第16話



 カシワギ・ケイジとテラス・ユキヒラの冒険者コンビがヨドゥンの町で話題に上らない日はない。新進気鋭、売り出し中の実力者だともっぱらの評判だった。ガーデンの十階層より先に進めるものが現れるかもしれない。そう噂するものもいた。


(ああ、来たか)


 ポルカは内心でほくそ笑んだ。冒険者ギルドの受付に向かってくるのはテラス・ユキヒラだ。そろそろかな、と。彼女は笑顔の準備をする。

 テラスが自分に気があるのは分かっていた。ポルカも若い男は好きだ。若く、才能がある男はもっと好きだ。D・メアは彼について何も聞かないが、恐らくテラス・ユキヒラも勇者としてこの世界に召喚された人間に違いない。勇者だ。落とし甲斐がある。

「こんにちは、ポルカさん」

「はい、お帰りなさい、ユキヒラくん」

 しなを作り媚を売る。仕掛けた色は十分に効いている。

 ただ、簡単には体を許さなかった。ポルカは情欲の目を向けてくる男の顔が好きだった。自分にとてつもない魅力があるように感じられて、女として上位に君臨していると錯覚させられる。それがたまらなく好かった。

「今日もお願いします」

 テラスは表向き、好青年を演じていた。性欲なんて知りません。女に興味ありません。そういった顔を作っている。彼はこの町に来た時に食い逃げ騒ぎを起こしたので必要以上に態度を改めているのだろうと思われた。その手の男の本性を見るのもまた、ポルカの趣味であった。これは反動である。聖女として活動していた際、ポルカは凄まじい抑圧と戦っていた。聖女は品行方正を求められる。規律規範を遵守する。その生活は、その人生全ては神にのみ捧げられる。そうあれかし、と。

「ポルカさん」

「はい?」

 テラスはじっとこちらを見ていた。その奥には熱がある。

「僕、勇者なんです」

 彼は声を潜めて言った。

「えー、そうなんですかぁ?」

気になりません・・・・・・・?」

 寸暇、ポルカは答えに迷った。テラスは自分の気を引こうとして勇者だと告げている。

「すごくなります。ユキヒラくんってほかの人と違う感じだし」

 テラスが唾を飲む。見なくとも分かる。胸元に注がれる無遠慮な視線。

「あ、これ、今回の報酬です。お疲れさまでしたあ」

 包みを渡すとともにテラスの手に触れる。彼はその接触を待っていたのだろう。身じろぎ一つしなかった。もう何日か弄んでやろう。ポルカは暗い喜びに身を震わせた。



◎〇▲☆△△△



「いやー、ほんとポルカちゃんって可愛いし僕の話も聞いてくれるしまるで聖女だよね。こないだも僕がギルドに入った瞬間、入った瞬間にだよ!? 目をばっちり合わせてくれてこれって僕に気があるってことじゃないかな? ねねね、二人ともどう思う?」

 俺とシルバースターは辟易としていた。久しぶりに二人で飲むかと酒場に行ったところ、お喋りの法螺吹きトムに捕まったのだ。無視するのもかわいそうなので三人で卓を囲んでいるんだが、さっきからこいつばっかり喋ってて鬱陶しくなってきた。

「ありゃあ、男みんなにああいう風にしてるんだろ」

 シルバースターはつまらなそうに切って捨てた。

「そんなことないって! 僕にだけトムくんってくん付けしてくれるし! 報酬を渡す時だってそっと、でも優しく触れてくるし! 声だってこう、甘ーくとろけるようなんだ!」

「だから、そりゃみんなにだろ」

「違う違う、違うって、もういいよ。モテないからって僻むのはよくないと思う」

 いるよなー、なんかそういうコンビニの店員とか。

「聖女なんだあ、ポルカちゃんは……うう……」

 聖女ねえ。そういや俺、よく知らねえや。アキたちは聖女ともパーティを組んでるって言ってたけど。

「あれか、要は強い秘蹟を使える巫女みたいなもんだろ?」

「聖女がか? それは余禄だ。秘蹟が使えるのはおまけに過ぎん」

 ん?

