第27話
これはもうヨドゥンでやることがなくなったかもしれない。
神を呼び出すためには信仰心が要る。それを肩代わりする供物の酒は完成していない。
ガーデンの雑魚はアキたちのためにしこたま狩ってやったし、あそこにはもうボスは出ない。となると、
「遠征か」
口に出してみるとすごく嫌になった。
「うーん」
買ってからほとんど広げていなかった大陸地図をテーブルに広げる。書き込みなどしていないので新品同然だ。俺はそれとにらめっこする。ええと? この端っこにあるのがヨドゥンだよな。で、こっから近いダンジョンは……ニギアって町の
信仰心を稼ぐにはやはりボスだ。例えば俺にテラスみたいなスキルがあればお宝探しに精を出してもよかったんだけど、ないからな。頭使って商売できる気もしない。体を使うしかない。幸いにして勇者の肉体は健康そのものだからな。
ただ、遠征には金がかかる。馬車で行くにしても交通費がいるし、ニギアの町で宿を探したりするのも大変そうだ。そのうえ知らない町だし、シルヴィがいない。あいつがいないと飯代が全部自分にのしかかってくる。
転移の秘蹟でもあればなあ。
確か、勇者一行や教会のお偉いさんは教会の聖女や司祭たちが数人がかりで発動する秘蹟で好きな場所へ移動しているとも聞く。転移する人数や距離によって信仰心の消費量が違うそうだが、それにしても莫大な量を要求されるだろう。俺のような個人で扱えるものではない。
ちなみにだが転移の秘蹟を使っての国家間移動は禁止されている。戦争につながる恐れがあるだとかなんとか。また、転移先に障害物があるとぶつかって埋まる危険性も。だから転移する際は王家の兵士が管理・監視している陣から陣に移るのが普通だ。そもそも一般人には扱えない。
……便利だな。便利だけど、どういう仕組みなんだろなこれ。天空神マルタの秘蹟に分類される転移だが、この原理は一切不明だ。教会の誰に聞いても『天にいる神さまに指でつまんで移動させてもらっている』としか答えは返ってこない。そういう教えがあるからだ。
二日後、俺は出発することになった。ニギア行きの馬車が来る。俺はそれに乗る。ついに旅立ちの時か。いやまあ、普通にまた戻ってくるんだけど。
とはいえ、ヨドゥンを出て冒険者暮らしをするのは久しぶりだ。というかほぼほぼ初めてで緊張している。どうしよう。新しい
出立前にあいさつ回りをして、ギルドでは報酬石をいくつか確保しておいた。何かあった時のために信仰心をストックしておきたかったからだ。
やるべきことはやって、シルバースターが主催となって開いてくれた宴会で、俺は飲んだ。《泳ぐ金の鷹亭》でクロンヌの酒を飲んだ。飲みに飲んだ。飲み倒した。
「うーん」
当たり前のように酔いつぶれて朝になっていた。
俺は急いだが、馬車はもう出発していた。完全に乗り遅れた。
Q.やばい。次の馬車が来るまで何分くらいだろう?
A.最低でも二日後。
かっこ悪くて町に戻れず、俺はガーデン付近のエロリット像の前で膝を抱えていた。
「この像。かっこよすぎて本物に全然似てないな」
本物はもっと猫背で不景気そうなツラをしていた。
「困ったなあ。弱ったなあ」
現実逃避をしながら困ったり弱ったりしていると、像が光を放ち始めた。うおっ、まさか都合のいい奇蹟!?
光が収まると、そこには人間が立っていた。男だ。伸ばしっぱなしであろう髪の毛にもじゃもじゃの髭。服も質素でぱっと見汚らしいおっさんだ。しかし、なんというか、こう、透明感があるというか。涼しげというか。妙な神々しさがある。
「あ、あの?」
というかこの人、どこから来た?
光とともに現れたような気がしたけど……。不思議そうに男を見ていると、彼も俺を見つめ返してきた。
「困っているのかい」
やはりというか、涼しげな声だった。穏やかで、聞くだけで落ち着いてくる。俺は思わず彼の問いに頷いていた。
「馬車に乗り遅れてしまって」
「そうか。じゃあ、連れて行ってあげよう」
男は俺の頭に手を当てる。嫌な感じはしなかった。
「目を」
光が
「瞑って」
迸って
「いなさい」
消えた。
「えっ!?」
景色が変わった。
目の前にあったエロリット像は、大地の神さまディアップル像のものに。
ガーデンはどこかに消え失せ、見知らぬダンジョンらしき入り口がある。
「……なんだ、これ」
俺が困惑していると、男はふっと微笑んだ。長い髪と髭で見えづらかったが、なかなか正統派のイケメンおじさんである。
「今のは転移の秘蹟だ」
「てん……えっ」
「誰にだって使えるものだから、驚くことはないよ」
今、転移って言ったよな。誰にだって……? いや、そんなわけねえだろ。
「二人分だとそんなに難しくないんだ。一人だとなおさらだね。ぼくが知っているのは像から像への移動だから、転移先の像を知ってなくちゃいけないんだけどね」
ぺらぺらと話し始める男だが、ちょっと脳みそが追いついてきていない。
この人、なんだ? というか人なのか? 個人で転移の秘蹟を使えるやつって、神さまくらいじゃないのか?
