1章

第4話

 せっかく稼いだ金を賭場でむしり取られた俺は、今日もあくせく働いていた。

「次は勝てると思うんだよなあ」

「勝てないって。そういう風になってんの賭け事は」

「そうかなあ」

「ぼやいてないできびきび歩きなよ、荷物持ちくん」

 へーい、と、適当な返事をしておく。

 今日の俺はシルヴィの付き添いで食料品などの荷物持ちをしていた。親の仇のように買い込まれて俺の両腕はもうパンパン。しかし小遣いプラス飯にありつける。ダンジョンに潜る元気もない、金もないときはこの手に限る。なんだかんだでシルヴィは優しいのだった。

 ヨドゥンの町のマーケットから家までの道すがら、シルヴィはため息をついた。

「ねえ、もういい加減ギャンブルなんてやめときなって」

「それ以外に楽しみがないしなあ」

「嫁さんでももらえば? 独りもんだからそんな風になるの」

 俺は思わず鼻で笑っていた。勇者とはいえ俺には何もないんだ。どこのどいつが好き好んで俺のところに来るんだってんだ。

「あー、卑屈そうな顔して。背伸びしないでかわいく生きなよ」

「あのね、シルヴィこそ」

 言いかけたが、彼女の機嫌を損ねたら飯抜きなのは確実である。

「私がなに?」

「今日もお美しいっすね!」

「ふふん、そうでしょうとも。まったくこの町の男どもは見る目がないんだから。いつまで美人を独り身にしとくつもりなのかなあ」

 おどけて言うが、実際シルヴィは器量よしである。何も知らない冒険者に言い寄られているのも珍しくない。ただ、気が強いことと、親父があのシルバースターというのもあって事情を知る人間からは敬遠されている。バツイチだしな。

「そういや、今日休みだったっけ?」

「休みにしたの」

「なんで」

 シルヴィは立ち止まり、俺の顔を指さした。

「ダンジョンから戻ってきてギャンブルで思いっきりスって一文無しになったけど、そんなすぐにダンジョンに戻れるほどの気力はない。でしょ。私に泣きつこうってのがお決まりじゃない」

 全部言い当てられてて俺は黙るしかなかった。



 昼飯をごちそうになってから、俺はシルヴィ(と一応シルバースター)の家でごろごろしていた。彼女はやけに世話を焼こうとしてくるが俺も子どもではない。膝枕で耳かきされるだけにしておいた。

「うわ、きたなっ」

 耳を覗き込んでいたシルヴィが悲鳴じみた声を発した。

「やりがいがあるだろ。あえて耳垢をためているんだ」

「ほかにこういうのやってくれるようなさあ、さっさといい人見つけなよ」

「そしたらシルヴィが寂しがるじゃん」

 耳の奥に耳かきを突っ込まれて俺は顔をしかめた。

「せいせいするっての」

 笑って、シルヴィは耳掃除に集中し始めた。吐息がかかる距離で、んー、とか、おおー、とか彼女は何事かを呟いている。俺はあくびを一つ。窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。昼めし食ったばっかりで眠気もすごい。

「あんたにもっと甲斐性があったらなあ。そしたらもらわれてあげたのに」

「ええー……やだよ」

「鼓膜破り散らかすぞ」

「だってシルバースターが義理の親父になるんだぜ」

 何の拷問だ。俺は前世でそんなに悪いことしたか?

「やっぱりアレがネックになるか……縁切ろうかな」

 そんなことしたらシルバースターのやつ、ショックで死ぬんじゃないか?

