第13話

「……うーーーーん。えー? それで、どこまで話したっけ……」

「まだ全然何も話してないですってば」

 いやだー、と、ポルカちゃんがけらけら笑う。そうしてから手を伸ばし、俺の腕に触れる。さりげない。

 頭の中が、なんか、ぐらぐらする。飲み過ぎたってのか、俺が……? いやでもポルカちゃんだって同じようなペースでぐいぐい行ってたんですけど。こっちが潰されてどうすんだよ。お持ち帰りのプランがもうめちゃめちゃだ。

「ケイジさんってホントに勇者なんですかぁ?」

 ちょっと間延びした口調。可愛い。お酒でほっぺたが赤くなっているのも可愛い。

「うん、そう。俺って勇者なんだよね」

「へえー、本当に? 王都の教会も見たことありますー?」

「どうだったかな……あんまり覚えてないっていうか、王都からはすぐに追い出されたようなもんだから」

 召喚されてからのことは忘れたい記憶だが忘れがたい悪夢でもある。

「クラスのみんなと一緒に召喚されてさ、身体検査みたいなのされて、色々質問とかされて、そんで……ああ、うん。なんかさー、俺の持ってるスキルが外れだったみたいでー、そいでさー」

「外れのスキル?」

 うん。

「それってどんなのなんですか?」

 あんまり言いたくない。俺は酒を飲み、つまみを口に放り込んだ。

「あ、教えてくださいよう。なんでも話すって言ったじゃないですかぁ」

「いや、それがあんまり分かんないんだよね。使ったこととかないし」

「え? 勇者のスキルを?」

 使い方は分かってるしどんな能力なのかも知ってるが、大して使う意味がないのだ。

「なくても困んないしな、別に」

 ポルカちゃんは目を丸くさせていた。

 それから俺は、偉い人たちに『ダンジョンを攻略するのだ勇者よ』と適当なことを言われて、適当な装備なんかを渡されて、派遣先に向かえと言われたことも喋った。

「《姫道》ってダンジョンだったんだけどさ、一人で行っても全然モンスターに勝てなくって。しようがねえから別のダンジョンに向かえって話になって馬車に乗らされたんだよ」

 それも王家の馬車とかではなく普通の乗り合い馬車だ。

「確か《鳥巣》とかいうダンジョンだったかな」

「そこでは活躍できたんですかぁ」

「いや、たどり着けなかった。途中ですげえ雨が降ってきて……もはや嵐かな、あれは。馬車が揺れまくって、客とかが外に放り出されたんだよな。で、俺は運悪く崖から落ちた。そんで海で死にかけてたところを船長に拾ってもらったんだ」

「船長ってサムさんのことですか?」

「そうそう。酷いもんだったけどね。早く近くの村でも町にでも帰して欲しかったのに『俺は一年の半分を海の上で過ごす。陸には降りられねえんだ』って。いやいや、だったら俺だけでも帰してくれよ近くには寄れるだろと思ったんだけど助けてもらった手前、ほとんど雑用のただ働きを一か月くらいやらされたよ」

 あの時の感謝と恨みを忘れない。ありがとう船長。いつか復讐してやる。

「えーと、それでヨドゥンに来たんですかぁ?」

 いや、違う。

「船長には途中で下ろしてもらったんだけど、どこだか分かんない場所でさ。人のいるところに着けないままふらふらしてて……あー、どうしたっけな。なんか、あんまり覚えてない。どっかの森? みたいな……洞窟の中に入ったんだっけか?」

 俺はたばこに火をつけて煙を吐き出す。なんか、記憶も一緒に酒場の天井へ吸い込まれるような気分だった。

「まあ、なんだ、気づいたらヨドゥンにいたんだよ」

「そんなことあります?」

 そう言われてもなあ。

「もう少し何か思い出してほしいなあ」

 す、と、ポルカちゃんが俺の隣に座ってきて太ももを撫でてきた。

「ほしい、なあ」

 耳元で囁かれる。

「うーーーーん」

 考え込んでいるうち、死ぬほど眠くなってきて……というか、寝た。目が覚めた時、俺は酒場に一人で取り残されていた。



「ってことがあってな」

 俺は事の次第をギルドで暇そうにしていたシルヴィに話していた。

「ほーん、そうですか。もう新しい子と寝たんだ」

「いや、寝てない。チャンスはあったんだけど逃してしまった」

「ざまあ」

 こいつ……。

「で、ポルカちゃんは?」

「知らん。休みとちゃう?」

「じゃあ俺も帰ろうかな」

「ね。ああいう子って裏表激しいから気をつけなよ。あんたがどこで誰と何をしようが関係ないけどね」

「いやー、ポルカちゃんに限ってそんなことはないと思うけどなー」

 そうかなあ、と、シルヴィは腕を組む。胸が強調されていたので思わず見てしまう。

「あんたに興味を持つ人間なんてこの世にいないと思うんだけど」

「そこまで言うか」

「実際そうじゃん」

 まあ、そうなんだけど。

「悪い子じゃないと思うけどな」

「それはそう思う。悪い子じゃないよ」

 いい子かどうかも分からないけどね。シルヴィはそう付け足した。



◎〇▲☆△△△



 勇者シノミヤ・マイト一行の一人である祓魔師のD・メアは、ヨドゥンの町のとある集合住宅を訪れていた。木造の二階建てだ。その一室に知り合いが住んでいる。メアは呼び鈴を鳴らしてドアもノックしたが応答はなかった。おそらく眠っているのだろう。もうじき昼だが、彼女の性格は知っている。きっと昨夜もしこたま飲んで朝帰りをしたに違いない。

