 何だとこいつ!

 掴み合いの取っ組み合いだ。お互いの顔を至近距離で殴り合っていると、受付嬢が来て、出て行けと言われた。



 少し頭が冷えてきた。

 ギルドの外のベンチに座っていると、さっきまで逆さだった少女が近寄ってくる。背は高い。全体的にすらりとしている。黒ずくめの格好だから余計にそう見える。

「組むの?」

「そっちもパーティを探してた感じ?」

「うん。別にどっちでもいいんだけど。モンスターの相手をしてくれるなら助かる」

「あんまり戦闘は得意じゃないのか」

 少女は少しむっとしていたが、そうだと頷いた。

「専門は斥候スカウトだから」

 なるほど。確かに身軽そうだ。スカウトには向いているな。

 この子とは組めそうだな。逆さまなのは驚いたが、割かし素直そうだし。

「よろしく。俺はカシワギ・ケイジ。ヨドゥンで冒険者をやってるんだ」

「うん。私はティピータ。短い間だけど」

「ケッ。女の尻を追いかけまわすのが趣味か」

 問題はこっちのおっさんだな。

「あんたも尻を追っかけるか?」

「冗談だろ」

 じゃあいいや。

 俺とティピータはおっさんに背を向けて歩き出す。

「だあああおいおい待てよ。待てって。さっきは悪かった」

「おっ。泣いて謝ったら組んでやらんでもないぞ」

「ふざけんな。お前らみたいなアホだけじゃかわいそうだから組んでやるんだよ」

 ちっ。減らず口を。

「まあいいや。とりあえずよろしくな」

「おう。俺ぁウォルターだ。握手なんかしねえからな」

 俺だってハゲと握手すんのは嫌だよ。ハゲが伝染うつるだろうが。



 即席のパーティはできた。ウォルターとティピータか。どんなもんかお手並み拝見と行こうじゃないか。はっはっは。

 というわけで《金路》に到着し、ウォルターが先導する形で俺たちは探索を開始する。……やっぱガーデンとは違うな。あそこはもっとこう、空気が重い感じがしたけど。ここはまだましに感じられる。とはいえ土くればかりで気分は滅入るな。

「なあ。地図が無茶苦茶だったんだけど、ここってどんなモンスターがいるんだ?」

「クソトカゲだよ」

 ああ、やっぱりそうなのか。

「そいつがダンジョンの通路を?」

「いいや、トカゲじゃない。だがモンスターが通路をむちゃくちゃにしやがるんだ。ここじゃあ地図なんか意味ねえ。俺はこないだまでここにいたからな。どこをどう進めばいいか分かるんだ」

「へえ」

「こっちだ。ついてこおおおおおおおあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっぁ」

 消えた。

 俺たちの前を歩いていたウォルターが。

 立ち止まって周囲を見回すも、やはりどこにもいない。彼の声だけが残響している。

「そこ」

 ティピータが指さす地面には穴が開いていた。まさか。

「えっ、落ちたのか?」

「そうみたい」

 えっ? マジで穴に落ちたのか? すっぽりと? 嘘だろ? あんなに自信満々だったのに? ベテラン冒険者なのに? というかこんな穴あったっけ? さっきはなかったような気がするんだけど。

 ちょっと何が何だか分からない。えー。どうする。助けに行くのか? いやでもこの穴の先がどこにどうつながってるかなんてわからないし。

「どうする、ティピータ」

「あっははははははは!」

 消えた。

 俺のそばにいたはずのティピータが。

「おお、おい!?」

 なんと彼女は自ら穴に飛び込んでいったらしい。しかも笑いながら。えっ、なんで? なんでなんでケイジ分からない。

 冗談じゃねえぞおい。

 俺はじっと穴を見ていたが、目をそらした。いや、まあ。うん。だけど考え方次第だな。やっぱりやばいやつらだったんだな、あいつら。組まなくて正解だった。別ルートから普通に探索しよう。あの二人のことはもう思い出として処理しておこう。



 適当にモンスターを処理しながら進んでいると(ちょうどいいツルハシが落ちてあったので武器として使っている)、妙な連中に声をかけられた。

「よう。お前ウォルターの連れか?」

 どうやら冒険者パーティらしい。それを率いているのは髪を撫でつけにした男だ。佇まいからして伊達男という感じである。

「おれはデール。ここいらじゃ、まあ、それなりにやれてる冒険者だよ」

 だろうな。結構な人数を率いてるみたいだ。

「で、どうなんだ?」

 デールという男は俺に再度尋ねた。なーんか含みがあるな。

「いいや。別に連れとかじゃない。ギルドで斡旋されたんだよ。パーティを組んだらどうですかって。ついさっき解散したとこだけど」

「ツイてるな。あいつらはこのあたりじゃ厄介者でな。どうだ俺たちと組まねえか」

 こいつらと組む、か……。

 確かに人数は多いし、場慣れしてそうな雰囲気はある。装備もまあまあ悪くない。

「遠慮しとくよ」

「そうか? 後悔するぜ。ま、気が変わったなら声をかけてきなよ」

「ああ、どうも」

 俺は、デール一行が立ち去るまでその場に残り続けた。やつらがいなくなった後、息を吐き出す。

 どうにも嫌な感じがした。あいつら、冒険者って言うより盗賊団って感じなんだよな。ちょっとガラが悪すぎるというか。ヨドゥンのやつらも品行方正ってわけじゃないが、あれはあれで一定のルールはあるし、みんながそれを守っている。だからダンジョンの中では容赦なくやり合うけど、外ではそんなことにならない。けどデールたちは違うだろうな。

 面倒なやつらに絡まれてる。ウォルターはそう言っていた。たぶん、あいつらのことだろう。さて。とは言ってもどっちに味方するかとかは考えてないけどな。そもそも、ウォルターは死んでるかもしれないし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る