「あはは、冗談だから」

「ははは」

「そう。うん。冗談だから。マジで」

 二回言うなよ本当っぽく聞こえるだろ。



 腹は膨れたが懐は寒い。かと言ってダンジョンに潜るのも面倒くさいんだよな。

「とはいえだ」

 シルヴィにコケにされたままではなんか悔しい。俺のことを世界で一番分かってるみたいな顔しやがって。何があと一週間はだらだらしてるんでしょ、だ。完全にそのつもりだったが。

 町をぶらついていると嫌なやつに見つかった。シルバースターだ。俺を悪徳の沼に引きずり込んだ大罪人である。

「よう、ケイジ。おい、どうした。鞘に手をかけたまま俺を睨むんじゃない」

「ああ、つい。にしても、今度はおっさんに出会うとはな」

「どういう……おい。お前またシルヴィにちょっかいかけたんじゃないだろうな」

「かけてねえよ」

 一緒に買い物して昼飯ごちそうになって耳かきしてもらっただけだ。

「だったらいい。娘に近づいたら寸刻みにして死の神に供物として捧げてやるからな」

「信仰心のかけらもないやつがよく言うぜ。で、どしたん。昼間から出歩いたりして」

 シルバースターは夜行性である。彼は基本的に夜遅くまで痛飲し、賭場でむしり取られて日が沈むまで路上でうなだれているのだ。しかし今日の彼はいつもと違う。なんというか、張りがあった。いきいきとしている。

大会おおがいが開かれるらしい」

「なにっ」

 大会とはでっかい賭場のことだ。この町だけじゃない。そこいらから有力者なんかを招いて催される特別な賭けの場である。俺たちのような一般人も参加できるし、有力者への接待の場みたいなもんだから、まあ羽振りがいい。いつもの二倍、三倍、いやさ十倍以上の金が乱れ舞うことになるだろう。景気が良くなること請け合いだ。そういう雰囲気に乗っかっておこぼれにもあずかりやすくなる。

「誰が呼ばれるのかはまだ分かっちゃいないが、恐らく教会……勇者一行かもしれん」

 シルバースターは難しそうな顔で唸った。

「勇者? マジか?」

「じき、ガーデンの試練ボスも現れる頃合いだろう」

「ああ、そういやそうだな。ほんで?」

 もうそんな時期かあ。

「察しが悪いな。強大なモンスターを倒せば信仰心も多く集まる。勇者一行は教会から手厚いサポートを受けているらしいからな。ここでボスを倒す腹積もりなのかもしれん」

 なるほど。ご苦労なこった。勇者をサポートするんなら王都の教会連中だろう。そりゃあそんじょそこらの有力者とはわけが違うわな。そもそもヨドゥンの賭場を取り仕切っているのだって教会に属する人間だろうし。

「その話が本当なら大会は間違いなく開かれるだろうが……そうなると困ったな」

「まったくだ」

 賭場に入るには金が要る。それも大会となれば常よりも大きな額が望ましい。せこせこやってる貧乏人は門前払いを食らうだろう。よし稼ぐぞとちまちま雑魚を倒しているうちに大会が開かれるのもばからしい。ならば貧乏人俺たちは一発を狙うしかない。ボスだ。でけえのをぶちのめせば大量の信仰心が手に入るし、やつらが落とす素材だって高値で売れる。

 俺とSSは頷きあった。

「勇者一行より先にボスを倒すしかない」

 それが結論だった。



 ボスを狙っているのは俺だけじゃない。アル中だが一流の冒険者でもあるSSもそうだし、この町にいるほかの冒険者もそうだ。アレは実入りがいいからな。ボスってよりボーナスみたいなもんだ。だからか、ヨドゥンの冒険者は雑魚を殺し過ぎない。さっさと試練を受けたいからな。

 とにかく準備だ。一刻を争うぞこれは。つっても金がねえからなあ。ポーターなんて雇えやしないし、最低限の荷物でいこう。ある程度は現地調達で賄える。競合相手にも気を払わなきゃいけねえ。装備も……ああ、いいや、もう。考えんのめんどいわ。とりあえず突っ込んじまおう。



 着の身着のまま、俺はその日のうちにガーデンへと舞い戻った。魔物どもは大して恐ろしくない。嫌なのはSSや、ほかのマジモン冒険者どもだ。かち合えばどちらかが折れるしかない。というか足の骨折ってでも止めなきゃな。

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