第6話
「あー、もう、しつこいなあ」
最後の一匹のどてっぱらに風穴を開けて蹴り飛ばす。
きい、と、小動物の鳴き声がした。まただよ。斥候鼠だ。ダンジョンに入ってくる人間を見つけたらほかの魔物に伝えちまう厄介者だ。駆除できればいいんだけども、小さいし素早いし、壁の隙間に隠れるし、蔦を飛び移るようにして外壁の向こうまで逃げるのでどうしようもない。
とりあえず進むか。俺はその辺に投げておいたナップザックを背負い、歩き出す。まだ
「おっ」
俺は持っていた槍を投げ捨てた。先の戦闘で石突の部分が壊れかけていたし、ダンジョンに潜ってすぐにその辺で拾ったものなので愛着はない。その代わりに、小部屋に放置されていた長鉈を見つけて拾い上げた。ラッキーだ。あんまり刃こぼれしてない。それに、ここにいたであろう冒険者が遺したアイテムなんかもそのままだ。死人じゃ使えないからな。ありがたく頂戴しておこう。
『薄汚い盗人め。何が勇者だ』
前にどっかで誰かに言われたことを思い出したが、現地調達が俺のスタイルなのだから仕方ない。そもそも十全に装備を整えられるほど金を持っていないんだからしようがない。
アイテムに気を取られていると、小部屋の出入り口から足音が聞こえてきた。小鬼じゃない。四足の獣だな。俺は背を向けたまま鉈を軽く振り、侵入者が来るのを待った。数瞬ののち、振り向きざまに、飛びかかってくる狼を切り裂いてやった。傷を負い、着地をミスった相手を見逃すほどお人よしではない。ふッと息を吐き、火の神の秘蹟を発動する。刀身が固く鋭くなり、獣の首が簡単に落ちた。
秘蹟とは、まあ、魔法みたいなもんだ。というか魔法でしょ。たとえばさっき使った火の神の秘蹟は得物の強化だ。火神エングゥリンは鍛冶の神でもあり、主に職人から信仰されている。火の神以外にもいろいろあるが、火の玉放ったり肉体を強化したりと便利な力である。とはいえ俺はこの方面にも才能はない。さすがに空を飛んだり、町いっこぶっ飛ばすような派手なもんは使えない。ちょっとばかり戦いを楽にするくらいが関の山である。本当はもっとこう、攻撃的なもんを使いたいんだが。使い方とかよく知らないしな。
勇者補正の利いている体はそう簡単に空腹を訴えない。試練が受けられるのは十階層の祭壇あたりだろう。今のうちに七か、八階層には到達したい。
俺はその辺に意識を向けた。痕跡がある。誰かが迷宮に足を踏み入れているはずだ。俺より先に。俺より早く。十中八九、殺し合いになるだろう。
◎〇▲☆△△△
王都を出立した勇者シノミヤ一行は転移の秘蹟を使い、ヨドゥンの町に到着していた。着くなり、この町に赴任している神父たちからの歓待を受けたが疾く辞した。
「教会で寝泊まりすんのはごめんだからな」
シノミヤは町一番の宿屋を拠点とすることに決めた。同行者が異を唱えるはずもない。むろん、料金も教会持ちである。彼は少し疲れたと言って聖女の一人を連れ、自室に引っ込んだ。欲望を処理してから出立するのだろうなと誰もが察した。
同行者の一人である祓魔師のD・メアは建物の外に出て街の雰囲気を確かめていた。ガラが悪いのも、王都に比べて貧しい場所なのも知っている。故郷だからだ。
「祓魔師殿」
D・メアは小さく首肯する。話しかけてきたのは聖騎士アキ・ミュラーであった。二人が並ぶと凸凹が目立った。何せD・メアは小さい。背丈もそうだが胸元も寂しかった。一方のアキは大柄で豊満である。頭一つ、二つ、三つ分くらいはメアより背が高い。
「何か」短く言って、D・メアはアキの目を見据えた。
「やはり、
アキは蜂蜜色の毛髪が顔にかかりそうになり、指でかき分けた。その隙間から覗いた瞳には明らかに不安の色が見て取れた。彼女がメアに尋ねたのは祓魔師だからだ。彼女らはその性質上、暴力も辞さないのである。
「もちろん」とメアは答える。
ダンジョンとは押しなべてそうだ。人死には当たり前の場所である。
特にヨドゥン近辺にあるダンジョンは凶悪だ。危険度は大陸の中で最も高い。そも、スロープゴットは危険な土地へ追いやられたのだ。姫道や鳥巣でさえも他国のダンジョンと比べれば物騒な部類に入る。
メアもガーデンに入ったことはない。聞き及んだだけだ。
迷宮でしか生きられない迷宮人と呼ばれる鬼どもがうろついていて、死の神エロリットの眷属である蛇と狼の魔物だらけなのだと。
逆さになった神殿は在るだけで強い瘴気を放ち、冒険者の平衡感覚を狂わせる。足を踏み外せば地の底までつながっているであろう大穴に飲み込まれ、暗がりの隘路には罠が仕掛けられている。そのうえ、濃い瘴気は異常な間隔で人類に試練をお与えになるらしい。
「……勇者さまはお強いでしょうが、平気、なのでしょうか」
