第12話
ギルドの冒険者窓口には長蛇の列ができていた。俺は報酬石を手の中でもてあそびながら息をつく。もう小一時間は並んでるぞ。
その理由は一つしかない。新しく入った受付嬢が可愛いからだ。みんな、わざわざその子がシフトの日を狙って換金しに来る。というか俺もそのうちの一人だった。
「チッッッッ」
シルヴィの舌打ちが後ろから聞こえてきたので、俺はうつむく。
「はあああーあ……なんか嫌になるなあ……仕事辞めようかなああああ」
呪詛を無視していると俺の番が近づいてくる。が、なんと俺の前にあの法螺吹きトムがいやがった。彼は自分の番になるや石も出さずに話を始めた。
「やあポルカ! 聞いてよ今日はダンジョンの探索してたんだけど狼の群れに囲まれてさ、まあ僕だったら平気なんだけどね。こうやって、こう、武器を構えて腰を低く落とすんだ。狼どもはウォンウォン鳴いて今にも飛びかかってきそう! 僕は焦らなかった。一歩近づいてやると向こうが一歩下がる。プレッシャーってやつだよね。やっぱりこう一流の冒険者じゃないと出せないような特別なオーラを狼たちも感じたんだよ。そうして痺れを切らして襲ってきた一頭をまず、ズバンと切り捨ててやった。肉が裂けて血が出た、僕はそれをかわしながら次の狼に……あっグロい話平気? 大丈夫? そう? それでさ、狼を切って切って切りまくってやったんだ。でね……」
法螺吹きトムは空気が読めないお喋りのお調子者だ。売り出しの若手冒険者というやつで他国からやってきたそうだ。実力はそれなりにある。身軽だし、色々なアイテムを使いこなしてモンスターに対応しているのを見たことがある。少々やかましいがヨドゥンの町では受け入れられている。なんというか憎めないやつなのだ。
「ええー、すごいですねー」
そうやってにっこりとアイドルみたいなスマイルを返したのが新人受付嬢のポルカちゃんだ。守ってあげたくなるような小柄な体。それでいて出るとこは出ているボディ。ふわっとした髪(舐めたら綿飴みたいな味がするんだろう)。くりっとした目。聞き上手だし、なんというか場末には似合わない品がある。さらにさりげないスキンシップ。声のトーンも高く、きっと同性には蛇蝎のごとく嫌われるであろう立ち振る舞い。しかし男はそういう子が超好きだ。
「でしょ! それでね。狼どもをなぎ倒した次に超でっかい山みたいな蛇が舌を覗かせて僕の方を見ていたんだ。あのダンジョンの蛇はとんでもない毒を持っていて、噛まれたら最後頭のてっぺんからつま先まで一瞬で真っ青になって……あ、痛い話って大丈夫? そう?」
法螺吹きトムの話は止まらない。ギルドの隅で胡桃のような木の実を手の中でコロコロ言わせているシルヴィの目も怖い。親父そっくりじゃねえか。いったん引き上げようかと考えていると、トムが俺の存在に気がついた。
「ケイジ? ケイジじゃないか! なんだ君も来てたの? 来てたんなら声くらいかけてよ僕たち知らない仲じゃないだろ? ほら知ってるポルカ? 彼は勇者なんだよ! いや本当かどうかは知らないし誰も信じてないんだけどね!」
「……えー、すごーい、勇者さんなんですかぁ?」
「自称だよ、自称! だってケイジってスキルとか使ってないしね」
「ああもう、それでいいよ」
うるせえな余計なお世話だ。ポルカちゃんも愛想笑いをしていたが、ふと俺と目が合うと、妙な視線を投げてくる。それも短い間のことで、俺は気のせいかなと思いなおすことにした。
「もういいか? 俺も換金したいんだけどさ」
「ああいいよ、もちろん! どうぞ」
そう言って俺の隣でマシンガントークを続けるトム。よくもまあここまで舌が回るもんだ。うんざりしていると、ポルカちゃんが鑑定の終わった報酬石を手渡ししてきたので俺も遠慮なく彼女の手に触れる。
「はーい、お疲れさまでした。こちらが報酬となります」
「はいはい、ありがとうね」
今回は量が多かったので小さな包みで渡された。
「はーい、またね」
「ん?」
今ボソッとポルカちゃんに何か言われたような……気のせいかな?
法螺吹きトムはと言えば、俺の後ろに並んでいたイップウ師範に寸勁を食らって泡を吹いていた。
ギルドの外に出て包みの中を確認すると、金の中に折りたたまれたメッセージカードが紛れていた。なんだこりゃと読んでみると、なんとポルカちゃんからのお手紙だった。字が丸くて可愛い。要約すると『今夜飲みませんか』とある。ええ……? モテ期かな? 彼女とは出会って間もないし、大して話もしていなかったのだが、これも俺の溢れる魅力によるものか。うわー、絶対ヤれるやつだろこれ。つーかヤる。冒険者に大人気のポルカちゃんとサシで飲めるのなんて法螺吹きトムが聞いたら羨ましがるだろうなあ。いや殺されるか? 嫉妬されて激怒されて殺されるかもしれない。どうしよう。ちょっと冷静になった方がいいかな……。まあ深く考えないでおこう。
ポルカちゃんの仕事が終わるまで適当にぶらぶらしていると、物々しい雰囲気のやつらを見かけるようになった。いわゆる自警団の連中だ。警察なんかこの世界にはないので、ヨドゥンの住人や、ギルドや教会から人を出し合って組織されているらしい。王都だと騎士が警邏でもやってるんだろうが、こんな僻地には騎士なんか派遣されないからな。……そもそも亜人の娼婦が一人殺されただけだ。誰も見向きしないだろう。
リリを殺した犯人はまだ見つかっていない。娼館に客としてやってきた誰かだろうが、受付をしたあのボーイも重傷で口をきけないでいた。犯行を止めようとしたのか。あるいは、口封じをされたのか。
いかんいかん。考えてもしようがないな。とりあえずポルカちゃんとの楽しい時間を想像しよう。ヒヒヒ。
で、とりあえず時間でも潰すかと賭場に行ったらなぜか今日換金した分がなくなっていた。不思議だなあ。
やべえな。飲みに行くのに金がない。ポルカちゃんに出してもらうのもなあ……なんかかっこ悪い。シルヴィに借りるか? いや、なんかすごい嫌な予感がするな。やめとこう。
「というわけなんだけど」
「あー負けちゃったんですかー」
夜になり、ギルドの近くで待っているとポルカちゃんが来たので正直にわけを話した。
「えへへー、いいですよう。私が誘ったんですから」
「いいの?」
天使みたいだなこの子。
「その代わり、いっぱい面白い話聞かせてくださいね」
天使だなこの子。
「聞かせる聞かせる! 何でも喋る!」
ただ酒が呑める! 俺のテンションは爆発的に高まった。しかもポルカちゃんと向かったのは安くて小汚いいつもの居酒屋ではなく、ちょっとした個室のあるエロい雰囲気(錯覚)の酒場だった。期待感。ひひひ、めっちゃ飲ませて酔わせたろ。酒は飲んでも飲まれるな。おっさん連中と毎日のように飲んでんだこっちは。百戦錬磨のアルコール力を見せてやる。
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