第2話
「俺はシルバースターだ」
ダンジョンで俺を助けてくれた男はそう名乗った。酒場の喧騒にも負けない低く渋い声で、ステロイドでも打ったんじゃねえかってくらい筋骨隆々としたおっちゃんである。髪も不揃いで髭も伸びっぱなしと見た目こそ同人誌の竿役もしかりといった感じだが、その心根はジェントルマンに違いない。
「はあ。あ、俺はカシワギ・ケイジといいます」
シルバースターはエールをぐいと呷ると、酒精の混じった息を吐きながら俺を睥睨する。
「具合はよくなったみたいだな」
「おかげさまで」
あれから数日、俺は病院のお世話になっていたそうだ。体調もすっかり元通りで今は肉が食いたくてたまらない。元気になっちまえばなんと現金な体なのだろうと自嘲の笑みがこぼれそうになる。
「どうした食え。体は栄養を欲しているはずだ」
聞きたいこととか、言いたいこととか、山ほどあったが先に飯をかき込んだ。この世界に来てからろくなもんを口にしていなかったので涙が出るほど美味かった。その様子をシルバースターは面白そうにして眺めていた。
食事が一段落したのを潮に、俺は頭を下げた。
「遅くなりましたが助かりました。本当にありがとうございます」
「気にするな。まあ、癖のようなものだからな」
聞くところによると、かつてシルバースターは、迷宮で遭難した冒険者を救助する部隊に属していたらしかった。数年前に職を辞したが、ダンジョンの見回りはたまに行っているそうだ。俺は運がよかったのだろう。
「もう二度とあんな真似はするなよ」
「はい、すんません。へ、へへ」
俺はシルバースターの迫力に負けて小悪党のように笑った。
「医者が驚いていたぞ。本当なら三日で回復するような状態ではなかったらしいが……親からもらった健康な体なんだ。大事にした方がいい」
「そうします」
シルバースターは少し言いよどんでいたが、理由を求めた。なぜ、俺が死のうとしていたのかを。隠す理由はない。彼は命の恩人なのだ。俺は洗いざらいぶちまけた。というか人と話すのが久しぶり過ぎてめちゃくちゃ喋った。途中で酒もすすめられてガッツリいったった。
「……何? え、お前、勇者なのか?」
「ゲハー(笑い声)! ヒヒヒヒ、いや、そうなんすそうなんす」
「冗談だろ」
「冗談ですんだら警察なんかいらねえだろ!?」
話が終わると、シルバースターは不思議そうにしてもう一度尋ねてきた。
「どうして勇者が、あんなところに一人でいたんだ」
「いや、だから……」
「いくら味噌っかすとはいえ、しかるべきところに訴えれば助けてもらえただろう」
しかるべきところってどこだよ。
しかしシルバースターの疑問ももっともである。今回はひとえに俺の不徳の致すところで、コミュニケーション能力に乏しいし、流されやすいし、面倒くさがりな俺の怠慢さが顔をのぞかせるどころか暖簾くぐって「やってる?」 と言わんばかりにずかずかどっかり図々しくも腰を落ち着けたのが悪かった。一人でどうにかできそうならそうしたいし、基本的に社畜根性あるんだよな、俺。
「変に諦めがいいやつだな」
かなり呆れた様子の
「だが、それは教会にも原因がある」
「教会っすか」
確かアレだよな。俺たちを召喚したのはこの国の教会連中だったっけ。
「異世界人は物分かりがいいのか、何事にも興味がないのか」
どっちかと言えば後者かもしんない。
いいだろうと前置きすると、シルバースターが空になった食器を卓の端っこに追いやった。
「異世界の勇者にはこの世界の成り立ちを知る義務がある。よく聞いておけ」
長い話が始まりそうだった。
この世界の人たちは地上のありとあらゆる資源を貪り、目に見える範囲からはとうとう何もなくなってしまいました。しかし彼らは気づくのです。
「神さまのところならなんかあるんじゃない?」
人類は神の領域である神域に足を踏み入れ、好き勝手に侵略を始めました。信仰心が失われた世界からは神の加護すらも失われて、もう後はアホみたいに衰退していくしかありません。
憂慮した教会が聖女を使い、神にお伺いを立てて許しを乞うたところ、信仰心を多く集めたものならば救済するという答えが返ってきました。
「信仰心?」
話の腰を折ると、SSは仕方なそうにため息を漏らした。
「お前たち異世界人は神に祈らないそうだな」
「いや、まあ、そんなことないっすけど。そんでも、俺らの国のたいていの人は無神論者だと思います」
それも十代の学生だとな。神さまより興味深いものは色々あるだろう。
「俺もそうだ。神よりも自分を信じる方がずっといい」
そう言うシルバースターだが、彼のようなケースはこの世界において珍しいどころかほとんどいない。何らかの神に信仰を捧げるのは当たり前らしい。祈る心。信じる心。それがこの世界では大切なのだ。
「神さまを敬え、大事にしろと。そうすれば助けてやるって話なんですね」
ノアの箱舟みたいなアレか?
