第15話
この日から、俺とテラスくんは二人でダンジョンの探索を始めた。彼には長かった髪を切り、髭を剃り、新米冒険者として活動してもらうことになった。俺だっていつまでも他人の面倒を見られるほど甲斐性があるわけじゃないからな。かと言ってクラスメイトを見捨てるわけにもいかない。
俺はテラスくんに同情していたし、彼もまたそうだろう。同病相憐れむというやつだ。俺たちは似ているのだ。同じようにこの世界で辛い目に遭ったのだ。助け合えるかどうかは分からないが、生きていくために協力するのは当然である。
幸いなことにテラスくんも勇者としてこの世界に召喚されたのだから身体能力はその辺の冒険者にだって負けないし、スキルの所持者でもある。浅い階層の魔物には苦労しない。残念ながら彼は死の神エロリットの信奉者ではないのでやすやすと生き返れるわけじゃないが、まあ、蘇生を使える俺という保険もある。その日を食っていくのには困らないだろうし、コツコツ信仰力をためていけば案外いい暮らしもできそうだった。
俺にとっては三度目のパーティ結成で、新たな旅立ちみたいなもんだな。きっといい日になる。
◎〇▲☆△△△
「これはまあまあ。こっちはがらくただな。お、そっちの短剣はちょっとレアだな」
ダンジョンの探索はテラスくんのおかげで効率がよくなった。
「向こうのモンスター。ありゃちょっと手強いかも」
「回り道するか」
テラスくんのスキルは《鑑定》だった。彼曰くだが。実際のところはどうなのか分からない。ただ、物や人に対してスキルを使うと、何となくの情報が頭に流れてくるらしい。たとえば物だと価値があるかないか。人だと危険か安全か。細かいことは分からない。ただ、テラスくんはそのスキルのおかげで遭難したダンジョンからも脱出できたそうだ。
「死にそうだったけど、食えるもんを見極めながら凌いだよ。このスキルを使うとその対象がちょっと光るんだよ。色がついてな。僕にとっていいものだと白っぽく。悪いものだと赤みがかって見えるんだ」
便利極まりないな。そりゃ魔物を一発で倒すとかじゃないけど、すげえ有用なのでは? 賭場で使いてえ。危険なカードを見極めたりできそうだ。今度テラスくんを連れて行こう。
一人でダンジョンに潜っていた時には気づかないこともあった。というかテラスくんが気づいた。
「ヨドゥンの冒険者ってレベルが高いんだよ。王都や、よその町にいるやつらと比べてだけど」
「え、そうなん? なんでだろ」
「ガーデンのレベルが高いからだろうな。モンスターを倒して得られる信仰心が《姫道》や《鳥巣》とはダンチだ」
テラスくんは俺とは違って色々なことを考え、それを話してくれた。
「柏木くんたちが強いのはこのダンジョンの物を食べてるからかもしれない。魔物の肉を焼いて食ったりしてるだろ? だからそのダンジョンの瘴気に耐性がつくのかもな。本当はダンジョン攻略するときには瘴気から身を守る秘蹟とか、祝福を使ってバフをかけるんだ」
「はえー、なるほど……」
確かに。ガンガン食ってるからな。飯代が浮くし。
「あと、敵を倒した時の信仰心は人数が多いと旨味がなくなるんだ」
「旨味?」
「たぶんだけど、信仰心は発生した瞬間、その場にいるやつらに分配されるようになってる。だからパーティを組んでると信仰心が振り分けられるけど、ソロの冒険者だと丸々手に入るんじゃないかな」
そう言われれば。こないだボスをしばいた時も、寝転がってるだけのシルバースターの報酬石だって勝手に光ってたしな。あいつ寄生虫じゃん。
「ヨドゥンの冒険者はソロで動いてるやつが多いし、必然的によそよりレベルが高くなってるんだと思う」
「普通はもっとパーティ組んだりすんの?」
「普通はね。人数がいた方が戦闘も楽だし、行軍もそうだ」
面白い考えだ。的外れってわけでもないだろう。
「それより、柏木くんはどんなスキルを持ってるんだ?」
「あー。はは、俺か……」
話すのは気が引けたが、テラスくんは正直にスキルを教えてくれたし、それを活かしてくれている。喋るしかないな。
「俺のスキルは――」
◎〇▲☆△△△
「カシワギ・ケイジのスキルが判明した」
自分の部屋に押しかけてきた祓魔師の同僚、D・メアは口元を歪めている。真夜中に呼び鈴を押して寝ている自分をたたき起こしておいて何を笑っているのだと、ポルカ・リオンリオンはイラっとした。追い返したいがメアは頑固だ。話を聞かないと帰ってくれそうもない。
「……ああ、そうなの」とポルカは寝起きでたばこに火をつけた。
「それで、何だったの」
「
ポルカは紫煙を吐きながら、ああ、そうかと納得した。それは確かに外れだ。教会にとっては。
「で。何を強化するスキルなん?」
「そこまでは分かっていない」
強化のスキルは特別珍しいものではない。筋力や秘蹟の効力、運勢などを上昇させるそれは一般的だ。外れなどではない。むしろ扱いやすく有用だ。ただ、ケイジのスキルは別だ。彼が勇者である以上、そのスキルを使用してもらっては困るのだ。
教会が呼び出した勇者には集めた信仰心を捧げるという使命がある。そのため大量の信仰心を抱え込むのはご法度だ。そも、異世界人は真の意味で現地の神を祈り奉ずることができない。そんなスキルを持っていてもほとんど意味がない。信仰とはかけ離れた存在だ。が、だからこそ、この世界では勇者足りえる。
「冒険者として暮らしているんだったらなおさらか。信仰心を納めてお金をもらってるのに、スキルを使うのに信仰心が要るなんてね」
スキルを使って楽に稼ごうにも使い過ぎれば赤字になる。ケイジが勇者だと信じられていないのはその辺りの事情もあるのだろう。この世界の人間にとって勇者とはある種異端でなければならない。彼は良くも悪くもこの世界になじんでいる。普通なのだ。そう思えば興味が薄れていく。どちらかと言えば、ポルカはテラス・ユキヒラなるケイジの相棒のような男の方に惹かれていた。あれは伸びしろがある。若者らしい野心もある。時折自分に向けてくるぎらついた目にもゾクゾクさせられる。
「それから」とメアは言いよどんだ。
「カシワギ・ケイジの資料に改ざんされた痕跡が見受けられるとの記載があった。詳細はまだ分からない。追って報告が届くはず」
「何それ。資料がいじられたの? 勇者の資料が? いや、それはいくらなんでも」
「いや、どうもそうではなく……要領を得ない報告だったから」
どうにも妙な話だった。外れスキルをつかまされた勇者もそうだが、そもそも数十年ぶりの異世界召喚が引っかかる。なぜ。今になって。しかし疑問は飲み込むほかない。十神教の教義こそ、この世界の絶対なのだから。
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