第10話



 ある日のことだった。

 俺はシルバースターとともにダンジョンから帰還し、いつものように石を見せて報酬をもらおうとしたのだが、そこで厄介な人が現れた。

「どうせインチキしたんだろ」

「なんだと? ふざけるな教会の狗め。お前らだって俺たちからピンハネしてるんだろうが」

「ふざけたことを言うなっ」

「黙れ臆病者め!」

「言ったな!?」

 そこでシルバースターと揉めているのはこのギルドのマスターであり、シルバースターの天敵であるツェネガー氏だ。二人は幼馴染の腐れ縁らしい。

 ツェネガーはシルバースターよりでかい体をしているが妙に神経質で金に細かい。こないだも師範と船長が報酬を引き換える際にぐちぐちと言われたそうだ。この人だってギルドマスターに任命される前は一流の冒険者だったようだが、今はお腹回りもぼてっとしている。昔はヨドゥンのオーガとも呼ばれていたらしいが。まあ、見る影もない。というか俺の周りにはでけえおっさんしかいないのか。

「表に出ろ、決着をつけてやる」

「千鳥足でよく言うじゃねえか。押しただけで死ぬだろお前」

「やれるもんならやってみろ」

「何でもかんでも暴力沙汰か。これだからお前ら冒険者はクズなんだ!」

「何を偉ぶってこの野郎! 貴様だってこないだまで冒険者クズだった分際で!」

 それはそうと長くなりそうなので先に外に出とこう。



 ピンハネか。あんまり考えていなかったが、うーん。この報酬石にどれだけの信仰心がたまっているのか、細かくは分からないもんな。色と光である程度判別可能なだけだし。そもそも、俺たちがギルドに渡した信仰心って(信仰心の譲渡は可能)どこに行ったんだろ。あいつらがしこたまため込んでんのかな。

 ま、詮無いことか。……いや、ギルドかどうかは知らんが、それはそうと信仰心を稼いでダンジョンから出る前と後とで、微妙に光が弱まってるような気がするんだよな。あの出入口通った時に盗まれでもしてんのか? 気のせいかな。最近、ちゃんと稼げてなかったしな。

 そうそう、結局大会も開かれなかった。なんでもゲストがギャンブルどころではなくなったそうで、ヨドゥンの連中も接待どころではなくなったらしい。金があっても使う場所がなければ無意味だ。がっかりしたような。ホッとしたような。

「運命だな」

「何が」

「おうっ? 急に出てくんなよ」

 後ろからシルヴィに声をかけられた。彼女は受付嬢のエプロンを外していて、太陽に向かって伸びをする。主張する胸をガン見していると彼女に舌打ちされた。

「男らしいのかそうでないのか分かんないことしないの」

「昼休み?」

「そ。あの二人まだやり合ってるし、うるさいからね。みんなで今のうちに休憩取ろうって」

 まあ、あの様子だと冒険者だって入っていけないだろうな。

「そんじゃあ飯でも行くか?」

「おごってくれるの?」

「……まあ、たまにはいいか」

「よっしゃ」シルヴィは小さくガッツポーズする。そんなにおごって欲しかったのか。

「あ、そういえばさ、うちに新しい人が来るらしいよ」

「あのギルドに?」

 そう。シルヴィは頷く。

「かわいそうに。左遷か、島流しみたいなもんだろ」

 こんなうらぶれた寂れた町に飛ばされるなんて前世で悪いことでもしたんだろう。

「喧嘩売ってる?」

 とんでもない。そんなことより。

「新人かー。かわいい受付嬢だったらいいな」

「は? 私がいるんだが?」

 シルヴィの目が据わっていた。

「か。かわいい子は何人いてもいいだろ」

「えー? んー、まあ、そりゃそうだよねー」

 あぶねー誤魔化せた。



 昼飯を食ってシルヴィと別れた後、俺は宿に戻ろうとしていた。お腹いっぱいで眠いから昼寝したかったのである。軽く寝た後は一杯ひっかけて賭場に顔を出そうかな。


「あっ!! 冒険者殿! 冒険者殿ではないですか! 冒険者どのおおおおお!」


 えらい遠くの方から女の大音声が聞こえてきた。通りにいた人たちはみなそちらに顔を向ける。声にたがわず馬鹿でけえ女が走ってくるのが見えた。金髪が鳥の羽のようにはためいている。丸太のような腕がぶんぶんと唸りを上げている。バッキバキの両足が地面を踏みしめて躍動している。……しまった。知り合いだった。