「けど信仰心を集めろって、無理なんじゃ? だって目に見えないものだし」
「そいつを可能にしたのが報酬石だろうが」
え、と、俺は間の抜けたであろう声を発した。あの石が? なんかモンスターを倒してるとたまにボヤーっと光るアレが?
「そういやなんか渡されましたけど」俺は懐から例の石を取り出して見せた。直方晶系のような形をして、手のひらに収まるサイズをしている。
「信仰心がたまると発光する。量に応じて色や、その強さも変わる。教わらなかったのか?」
んな話、聞いたような、聞かなかったような。
「ダンジョンから戻った後、ギルドの受付にこの石を見せて金をもらっていたはずだ」
ああー、これってそういうシステムだったのか?
「もしかしてモンスターを倒すと信仰心がもらえるんですかね」
「まあ、そうなる」
へえ、こんな石が。
目に見えない信仰心を可視化する。おそらくだが、俺たちのような異世界人は真の意味でこの世界の神を信じていない。というか信じることが難しいためにこいつが勇者の代わりに祈るという側面も持っているのだろう。
けどアレだな。妙な話だな。
「確か、ダンジョンって神さまの領域なんですよね。神さまの庭というか、家というか」
実際、町近くにあるダンジョンは《ガーデン》とも呼ばれている。あそこはナントカカントカって神さまを祀っていた神殿が逆さになっているそうで、俺たち勇者や冒険者はそこに足を踏み入れている。
「神さまの家にいるモンスターを倒して、どうして信仰心が得られるんすかね」
「お前らのやっていることは、要は掃除だ。神の居場所をきれいにしてやっているのだから神への奉仕に違いない」
合点がいった。なるほど。勇者って言うけどマジもんの汚れ仕事振られてるだけじゃん。
「ダンジョン内を動き回れるのは限られたものだけだからな」
SSは話を再開する。
信仰心集めよう運動は教会が中心となっていましたが、自分だけが助かろうとして他を出し抜こうとするものも現れました。世界はいくつかの部族、国家に分かれ、それぞれが信仰する神も分かれていきました。そうして当たり前のように国同士での争いが始まります。
「そもそも、俺はなんて名前のどういった神さまのために働いてるんでしょうか」
「お前だけが知らんのか。それとも勇者はみなこっちの世界に興味がないのか?」
分からん。他人はさておき俺はと言えば最低限の装備を持たされただけでポイっとされてしまったわけだし。そっからはよく分からないまま一日一日を生きていくのに必死だったからなあ。
「《
「死の神……」
えらい恐ろしげな神さまに当たってしまった。
「そう、死の神エロリットだ」
「エロリ」
関わったものを地の底の底まで連行しそうな響きだ。間違いなく死の神に相応しい名である。
となるとアレか。ダンジョンで死んでも復活するのはその神さまの力によるものなのだろう。てっきり蘇生は勇者標準装備かと思っていたけど。
国家間の争いはさらなる衰退を呼び込み、やがて大国が自国の兵力消費を嫌い、異世界から戦士を召喚するシステムを構築しました。
異界より召喚された《勇者》はダンジョンから現れる魔物を討伐し、時に戦争に加担しました。やがてとある一国が覇権を握り、国家間での争いは沈静化。異世界からの文化などが流入し、また、ダンジョンの奥深くまで資源を取ることが可能となって信仰心は薄れていってしまいました。
「え、薄れたんですか」
「そうだ」
そうなのかよ。
「みんな必死こいて信仰心を集めているのでは?」
「違う」
違うのかよ。
「俺らはどうして呼ばれたんですか?」
おそらく、俺の目つきは恨めしいものだったろう。しかしシルバースターはどこ吹く風。まったく気にせず酒を口に運んでいた。
「信仰心が重要視されなくなった今、教会は力を失いつつあり、勇者召喚システムも以前ほど使われなくなった。そうだな、もう数十年になるか」
「何が」
「前回の勇者召喚の儀式からだ」
……数十年?
そんなに? そんな、久しぶりに俺たちみたいなのを呼んだってのか?
「今まで必要もなかったくせにか」
「生活が安定し始めると好き好んで争おうとするやつは減ってくる。もともと、生きていくのに不自由して起こった戦争だったからな。だからこそ、お前らが呼ばれたんだろう」
どういうことだ。
「教会に原因があると言っただろう。一度上がった生活の水準はそうやすやすと変えられん。それが高ければ高いほどなおさらな」
嫌な予感がした。
「金もない。力もない。やつらにあるのは有り余った信仰心だけだ。教会は……バランスを崩そうとしている。俺はそう睨んでいるがね」
「ええと?」
「神がいなくなって困るのは神だけじゃあない。その神に縋るものが一等困るはずだ」
……何か。緩やかに死んでいく世界で一発逆転を狙っているのが教会? しかも、その目論見がうまくいくとまた戦争とかよくないことが起こる感じ?
「遠い世界の話ですね」文字通り。
「だろうな。それよりも、お前にはやるべきことがある」
シルバースターは立ち上がり、げふうと息を吐いた。
「まずは生き抜くことだ。俺が教えてやる」
「は、はいっ」
自信満々に言い放ったSSだが、バチクソ千鳥足だったしほかの客によろけてぶつかって死ぬほどキレられていた。
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