第18話


 もうすっかりおなじみとなったメアによる夜半過ぎの訪問。ポルカは慣れつつある自分に嫌気がさしていた。

「もう、なんでいつもいつも……朝に来なさいよ、朝に」

「あなたが眠っているからでしょう。考慮した結果この時間になった」

「ね、寝てないし」

 ふ、と、メアは鼻で笑った。

 その鼻を明かしてやる。ポルカは口火を切った。

「私、勇者を見つけたかも」

「……カシワギ・ケイジのこと?」

「そいつとは別の勇者。この町にいるっぽい」

「えー!? そうなの? えー、ほんと? 嘘、見落としてた……」

 あたふたとし始めるメア。彼女は鉄面皮だが案外トラブルやアクシデントに弱かった。

「というか気づかなかったの? 最近勇者カシワギと一緒にいるやつ」

「誰?」

「テラス・ユキヒラって子」

「テラス……どこかで聞いたような」

 そりゃあるでしょうよ。勇者の名前なんだから。ポルカは吹き出しそうになった。メアは優秀だ。異端に敏感で教義に忠実である。しかし視野が狭くて突っ走るきらいもある。

「あんたは一途だからね」

 メアは不思議そうにポルカを見ていた。

「ま、ちょっと王都の知り合いにかけ合って調べてみてよ」

「そうする。ああ、それと、前に言っていた報告が届いた」

「どんなだっけ」

「『カシワギ・ケイジの資料に改ざんされた痕跡が見受けられる』」

 ああ、と、ポルカは適当に流した。ケイジに関してはあまり興味がなかった。

「これは勇者カシワギの初期設定担当官の所感によるものだと念を押しておく。担当官曰く、カシワギ・ケイジの思考、脳内に改ざんの跡が見受けられたとのこと」

「何それ、どういうこと?」

「勇者カシワギが、異世界人がほとんどしない受け答えをしたせいだと思われる。報告によれば、十神教の教義を叩き込む際、勇者カシワギは拒否反応を一切示さずすんなりと受け入れたらしい。『神さまは存在している』と『神さまなら知っている』と」

 十神教には様々な教えがある。そのどれにも『神はいる』という前提条件がある。神の存在を信じなければ何も始まらないのだ。だが、異世界人は神を信じない。少なくともこの世界の神の存在を頭から否定している。

「事実、勇者カシワギ以外の勇者たちは神を信じなかった。いや、今も大半が信じていないはず。けれど神に対しての折り合いはつけている」

「あいつは頭から、最初から信じてたってこと? 元の世界でも宗教にハマってたんじゃない?」

「もしそうなら、余計にこちらの神を否定するのでは?」

 それもそうか。ポルカは唇に指を当てて思考する。

 なんでも受け入れられる度量の持ち主か。あるいは頭が真っ白な馬鹿なのか。

「……変な思考回路は持ってるんだと思う。複数の神の秘蹟を使い分けるなんて、普通はありえないし」

「勇者カシワギは多数の神を同時に信仰していると?」

「まあ、秘蹟を使えるくらい信じてるってことじゃないの?」

「ありえない」

 メアは長い息を吐き出した。

「考えても仕方のないこと。もう一つ報告がある。これは、あまり我々と関係ないことだと思う」

 もう何でもいいよ。ポルカは寝ころびながら酒を飲み始めた。

「《私雨の窟》で兵士が殺された」

「へえ」とポルカは適当に流した。

「本当に関係ないじゃん」

 うん。メアもうなずいた。

「そのダンジョンには逃亡、あるいは行方不明扱いの勇者が潜んでいたそうだが」

 関係ないな。メアは言い切って立ち上がった。ポルカは、それが少し気にかかった。



◎〇▲☆△△△



 物事の解決はあんがい陳腐なところに収まる。凝り固まって、余計にひねくり回しちまうからややこしくなる。

 今回の連続娼婦殺しもそうだ。犯人を見つけたいなら最初にやるべきだった。

 事件はたった一つの証言で加速度的に解決へと向かうものだ。

 そして辿り着いた真実はどこまでも分かりやすく短絡的である。

「二択ですね」

 自警団のメンバーはそう言うが、違う。

 ドゥンは灰皿に吸殻を投げ込んだ。

「違う。一択だ。仮にだ。もし本当にそのどちらかだとしたら、一人しかいねえ」

 最初に殺された娼婦、リリが働いていた娼館のボーイが意識を取り戻したのだ。彼も犯人に切りつけられて重傷だったが、やっと口をきけるようになったのだ。ボーイは犯人の特徴を覚えていた。