「教えてあげよう」
男は俺の額に手を当てた。冷たい感触だった。
「いつか神の声が聞こえるはずだ。君にも」
声どころか姿まで見てたりする。
「それじゃあ」
「あっ、あの、ちょっと! ありがとうございますっ、すんません、お名前は!?」
男は答えず、また光の中に消えていった。転移の秘蹟を使ったのだろう。名前も知らぬ神対応の人だったな。涼しげな風を感じる立ち振る舞い。涼風の人と名付けておこう。
謎の転移マンこと涼風の人との出会いには驚いたが、とにかく俺はニギアに到着したらしい。ビビった。
あれ? 俺って《金路》に行きたいって話したっけ?……まあいいや。あんまり考えすぎると怖くなるし、馬車代が浮いてラッキーと思っておこう。ついでに俺にも転移ができるか試してみたがそちらはさっぱりだった。
ニギアの町は、やはり聞いていた通りヨドゥンより広くて綺麗だ。ゴミなんかあんまり落ちてないし、酔っぱらってうずくまっている汚いおっさんの数も少ない。ただ、冒険者らしき人たちはちらほらと。どこか剣呑な空気を漂わせた、猛者じみたやつらはいる。こっわ。
とりあえずギルドに行って登録なんかの面倒くさい手続きは済ませた。ボスが出そうだという話も聞いたし予備の報酬石ももらえるだけもらっておいた(思いっきり訝しげにされてたが)。地図や食糧も確保してるし、宿へ直行だな。最終確認して朝一番で乗り込むぞ。
「お兄さんお兄さん、いい子いるんだけどさ、寄ってかない?」
「いい子? おっぱいでかい?」
「でかいでかい!」
「かわいい?」
「やばいっすよマジで」
しようがねえなあ。俺も忙しいんだけどなあ。
キャッチに引っかかって普通に女の子と遊んでしまった。
いや、しかし、ヨドゥンよりレベルは高いな、やっぱ。これは嬉しい誤算である。超モチベ上がった。でも疲れたから朝一番にダンジョン行くってのはやめておこう。
翌朝。
というか昼になっていた。
もうなんというか今日は行かなくてもいいんじゃないかな。俺も疲れてたんだな。うん。ベッドの上でだらだらしていると、気づいたら陽が沈んでいた。明日から本気を出そう。今日のところは英気を養うとしよう。
「いい子いる?」
「あっ昨日のお兄さんじゃないすか! 今日もいますよー」
「亜人の子は? 黒猫の子はいる?」
「いやー、うちにはちょっと」
「マジかー……」
また今度違う店を探してみるか。
翌日。
というか三日か四日くらい経っていた。なんでか知らないが持ってきたお金がなくなったのでどうしよう。今日の晩飯も食べられない。女の子とエッチなこともできない。由々しき事態である。しようがねえ。ダンジョンに行くか。……行くかー。うわー、だるっ。めっちゃテンション下がるわ。なんで俺がそんなことしなきゃならないの?
ぶつくさ心の中で呟きながらダンジョンへ向かう。足取りは酷く重い。
「……はあああああああ」
到着したが、何だよここ。《金路》とか言うけどただの洞窟じゃん。どこが金なの? すげームカついてきたわ。
舌打ちしながら地図を見る。構造としては……地下の洞窟に複数の通路があって、ゴールは下か。下を目指せばいいんだな。簡単じゃん。よし。
「あれっ」
歩き始めるとすぐに行き止まりに突き当たった。おかしいな。
道を戻って地図を確かめながら歩くも、また行き止まり。というか地図に載ってない道があるんだが。
ええー……? さすがに地図の読み方くらい分かってるつもりだけどなあ。
「あっ」三度目の行き止まりにぶつかった際、後ろから魔物らしき影が見えた。かさかさと出てきたのはトカゲである。ただしでかい。子犬くらいのサイズだ。とはいえ子犬ごときにどうにかされるような俺ではない。軽く蹴っ飛ばして、その辺の石ころで頭蓋を砕いておいた。死体を検めながら食えるかどうか思案する。爬虫類の肉って美味いのかな……蛇は鶏肉っぽくて結構イケるけど。というか毒とか持ってんのかなこいつ。
いや、先に次の階層への道を見つけておかないとな。
しかし、この日は地図が全くあてにならず、うろうろさまようだけで終わってしまった。明日はギルドへいちゃもんつけに行こうと思う。
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