「知らないのか」とシルバースターは楽しそうに言う。このおっさんは教えたがりなのだ。

「聖女とは神のお伺い役だ。神の声を聞き、それをほかのものに伝えるのが一番の役目なんだ。前にも説明しただろう」

「覚えてない」

「だろうな。お前の記憶力はゴブリン以下だ」

「あ、こないだ賭場で貸した金まだ返してもらってねえぞ」

「すみませーん! お代わりいいですかー!」

 聞こえないふりすんなや。

 お代わりの酒をもらったシルバースターはそれをぐいと呷る。泣き上戸の法螺吹きトムは突っ伏して寝息を立てていた。

「そうか。聖女は伝令役なのか」

「今は違う。それは名残のようなもので、実際に神の声が聞こえる聖女などほとんどいないはずだ。むろん、彼女たちが神を信じていないわけではない。強く信じているからこそ信仰心を得られて強力な秘蹟を使えるんだ」

「じゃあ、今は何なんだ?」

「広告塔みたいなものだな。十神教の信者を増やすために各地で活動している。……かつては信仰心を集めるため、清らかな舞を踊り、聖なる歌を合唱していたそうだ」

 ああ、なんかそういうイメージあるな。ちょっとしたアイドルみたいなもんか。

「じゃあ、今は聖女の人たちって何をやってるんだ? 広告塔以外には」

さてな・・・。だが、彼女らはみな見目麗しい。教養もある。若く、人々の関心を得られるような人材が選ばれているんだろう。実際、聖女のほとんどは十代の少女だと聞く」

 なんかいやらしい雰囲気がしてきたな。接待とかすんのかな? コンパニオンみたいなもんか?

「おい、妙な考えを起こすなよ。いいか。聖女ってのは選ばれた子しかなれないんだ。教会では憧れの対象だろうよ。特に王立の神学校では人気がある」

「ふーん。聖女って処女じゃないとだめなのか?」

「妙な考えを起こすなと言ったばかりじゃないか」

「いや、気になるだろ」

 シルバースターは難しそうな顔になる。

「どうだろうな。そりゃあ、そっちの方がよさそうな気もする。だが、教会の連中は大して気にも留めていないはずだ」

「そんなもんか?」

「今の聖女はあくまで肩書だからな」

「ポルカちゃああああん……! うう」

 トムめ。うるせえ寝言だな。

「そんなことより……ケイジ、お前たまには飯でも食いに来い」

 おや珍しい。いつもはシルヴィに近寄るなとか言うくせに。お誘いとはどういう風の吹き回しだ。怪しい。

「いや、別にいいよ」

「いいから来い俺の誘いを断るってのか!!」

 急にキレんなよ。こええなこいつ。

「そんな言い方されるとますます断りたくなる」

「性根がひねくれ過ぎてもはやまっすぐに見える」

 じゃあいいじゃん。まっすぐなんだから。

「頼む。その、シルヴィの機嫌が悪くてな」

 えっ。あいつご機嫌斜めなの? じゃあ余計に行きたくねえよ。

「ちょっと機嫌を取ってくれよ。ただでさえ家に居づらいのに余計に居づらくなる。昨日なんてあいつ、ずっと刃物を研いでたんだぞ」

「居づらいのはあんたが酒浸りで賭場通いをやめられないせいだろ。やめればいい。そしたらシルヴィもちょっとは親父を見直す」

「そいつは無理な相談だな。なあ頼む。ほら、あいつはお前には甘いから」

「……分かったよ。近いうちにな」

「恩に着る。よし、今日は」

 シルバースターが何か言いかけたが、トムがでかい寝言で遮った。もうこいつはさっさと捨てていこう。俺とSSは河岸を変えるのだった。

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