第9話
◎〇▲☆△△△
「へっへっへ……」
俺は笑った。
「ゲヒャー! ハッハッハァ!」
また笑ってやがる。キモいな。などとコソコソ声が聞こえるが気にしない。見よ、この俺の報酬石を。この光を。べかーっと虹色に熱く輝きを放っているではないか! これこそ信仰力がたまりにたまりまくっているという証だ。まあここまでの予兆は見ないね。まあ見ない。虹はレアだね、レアすぎる。というかここまで信仰をためるってのが、まずない。俺の脳みそは薔薇色に染まっていた。地上に戻ったら何しようと想像するだけでよだれが出そうになる。まずは酒だ。いつもの悪い酒ではなく上等の。女を侍らしてケツ揉みまくりながら珍味に舌鼓を売ってみたい。賭博してえ。ギャンブルがやりてえよう。ああ、そうだ。こんな腐れたチンケな町からも出て行ってしまおうか。聞けば、ほかの国じゃあどでけえ賭場だって開かれてるらしいし。あーーーー早く脳みそぶっ壊してえ。
試練を狩り尽くした後、俺たち四人は地上を目指していた。その道中、二階層から一階層に上がったところで妙なものを見た。四人組できっちりした鎧を着こんでいる。ここいらじゃあんまり見ない人たちである。
「冒険者じゃあなさそうだが」
船長が少し警戒していた。まあ、確かに。冒険者にしては小ぎれいだな。初心者か? いや、それにしちゃあ装備がしっかりしてる。
「ありゃあ教会の騎士だろうな」SSが言う。
騎士ぃ? そんな人たちがなんでこんなところにいるんだ? 俺が怪しんでいると、シルバースターがずかずかと歩いていく。おいおい。
「ばか、回り道しようぜ。絡まれたらどうすんだよ」
「動けないやつがいる」
SSが指さす方、やけにでかい騎士に隠れて見えなかったが、兜を脱がされた男の騎士が横たわっていた。
「どうすんだよ」
「決まってる」
シルバースターは言い切った。残った俺たちは顔を見合わせる。そうか。そりゃそうだよな。あんたはそういうやつだ。アルコール中毒のギャンブル依存症であっても、シルバースターはダンジョンで弱り、困っているやつを見過ごせない。
知らねえからな。言いながらも俺は彼についていく。近づくとすぐに分かった。もう駄目だと。その騎士はとっくに死んでいる。
「あなたたちは」
俺たちが近づいてくるのを見るや、一人の騎士が仲間をかばうようにして声をかけてきた。
「冒険者だ。今から地上に戻るところだったんだが、あんた方が立ち往生してるのが見えてな」
船長は面倒くさそうに言って、おお、と、驚いたように口を開けた。
「なんだ、そいつ女だったのか。てっきりオークかトロルの類だと思ったぜ」
死体に縋りついているのは大柄な騎士だ。俺もてっきり男だとばかり思っていたが、わんわん泣いている声から察するに年若い娘らしい。
「あー、もしかして」
「ああ、まあ。そうだ。父親が魔物に」
騎士は言いよどんでから、俺たちに向き直る。
「我々はさる方の同行者でな。魔物との戦いで難儀して、この方が……波の騎士殿がしんがりを申し出たのだが」
「やられちまったのか。で、本隊は無事なのか」
「脱出したはずだ」
「あんたらはなんで残ってる」
聞かなくとも分かる。父親を失った娘が愚図ついて二進も三進もいかなくなったのだろう。
「留まるのも危険だ。俺たちが先導するからついてこい」
シルバースターが言うが、騎士はため息を漏らす。
「聖騎士殿はてこでも動かん」
「あー、確かにな」
この巨体を無理に動かすのは困難だろう。鎧まで着込んでるわけだし。……さて、どうするか。俺としてはほっといてさっさと戻りたいんだけどな。
腕を組み、何事かを考えていたシルバースターは声を潜めて言った。何か嫌な予感がした。
「ケイジ。
ほらきた。
「冗談だよな? なあ。俺がどんなに苦労したか分かってるよな?」
「人命には代えられん」
「代えるのは俺の信仰力だろうが。じゃあ何か。その代わりにあんたの報酬をくれるってのか」
「ああ、構わん」
マジか。マジかよ。いや、こいつはそういうことを言う。
「どうにかできるのか」
俺たちのやり取りを見ていた騎士が遠慮がちに聞いてくる。どうにか。どうにか、か。できなくもない。いや、できる。できるが。したくないというのが正直なところだ。
