第23話
さすがに酒を飲む気分にもなれず、俺はまっすぐに宿に帰った。とにかく気を失いたかった。全部夢だったらどんだけよかったか。
「はあ……」シコって寝よう。いや、やっぱ無理だ。
うーん。
辛い。色々あり過ぎた。正直俺の頭では処理しきれていない。こういう時は寝るに限る。一晩経てばたいていクリアになっているものだ。明日の俺がどうにかしてくれるだろう。いや俺じゃなくてもいい。誰かが解決への道に一歩踏み出せばいい。その一歩は小さな一歩だが俺にとっては偉大なる一歩で……なんてことを考えていたら睡魔が訪れてくる。さあ俺の意識を刈り取れ。
……ん? なんか変な感覚が下半身にあるな。ありていに言えばチ●チ●が気持ちいい。なんとなく股間に手を当てようとすると、柔らかなものに触れた感触。布団をめくってみると女がそこにいた。
「…………!」
マジでびっくりした時って声が出なくなるんだね。俺はベッドから飛び起きる。慌てて逃げ出そうとしたが腰が抜けていた。け、剣。得物はどこに置いたっけ。
「あー、ごめーん。まあそうなるよね」
軽い感じで謝ってきた謎の女はベッドの端に腰かけて微笑む。暗がりに目を凝らすと見覚えのある顔が浮かんだ。あっ可愛い。……じゃねえ。こいつ、この侵入者、受付嬢のポルカだ。確かテラスに殺されかけて、あの路地裏に置いてきたような気もするが。まさか化けて出たんじゃないだろうな。相手が違う。俺じゃねえぞ、テラスだ。
ポルカはドアを指さす。
「鍵かかってなかったから」
「あ、そういやそうだっけ」
「そうそう。私もよくやるんだ」
いや、何を和やかに。
「鍵開いてたら勝手に部屋ん中入るのかよ。泥棒じゃねえか」
「何も盗ってないし」
「布団に潜りこんだのはなんでだ」
俺の命を奪おうとしたんだろ!
「んー。お礼?」
自分でもよくわかってなさそうなツラだった。つーかお礼で不法侵入して布団に潜りこむとはどういう了見だ。
そして気づく。俺の愚息がちょっと湿っていることに。ま、まさかこいつ。
「……すげえビッチじゃん」
「ビッチって何?」
「俺のをしゃぶってやがったな」
「だからお礼だって」
お前の倫理観どうかしてるよ! いや確かにお目覚めフェラって憧れっちゃ憧れだけど実際やられると怖い! 夜は特に!
「第一、お礼お礼って言うけど、別に俺はポルカちゃんを助けたわけじゃない」
こいつはただ、あの場にいただけだ。
「そうかも。私だけじゃない。勇者カシワギ。あんたはみんなを助けてる」
ポルカはおもむろに靴を脱いで立ち上がり、足音もなく俺に近づく。へたり込んでいる俺の股間に足裏をぐにぐにと押し付けてくる。は?
