第24話
ごとごと。
ごとごと。
揺れる景色。走る馬車。
テラス・ユキヒラは自警団メンバーの駆る馬車にて、ヨドゥンから離れた町に移送されていた。
(さあて、どうするかな)
装備は取り上げられた。
身体能力も弱体化の秘蹟によって著しく減衰している。
テラスは勇者だが、今は並の冒険者どころか、その辺の女子供と変わらないだろう。そんな状況下にあっても彼は未来について考えていた。
馬車の行き先はニギアという町だ。ヨドゥンよりは大きく、騎士団が常駐しているらしい。王都に行くまでにそこで取り調べを行うそうだった。
(切れる札はいくつかある)
自分が勇者で、有用だと分からせればいい。備わった鑑定スキルなら欲しがるものも大勢いるだろう。
『あんまり変な風にならないでくれ。やっぱりさ、クラスメイトがおかしくなるのは嫌だからな』
ヨドゥンを去る前、ケイジの言葉を思い出す。
(もう遅いよ。柏木くん。僕はもうとっくにおかしくなってる)
もう何人もこの手にかけた。
兵士も娼婦も。大人も子供も。
笑むと、対面に座っている熊のような大男が舌打ちした。ケイジからは警部と呼ばれていた、ドゥンという男だ。自警団のリーダーのような存在だ。
ドゥンに取引を持ち掛けても無駄だろう。自分を嫌っているし、不正からも縁遠そうだ。テラスはそう判断する。まずは町に着くまでにひと眠りするほかない。少しでも体力を温存しておきたかった。
少しだけ眠った。手に力を込める。縛られているので十全ではないが、少しずつ戻ってきたという感覚はある。弱体化の秘蹟は強力だが効果時間は短い。重ね掛けするのが一般的だ。だから、テラスは気づくべきだった。その必要がなかったということを。
馬車は森へ向かっていた。外は暗い。森の近くで一泊するつもりなのだろうか。テラスは思惟をめぐらす。ややあって、馬車が止まった。扉が無遠慮に開けられ、出ろと声をかけられる。
「出ろってんだ」
テラスは、対面のドゥンに頬をはたかれ、尻を蹴飛ばされて外に転がり落ちた。テラスは内心で毒づく。自由になったらこの大男から殺してやる。漲らせた殺意は内に秘め、彼は立ち上がった。
「ここは真実の森ってんだ」
紫煙をくゆらせながら、ドゥンが面白そうに言った。暗がりの森は先が見えない。鳥や虫の声が聞こえてくるばかりだ。
テラスは四方を囲まれる。彼は咄嗟に鑑定のスキルを使った。周囲の景色が赤みがかって見えた。赤は危険の兆候である。
「ほら歩けよ」
振り返ると、馬車の御者がにやにやとした笑みをこちらに向けているのが分かった。
「歩けってんだ!」
小突かれ、テラスは戸惑った。森の奥が特に赤みを帯びている。目が慣れるにつれ、その正体が露わになった。いったいどこに潜んでいたのか。自警団のメンバーが二列になり、得物を持って待ち構えている。
「お前にはあいつらの間を歩いてもらう」
男たちが列をなす。その先は森の奥だ。暗闇がぽっかりと口を開いているように見えた。
「は、はあ……?」
「分かると思うが、その間はボコボコにされてもらう」
「分からねえよ……」
殺す気か。
「お前ら……国の法とかなんとか言いやがって、結局それかよ」
「まあ、そりゃこの国の人間に対してはな。どんな悪人だろうと法がまかり通る。だがなァ」
ドゥンは、へっへと笑う。
「行方不明の勇者だったら、いまさらいなくなっても誰も何にも言わねえわな」
心臓が凍りつきそうだった。テラスは、壊れかけのおもちゃみたいにぎこちない動作でドゥンを見やった。
それは切り札だ。自分が勇者であるなら、この世界の人間はおいそれと手出しできないはずだ。
「勇者テラス・ユキヒラか。なるほどな。まあ、ちょっとした伝手でよ。とある方が教えてくれてな」
ドゥンはテラスの頭を片手で鷲掴みにし、顔を近づけた。
「異端の勇者は征伐の対象である、らしいぜ。なあお前ら」
そこかしこから、ドゥンの言葉に同意する笑い声が漏れ聞こえてきた。
「さあて、そこで真実の森の出番ってわけよ。ここはな。てめえがやったことを認めねえやつの最後の場所だ。ここで本当のことを話さなけりゃあ死んじまう」
「拷問か」
テラスはドゥンたちをねめつける。
「拷問? おいおいそりゃ違うぜ。俺たちには悪党の語る言葉が真実かどうか見極めることはできねえ。だからよ。お前らみてえなクソどもの真剣さをはかるしかできねえんだ。こいつは試練だ。神の与えた最後の機会。お前ら悪人が善人に戻れるかどうかの偉大にして最後の旅路だ」