「冒険者殿っ」

「うわあ近い、近いって」

 スポーティな装いをした娘っ子が俺に激突する寸前まで近づいた。二メートル近い体躯に見下ろされ、凄まじい圧を体に受ける。彼女は何が嬉しいのか、にこにこしながらその場で足踏みを始める。

「奇遇ですね!」

「そ、そうだね」

「冒険者殿はダンジョンに潜っていたのですか?」

「ああ、その帰り」

「さすがです!」

 何が。

「常に自己鍛錬を欠かさないとは……戦士の鑑です!」

「……いや、戦士とかでは」

 この、やけにエクスクラメーションマークが似合う少女(?)はアキ・ミュラーという。過日、俺がなけなしの信仰力を使って蘇生させた騎士の娘であった。それ以降、見つかるたびになんかこんな風に話しかけられている。

 女っ気のない生活に潤いができて嬉しい。ありがとうアキ・ミュラー。君は心のオアシスだ……と言いたいところだが。いや、怖いんだよな。この子めっちゃでかいし、大鬼みたいに手足バキバキだし(こないだ無理やり腹筋を見せつけられた。見事なシックスパックだった)、声もでかいし距離感とか掴めてないのか基本的に至近距離だし。……確かにかわいいのはかわいい。そんな子に懐かれるのだって悪い気はしない。だけどなあ。アキと話していると、あの日失った虹色の輝きを思い出して鬱々とした感情が芽生えてしまうのだ。トラウマである。

 とはいえアキに罪はない。わんわん泣いてるよりもこうして元気いっぱいにしている方がずっといい。

「親父さんは元気か?」

「はいっ。そのう。早く冒険者殿を連れてこいと言われているのですが。ぜひお礼をしたいと……」

「いやいや、大したことはしてないから。いい、いい。そういうの」

 騎士なんて堅苦しさの権化じゃないか。関わると面倒くさそうだ。

「大したことなどと!」

「ひっ」

 アキは俺の手をつかみ、手のひらをぎゅうううううと無理くり開かせてそこを指でなぞり始めた。

「父をお救いくださったのですよ! ミュラー家一同冒険者殿に足を向けて寝られない日々が続いております!」

「済んだことだし、気にしないで」

「何をおっしゃいますやら!」

 いだだだだ、痛い、痛いから力まないで俺の手が壊れちゃう。

 アキは俺の顔をじっと見ていたが、ふいと気恥ずかしそうに目をそらした。だったら最初から見るな。

「冒険者殿の奥ゆかしさは大陸全土、雷の名を轟かせていることでしょう。それは分かっているのです。ダンジョンでの借りはダンジョンで返せ。そうおっしゃりたいことも、このアキ・ミュラーとてよく分かっています!」

 そんなん俺は一言も言ってないが。

「ですからこれをお受け取りください。ささ、お納めを」

 差し出されたのは花柄の包みである。俺はそれをなんとなしに手に取った。クッキーでも焼いてくれたのかな? 中を開くと、普通に金が入っていた。

「では!」

「ではじゃねえよ!」

 俺はアキの手を引っ掴んだ。掴んだけど馬力が違い過ぎて引きずられる始末。数十メートル下手人みたいに引きずられた先で彼女はようやく俺に気がついた。

「ああっ、破廉恥ですよ冒険者殿……こんな往来で殿方が、私の手を引っ張るなんて……」

「待て待て待て! 出所の分からん金を置いていくんじゃない。怖いだろ」

「おお、それについてはご心配なさらず。これは私がダンジョンで手に入れたものですから」

「え、そうなの」

 はい、と、アキは胸を張った。ぶるんと揺れたが筋肉なのかどうか判然としないのであんまり嬉しくなかった。

「当家の騎士たちとともにモンスターを討伐し、信仰心を集めたのです。それをギルドにて換金したものですから! 安心安全です! あっ、その、聖女さまや祓魔師殿にも協力していただきました……情けない限りです」

「だったらそれはお前らのもんだろ」

「いえ! 冒険者殿のものです!」

「お礼ならいらないって言ってるじゃないか」

「いえ! 礼ではなく! あ、礼ではなく……礼ではないのですが、まるで礼のようだという気持ちはあります! 聞けば王都で蘇生の権能を使ってもらうには多額の寄付がある方が優先されるのだとか。金貨の一〇〇や二〇〇では足りないものだと」