「いや、もうほとんど二択じゃないですか。『黒髪』の『男』で、『冒険者然とした格好』って」

 その条件に当てはまるのは、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの冒険者コンビしかいなかった。

「だからケイジじゃない。あいつはあの店の常連だ」

「いやでも、名簿にカシワギ・ケイジなんて載ってなかったじゃないですか」

「あいつは別の名前を使ってたんだよ。イップウとかサムとかシルバースターとかでな。それに、もしケイジがやったんならボーイはそう証言するはずだ。お得意様だろうが刃傷沙汰起こしたやつを庇うわけねえだろ」

 ドゥンは迷った。犯人らしき人物をイーノに伝えるかどうかを。彼は復讐者だが、自分たちはそうではない。この国にも法はある。私刑などもってのほかだ。相手が犯罪者だろうと通すべき筋はある。

「大変です!」

「なんだ、どうした」

「どっから聞きつけたか知らないっすけど、イーノが動いてます。傭兵連れて、大通りの方へ向かってるそうで」

「先走りやがった……! まだ犯人かどうか分かってないんだぞ! 急げ、死人が出る!」

 夜の中、ドゥンたちは駆けだした。



◎〇▲☆△△△



 次に戻ってきたとき、僕と一緒になって欲しい。

 一世一代の告白だった。リリははにかみながら、嬉しそうに受け入れてくれた。自分と同じように亜人というだけで苦労してきたリリ。身をひさぎながらもあたたかな笑顔を忘れなかったリリ。

 イーノは彼女が好きだった。愛していた。彼女のためなら何でもできる。何もかもを擲ってもいい。構わない。自分の命すら惜しくない。金なんか当然だ。こんなものいくらあってもリリには敵わない。

 だけどリリは死んだ。殺された。呆気なく。雨の中、冷たい地面に倒れていたそうだ。世界から彼女が失われても世界は何もなかったように回り続ける。許せなかった。犯人を許せない。のうのうと生きている自分もだ。どうして後を追わなかった。


(このためだ)


 自分に腹が立つ。だが、なすべきことがある。罪は償わせなければならない。いくら雨が降ろうとそれは洗い流せない。リリを奪った憎き仇の血でしか、その罪は清められないのだ。

「この店です」

 私財を投じて集めた傭兵、その頭に先導され、イーノはとある酒場の前に着いた。

「犯人は」

「黒髪のガキっすね。ようく分かってまさあ。いいな、野郎ども」

 傭兵たちは眼だけで頷いた。

「最後に確認ですが、野郎は生きてても死んでても、どっちでも報酬には……」

「くどい。もう、いいから」

 イーノはうつろな目で店を見た。

「殺してくれ」

「へへ、了解っ」

 傭兵どもが店内になだれ込んでいく。入れ替わりになる形で客たちが外へ逃げ出してくる。その中に犯人らしき特徴の人物はない。まだ、中だ。

「旦那、行きますか」

 イーノは傭兵に守られながら酒場へと足を踏み入れた。店内はめちゃめちゃに荒らされている。テーブルやいすはひっくり返り、床には食べ物や酒が散らばっている。それらを踏みつけながら、見た。傭兵に得物を突きつけられているものの姿を。

「な、なんだよ、あんたら……いったいなんなんだ……」

 黒髪の年若い男がうろたえていた。名前など知らない。どうでもいい。

「お前が、リリを殺したのか」

「なんだよそれ! なんなんだ!?」

 黒髪の少年が声を荒らげた。

「リリを殺したのはお前かあっ」

「誰なんだよそれ!」

 もういい。こいつが犯人であるかは後だ。殺してから確かめても遅くはない。逃げられるよりは万倍マシだ。殺せ。そう指示するや、傭兵たちは少年を切ろうとして、

「あ」

「おっ?」

 首を刎ねられていた。

 最初に二人。少年の姿が見えない。

 次に一人。地を這うようにして移動したのか。

 少年が姿を現す。応じようとした傭兵の腹が切り裂かれた。店内に血しぶきが舞う。

「……なんなんだ、本当に」

 柱を背にした少年は傭兵を見回しながら声を震わせていた。

「あんたらどこのなんなんだよ!」

「旦那」と傭兵の頭が耳打ちする。

「店の外へ」

 イーノは躊躇ったが、指示に従った。彼らは戦闘のプロだ。任せるほかない。

 だが、

「あ、逃がすか」

 少年が追ってきた。

 雇い主を守ろうとして傭兵どもが身を乗り出すように動く。その端から切られていった。

「お前がアタマだろ?」

 少年の顔は喜悦に歪んでいた。

 イーノは確信する。こいつだ。こいつしかいない。リリを殺したのは、こいつ以外ありえない。

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