決して走るな。
決して逃げるな。
決して立ち止まるな。
「ルールは以上だ。俺たちを通り抜けた先、真実を告白する場が用意されているからよ。そこで喋んな。洗いざらいをな」
テラスはもうスキルの使用を止めた。
「どうした?」
ん? と、ドゥンはテラスの顔を覗き込む。
「ほら、行けよ。みんなお待ちかねだぜ。勇者さまの告白を聞きたがってる」
逃げようとしたが、テラスはドゥンに殴られ、倒れたところに数発の秘蹟を打ち込まれた。
「うあっ、がああああ」
「立たせろ」
自警団がテラスを無理やりに起き上がらせる。その腹めがけて重たい拳をお見舞いすると、ドゥンは顎をしゃくった。
「歩けねえなら仕方ない。俺たちが先導してやる」
「よせ、やめろ……頼むやめてくれ」
ははは。ドゥンは大きな声で笑った。
「女の具合はよかったか? あの子はどうだったよ? ん? お前によくしてくれただろ?」
「うあっ、ああ……」
テラスは小便を漏らしていた。
「さっさとしねえか!」
まず一発。頭に一撃。
次いで二発。腹。
三、四、五、六。すぐに数えられなくなる。
棒で打たれ、刃を落とした剣でなぶられた。
一歩進むたび、血が飛び散る。
歩を進めれば歯さえ砕けた。
「ああ、ああ」
意味をなさない声が漏れる。
列はどこまでも続いているように見えた。否。テラスはもはや気づいていないが、実際、
既にテラスは立ち止まりかけていたが、ドゥンが彼の背中を押してやった。
「さあ行こう、どんどん行こう」
やめろ。
やめてくれ。
テラスは哀願するも、もはやまともな音を発せられていない。口からはごぼごぼと血があふれるだけだ。
「おっ、テラスくんは元気だねえ! さすが勇者さまだ。おいお前ら歌ってやれ。戦士の歌だ。勇ましくな」
森からはもう悲鳴は聞こえない。告白の言葉も聞こえない。自警団による合唱だけがこだましていた。
◎〇▲☆△△△
「ほう、ということは、カシワギ・ケイジに翻意なしと」
「そ。ほっといてあげなよ」
なるほど。頷き、メアはポルカの淹れた茶に口をつける。彼女の汚部屋はいくぶんかマシになった。掃除をしろと口酸っぱく言い続けたのが功を奏したか。やれやれ。お茶はまずかった。
ポルカ・リオンリオンは元気そうだった。殺されかけてから数日の間は怒りに打ち震えていたが、今は穏やかだ。ただ、口調は以前よりも荒くなった。元通りになったというべきか。その原因を作った張本人も今頃は土の中だろう。異端死すべし。
「まだ受付嬢は続けるつもり?」
「まあね。ちやほやされるし」
「辞めても構わないが」
「辞めなくてもいいってことじゃん」
ポルカは地を隠し切れなくなり、ギルドでの人気が急落したそうだ。ただし一部の妙なファンだけはついた。
「また痛い目を見る」
「なんで」
「あなたは男を誘うから」
彼女の悪女ぶりというか、男好きは生来のものではない。聖女とは清らかでなければならない。規則や規範に縛られ塗れるのが一般的だ。ご多分に漏れずポルカの聖女時代も抑圧されることが多くストレスをため込んでいた。たばこや酒や薬物に手を出して発散していたが、一番は異性である。男をからかい、注目を浴びることでポルカは気分良くなっていたのだ。
「もうしないって。誘うのは一人だけにするから」
明日は雪でも降るのか。恋多き女がついに一途に生まれ変わったか。
「そう。ならいいんだけど」
少ない友人がいなくなるのは悲しいことだ。心配事の種を自らの手で刈り取るのならいうことはない。
「お茶のおかわり、いる?」
「いや、結構」
「遠慮しないで」
「……どうも」
ポルカは台所らしき空間で作業を始めた。……メアは思案する。ポルカはああいったが、勇者カシワギの監視は継続すべきだろう。彼が神を信じていることは分かった。神を顕現させられるような信仰心の持ち主だとも分かった。ほかの勇者にも乗らず、流されず、この世界に貢献する意思を見せたことも確かだ。しかし死の神エロリットを使役するような真似は見過ごせない。やはり危険だ。
「……ん」
台所の方からポルカの鼻歌が聞こえてきた。珍しいこともあるものだと耳を澄ませる。メアは彼女の歌が好きだった。男や酒に溺れても神への信仰は変わらない。ポルカの歌声や舞は他を寄せ付けなかった。
(今は友達を信じておこう)
メアは、今度は茶菓子でも持ってこようかと口元を緩めた。
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