 はあ。え、そうなの? マジ? 俺らガンガン死にまくって生き返りまくってるけど。……いや、いやいや、普通に考えればそうだ。蘇生だなんて摂理を捻じ曲げてる。感覚が麻痺ってたけど、こんなんルール破りの代物だろ。

「とにかくもらってください。先にお渡しした額など本来なら冒険者殿のしてくださった行いには見合いません。そうでないと困ってしまいます」

 う。また手をにぎにぎと掴まれた。完全にロックアップの体勢である。しかもアキの目は潤んでいた。こいつアレだな。よく泣くよな。

 仕方ないか。何だったらアキにもらった金は使わないでとっておこう(秒で消えた)。

「分かったよ。とりあえずな、とりあえず。もういいから、お前ら弱っちいのにダンジョンになんか潜るなよ」

「ああ、いえ、ダンジョンに慣れておかねばなりません。これは我々の使命でもありますゆえ」

 使命? そういや、さる方に同行してるとか言ってたっけ。

「誰かのパーティに入ってるんだったか?」

「はい! ゆ――」

 アキは自分の口を両手で抑えていた。

「ゆ?」

「勇猛な方のパーティに入っています!」

「へー。もしかして勇者のご一行様なのかなとか思ってたわ」

「ひゅ――」アキの口から変な声が漏れていた。

 大会が開かれるから時期的に考えてそうかなと思ってたんだが、結局勇者とは出会わなかったしな。顔さえ見れば前の世界じゃクラスメイトだったし、目立つやつだったら思い出してただろう。一時はほかの勇者たちについて風のうわさも流れてたけど、ある日ぷっつりと途絶えちまったし。ま、本当に勇者が来たんならヨドゥンのダンジョンなんざ余裕で攻略していただろう。

「どうしたアキ。顔色が悪いぞ。というか青いぞ」

「めっそうもないです! そ、それでは私は任務がありますので」

「そっか。またな。あ、もうお礼とか大丈夫だからな」

 アキは何度も頭を下げながら去っていった。



◎〇▲☆△△△



 知られてはならぬ。

 勇者シノミヤ・マイトがダンジョンの攻略に失敗したなどと広まってはことだ。風聞には尾ひれがつくもので、彼を疑問視するものを勢いづかせてはならない。

 だから、隠さねばならなかった。秘中の秘である。


(危なかった)


 アキは内心で胸をなでおろしていた。同時に、さすがだと冒険者ケイジの洞察力に感服していた。

 教会でも使い手が少ない蘇生の権能。神の奇蹟そのものだ。それを見ず知らずの自分たちに無償で提供した器の広さ。聞けば、あのガーデンでも魔物の屍を積み上げ、深い階層まで潜っているという。それもたった一人きりで。闊達自在とは彼のことを言うのだろう。世界は広い。自分より腕の立つものだって大勢いる。分かっていても事実を呑み込むのに時間はかかったが。

 一方で、自分たちは何なのだろうか。アキは思い悩む。聖騎士になったはいいが、今は穴倉で魔物との戦いに明け暮れる日々。冒険者と変わらないことをしているが、何事も上手くいかない。満足な探索などできたためしがない。


(姫道や鳥巣ではこうはならなかった)


 ただの言い訳だ。自分の力量が大いに不足しているだけの話だ。それだけではないのだが、アキはそう捉えていた。

 聖騎士としての誇りも。今まで鍛えてきた肉体も。己が道程も。ヨドゥンに来てからはこれまでの自分を否定されるような目にばかり遭っている。父が魔物に嬲られ、動かなくなったときは自分もここで死ぬべきなのだと悟った。鍛え方が足りないからこうなったのだという神のお導きなのだと観念した。そのような妄念を打ち払ってくれたのがケイジだ。彼の存在がアキの心に光をともしてくれたのだ。それは導きの光である。強者であればいい。強くなれば迷いなぞ消えてしまう。


(私は、不心得者だ。いつか必ず罰を受けるだろう)


 アキは自らを律しようとしたが、駄目だった。あふれ出る思いを抑えることができない。本来なら思うことですら許されない。だが、感情が、本能が叫んでいた。シノミヤ・マイトではなく、ケイジが勇者であったなら、と。なれば喜んで彼の盾となろう。その結果、自分は死んでしまってもいい。一瞬でも構わない。彼の命を守れたという事実があるなら無間の地獄に突き落とされても耐えられるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る