「……不用心な」

 鍵はかかっていなかった。室内に足を踏み入れると、足の踏み場がなかった。そこいらにゴミや服が散乱している。おまけに臭い。酒とたばこときつい香水が入り混じった悪臭で鼻がひん曲がりそうだった。メアは邪魔なものを足で蹴りながら奥へ入っていく。物音がした。咄嗟にそちらへ向き直ると、この部屋の住人が洗面所で倒れているのが見えた。死んではいないが死にかけの顔である。そいつは化粧も落としておらず、口からはよだれを垂れ流している。

「起きて」

 声をかけるも反応がない。仕方ないので思い切りどついてやった。

「ふあっ、何……!?」

「起きなさい、ポルカ・リオンリオン」

「ん、ああ」

 ポルカは寝ぼけ眼のまま、そこいらをごそごそとし、たばこを見つけるやそれをくわえて火をつけた。紫煙を二度ほど吐いて目が覚めてきたのか、彼女は鬱陶しそうにメアを見据えた。

「こんな朝っぱらから、何?」

「もう昼だけど」

「ああ、そう」と不機嫌そうに言うと、ポルカはよろよろと立ち上がり、やっぱり面倒くさくなったのかその場に座り込んだ。下着も丸出しになっていた。

 メアは内心で嘆息する。祓魔師の同僚であるポルカ・リオンリオンは能力こそあるが、ずぼらで私生活が壊滅的なのだ。これでも、かつては聖女であり、《無呼吸機関フェアリードール》と称された才媛でもある。聖女時代から怪しい面はあったが、引退して祓魔師になってからは坂道を転がるようにして堕落していった。

「報告を聞きに来た。あなたが時間になっても来ないから」

「約束……?」

「そのためにこの町でギルドの受付嬢になったのでしょう」

「……ああ、そういや、そうだっけ」

 ポルカの目つきは少し妙だった。

「あなた。またやってるの?」

 ポルカは答えなかった。メアは彼女の頬を叩き、無理やりに目を覚まさせる。

「引っ越しして一月も経っていないのにこの有り様……教会に報告してやろうか」

「ああ、それはちょっと、困る」

「だったら話しなさい」



 落ち着いたポルカはメアを薄汚い布団の上に座らせて、自らは窓辺に背を預けた。まだ目つきは怪しかったが。

「それで。カシワギ・ケイジという冒険者については何か分かった?」

 あの異端者。あの異常者。恐るべき冒涜。許すべきではない。だが、調査は慎重に行わねばならなかった。そのため、ひとまずメアはヨドゥンの冒険者の調査という名目で増援を希望していた。そこでやってきたのがポルカだったのである。彼女にはれっきとした祓魔師としての任務があったのだ。

「あー、まあ、うん。冒険者っつーか、勇者らしいよ」

「……何が。報告はきちんと」

「だから、カシワギ・ケイジ。あれは勇者なんだって。というか名前からしてそうじゃない? 異世界人っぽいじゃん」

 メアは愕然とした。あれが。あんなのが勇者なのか。

「町の人らはあんまり信じてないんだけどね。ただ、そうだって断言する人もいるから。私も本人から話聞いたけどさ、噓は言ってないと思う。でたらめは言ってそうだし、何か隠してそうだったけど」

 あの男が勇者。メアはしかし納得もしていた。あれだけアホみたいに強いのだ。自分がちょっとかっこいいと評してしまったのも勇者の力なのだろう。そうでないと困る。

「一年前、王都に召喚された異世界人が、なぜかこんな僻地にいたってことね」

「確かに、勇者すべての動向が確認されているわけではない。でも、放置されている理由は?」

「教会にとって脅威じゃないんでしょ。勇者さまも自分で言ってたけど、自分は外れスキルだったから冷たくあしらわれたとか」

 メアは瞬きを繰り返した。

「外れ? 外れのスキルなんて存在するの?」

 ありえない。どのような能力であっても異世界からもたらされた力だ。仮に外れスキルのようなものがあったとして、それを持つ勇者を野放しにする意味はない。

「どんな能力なのかは教えてもらえなかったけどね」

 王都の教会本部に確認する必要がありそうだった。ただ、勇者に関しては秘匿される情報が多い。祓魔師程度ではほとんどの情報が解禁されないのだ。ただ、その点についてはどうにかなる。知り合いに頼めばある程度の階層にある情報へはたどり着けるだろうと確信していた。

 ポルカは何かを口にしていた。酒である。迎え酒だった。

「というか、勇者カシワギは行方不明扱いになってるんだと思う。信じられないけど、海に放り出されたとか言ってたし」

「詳しく聞かせて」

「ええと」

 話を聞き終えたメアは舌打ちした。ふざけてやがる。

「……対象との接触は続けて。異端であると確認できれば即座に実行するから」

「えっ、これってそういう意味の話だったの?」

 ポルカは驚いている様子だった。

「勇者って殺していいの? つーか、殺せるわけ?」

 方法はいくつもある。問題ない。メアは首肯する。

「異端であるなら、教会に弓引くものならなんだって排除するのが我々の役目」

「拡大解釈してるような気ぃするけど?」

「してない」

 メアは言い切った。

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