クソが。
どうしてこうも俺の人生ってのは上手くいかねえんだ。せっかくためた信仰心をこんなところで、こんな浅瀬で死ぬようなやつらのために放出しなきゃならねえのかよ。酒だぞ。女だぞ。博打だぞ。新しい装備だって買えるだろうし、次のダンジョン攻略が楽になるもんがいくつも手に入ったはずだ。シルバースターは自分の報酬を差し出すとか言ってるが、こいつはろくに戦闘に参加していなかった。信仰心なんざ大してたまってないだろう。せいぜい今日の晩飯が豪華になる程度。俺に比べりゃ屁みてえなもんだ。割に合ってないんだ、こんなの。
「……お父さま。お父さまを、助けてくださるのですか」
クソ。クソ。
娘の騎士が俺を見上げていた。ちくしょう。畜生が。
エロリットの権能の一つである蘇生は、案外安い。死の神の信徒なら割と気軽に使えたりする。もちろん信仰力がたまってないとダメなんだが、それだってダンジョンに潜って小鬼どもを数匹どつき回せばどうにかなる。ただ、それは本人の場合だ。死の神を信仰するものが死んだときの話だ。この力、死の神の秘蹟を他者に使う場合はそれよりずっとコストがかかるし、力が要る。脳筋の師範や船長では使えない。自分が生き返るのと他人を生き返らせるのではわけが違うのだ。
つい先刻までビッカビカに光り輝いていた俺の報酬石は、淡く、うっすらと、電池切れ寸前の懐中電灯みたく弱々しい光になっていた。
「……ああ、もう」
俺はダンジョンの出入り口そばにあるエロリット像の近くに座り込んでいた。もう小一時間はこの体勢である。動けない。動けなかった。動きたくもなかった。自らの甘ちゃんさにうんざりしていた。死ぬほど頑張って時間をかけてボスを狩りまくったんだ。あんだけ殺しまくったから当分は現れないだろう。あんなに美味しい敵は次にいつ会えるか分からない。終わりだ。もうでっかく稼げねえ。大会にだって入れねえぞ。
俺の状態を見かねたであろう師範も船長も、あの騎士たちを地上に送り届けた後はさっさといなくなっていた。
「ほら、約束の報酬だ」
じゃら、と、シルバースターが金を渡してくる。俺はぼんやりとしたままそれを受け取ったが……おかしい。金貨が混じってるな。
「これ、多いんじゃないか?」
「師範と船長からだ。あんまりかわいそうだから渡してやれとさ」
「ああ、そうか」
ちょっと元気出た。金は命の源である。
「あんたの取り分は?」
シルバースターは大仰に肩をすくめた。
「今回はただ働きだな」
「そうか。……おごるよ。《踊る兎亭》でよければだけどな」
「悪くない。あそこは安酒しか置いてないが賑やかだからな」
そうだな。喧騒に身を浸せば、ちょっとは悲しみも癒えるだろう。
俺はゆっくりと立ち上がり、体を伸ばす。今回はかなり堪えたな。
「あの、なんとかの騎士とかいうおっさんは助かるかな」
蘇生と一口に言うが、俺の秘蹟では魂を呼び戻すのが限度だ。損傷した肉体を再生させるレベルまではいかない。死の淵にいるところに戻って来いよと声をかけた、くらいの認識である。あとはそいつの生命力だ。生きたいっていう思いがあれば、まあ、大丈夫だろう。あそこまで自分の子どもに泣かれちゃあな。
「波の騎士か。確か、聖ブロンデル騎士団でも序列上位の騎士だな」へえ。よく分からんけど。
「それなりに修羅場も潜っているはずだ。戻ってくるだろう」
そうでなきゃ困るけどな。こっちは虹色激熱状態の報酬石を手放したんだ。生き返らなきゃ俺が殺す。そうでもしないと割に合わん。
「だあっ、大会はお預けか」
「賭場はまた開く。試練もまた現れる。次の機会を待てばいい」
「ああ、そうかい」
なんかしたり顔で言ってるけど、シルバースターはボス戦で特に何もしてないんだよな。
「おい、そんな目で見るな。いつまで気にしてるんだ」
「やっぱ見捨てりゃあよかったかな……」
「お前が勇者なら、その辺の石ころだって勇者になるな」
助けても助けなくても後悔はしただろう。いや、いつもしてる。後悔しっぱなし。……まあ、いいか。うん。今日くらいは美味いもんが食える。それでいい。
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