「ありがとう。あんたには感謝してる」
「なあ。お礼を言いながらすることか?」
「見てた。あれは、神そのものだった」
見てたってまさか、地下での戦闘を? ポルカもそこにいたのか? なおも弱々しく踏みつけられる俺の股間。この野郎、上手い。足指がまるで生き物のようだ。抵抗したいんだができない。ちょっと気持ちよくなってきている。
「建立された像とは姿が違うけど、あれは死の神エロリットに間違いない。でしょ? あんなの、大司教や《大鉄塔》にだって無理。というか、この世界の誰にだって不可能。超一流の規格外の秘蹟。……尊過ぎて直視できなかった」
確かに。あれはエロリットだ。だが、ポルカの恍惚とした表情。
「お前、何者だ。ただの受付嬢じゃないだろう」
ポルカは口の端をつり上げた。
「私は祓魔師。あんたを見張ってたの」
「ふつま……おうっ」
あーやばい、出ちゃう。
「ちょっとタンマ。止めて止めて。気持ちは分かったから」
「え、何? 気持ちいいの?」
「そうなんだよだから待てって!」
俺はポルカの細くて綺麗な足を掴んで引きはがし、その場から逃れた。
「俺を見張ってた? どうしてだよ」
「任務に決まってるじゃない」
ふ、と、馬鹿にしたような冷たい笑みだ。ギルドで見せる媚び媚びのそれとはまるで違う。落ち着いて聞けば声だって別人かと疑うほど違う。なるほど。こっちが本性か。
「勇者カシワギは教会と敵対する恐れあり。異端の対象として処分するかどうか。その調査の一環でね」
なんか怖いワードがいっぱい出てきたな。
「なるほど。やり合おうってのか」
俺は壁に立てかけてある剣を見た。
「だーから違うって。ありがとうって言ってるし。あのね。神さまを顕現させるほどの信仰心の持ち主なんてありえないの。そんなの超一流の信者じゃない。殺すわけないでしょ」
「あ、そうなの」よかったー。
「あんたがこの世界を好きでいてくれたから、みんなが助かってる。本当は、あんたらがその気になったらこの世界をどうにかできるんだよね」
俺はテラスを思い出していた。
この世界が好き、か。実際どうなんだろうな。
「どうかな。あんまし好きじゃないかもよ。教会も王家の連中も、やっぱり信用できないところはある。こんな目に遭わせやがってって気持ちはある」
ポルカの顔が少しこわばった。
「だけど、ポルカちゃんは好きだ。おっぱいおっきいし、猫被ってたけどそれもちょっとアリかなって思う」
「ん?」
「この町のみんなもガラは悪いけど気のいいやつが多い。俺を助けてくれたやつだっている。飯をおごってくれたり、大丈夫かよって笑いながら声をかけてくれる人だっている」
この世界は好きじゃない。だけど、この世界に生きるやつらは嫌いになれない。
「もし本当にこの世界をどうにかできたとして、俺はしねえよ。面倒くさいからな。だいたい何にも楽しくない」
「楽しい……」
そうだ。
「楽しいことは山ほどあるんだ」
酒と博打と女だ。飲んで打って買う。それだけでいい。そうすりゃ毎日ハッピーだ。
「……勇者カシワギ・ケイジ。あれだけのスキルを持ってるなら王都に戻れるよ。私も、私の同僚も口添えする。そうすれば勇者シノミヤより優先されるかも。一流のパーティメンバーに、一流の装備をあてがわれる」
「酒も?」
「この国一番のものが提供されると思う」
へえ、そりゃいいや。心惹かれるな。
「でも、好き勝手には生きられない。好きなやつと好きな時に飲めなくなっちまう。違うか」
「……それは、そうに決まってるじゃない」
だろうな。テラスはシノミヤを悪く言っていたが、シノミヤにだって色々とあるんだよ。あいつにはもう自由がない。何をしてもどこにいても、ポルカみたいな教会の人間に見張られてるんだろうな。……なるほど、そうか。俺はヨドゥンでの生活を気に入っていたのか。
「そうか……」
俺は、友達にもそうあって欲しいと願っていたんだな。俺と同じように、ここを好きにならないかって。
「俺はこの町にいるよ。結構悪くないんだ。教会にもそう報告しといていい」
「うーん」
ポルカはいつの間にか俺の後ろに回り込んでいた。
「それより続きしない?」
「え、何の」
「何のって」
彼女は白魚のような手で、俺の敏感な部分に触れた。
「分かってるくせに」
妖しい笑みだ。テラスたちも一発でやられたんだろうな。まあ、据え膳食わぬはなんとやらか。
「眠気も覚めちまったしな」
「眠れなくなるし、一生の思い出にしたげる」
「自信満々じゃん」
ポルカの舌が生き物のように蠢いていた。
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