メアはしばし押し黙った。アキの意を推し量ったのだ。聖騎士たる彼女の心配ももっともだ。勇者シノミヤはダンジョンを踏破したとはいえ難度の低い二つきりだ。それも先陣を切ったのは引率役のアキやその父親のホップアップたちで勇者はまともに剣を振っていない。ガーデンへ挑むには練度が不足していると言いたいのだろう。
「問題ない」
「おお……やはり勇者さまはそれほどまでに」
そうではなく、別に失敗しても構わないという意味だった。勇者が攻略に手間取り失敗しても、彼の伸びきった鼻が折れるだけで教会側が手綱を握りやすくなる。成功すればなおよし、である。とはいえ、メアはそれを真面目そうな聖騎士に説明するつもりはなかった。
「期限も一年はもらっている」
「そうですね!」
「援軍も要請したと聞いている」
「おお、なんと心強い」
果たして一年ぽっちで足りるかどうか。何せ教会の知る限り、ガーデンを攻略したという話は聞かないのだ。かつての勇者たちもここだけは避けて通ったという。失敗しても構わないだろうが空手では戻れない。ゆっくりと確実に。少しずつ道を踏み固めるかのように。かの魔宮の攻略、その糸口だけでも見つけねばならないだろう。
◎〇▲☆△△△
「ああっ!? てめえやりやがったなあああああああー!」
甲高い男の声が遠ざかっていく。
「死の神のおひざ元で命拾いしたな」まあ死んでるけど。
ガーデンに挑む冒険者のほとんどは死の神を信仰している。というかそうでないと挑まない。なぜなら死ぬからだ。あっけなく。いともたやすく簡単に。
生き返りはエロリットの加護を受けているものでないと発動しない。プラス、信仰心を所持していないとだめだ。条件さえ満たしていればそいつが望もうが望むまいが自動的に蘇生する。なんで迷宮の入り口に戻されるかというと、そこにエロリット像が建てられているからだ。どうやらその像はセーブポイントか、リスポーン地点の役割を果たしているらしい。
というわけでヨドゥンの冒険者たちは死にまくりながら攻略を進めていくのが習わしだった。まあ、ある例外を除いて、だけど。
「……誰もいねえか」
俺は忍び足で目的地に向かった。ここは第五層で、少々広い造りになっている。いったいどこのどいつがどうやったのか大部屋が乱立しているエリアだ。大部屋はモンスターが巣の代わりとしていることが多く、迂闊に立ち入ると面倒くさい。なもんで知ってるやつはここを素通りする。先達の冒険者が床に穴を開けて掘り進めて、階段を使わずとも済むように第六層への直通ルートを開拓したのだ。その穴は巧妙に隠されているので初見ではまず気づかない。というか俺だって知ったのはつい最近だ。シルバースターも《師範》も《船長》も知ってただろうが俺には話さなかった。あいつら殺す。
「あッ、やっぱりな」
穴にはたいてい罠が張られている。もちろん仕掛けているのはくそったれの冒険者だ。ここを通ろうとする後発の邪魔をするためだ。だから小鬼の死体なんかを先に突き落として罠の有無を確かめるんだが、今回は当たりだった。鉄蜘蛛の糸が仕掛けられてあった。要はピアノ線である。油断して触れれば四肢の欠損すらありうる代物だ。
真っ二つになった小鬼を見届けつつ、俺は下の階層を目指した。気持ちは焦りに焦りまくっていた。数々の妨害に有象無象の魔物ども。それに、やはり、勇者一行の存在が気にかかる。まさか俺より弱いわけがない。聞くところによればめちゃめちゃ強そうな連中とパーティ組んでるらしいし。いい装備もアイテムもしこたま持ってるんだろうな。魔法だってバンバン撃つだろうし、スキルだってガンガン使うだろう。そんなやつらがこんな僻地のしょうもないダンジョンに来たら……おしまいだ。速攻攻略されて宝も信仰心も根こそぎ持ってかれるぞ。
「くそっ」
一度ムカつくともうだめだった。
「くそ、くそが! クソボケがっ」
毒づくと止まらなかった。
六層に降りた俺は手近なモンスターをぶっ殺しながら呪詛を吐く。
「いい女抱いてんだろうなー、死ねっ。いいもん食って、あったけえ布団で寝てよう。かっこいい剣とか振って、ザコどもなんか一発でチリにする魔法打ってさー」
俺ときたらどうだ。金はねえ。地位もねえ。女っ気もねえ。日銭にさえ困ってその日の飯すら事欠く始末。やっすい宿のかったいベッドでむなしくシコるくらいしか楽しみがねえ。装備なんかその辺で拾ったもんだし、魔法なんざ低レベルのものしか使えねえ。なんでだ(ギャンブル)! どうしてだ(ギャンブル)! 俺がなにしたってんだ(全部ギャンブルでスった)!?
ちくしょう勇者め。勇者どもめ! 元クラスメイトだが正直そんな仲良くもなんともなかったから存分に恨み言吐いてやるからな! くそくそくそう! だからせめてちょっとくらい恵んでくださいお願いします!
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